ヤンデレ御曹司から逃げ出した、愛され花嫁の168時間

水田歩 

文字の大きさ
50 / 55
第三章 大団円

【本当のハネムーンまで024時間〜迷子の妖精姫〜】

しおりを挟む
 こほん。

「船体として区切る壁があるのはわかったんですけど……、どうやって密閉されたところを行き来してるんですか」

 この船は大きい。
 ビルで言えば何階建てもあるような高さだ。
 例えばAの壁で区切られたところからBの壁で区切られたところに行くのに、いちいち最上層までいって最下層まで行くとしたら大変だよね。

「そこで、水密戸という開口部が生まれました」

 水密と水圧に耐える為、隔壁は厚さ数十センチから数メートルに及ぶらしいけれど、戸も壁と同じだけの分厚さを備えているのだという。
 ひええ。

「……人力で開け閉め出来るんですか」

 船員さん達、みんな怪力なんだろうか。

「勿論。一般の方でも操作は可能です。また、水密戸は船を保護するという観点から、ブリッジから全ての扉を閉める制御ができるようになっています」

「あ」
「そうです」

 殿下は操舵室と水密扉の閉システムの制御を操舵室から奪ったそうだ。

「透也様はわざと、殿下が扉閉システムを一部操作できるようにしていました」

 ……我が夫ながら、あざとい。

「円佳様?」

 思わず眉間にしわを寄せてしまったら気遣われてしまった。
 なんでもないと返事をしたら、さりげなく言われた。

「円佳様は万が一がある方ですから、開け方・閉め方をお教えしておきます」

『あんた絶対トラブルに遭うでしょ』
 ……なんだろう、確信めいた副音声が聞こえた気がする。
 『最悪』のときなんて、来ないことを祈るばかりだ。

 「円佳様。角を曲がりますと、第七船倉になります」

 緊張しだす。

『私が彼女を迎えに行く(大人の対応をしてやるわ)!』

 偉そうに息巻いたものの。

「わ、わたし。ラブロマンスの主人公はやってみたいけれど、サスペンスとバイオレンスのヒロインはしたくない円佳様は万が一がある方ですから」

 ついぼやけば、思いがけないことを言われた。

「ご冗談を。円佳様の経歴を映画監督に売れば、間違いなく今年のヒット作を作れるでしょう」

「なんですと?」

「いえ、とくに含みはございません」
「主に誓いまして」
「私達は円佳様の警護を誠意をもってさせて頂いております」 
 
 異口同音に言われた。
 が、敬意ゼロ。
 なんというかな、お兄ちゃんが妹をからかう語調だ。
 プロフィールによれば、私より年下君もいるんだけどな。

 ……常々思うけど、私いじられキャラじゃない?
 それにガードさん達の態度が犬達と似ている気がする。

 庭に放たれているドーベルマンやシェパード達に、透也君は群れのリーダーとして認められ畏れられている。同じわんこ達が、私だとじゃれだすのだ。
 
 屈強の高学歴イケメンガードさんをわんこ達と同じにしちゃいけないし、透也君は彼らのボスであって、私は単なる彼の妻なんだけど。
 
 庶民だから、かしずかれるよりはツッコまれるほうがいいんだけど。

 むーん。
 私のむっつり顔をどう解釈されたのか。

「参考までに申し上げておきますと」
「はい」

「円佳様のガードは我が社でもっとも優秀なものが承っております」
「え」

 透也君たら。

「わ、私のような一般人に、なんて無駄使いを……!」

 ぶ。

 空気が震えてる。
 見れば、ガードさん達全員の肩が震えてる。

「そのような認識は、円佳様お一人だけです」
「えー……」

 承服しかねるなあ。

「私、一般人ですよ? そりゃ、透也君がらみで誘拐はあるかもですが、それ以外は(多分)恨みを買っていませんし」

 私のガードなんてむしろ楽ですよね、と振り返れば、全員に目をそらされた。

 じりりん。
 船内電話が鳴り、びくつく。
 ガードさんの一人がしなやかな動作で受話器をとり、一言二言交わす。

 なんで電話が鳴るのっ、しかも私達しかいない所を狙って。ホラーか! ……ああ。無線が通じなくなっているんだ。

 そう思うと、心細さが足許から登って来る。
 透也君がいない。
 私から離れたのに、彼がついてきてくれるものだと思っていた。

 わかっている。多分、陛下と透也君しか立場上対抗出来る人がいないから残ったのだ。
 ……けれど心細い。
 こんなにガードさんに守っていただいているのに、それでも足許がおぼつかなくなる。

 受話器を置いたガードさんが合図すると、別のガードさんが骨伝導マイクとイヤホンを渡してくださる。

「透也様のいらっしゃるところまでは繋がりにくいですが、同じデッキにいる私達にはつながりますので」

 使い方を確認しながら装着していく。

 ウエストバッグを上から叩いて確かめる。
 なかには携帯、予備電源。
 そしてエマージェンシーシートと携行食糧と水。消毒薬と絆創膏、三角巾まで入ってる。

 ……新婚旅行中の豪華客船で、こんな荷物必要? が、これは透也君とガードさんの教育の賜物なのだ。なんせ、すぐにフラフラと放浪を始めちゃうので。てへ。

 ガードさんが独り言めいてつぶやく。

「この船は透也様が持っておられる会社がオーナーということはお気づきかと思いますが」

 うん。

「対テロ用、および海賊対策をしている船なのですよ」
「は……い……?」

 曰く、麻酔銃や電気銃の携帯が認められ、船員一人一人が対海賊対策をしている防犯のプロなのだとか。

「おわぁ……」

 なんというか、透也君らしすぎる。

「サイバーテロについては経験値が足りなかった。今回はいい実戦になったことでしょう」

 とすると、なにか。
 透也君はハネムーンで私とあの兄妹を釣って、まんまと演習に仕立てたと、そういうことだろうか。

 だから新婚で舞い上がっている私に水を差したくないアーンド、腹芸の出来ない私に真意を告げなかったのだ。

 むうう。
 私は頬をふくらませた。

 透也君が私を囮に使う気はなかったということは十分すぎるほど理解している。
 おそらく、私を怒らせて透也君まで不安にさせた、あの兄妹に相応な仕返しを考えた結果なのだろう。

 あと、私と対峙させることで『君達じゃ僕達の間に割り込むのは無理』という宣言も入ってたんだろうな(照れ)

 透也君は事あるごとに私にどれだけ惚れてるかをのろけたい人だもの。
 私はセレブの人達を圧倒させる特技なんてない、一般人なのに。

『こんなにカッコいい女が俺の妻なんです。ね、他に目がいくわけないでしょう?』

 と、言いたくて仕方ないのだ。
……透也君の、私に惚れたフィルターは世界一だと思う。

 ほんと、なにが良くて彼はあんなに私にべた惚れなんだろう。
 私としては、いつまでもそのフィルターが高性能であることを祈るばかりだ。

 不思議がっている私も、透也君が大好きだけどね!
 それにしても。

「私って透也君の奥様としてのスキル、まだまだなんですね……」

「円佳様はそのままでよろしいと透也様は考えておられます」

 ほんとだろうか。

「我々も貴女のガードをしておりますと、退屈しませんので」

 にぃぃぃっこりといい笑顔をされましても。

「……人をトラブルメーカーみたいに言わないでください……」

 自覚ないのか、って実声で聞こえたぞ。
 なんだろう、殿下と一緒に逃げたくなってきた。
 

 角を曲がったとき、殿下が水密扉を中から閉めようとしていたところだった。考えるまもなく、私は駆け出した。

「円佳様っ」

 ガードさんの手が指にかすったなと思ったけれど、振りきった。
 何かを蹴って、私は扉と壁の間の僅かな空間に身を滑りこませた。

 がこぉぉん。
 重々しい音がして、扉はしまり。そして視界は闇に塗りつぶされた。

 ……あー、

「NINE!!」

 悲鳴が聞こえた。殿下だ。
 落ち着ついてと言う前に、ドイツ語で『いやあああああ、出してぇぇっ』の大絶叫。

 いや、貴女が自ら飛び込んだんでしょうが。
 私も閉所恐怖症持ちだし、暗闇も苦手な筈なんだけれど。自分よりパニックしている人を見ると落ち着くというのは真理らしい。

「それにしても……」

 殿下を刺激しないように、口の中でつぶやく。
 鼻をつままれてもわからない、とはよく言ったものだ。上下感覚も怪しくなる。

 私がまだ正常でいられるのは、ゴツゴツとした水密扉に触れているからだ。

「とりあえず、電気は点けたほうがいいよね」

 えっと、スイッチはどこだろう。
 扉に絶えず触れているようにして、ぺしぺしと叩いていく。

 その間も殿下の悲鳴が聞こえる。
 しかも、段々遠ざかっていく。が、声はすれども姿は見えない。
 追いかけたいけど、こらえる。闇雲に追ったら二人とも迷宮入りだ。

「ちょっと待ってて」

 それまでぶつかったり転ばないでよぉ……。
 祈りはむなしく。

「ぐっ」

 くぐもった音と、ガツンという音。それからどさりという音。

「ちょっと、殿下っ」

 慌てて携帯のライトをつけてみても、暗がりに灯りが吸い込まれるだけ。
 どうしよう……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

優しい雨が降る夜は

葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン 無自覚にモテる地味子に 余裕もなく翻弄されるイケメン 二人の恋は一筋縄ではいかなくて…… 雨降る夜に心に届いた 優しい恋の物語 ⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡ 風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格 雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン

ハメられ婚〜最低な元彼とでき婚しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
久しぶりに会った元彼のアイツと一夜の過ちで赤ちゃんができてしまった。どうしよう……。

処理中です...