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彷徨う甲冑.8

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「凄いな、夕方の予定が昼前には着きそうだ」

 リアムが窓の外に見えたコーランド伯爵邸の屋根の尖がりを見ながら呟く。
 
 こんなに早く着いたのはティナのおかげ。
 途中にあった、細いけれど流れの速い川。本来ならぐるりと迂回して橋を渡るところだが、ティナが「できるかも」と言い出した。
 何を、と聞くより早く馬車は宙に浮かび、リアムと御者が「あっあっっ~!」と叫ぶ間に対岸へと着地した。

 ふんと、胸を張るティナ、それを褒めるベンジャミン、仲睦まじい師弟愛を前に面白くなさそうに口を尖らすリアムを乗せた馬車は、レンガの道を進み予定した時刻より随分早くコーランド伯爵邸の門を潜った。

 玄関に横づけされた馬車から降りると、扉の前で掃除をしていた侍女が慌てて邸に入り、変わって執事が出てきた。黒髭の五十代ぐらいの小柄な男は、乗っていたのが三人なことに驚きつつも邸内へと案内してくれる。

 通されたサロンには、大きな家族の肖像画が掛けられ、窓辺にある花瓶には見事な秋薔薇がいけられていた。
 まもなくやってきたコーランド伯爵夫妻の姿にティナの顔が硬くなる。

「王都より参りましたリアム・スタンレーです。先触れに書きました通り城内で暴れた甲冑を持って参りました。こちらはティナ、それから昨日合流したティナの師匠のベンジャミンです」

 リアムの紹介にティナはぎこちなく頭を下げ、対しベンジャミンは優雅に口角を上げた。

「あぁ、手紙は受け取っている。呪いの元凶となるものが我が領地にあるとか。こちらとしてもぜひ解呪してもらいたい。それから、甲冑と関係ないかも知れないが我が邸でも呪いの品の騒動が起きていて、この際だから一緒に解呪して貰えんだろうか」

 伯爵の言葉を受け、リアムがティナに答えるようにと視線を送る。

「……畏まりました。甲冑とそちらの騒動は因果関係があるのでは、というのが私の見解です。ですので、早速ですが呪いの品の騒動について教えてください」
「分かった。森の中で見つかった元侯爵家の遺産は、随時王都とこの邸に運ばせている。何をどちらに運ぶのかは息子達に判断を任せているので説明は省かせてもらう」

 ティナは目線を壁の肖像画に向ける。目の前にいる伯爵夫妻と比べると十歳ほど若い。七.八歳ほどの男の子が一人、さらに二歳ほど小さい男の子が椅子に座り床に届かない足を行儀良く揃えている。その後ろには息子の肩に手を置き優しく微笑む伯爵と、今より少しほっそりとした伯爵夫人が幸せそうに笑っていた。
 幸せな家族の絵からティナはすっと視線を逸らす。

「一週間ほど前に送られてきた品の中に、色褪せ茶色く変色したドレスがあった。そのドレスが夜になると彷徨い歩くので、我々も従者も眠れぬ夜を過ごしているのだ」

「歩くだけですか?」
「今のところはそうだ」

 襲ってきたり物が飛び交ったりと物理的な被害はなく、誰かが怪我をしたり病気を患ったりもしていないらしい。

 リアムがちょんちょんとティナの腕を突くと、耳元で聞いてくる。

「では、伯爵の子供達が魔力持ちで、王都に呪われた品を送りつけていたのか」
「そうだと思います。ドレスは甲冑と離れたことで彷徨い始めたので、その時は見逃したのでしょう」

 王都に送られてきたものだって呪いの品ばかりではなかったので、ティナのようにはっきりと区別できないのだろう。
 
(それでも多少は魔力持ちの自覚があり、意図的に違和感を感じる品を王都に送っているようだけれど)

 不敬罪にもなり得る案件だが、証拠がない。なかなかに考えられている。

「ところで、昼食を用意した。ドレスを見るのはそれからで良いか? 元侯爵の別荘から運んできた品は全部同じ場所に置いてあるので、ついでに一緒に見てもらいたい」
「分かりました」

 ティナが答える。
 伯爵夫妻はでは、と席を立った。一緒に昼食を摂る気はないようだ。

「まるで他人事だな」
「臭い物に蓋をする人は多いです」

 呆れ顔のリアムに対し、ティナは淡々と答えた。

 
 運ばれてきたのは、流石伯爵家という豪華な食事。品数も多いし、手も込んでいる。
 一応ティナ達は国からの依頼で来ているので、ぞんざいに扱う気はないようだ。ただ、一緒に食べないところをみると、やはり関り合いたくないのだろう。

 三人が豪華な食事に舌鼓を打っていると、どこからともなく天使像が現れちょこんとテーブルに乗った。甲冑には夜まで動かないよう伝え済みなので、箱の中で大人しくしているようだ。賢い。




 食後の紅茶が飲み終わると、扉がノックされ執事がやってきた。
 案内されたのは敷地内の隅にある別邸。二階建てで蔦に覆われたそれは、長く手入れがされていないようで、汚れた窓はところどころ割れていた。

 伸びた草は、玄関へと通じる箇所だけ最低限刈り取ったらしく、それ以外の場所ではティナの腰ほどまで伸びている。樹木も手入れをされていなく、至る所から枝が伸び、鬱蒼とした影を落としていた。

「お化けがでそうな建物だな」
「……そうですね」

 硬い声にリアムが隣を見れば、碧色の瞳を鋭くしそれなのにどこ悲しそうなティナの顔があった。邸に着いてからティナはどこか張り詰めたような表情をしている。

「難しい顔をしているが、この建物に運ばれた品に掛けられた呪いは強いものなのか」
「さあ、ここからでは私には分かりません」

 返ってきたのはそっけない返事。

 先を歩いていた執事がすでに扉を開けて待っているので、ティナは小走りで駆け寄り室内に入った。
 室内は外観同様荒れていて、歩くたびに舞う埃にリアムは腕で口と鼻を押さえ、ベンジャミンとティナはハンカチを取り出した。

 天井に張られた蜘蛛の巣を見ながらベンジャミンが問いかける。

「遺産をこの建物に運んだのに理由はあるのか?」
「呪いの品が混じっているかも知れないので、本邸から離れたここがよいだろうということで決まりました」
「コーランド伯爵家には時々魔力持ちが生まれるそうだが、御子息はどうなんだ」
「少し魔力を持っておられますが、とてもではございませんが魔法使い様のようなお力はありません」

 ふーん、とベンジャミンは気のない返事をすると、調度品の上を手でスッと触った。ぼわっと埃が舞い上がる。

「時が止まったようね」

 ティナの辛そうな呟きが、やけにリアムの胸に残った

 
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