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順風満帆
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■
陽の光が街の石畳を優しく照らす、そんな日。
エイダとリラは探索に必要な物資を街の商店街で買い込んでいた。
エイダはリラに対して、購入すべき道具の品質や使い方について、一つ一つ丁寧に教えていた。
エイダの声には経験に裏打ちされた知識への自信が滲んでおり、リラはそんなエイダを頼もしく感じていた。
当初は互いに気後れというか、構える部分があったが、何度も一緒に買い物をし、食事をし、迷宮で命を預けあえば次第にわだかまりも消えていく。
エイダとリラが初めて知り合ってから五か月目。
二人の関係は急速に距離が縮まっていき、いまでは寒い日の夜などは、二人で同じ寝床にもぐりこむ程度には親しくなっていた。
この時には既にサイラスは、余りリラと迷宮を探索することが無くなっていた。
二人の師弟関係に亀裂が生じたからではない。
サイラスはそれまでの腑抜けた自分を鍛えなおすため、時には一人で、時にはバエルと共に。
あるいは即興で組んだ仲間達と共に迷宮の中層から深層へと探索範囲を広げていたし、リラもまたエイダと浅層から中層へと探索範囲を広げていた。
ある種の依存関係から脱却し、互いが互いを一個の大人として尊重し合うようになったという事だ。
・
・
・
「基本的な事はサイラスさんが教えてくれたかもしれないけれど、お互い何を知っていて何を知らないかを共有するっていうのは大事な事ですからねっ」
そんな事を言いながら、エイダはリラに自身の技能を開示していく。
エイダのこの振る舞いは、探索者としては可でもあり不可でもある。
信頼できる仲間に対してという意味ならば可だし、知り合ったばかりの一時的な仲間に対してという意味ならば不可だ。
というのも、探索者の死因としてはどちらかといえば少数の部類だが "裏切られて死亡" というのも無いわけではないからだ。
迷宮の特性として、迷宮内で死んだ場合は死体が消えてしまうというものがあるが、この特性を悪用するものは一定数いる。
だから知り合ったばかりの相手に自身の手札を明かすというのは愚の骨頂以外の何物でもない。
・
・
・
これは余談だが、仲間へ手を掛ける者というのは意外な事にそこまで多くはない。
というのも、一度でも探索をまともにした者ならば分かる事だが、迷宮というものは"怖い"のだ。それは魔物への恐怖だとか、感知できない罠に対する恐怖だとかとは違う、何か生物としての根源を脅かしてくるような不気味な恐ろしさであった。
"俺は夜空って嫌いなんだよな、だって何かが眠っているような気がしないか?夜空を眺めていたら、急にパチッとでかい眼が開いてこっちを凝視してくるような気がするんだよ。でも何もしてこないんだ。魔術も使ってこないし、殴ったりもしてこない。でもバカでかい目でこっちをじっと見ているんだよ。俺には理解できないでかくてよくわからん何かがずっと俺の事を見ているんだ。そんなことを考えていると怖くなっちまってさ。…俺はたまに、迷宮で同じ怖さを感じる事がある"
ある探索者が酒の席でこんな事を言った。
彼の仲間達も周囲の探索者達も、彼を嘲笑ったりはしなかった。なぜなら彼等は皆その"怖さ"を知っているからである。
仲間なんて関係、心持ち一つで、切っ掛け一つで覆る事は皆が分かっている事だ。
しかし、そんな頼りない温もりが迷宮の闇に呑み込まれるか呑み込まれないか、その最後の一線を分かつものであるという事も同時に理解していた。
だから探索者として一端の者になればなるほどに、そういった裏切り行為というのは鳴りを潜めてくるのである。
千が一、万が一。
迷宮の暗がりから "悍ましいモノ" が這い出てきたとき、仲間との絆が最後の希望になるかもしれないのだから。
・
・
・
エイダは自身の技術をリラに教えていくことに抵抗を感じてはいなかった。というのも、彼女の師であるバエルがリラと仲良くしろと言ったからだ。
バエルはエイダにとって特別な存在だった。
師でもあり、年の離れた兄であり、そして…父でもある。そんな存在だ。
彼女は物心がついた時には既にバエルと共に世界を旅していたし、探索者の道を志したのもバエルの手助けがしたかったからである。
そんな彼がリラと仲良くしろと言ったのならば、もはや是非もなかった。
だが、いつからだっただろうか。
黒骨騎士と呼ばれる黒い骨の騎士が鋭く斬りつけてきて、その速さに対応できなかったエイダが大けがを覚悟した時。
リラがエイダを付き飛ばして、白く小さい拳で剣の側面を叩いて黒骨騎士の態勢を崩して、致死の一撃を反撃の契機へと引っ繰り返し…戦いの後、死ぬかとおもったと二人で抱き合った時だっただろうか。
それとも、いつだったか呑みすぎてしまった時。
気付けば宿の寝床に寝かされていて、傍らをみればリラの寝顔があった時だろうか。
──いつから、私は彼女の事を本当の友達だと…
それは彼女のちょっとした悩み…というか疑問だだ。ただし、悩みだとしても疑問だとしても、それは解決してほしくない類のモノであった。
なぜ解決してほしくないのか?
もし解決してしまえば、自身の心の中で温めて、寂しくなったら取り出すことが出来なくなってしまうかもしれないからだ。
■
何もかもが温かく。
何もかもが光に満ちて。
往く先に待ち受けるものは輝く未来。
サイラスもリラもエイダも、もしかしたら皮肉屋のバエルでさえそんなことを思ったほどに、この時の四人は全てにおいて順調だった。
・
・
・
リラは空を見上げる。
あれだけ晴れていた空に翳りが差していた。
「エイダ、雨が降るかも」
リラが言うと、エイダもリラの視線の先を追う。
「洗濯物が濡れてしまいます!!エイダ!走って宿へ帰りますよ!」
エイダが走り出す。
リラは "私のほうが速いけどね" と走り出し、あっという間にエイダを置き去りにした。
陽の光が街の石畳を優しく照らす、そんな日。
エイダとリラは探索に必要な物資を街の商店街で買い込んでいた。
エイダはリラに対して、購入すべき道具の品質や使い方について、一つ一つ丁寧に教えていた。
エイダの声には経験に裏打ちされた知識への自信が滲んでおり、リラはそんなエイダを頼もしく感じていた。
当初は互いに気後れというか、構える部分があったが、何度も一緒に買い物をし、食事をし、迷宮で命を預けあえば次第にわだかまりも消えていく。
エイダとリラが初めて知り合ってから五か月目。
二人の関係は急速に距離が縮まっていき、いまでは寒い日の夜などは、二人で同じ寝床にもぐりこむ程度には親しくなっていた。
この時には既にサイラスは、余りリラと迷宮を探索することが無くなっていた。
二人の師弟関係に亀裂が生じたからではない。
サイラスはそれまでの腑抜けた自分を鍛えなおすため、時には一人で、時にはバエルと共に。
あるいは即興で組んだ仲間達と共に迷宮の中層から深層へと探索範囲を広げていたし、リラもまたエイダと浅層から中層へと探索範囲を広げていた。
ある種の依存関係から脱却し、互いが互いを一個の大人として尊重し合うようになったという事だ。
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「基本的な事はサイラスさんが教えてくれたかもしれないけれど、お互い何を知っていて何を知らないかを共有するっていうのは大事な事ですからねっ」
そんな事を言いながら、エイダはリラに自身の技能を開示していく。
エイダのこの振る舞いは、探索者としては可でもあり不可でもある。
信頼できる仲間に対してという意味ならば可だし、知り合ったばかりの一時的な仲間に対してという意味ならば不可だ。
というのも、探索者の死因としてはどちらかといえば少数の部類だが "裏切られて死亡" というのも無いわけではないからだ。
迷宮の特性として、迷宮内で死んだ場合は死体が消えてしまうというものがあるが、この特性を悪用するものは一定数いる。
だから知り合ったばかりの相手に自身の手札を明かすというのは愚の骨頂以外の何物でもない。
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これは余談だが、仲間へ手を掛ける者というのは意外な事にそこまで多くはない。
というのも、一度でも探索をまともにした者ならば分かる事だが、迷宮というものは"怖い"のだ。それは魔物への恐怖だとか、感知できない罠に対する恐怖だとかとは違う、何か生物としての根源を脅かしてくるような不気味な恐ろしさであった。
"俺は夜空って嫌いなんだよな、だって何かが眠っているような気がしないか?夜空を眺めていたら、急にパチッとでかい眼が開いてこっちを凝視してくるような気がするんだよ。でも何もしてこないんだ。魔術も使ってこないし、殴ったりもしてこない。でもバカでかい目でこっちをじっと見ているんだよ。俺には理解できないでかくてよくわからん何かがずっと俺の事を見ているんだ。そんなことを考えていると怖くなっちまってさ。…俺はたまに、迷宮で同じ怖さを感じる事がある"
ある探索者が酒の席でこんな事を言った。
彼の仲間達も周囲の探索者達も、彼を嘲笑ったりはしなかった。なぜなら彼等は皆その"怖さ"を知っているからである。
仲間なんて関係、心持ち一つで、切っ掛け一つで覆る事は皆が分かっている事だ。
しかし、そんな頼りない温もりが迷宮の闇に呑み込まれるか呑み込まれないか、その最後の一線を分かつものであるという事も同時に理解していた。
だから探索者として一端の者になればなるほどに、そういった裏切り行為というのは鳴りを潜めてくるのである。
千が一、万が一。
迷宮の暗がりから "悍ましいモノ" が這い出てきたとき、仲間との絆が最後の希望になるかもしれないのだから。
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エイダは自身の技術をリラに教えていくことに抵抗を感じてはいなかった。というのも、彼女の師であるバエルがリラと仲良くしろと言ったからだ。
バエルはエイダにとって特別な存在だった。
師でもあり、年の離れた兄であり、そして…父でもある。そんな存在だ。
彼女は物心がついた時には既にバエルと共に世界を旅していたし、探索者の道を志したのもバエルの手助けがしたかったからである。
そんな彼がリラと仲良くしろと言ったのならば、もはや是非もなかった。
だが、いつからだっただろうか。
黒骨騎士と呼ばれる黒い骨の騎士が鋭く斬りつけてきて、その速さに対応できなかったエイダが大けがを覚悟した時。
リラがエイダを付き飛ばして、白く小さい拳で剣の側面を叩いて黒骨騎士の態勢を崩して、致死の一撃を反撃の契機へと引っ繰り返し…戦いの後、死ぬかとおもったと二人で抱き合った時だっただろうか。
それとも、いつだったか呑みすぎてしまった時。
気付けば宿の寝床に寝かされていて、傍らをみればリラの寝顔があった時だろうか。
──いつから、私は彼女の事を本当の友達だと…
それは彼女のちょっとした悩み…というか疑問だだ。ただし、悩みだとしても疑問だとしても、それは解決してほしくない類のモノであった。
なぜ解決してほしくないのか?
もし解決してしまえば、自身の心の中で温めて、寂しくなったら取り出すことが出来なくなってしまうかもしれないからだ。
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何もかもが温かく。
何もかもが光に満ちて。
往く先に待ち受けるものは輝く未来。
サイラスもリラもエイダも、もしかしたら皮肉屋のバエルでさえそんなことを思ったほどに、この時の四人は全てにおいて順調だった。
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リラは空を見上げる。
あれだけ晴れていた空に翳りが差していた。
「エイダ、雨が降るかも」
リラが言うと、エイダもリラの視線の先を追う。
「洗濯物が濡れてしまいます!!エイダ!走って宿へ帰りますよ!」
エイダが走り出す。
リラは "私のほうが速いけどね" と走り出し、あっという間にエイダを置き去りにした。
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