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第一章
第九話 一波乱(1)
しおりを挟む千早の作るコロッケは絶対美味しい。
そう確信できる。
だから朝からとは言わずとも午後から、若しくは放課後になってからでも学校には行くつもりだったのだ。
それがどうしてこんなことになっているのやら。
「いいだろ?俺の可愛い妹がお前と付き合いたいって言ってんだ。断る理由なんかねえよな?」
手首を縄で縛られ、足は自由だが広い倉庫のような場所で数十人もの男に囲われているこの状況で俺の運動能力ではとても逃げ出すことはできないだろう。
「えーっと、一個聞いていい?」
「あ?なんだよ」
「いやオニーサンにじゃなくてさ。
………ツンツン頭くん、何やってんの?」
俺の直ぐ隣で足首手首を縄で何十にも縛られ既に傷だらけになって倒れているのは昨日一悶着あったばかりのツンツン頭である。
TシャツにGパンという普段着であるのを見るに、学校帰りに何かあったというわけではないらしい。
もしかして一晩この状態で過ごしていたのだろうか。
かくいう俺は何故今こんな状況になっているかというと。
昨晩女の子から連絡があり、いつも通りホテルで一夜を明かした。
お相手は街に来て初めてオトモダチになったあの子だ。
そして何がどうしてこうなったのか、朝方女の子から告白され断った途端頭への強い衝撃とともに意識を失い、目を覚ましたらこんな頓珍漢な光景が広がっていたわけだ。
「お前こそ、何やってんだよ」
ツンツン頭は大分消尽していて昨日あった溢れんばかりの活力は見る影もない。
「お前その男と知り合いなのか?」
「一応顔は知ってるけど………」
「ソイツは佳奈美の元彼なんだよ。佳奈美が別れたいっつってんのに付き纏いやがって」
付き纏い、ねえ。
恐らくこの集団のリーダー格であるオニーサンの後ろに隠れるようにして立っている『佳奈美ちゃん』。
静かに視線を送るとあからさまに目を逸らした。
「付き纏ってなんかねえって言ってんだろ!いきなり別れるなんて言われたから、ただ理由を聞きに行っただけだ!」
「………ツンツン頭くん、別れ話いつされたん?」
「一昨日の夜だよ!」
それ、俺と寝た次の日じゃん。
「ち、違うの!私はずっと別れたかったんだもん!やっと別れよって言えたのに、昨日の夜急に家に来るからビックリして…」
佳奈美ちゃんは涙目で訴えてくるけれど、その可憐な振る舞いのせいで逆に胡散臭く見えてしまう。
ビックリして、その後平然と俺とホテルに行ったらしい。随分強靭な心臓の持ち主である。
そんな俺の内心を知ってか知らずか、佳奈美ちゃんはあろうことか俺の胸に飛び込んできた。
「瑠夏くんのおかげなんだよ?
瑠夏くんに出会って、自分の気持ちに正直になろうって思えたの。だからね、」
「佳奈美ちゃん、可愛くないことするね」
長い睫毛とアイラインで強調された目がより大きく見開かれる。
どうやら俺の一言は青天の霹靂だったらしい。しかし直ぐに悲しそうに潤んだ目を伏せた。
あまり売れていない女優の如く色々な表情を見せてくれる佳奈美ちゃんだが、俺はどちらかというとすっかり黙り込んでしまったツンツン頭の方が気がかりだ。
佳奈美ちゃん、結構遊び慣れてる感じだったし、そもそも俺の時も佳奈美ちゃんの方から誘ってきた。
多分俺以外にもオトモダチは何人かいたんだろうけど、よりにもよって何で俺がお眼鏡に叶っちゃったのやら。
俺は全くそんなつもりは無かったがツンツン頭の彼女を寝取ってしまったわけで、やっぱり男友達なんてのは俺には夢のまた夢だ。
「何でわざわざツンツン頭くんと同じタイミングで連れて来られたのかなって思ったんだけどさ。
ツンツン頭くんの姿俺に見せて、断ったら俺もこうなるよって言いたいんだよね?」
「違うよ。これはお兄ちゃんが勝手にやったんだもん」
「じゃあオニーサンに、せめて彼だけでも放してあげるように言ってくれない?
知り合いがこんな格好で倒れてたら気が散っちゃうよ」
「あっくんが付き纏ってきたのが悪いんじゃん!こんな男庇わないでよ!」
「付き纏ったって、具体的にどう付き纏ってきたの?電話が何回もかかってきて、復縁を迫られたってこと?それともストーカーみたいにずっと後ろを付けてきたの?」
「き、昨日、急に家に来て………」
「乗り込んできたわけ?」
「それは違うけど………」
チラリとツンツン頭の方を見る。
「………インターホンすら鳴らしてねえよ。家の前着いた途端後ろから殴られたんだ」
すっかり意気消沈してしまったツンツン頭は被害者の筈なのに自分の罪を自白する犯罪者みたいに覇気のない声をしている。
「それ、付き纏ったって言わないと思うんだけど。寧ろ俺からすれば佳奈美ちゃんのやってることの方がよっぽど悪質………」
佳奈美ちゃんが悔しそうに拳を握り締めたところで、突然腹部を蹴り飛ばされた。咳き込みながらツンツン頭の隣に倒れ込む。
まあこうなるよね。
俺を蹴り飛ばしたオニーサンは顔を真っ赤にして分かり易く激昂している。
「お前、今どういう状況か分かってねえのか?お前は黙って頷いとけばいいんだよ。余計なことペラペラ喋りやがって」
「んなこと言ったって、」
話し終える前にまたお腹に一発入れられる。
このオニーサン、妹のこととか本当はどうでもいいんだろ。取り敢えず誰かボコりたいだけだ。
周りにいた男達がオニーサンに従うように此方に近づいてくるのが見える。
女の子絡みで問題に巻き込まれるのなんてしょっちゅうだけど、今回のは無事じゃ済まないかもな。
取り敢えず、ツンツン頭より先にボコられることになりそうだ。昨日から俺のせいで相当ストレス溜まってるだろうから、せめて因縁の相手がヤラれるのを見て少しくらい気晴らしになったらいい。
そう思ったのに、何故か一向に痛みはやって来ず。
代わりに誰かの体温と痛々しい呻き声が側にあった。
「くっそ、」
「なんで………?」
一体どうして手足を縛られているツンツン頭くんが、俺に覆い被さって踏み付けにされているんだろう。
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