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第二話
しおりを挟むいつもの部屋の中、リュカは椅子に座って分厚い本のページを捲った。娯楽のないこの空間で唯一許されたのが読書だ。
とはいえ文字は青色で、挿絵にすら黒は使われていない。
「遥か昔、魔力を持たなかった者達が魔法使いの命を奪うことで魔力を持ち、その罪が髪と瞳を黒へと染めた。その者達の子孫も『黒』を持って生まれ、彼等は皆に疎まれ迫害された」
ラシオンも誰かの魔力を奪ったのだろうか?それとも奪った者の子孫なのだろうか?
指で文字を辿りながらラシオンの黒を思い浮かべる。
とても綺麗な色だった。本には醜く禍々しい色だと書かれているが、そんな風には見えない。
座ったまま上を見上げる。
天井にある丸い窓。窓と言っても開きはしないが、日光を浴びなければ成長に弊害出るからという理由で唯一作られた外との繋がりだった。
夜になればあそこから黒を見ることが出来る。それでも夜空の黒よりもラシオンの黒の方が深くてキラキラしていて………呑み込まれそうだった。
「………会いたいな」
まだ一日も経っていないのに、頭の中は彼のことばかりだ。はやく夜になって欲しい。そうしたら、またラシオンに会いに行ける。
✽✽✽
「よおリュカ。待ってたぞ」
今度は初めから家の中に繋がった。服装も黒のローブに変わっている。
ベッドに足を組んで座っていたラシオンはいたずらを企む子どもみたいな笑顔を浮かべていた。
「こ、こんばんは」
「うし。外出るぞ。魔法教えてやる」
「本当ですか!?」
「とーぜん。どうせアイツ等、お前に逃げられたら困るからわざと教えねえんだろ。だから俺様が師匠になってやる。いいか?この俺が教えるんだから、お前には王国一………いや、世界一の魔法使いになってもらわなきゃ困るぞ」
「僕なんかじゃとても………」
「できるできる。今この世界で一番の魔法使いは間違いなくこの俺だ。だからお前は俺を超えるだけでいーの。ま、簡単じゃねえけど」
頭の後ろで手を組みながら歩き出したラシオンに付いていく。黒に囲われたこの空間で、ラシオンの黒だけがどうしてこんなに輝いて見えるんだろう。
「そんじゃあまずは………何から教えたらいいんだ」
「ふふ」
「笑うんじゃねえ。誰かに教えるのなんて初めてなんだよ。リュカ、取り敢えずなんか願ってみろ」
「………?」
「なんかあんだろ。お願いだお願い」
土で汚れるのも気にせずにラシオンはその場に座り込む。また胡座をかいて肘を膝に立て、顎に手を添えた。
あまりにも適当な指示にリュカは戸惑った。
お願い事。
部屋から出たい。美味しいご飯を食べたい。自由になりたい。
挙げたらきりがない。
その中で敢えて一番を選ぶとしたら。
リュカは怠そうに欠伸をするラシオンを見つめた。ラシオンは不思議だ。黒を持っているのも、こんな森の中に住んでいるのも、凄い魔法をたくさん使えるのも、全てが新鮮で不可解なことの集合体だった。
「ラシオンのこと、知りたい………です」
「ああ?」
呆けていたラシオンが驚いたように大きく目を開ける。なんだかいけないことを願ってしまった気がしてリュカは顔を反らした。
「あっははははは!それは魔法じゃあ叶わねえなあ。俺のことは一緒にいるうちに分かってくるさ。もっと具体的っつーか………イメージしやすいもののが良いかもな。ほら、お前が暮らしてる部屋を消えない炎で燃やしちまいたいとか、メイド達を干からびさせたいとか!」
「ラシオン、僕のこと知ってるんですか?」
同じ部屋の中で過ごしていること、メイド達が苦手なこと。ラシオンは当たり前みたいに口にする。
「俺に知らないことなんてねーの。
いいか?魔法は精霊との対話なんだ。願い事を精霊に伝えてみな。お前の周りには精霊が群がってる。姿を捉えなくても、精霊の存在を意識して問いかければ必ず応えてくれる」
ラシオンの根拠のない一言は、何故か抵抗なくリュカの胸にストンと落ちた。
何でも知ってるんだ。僕が閉じ込められてることも知ってて、僕に魔法を教えてくれようとしている。
「………黒。ラシオンと同じ、黒が欲しい」
そう呟くと瞬く間にリュカを中心に白色の光の粒子が湧き上がり、その光はリュカの左手の小指に集まっていった。
そうして光が消えた後、リュカの小指には黒色の指輪が嵌められていた。
「できた………できました!ラシオン、僕魔法使えまし、た………」
小指を高く掲げてラシオンの方を見る。ラシオンの表情はリュカの想像していたものとは全く異なっていて、リュカは胸が酷く締め付けられた。
―――どうして泣きそうな顔をしてるんだろう
悲しみとは少し違う。ずっと待ち続けていた何かを目にしたような、叶わないと思っていた夢が叶ったような、そんな顔。
「今、リュカが魔法を使ったんだよな」
「は、はい」
「そうか………そうかぁ………」
ラシオンは先程まで顎を乗せていた右手を額に当てて俯いてしまう。
もしかして泣いているのだろうか。
リュカがしゃがんでラシオンの顔を覗き込もうとした時、丁度ラシオンが顔を上げた。
鼻先がぶつかりそうな距離にラシオンの顔がある。
やっぱり綺麗な顔してる。真っ黒の瞳に自分の白が映り込んでキラキラ輝いていた。
「宝石みたい………」
「ああ?」
「ラシオンの黒、宝石みたい」
リュカは思わず笑みを零した。頬を淡く染め、金色がかった瞳を細めて心底幸せそうに顔を綻ばせる。
「はは、そうかよ」
ラシオンはつられて軽く笑うと、リュカの肩に額をのせて項垂れてしまう。
「大丈夫ですか?」
「あー、いや。ちょっとこのままでいさせてくれ」
「………」
今、彼はどんな顔をしているんだろう。
とうしてあんなに苦しそうに自分を見ていたのか。いつも余裕綽々としていて自信満々に笑っていたのに、さっきの笑顔はなんだか力がなかった。
リュカは恐る恐るラシオンの背中に手を伸ばす。自分がもっと大きかったら。ラシオンと同じくらい大人だったら。そうしたら、もっとちゃんと抱き締めてあげられたのに。
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