黒に染まる

7瀬

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第三話

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「女王陛下がいらっしゃいました」

 名前も知らないメイドが無表情で部屋を訪れる。

 白に金色の刺繍があしらわれた装束を身に纏ったリュカは椅子から立ち上がると絨毯に膝を付け頭を下げた。

 メイドが開けたドアからコツコツと特有の高い靴音が聞こえてくる。それが近づいて来るに連れてリュカの心臓の音が大きくなった。

「顔を上げなさい」

 天使のような声をしている。
 高く柔らかで、この人の声は人の心を緩ませる魔力を纏っているみたいに鼓膜を心地よく揺らす。

 それすらリュカには目に見えない毒が纏わりついてくるように感じられてとてつもない吐き気に襲われた。

「偉大なる女王陛下にご挨拶申し上げます」

 本心を隠してリュカは顔を上げた。  
 
 金色の髪と碧い瞳を持つ女王は老いることを知らず、リュカが初めて会った頃から一切変わらない若々しい容姿をしている。

 挨拶をしている間に女王の手が伸びてきてリュカの頬に触れた。

 冷たい手だ。優しく触れられているのに気持ち悪くて仕方ない。

「やはり美しい白色ね。今漸く十歳になったところだったかしら」

「はい。陛下のご加護のおかげで、無事ここまで成長することができました」

「安心なさい。私が必ず貴方を守るわ。そうね………あと八年くらいはかかるかしら。八年も経てば、貴方の白は私のものになるに相応しい色となるでしょう。ですからそれまで、決して汚すことのないように。分かるわよね」

「はい。お約束いたします」

 リュカの返事に満足したのか、女王は部屋から去った。メイドも女王について行き、鍵の閉める音が虚しく響く。

 リュカは足を崩して絨毯に座り込んだ。立てた寮足に腕を回し膝に額をのせて丸くなる。

 この部屋は、女王が暮らす城の屋根裏にある。

 白に酷く執着している女王はリュカをここに閉じ込め、時が来るまでこの色が濁ることのないようリュカとメイドに厳しく言い聞かせた。

 リュカは女王が苦手だ。
 美しいものや綺麗ものばかりを詰め込んだ容姿と声をしているが内側に何を隠しているのか計り知れない。

 不意にラシオンの覇気に満ちた低い声と力強く自分を引っ張る手の感触を思い出した。

 話し方は賊みたいに荒っぽいし、手には遠慮なく力を込めてくる。それでも、リュカにはラシオンの方が女王より遥かに美しく綺麗に思えた。

 彼はどうしてあんなに綺麗なんだろう。
 皆僕の白を褒めるけど、ラシオンの黒の方がよっぽど神秘的だ。

 あれからほぼ毎日ラシオンに会いに行っているが、結局彼のことも黒の森のことも分からぬままだった。

「知りたい………」

 常に自分のそばにいるという精霊に話しかけたわけではない。ただ、思ったことを呟いただけだ。
 
 しかしリュカの願いに応えるように、この場を去ったはずの女王とメイドの声が頭の中に響いてきた。

 どうやらまた精霊が勝手に動いたみたいだ。最近時折こういうことがある。

『あの者はまだ見つからないの?』

『申し訳ありません。未だ足取りすら掴めておらず』

『はあ。分かっているの?あの子の白だけは必ず守り抜かなければならないの。あの子を失えば、また千年近く待たなければならなくなるわ。今度こそあの者に手を出させないようにしなさい』

『は。必ず』

「あの者。それに、今度こそって………」

 女王の言うものが誰なのか、リュカには当然心当たりしかない。女王が嫌う黒を持ち、女王にもメイドにも気づかれることなくリュカと接触している唯一の人。

 リュカは自分の左小指を見つめた。そこには今は何もはめられていない。あの指輪はラシオンに預けてある。

 リュカは絨毯に寝転び強く瞼を閉じた。 
 自分のためにもラシオンのためにも、あの森でのことは絶対にバレてはいけない

 しかしそれと同時に、何もかも投げ捨ててずっとあの森でラシオンと暮らしたいとすら思っている。

 そんなことを女王が許すわけがなく、ラシオンまで危険に巻き込まれてしまうのが怖くて愚かな願いは胸の内に隠した。


 ✽✽✽


「ラシオン、見て!綺麗でしょ?」

「おー、すっかり使いこなしてんな」

 黒の森の中、楽しそうに走り回るリュカの周りには色とりどりの花が咲いている。普通の花に混ざって燃え盛る炎の花に、噴水のように水が湧き上がる花、光輝いている花もある。

 単なる花を作り出すことは違う、この世界に存在しない植物を生み出すというのは相当魔法を使いこなさないと出来ないことだ。

 ラシオンは花畑に寝転んでそんなリュカを見守っていた。

「いやー、三ヶ月でここまで成長するとわな。俺って人に教える才能まであったのか」

「うん!ラシオンは凄いよ!世界で一番凄い!」

「俺以外に魔法使いなんて知ってんのか?」

「知ってるよ。女王陛下も魔法使いなんでしょ?」

 リュカは何の気なしに言っただけだ。
 けれどラシオンの気に触ってしまったらしく忌々し気に舌打ちをする。

「ごめん………」

「あーわりぃ。お前に怒ったわけじゃねえよ。俺はあのババアがマージで嫌いなの。ま、それはお互い様だろうけど」

 ラシオンが勢いよく身体を起こして頭を掻く。機嫌を損ねてしまった。リュカは自分の発言を後悔して眉を下げる。

「んな顔すんなよ。そーだ、飯食おうぜ。良いもん食って大きくなれ。そんで強くなるんだ」

「………!うん!」

「あ、そうだ。女王は魔法使いじゃねえぞ」

「え?」

「あのババアはなんつーか、元神様みてえな。俺もよく分からんがそんなのだ」

 リュカは女王とどういう関係なんだろうか。
 女王が言っていた『今度こそ』という言葉も気になる。

 しかしそれを本人に聞くほどリュカも馬鹿ではない。

 家に向かって歩き出したラシオンを追いかけて隣に並ぶ。自分より大きな手に触れればラシオンは突然のように握り返してくれて、リュカはそれが何より嬉しかった。





 







 



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