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第四話
しおりを挟む―――八年後
「ラシオン!来たよー!」
「おー、ぐえっ。乗りかかってくんなって何度言えば分かんだよ。すっかり大きくなりやがって」
鏡を通してラシオンの家にやって来たリュカは、ベッドで本を読んでいるラシオンの後ろに座り調整しつつその薄い背中に体重をかけた。
本の内容を覗いてみると無駄に官能的なロマンス小説を読んでいる。
「ねえラシオン、今日は何する?炎の鳥作る?それとも空飛ぶ馬にする?」
「んー、今日はダラダラすんだよ」
「いつもじゃん」
この八年でリュカの身体はすっかり大きくなりラシオンの背丈を超えてしまった。ラシオンがお肉をたくさん食べさせてくれたおかげで正しく身体に肉がついたのだ。
「ねー、つまんない。遊ぼうよ」
「ったく。すっかり我儘になったなあ。昔は俺の言うことちゃんと聞いてたのによ」
「今だってラシオンの言うことなら何でも聞くよ。ラシオンのためなら何でもできる」
―――だから、僕にも黒をちょうだいよ
その一言は胸に隠して、リュカはラシオンの肩に顔をのせる。
「へいへい。分かったからいじけんなって。んー、どうすっかなあ。じゃああれだ、日向ぼっこするか」
「ここ太陽ないじゃん」
「そーだった」
遊ばなくてもラシオンが本を閉じてくれただけで満足だ。リュカはすっかりご機嫌で、今度は自分の胸に背中を預けるよう促した。
後ろからラシオンを抱き締めるような形で座る。
「んー?なんだよ」
こうすると、ラシオンは決まって無防備に此方を振り向いて顔を覗いてくる。いつの間にかリュカがラシオンの背を追い越したおかげで、ラシオンは座っていてもリュカの顔を見上げなければならない。
「ん…っ、お前なあ」
リュカはここぞとばかりにラシオンに口付けた。
「へへ」
「へへじゃねえよ。可愛くねえ」
「嘘だ。ラシオンは僕の顔結構好きだよね。だからこうやって絆されるんだよ」
リュカがラシオンへの思いを自覚したのは最近のことだ。ラシオンと出会ってから彼のことで頭がいっぱいだったけれど、それが恋心だと自覚するのに随分時間がかかってしまった。
気づいてからずっと、リュカは躊躇なく自分の思いをラシオンに伝え続けているのに当のラシオンは答えをあやふやにするばかりで、強く拒むこともないが思いを言葉にして返してくれることもない。
「好きだよラシオン。世界で一番好き」
「お前はまた………まともに世界なんか知らないくせに簡単に一番とか言うんじゃねえよ」
「世界を知らなくたって、僕の一番がラシオンだってことは分かる」
「あーはいはい」
ラシオンは呆れたように適当に返事をするとズルズルと滑り落ち、リュカの太腿を枕にして寝息を立て始めた。
最近ラシオンはよく眠る。
無防備過ぎて心配になると同時に限られた時間の中であまり喋れないのが寂しくもある。
リュカはラシオンの寝顔を見つめ、艶のある黒髪を優しく撫でた。
「ん………」
顔色は悪くない。身体も元から細くはあるが以前と変わりはない。
しかし眠り過ぎなように思える。
「リュカ………」
「起きた?僕そろそろ帰らないと………」
「お願いだから、もう置いて行かないでくれ」
寝言だろうか。それにしてはあまりにも切実な懇願だった。
閉じられたままの目元から涙が流れ落ちていく。
「ごめん………ごめんね」
リュカはラシオンに謝ることしか出来ない。ずっとここに居られたらどれだけ幸せだろう。
しかしそれは女王がいる限り不可能だ。
女王は絶対にリュカが死ぬまでリュカのことを手放さない。たとえ今逃げることができても、必ず再び追いかけてくる。
いっそ女王を殺してしまえば全て解決するのに。何度もそう考えはしたがそれは不可能なのだ。
何故なら女王はこの世界でたった一人、不死身の魔法を持って生まれた人間だから。
女王は既に数千年生きている。そして恐らく、ラシオンも同じくらいの長さを生きている。
この八年、リュカは女王とメイドの会話を気付かれないよう聞き続けていた。
『あの者』は白を持って生まれた人間を女王の元から必ず盗み出し、女王が漸く見つけ出した頃には女王にとって何よりも大切な『白』に黒が混ざり灰色へ変化した後だったという。
あの者というのはラシオンのことだと思っていたが、それならどうしてラシオンはリュカの白を汚してくれないのだろう。
それに盗むどころかいつも夜が明ける前にはあの部屋に返されてしまう。
自分が千年ぶりに生まれた純白の持ち主だといことと関係があるのだろうか。
「はやく僕にも黒をちょうだいよ。もう時間がないんだから」
✽✽✽
リュカが帰った後、ラシオンは一人花畑で寝転んでいた。リュカが幼い頃に魔法で作ったこの空間で唯一黒以外の色が咲き誇る場所だ。
様々な色を持つ花達はコロコロと表情を変えるリュカにどこか似ている。リュカは純粋な白の持ち主ではあるが、実際は色々な色を持つ子だ。
そしてその色はラシオンの黒にすら浸透してきて、言葉にできないほどの感情が自分で押さえつけられない勢いで溢れ出てくる。
ラシオンは自分の小指に嵌まっている黒色の指輪に触れた。リュカが初めて魔法で作り出し、ラシオンが付けられるよう自分でサイズまで調整してくれた。
結局殆どの時間ラシオンが付けていて、今ではリュカが此方に居る時にも返していない。
その指輪にそっと口づける。
次の瞬間、それぞれの色を持って咲き誇っていた花々は自分の色を失い萎れてしまった。
「―――潮時だ」
あの子を黒に染める時が来た。
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