黒に染まる

7瀬

文字の大きさ
上 下
4 / 7

第四話

しおりを挟む

 ―――八年後

「ラシオン!来たよー!」

「おー、ぐえっ。乗りかかってくんなって何度言えば分かんだよ。すっかり大きくなりやがって」

 鏡を通してラシオンの家にやって来たリュカは、ベッドで本を読んでいるラシオンの後ろに座り調整しつつその薄い背中に体重をかけた。

 本の内容を覗いてみると無駄に官能的なロマンス小説を読んでいる。

「ねえラシオン、今日は何する?炎の鳥作る?それとも空飛ぶ馬にする?」

「んー、今日はダラダラすんだよ」

「いつもじゃん」

 この八年でリュカの身体はすっかり大きくなりラシオンの背丈を超えてしまった。ラシオンがお肉をたくさん食べさせてくれたおかげで正しく身体に肉がついたのだ。

「ねー、つまんない。遊ぼうよ」

「ったく。すっかり我儘になったなあ。昔は俺の言うことちゃんと聞いてたのによ」

「今だってラシオンの言うことなら何でも聞くよ。ラシオンのためなら何でもできる」

 ―――だから、僕にも黒をちょうだいよ

 その一言は胸に隠して、リュカはラシオンの肩に顔をのせる。

「へいへい。分かったからいじけんなって。んー、どうすっかなあ。じゃああれだ、日向ぼっこするか」

「ここ太陽ないじゃん」

「そーだった」

 遊ばなくてもラシオンが本を閉じてくれただけで満足だ。リュカはすっかりご機嫌で、今度は自分の胸に背中を預けるよう促した。

 後ろからラシオンを抱き締めるような形で座る。

「んー?なんだよ」

 こうすると、ラシオンは決まって無防備に此方を振り向いて顔を覗いてくる。いつの間にかリュカがラシオンの背を追い越したおかげで、ラシオンは座っていてもリュカの顔を見上げなければならない。

「ん…っ、お前なあ」

 リュカはここぞとばかりにラシオンに口付けた。

「へへ」

「へへじゃねえよ。可愛くねえ」

「嘘だ。ラシオンは僕の顔結構好きだよね。だからこうやって絆されるんだよ」

 リュカがラシオンへの思いを自覚したのは最近のことだ。ラシオンと出会ってから彼のことで頭がいっぱいだったけれど、それが恋心だと自覚するのに随分時間がかかってしまった。

 気づいてからずっと、リュカは躊躇なく自分の思いをラシオンに伝え続けているのに当のラシオンは答えをあやふやにするばかりで、強く拒むこともないが思いを言葉にして返してくれることもない。

「好きだよラシオン。世界で一番好き」

「お前はまた………まともに世界なんか知らないくせに簡単に一番とか言うんじゃねえよ」

「世界を知らなくたって、僕の一番がラシオンだってことは分かる」

「あーはいはい」

 ラシオンは呆れたように適当に返事をするとズルズルと滑り落ち、リュカの太腿を枕にして寝息を立て始めた。

 最近ラシオンはよく眠る。
 無防備過ぎて心配になると同時に限られた時間の中であまり喋れないのが寂しくもある。

 リュカはラシオンの寝顔を見つめ、艶のある黒髪を優しく撫でた。

「ん………」

 顔色は悪くない。身体も元から細くはあるが以前と変わりはない。

 しかし眠り過ぎなように思える。

「リュカ………」

「起きた?僕そろそろ帰らないと………」

「お願いだから、もう置いて行かないでくれ」

 寝言だろうか。それにしてはあまりにも切実な懇願だった。
 閉じられたままの目元から涙が流れ落ちていく。

「ごめん………ごめんね」

 リュカはラシオンに謝ることしか出来ない。ずっとここに居られたらどれだけ幸せだろう。

 しかしそれは女王がいる限り不可能だ。

 女王は絶対にリュカが死ぬまでリュカのことを手放さない。たとえ今逃げることができても、必ず再び追いかけてくる。

 いっそ女王を殺してしまえば全て解決するのに。何度もそう考えはしたがそれは不可能なのだ。

 何故なら女王はこの世界でたった一人、不死身の魔法を持って生まれた人間だから。

 女王は既に数千年生きている。そして恐らく、ラシオンも同じくらいの長さを生きている。

 この八年、リュカは女王とメイドの会話を気付かれないよう聞き続けていた。

 『あの者』は白を持って生まれた人間を女王の元から必ず盗み出し、女王が漸く見つけ出した頃には女王にとって何よりも大切な『白』に黒が混ざり灰色へ変化した後だったという。

 あの者というのはラシオンのことだと思っていたが、それならどうしてラシオンはリュカの白を汚してくれないのだろう。

 それに盗むどころかいつも夜が明ける前にはあの部屋に返されてしまう。

 自分が千年ぶりに生まれた純白の持ち主だといことと関係があるのだろうか。

「はやく僕にも黒をちょうだいよ。もう時間がないんだから」


 ✽✽✽


 リュカが帰った後、ラシオンは一人花畑で寝転んでいた。リュカが幼い頃に魔法で作ったこの空間で唯一黒以外の色が咲き誇る場所だ。

 様々な色を持つ花達はコロコロと表情を変えるリュカにどこか似ている。リュカは純粋な白の持ち主ではあるが、実際は色々な色を持つ子だ。

 そしてその色はラシオンの黒にすら浸透してきて、言葉にできないほどの感情が自分で押さえつけられない勢いで溢れ出てくる。
 
 ラシオンは自分の小指に嵌まっている黒色の指輪に触れた。リュカが初めて魔法で作り出し、ラシオンが付けられるよう自分でサイズまで調整してくれた。

 結局殆どの時間ラシオンが付けていて、今ではリュカが此方に居る時にも返していない。

 その指輪にそっと口づける。

 次の瞬間、それぞれの色を持って咲き誇っていた花々は自分の色を失い萎れてしまった。

「―――潮時だ」

 あの子を黒に染める時が来た。




 

 




 


 

 

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

普通の男の子がヤンデレや変態に愛されるだけの短編集、はじめました。

山田ハメ太郎
BL
タイトル通りです。 お話ごとに章分けしており、ひとつの章が大体1万文字以下のショート詰め合わせです。 サクッと読めますので、お好きなお話からどうぞ。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

俺は触手の巣でママをしている!〜卵をいっぱい産んじゃうよ!〜

ミクリ21
BL
触手の巣で、触手達の卵を産卵する青年の話。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

愛する者の腕に抱かれ、獣は甘い声を上げる

すいかちゃん
BL
獣の血を受け継ぐ一族。人間のままでいるためには・・・。 第一章 「優しい兄達の腕に抱かれ、弟は初めての発情期を迎える」 一族の中でも獣の血が濃く残ってしまった颯真。一族から疎まれる存在でしかなかった弟を、兄の亜蘭と玖蘭は密かに連れ出し育てる。3人だけで暮らすなか、颯真は初めての発情期を迎える。亜蘭と玖蘭は、颯真が獣にならないようにその身体を抱き締め支配する。 2人のイケメン兄達が、とにかく弟を可愛がるという話です。 第二章「孤独に育った獣は、愛する男の腕に抱かれ甘く啼く」 獣の血が濃い護は、幼い頃から家族から離されて暮らしていた。世話係りをしていた柳沢が引退する事となり、代わりに彼の孫である誠司がやってくる。真面目で優しい誠司に、護は次第に心を開いていく。やがて、2人は恋人同士となったが・・・。 第三章「獣と化した幼馴染みに、青年は変わらぬ愛を注ぎ続ける」 幼馴染み同士の凛と夏陽。成長しても、ずっと一緒だった。凛に片思いしている事に気が付き、夏陽は思い切って告白。凛も同じ気持ちだと言ってくれた。 だが、成人式の数日前。夏陽は、凛から別れを告げられる。そして、凛の兄である靖から彼の中に獣の血が流れている事を知らされる。発情期を迎えた凛の元に向かえば、靖がいきなり夏陽を羽交い締めにする。 獣が攻めとなる話です。また、時代もかなり現代に近くなっています。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

処理中です...