黒に染まる

7瀬

文字の大きさ
上 下
2 / 7

第二話

しおりを挟む
 
 いつもの部屋の中、リュカは椅子に座って分厚い本のページを捲った。娯楽のないこの空間で唯一許されたのが読書だ。

 とはいえ文字は青色で、挿絵にすら黒は使われていない。

「遥か昔、魔力を持たなかった者達が魔法使いの命を奪うことで魔力を持ち、その罪が髪と瞳を黒へと染めた。その者達の子孫も『黒』を持って生まれ、彼等は皆に疎まれ迫害された」

 ラシオンも誰かの魔力を奪ったのだろうか?それとも奪った者の子孫なのだろうか?

 指で文字を辿りながらラシオンの黒を思い浮かべる。

 とても綺麗な色だった。本には醜く禍々しい色だと書かれているが、そんな風には見えない。

 座ったまま上を見上げる。

 天井にある丸い窓。窓と言っても開きはしないが、日光を浴びなければ成長に弊害出るからという理由で唯一作られた外との繋がりだった。

 夜になればあそこから黒を見ることが出来る。それでも夜空の黒よりもラシオンの黒の方が深くてキラキラしていて………呑み込まれそうだった。

「………会いたいな」

 まだ一日も経っていないのに、頭の中は彼のことばかりだ。はやく夜になって欲しい。そうしたら、またラシオンに会いに行ける。


 ✽✽✽


「よおリュカ。待ってたぞ」

 今度は初めから家の中に繋がった。服装も黒のローブに変わっている。
 ベッドに足を組んで座っていたラシオンはいたずらを企む子どもみたいな笑顔を浮かべていた。

「こ、こんばんは」

「うし。外出るぞ。魔法教えてやる」

「本当ですか!?」

「とーぜん。どうせアイツ等、お前に逃げられたら困るからわざと教えねえんだろ。だから俺様が師匠になってやる。いいか?この俺が教えるんだから、お前には王国一………いや、世界一の魔法使いになってもらわなきゃ困るぞ」

「僕なんかじゃとても………」

「できるできる。今この世界で一番の魔法使いは間違いなくこの俺だ。だからお前は俺を超えるだけでいーの。ま、簡単じゃねえけど」

 頭の後ろで手を組みながら歩き出したラシオンに付いていく。黒に囲われたこの空間で、ラシオンの黒だけがどうしてこんなに輝いて見えるんだろう。

「そんじゃあまずは………何から教えたらいいんだ」

「ふふ」

「笑うんじゃねえ。誰かに教えるのなんて初めてなんだよ。リュカ、取り敢えずなんか願ってみろ」

「………?」

「なんかあんだろ。お願いだお願い」

 土で汚れるのも気にせずにラシオンはその場に座り込む。また胡座をかいて肘を膝に立て、顎に手を添えた。

 あまりにも適当な指示にリュカは戸惑った。
 お願い事。
 部屋から出たい。美味しいご飯を食べたい。自由になりたい。

 挙げたらきりがない。

 その中で敢えて一番を選ぶとしたら。

 リュカは怠そうに欠伸をするラシオンを見つめた。ラシオンは不思議だ。黒を持っているのも、こんな森の中に住んでいるのも、凄い魔法をたくさん使えるのも、全てが新鮮で不可解なことの集合体だった。

「ラシオンのこと、知りたい………です」

「ああ?」

 呆けていたラシオンが驚いたように大きく目を開ける。なんだかいけないことを願ってしまった気がしてリュカは顔を反らした。

「あっははははは!それは魔法じゃあ叶わねえなあ。俺のことは一緒にいるうちに分かってくるさ。もっと具体的っつーか………イメージしやすいもののが良いかもな。ほら、お前が暮らしてる部屋を消えない炎で燃やしちまいたいとか、メイド達を干からびさせたいとか!」

「ラシオン、僕のこと知ってるんですか?」

 同じ部屋の中で過ごしていること、メイド達が苦手なこと。ラシオンは当たり前みたいに口にする。

「俺に知らないことなんてねーの。
 いいか?魔法は精霊との対話なんだ。願い事を精霊に伝えてみな。お前の周りには精霊が群がってる。姿を捉えなくても、精霊の存在を意識して問いかければ必ず応えてくれる」

 ラシオンの根拠のない一言は、何故か抵抗なくリュカの胸にストンと落ちた。

 何でも知ってるんだ。僕が閉じ込められてることも知ってて、僕に魔法を教えてくれようとしている。

「………黒。ラシオンと同じ、黒が欲しい」

 そう呟くと瞬く間にリュカを中心に白色の光の粒子が湧き上がり、その光はリュカの左手の小指に集まっていった。

 そうして光が消えた後、リュカの小指には黒色の指輪が嵌められていた。

「できた………できました!ラシオン、僕魔法使えまし、た………」

 小指を高く掲げてラシオンの方を見る。ラシオンの表情はリュカの想像していたものとは全く異なっていて、リュカは胸が酷く締め付けられた。

 ―――どうして泣きそうな顔をしてるんだろう

 悲しみとは少し違う。ずっと待ち続けていた何かを目にしたような、叶わないと思っていた夢が叶ったような、そんな顔。

「今、リュカが魔法を使ったんだよな」

「は、はい」

「そうか………そうかぁ………」

 ラシオンは先程まで顎を乗せていた右手を額に当てて俯いてしまう。

 もしかして泣いているのだろうか。
 リュカがしゃがんでラシオンの顔を覗き込もうとした時、丁度ラシオンが顔を上げた。

 鼻先がぶつかりそうな距離にラシオンの顔がある。

 やっぱり綺麗な顔してる。真っ黒の瞳に自分の白が映り込んでキラキラ輝いていた。

「宝石みたい………」

「ああ?」

「ラシオンの黒、宝石みたい」

 リュカは思わず笑みを零した。頬を淡く染め、金色がかった瞳を細めて心底幸せそうに顔を綻ばせる。

「はは、そうかよ」

 ラシオンはつられて軽く笑うと、リュカの肩に額をのせて項垂れてしまう。

「大丈夫ですか?」

「あー、いや。ちょっとこのままでいさせてくれ」

「………」

 今、彼はどんな顔をしているんだろう。
 とうしてあんなに苦しそうに自分を見ていたのか。いつも余裕綽々としていて自信満々に笑っていたのに、さっきの笑顔はなんだか力がなかった。

 リュカは恐る恐るラシオンの背中に手を伸ばす。自分がもっと大きかったら。ラシオンと同じくらい大人だったら。そうしたら、もっとちゃんと抱き締めてあげられたのに。



 






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

処女姫Ωと帝の初夜

切羽未依
BL
αの皇子を産むため、男なのに姫として後宮に入れられたΩのぼく。  七年も経っても、未だに帝に番われず、未通(おとめ=処女)のままだった。  幼なじみでもある帝と仲は良かったが、Ωとして求められないことに、ぼくは不安と悲しみを抱えていた・・・  『紫式部~実は、歴史上の人物がΩだった件』の紫式部の就職先・藤原彰子も実はΩで、男の子だった!?というオメガバースな歴史ファンタジー。  歴史や古文が苦手でも、だいじょうぶ。ふりがな満載・カッコ書きの説明大量。  フツーの日本語で書いています。

巨根騎士に溺愛されて……

ラフレシア
BL
 巨根騎士に溺愛されて……

皇帝陛下の精子検査

雲丹はち
BL
弱冠25歳にして帝国全土の統一を果たした若き皇帝マクシミリアン。 しかし彼は政務に追われ、いまだ妃すら迎えられていなかった。 このままでは世継ぎが産まれるかどうかも分からない。 焦れた官僚たちに迫られ、マクシミリアンは世にも屈辱的な『検査』を受けさせられることに――!?

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

βの僕、激強αのせいでΩにされた話

ずー子
BL
オメガバース。BL。主人公君はβ→Ω。 αに言い寄られるがβなので相手にせず、Ωの優等生に片想いをしている。それがαにバレて色々あってΩになっちゃう話です。 β(Ω)視点→α視点。アレな感じですが、ちゃんとラブラブエッチです。 他の小説サイトにも登録してます。

勇者よ、わしの尻より魔王を倒せ………「魔王なんかより陛下の尻だ!」

ミクリ21
BL
変態勇者に陛下は困ります。

EDEN ―孕ませ―

豆たん
BL
目覚めた所は、地獄(エデン)だった―――。 平凡な大学生だった主人公が、拉致監禁され、不特定多数の男にひたすら孕ませられるお話です。 【ご注意】 ※この物語の世界には、「男子」と呼ばれる妊娠可能な少数の男性が存在しますが、オメガバースのような発情期・フェロモンなどはありません。女性の妊娠・出産とは全く異なるサイクル・仕組みになっており、作者の都合のいいように作られた独自の世界観による、倫理観ゼロのフィクションです。その点ご了承の上お読み下さい。 ※近親・出産シーンあり。女性蔑視のような発言が出る箇所があります。気になる方はお読みにならないことをお勧め致します。 ※前半はほとんどがエロシーンです。

横暴な幼馴染から逃げようとしたら死にそうになるまで抱き潰された

戸沖たま
BL
「おいグズ」 「何ぐだぐだ言ってんだ、最優先は俺だろうが」 「ヘラヘラ笑ってんじゃねぇよ不細工」 横暴な幼馴染に虐げられてはや19年。 もうそろそろ耐えられないので、幼馴染に見つからない場所に逃げたい…! そう考えた薬局の一人息子であるユパは、ある日の晩家出を図ろうとしていたところを運悪く見つかってしまい……。 横暴執着攻め×不憫な受け/結構いじめられています/結腸攻め/失禁/スパンキング(ぬるい)/洗脳 などなど完全に無理矢理襲われているので苦手な方はご注意!初っ端からやっちゃってます! 胸焼け注意!

処理中です...