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第一章
第二十話 似た者(2)
しおりを挟む「どーしたの」
一瞬の重なりの後あっさり離れた唇の温もりを辿るように指で触れながら問いかける。
茜は俺の上に跨がると俺の腕を掴んでどかし再び顔を近づけた。
「いいじゃん。零のせいで禁欲中なんでしょ?相手になってよ。似た者同士なんだから仲良くしないと勿体ないよ」
「んっ、」
互いの唇が今度はより深く重なり、生ぬるいものがやわらかく唇の境目に当たる。受け入れるように軽く開けると直ぐに内側へと侵入してきて口内を荒々しく刺激した。
「はぁっ、んぅ」
何方のものかも分からない唾液が溢れて流れ落ちていく。
「は…っ」
普段余裕綽々の男が快感で顔を険しくする姿はなかなかに唆る。
特に拒否する理由も見つからず、茜の舌を追いながらこの男が一体何処までする気なのか考える。
今更身体だけの関係を不快に思うほどの貞操観念は持ち合わせていない。
ただ、場所が場所だけにリスクが大きすぎるし、何より脳内を掠める一つの光景がこの快楽に酔いしれることを許さなかった。
茜の胸を力を込めて殴る。
当然ビクリともせず、それどころか俺の腰をなぞりベルトに手をかけたので仕方なく思い切り歯を立てた。
「………っ」
「はあ………」
茜は痛みで直ぐに唇を離し、手の甲で細く口の端から滴っていた血を拭う。どことなく野性味を感じるその仕草はこの男がすると少々官能的過ぎる。
俺はというとしつこい口付けのせいで呼吸を落ち着けるのに精一杯だ。見た目通りなかなか上手いなちくしょう。
「ひどいなあ。割と乗り気だと思ったんだけど。やっぱオレ嫌われてるねえ」
大人しくベッドの端に座り直し飄々とそう言う茜からは全く悲壮感など感じられず、寧ろ楽しんでいるようにすら見えた。
茜の言葉はいまいちピンとこない。
だって先に意地悪してきたのは茜だから。
「違う。茜が俺を嫌いなんだろ」
「オレは瑠夏と仲良くしたいよ。ずっとそう言ってるじゃん。折角似た者同士なんだから」
「似てないよ。俺と茜は全然似てない。この間ホテル街で俺を見たって言ったよね?俺も見たことあるよ何回か。茜が女の子と歩いてるとこ」
暗闇の中怪しい光が煌めく街で、茜の白髪は嫌というほど目立つ。いつも違う女の子と腕を絡ませ親しげに歩いていた。
そしてそんな光景を見る度に、俺は茜が分からなくなった。
「嫌いな人を屈服させたいの?それとも自分の思い通りに動くのを見るのが楽しい?」
「何を言ってるのか全然分かんないんだけど」
茜の笑顔が心做しかいつもよりわざとらしい。動揺の現れだろうか。
「嘘ばっか。見下してるだろ俺のこと。一緒にいた女の子達を見てたのと同じように、馬鹿な奴だって目で見てる。茜は蕩けるみたいに甘く笑うけど目の奥がいつも冷たいね。人の趣味にケチつけるつもりはないよ。でも俺は自分のこと嫌いな人に抱かれる趣味はない」
あんなに冷めた目をして人の身体に触れる人を初めて見た。自分を戒めているようにすら思える。
そう考えるとやっぱり俺と茜は似ても似つかない。俺にとって身体を重ねる行為は人の温もりを浴びることのできる唯一の方法で、それは決して戒めなどではなく救いのようなものだから。
「ぷっ、ははっ、あはははははっ」
ヤバいもしかして言い過ぎたか。
壊れた人形みたいにお腹を抱えて笑い始めた茜を見て今更自分が何を言ったのか振り返る。
うん。大丈夫。ギリギリセーフ。
「はあ、瑠夏って面白いね。弱いくせに白蘭に来るし、あの零に気に入られてるし。やっぱ一回くらいヤッてみたかったな」
どうやら相当嫌われたらしい。言葉の節々に棘がある。
「茜が俺のこと好きなってくれたら何回でもヤラせてあげるのに」
「ははっ、冗談だろ」
茜は振り返らずに手を振りながら去って行った。最後の一言からははっきりと軽蔑の意が感じられた。
もう二度と会話することはなさそうだ。
「もー、眠気冷めちゃったじゃん」
とても眠れそうにないので起き上がって枕を背に座る。曲げた膝に片頬を乗せて取り敢えず瞼を閉じた。
「あれ?座ってるの?横になると苦しい?」
「………?誰?」
一人になったと思った途端今度は別の人が登場した。茜が開けっ放しにしたカーテンから心配そうに此方を覗いている。
「ああ、転校生なんだったね。養護教諭の鶯です。よろしくね」
「保健室の先生!」
「うん。正解。結城先生の言ってた通り顔色が悪いね。気分はどう?」
「眠いだけ。今は眠くないけど」
「そっか。取り敢えず横になって瞼を閉じてごらん。ここ閉めとくから、何かあったら呼んで」
鶯先生はなんだかすごく『保健室の先生』だ。落ち着いた茶色の髪を右耳の下で一つに纏め、声も表情も動きも穏やか。
カーテンの外からは書類を捲くるような音が聞こえてきて、言われた通り横になると直ぐに眠気が訪れた。
あたたかな日差しと人の気配。
本当は人の温度も欲しかったけど、睡眠不足気味だった為か意識を飛ばすには十分だった。
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