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第二章 婚前編
②
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……思い出した。
私が中学生の頃、突然あごが痛くなった。
連れていかれた口腔外科でレントゲンを撮られたところ、『親知らずが歯茎の中を隣の歯の根元に向かって、横に伸びている』と診断された。
そのままだと隣の歯の根元が腐ってしまうという、なんとも性悪な親知らずだったので、切開手術で摘出することになった。
麻酔をしてても反射行動から、舌を噛んだり歯医者さんの指を噛み切ったりするかもしれない。
危険だから、無理矢理口を開いておけるマウスピースの変形バージョンみたいなものを嵌められた。
『あ、なんか拘束されている』って思った瞬間、心臓がバクバクになって過呼吸になってしまった。
先生が落ち着かせてくれて事なきを得た、んだけど。
「……なんで知ってるの」
ボディーガードさんは別の部屋で待機してたし、透也君に知られたら絶対に大騒ぎされるから、先生には口留めしておいたのに。
「僕が円佳のことで知らないことがあるのは許せない。医師にはカルテも提出させている」
当然とばかりに答えられてしまった。
それって個人情報漏洩って言わない?
「……ええと。人が他の人のことを完全に知りえるなんてないと思うんだけどな、ははは」
「僕は知りたいことは全て知らねば気が済まない」
――守秘義務とは。
「治療室内をモニターさせていたボディーガードからも報告があった。それから医療チームを編成させて、円佳の生活パターンを映像や音声だけでなく色々と検証した。結果我々は、君について閉所恐怖症だと判断をくだした」
「堂々と盗聴・盗撮させていたように聞こえたのは気のせい?」
「気のせいだ。僕が行ったのは単なる警戒だからね」
――普通、歯医者さん内部で警備という名のストーカーされてるなんて、誰も思わない。
「以来、円佳の体温・脈拍を記録させている。君がなにがきっかけで閉所恐怖症の発作を起こすかわからないから」
言われて、手首に嵌めているリストバンドに眼を止めた。
「……たしか。抜歯のあと、これを渡されたんだよね」
『心拍数や体温、体の状態をモニターする新製品なんだ。色々なデータが欲しいから、円佳ちゃんも身に着けてもらえる?』
透也君に説明されて以来、なんの疑問も思わず身に着けてきた。
毎年、『新商品が出たよ』と言われては古いのを透也君に返し、新しいものを素直に腕に巻き付けなおしている。
私が発作を起こしたときを見つけるためのものだったんだ……。
感動しそうになっていたら、爆弾を投下された。
「歯医者だけじゃない。円佳の行く場所はあらかじめ監視及び警護させているし、当たり前だけれど君に隠しマイクを持たせて、周囲の音声にも注意している。ドラレコは全方位ではないから、開発中のものを組み込んであるが」
……………………へ。
「あ、当たり前って言った?」
今、確実に心臓が一瞬とまった。
音声もそうだけど、ドラレコってドライブレコーダーという正式名称の車載型の映像記録装置。
自動車事故発生状況を調べるためのものだけど、盗撮用に使ってるの?
「なにも問題はない。それに円佳のプライバシーには最大限の注意をはらっている」
――プライバシーとは。
私がよほど呆けた顔をしていたんだろう、透也君もなぜか呆然とした表情になった。
「……まさか。用意周到で不安要素は全部潰さないとGOサインを出さない僕が、眼を離したら最後なにをしでかすかわからない君を、野放しにするとでも本気で考えているのか?」
あうあう。
私、残念な子みたいに言われてない?
「……聴かれて視られてたんだ……」
誰かがつぶやいた。
ああ、私の声だ、これ。
ボディーガードさんは距離を置いてついてきてくれてたから、油断してた。
ダイエット宣言中に、スナック菓子を一袋食べちゃって神様に懺悔したときとか。あるいは、いびきとかも聴かれてたの?
は!
「……まさか。透也君の誕生日やバレンタインのたびに『今年は何をあげようかな。プレゼントはわ・た・し。いやーんっ』ってランジェリーショップサイトでエッチな下着をチェックしてたときも?」
恐る恐る訊ねれば、こっくりと頷かれた。
「白い総レースで可憐さをアピールしようかとか、黒いアダルティな下着で攻めてみようとか。僕を悶え殺す気か、と思った。素のままでも手放せないのに、ラッピングされた円佳をプレゼントされたら僕は、少なくとも一か月は君を部屋から出さないだろう」
頬を染めてアブナイ発言しないで。『いいよ。離れない』って言いたくなるでしょう!
それはともかく。
「恥ずかしいな、もう! ボディガードさんたちに、絶対に笑われている。どうしてくれんのよう~!」
「……そこ?」
「そうだよ! 聴かれているとわかっていたら、私だってお上品にしたのに!」
私が言った途端、透也君が変な形に眉と唇を歪めた。
この顔を知っている。
私の言葉に大笑いしたいのに出来ないでいるときの表情だ。
「だっ、大体ねっ! 優秀なボディーガードさんに、なんで一般庶民を監視させるの!」
恥ずかしさを誤魔化すためにわめいたら、首をかしげられた。
「普通、一般人をガードするものじゃないか? よほどの上級軍人でない限り、警護しないものだ」
ち・がーう!
軍人ではないという意味では確かに、政府要人とかセレブも民間人になるかもしれない。
けどね、雲の上の人たちを気安く我々マジョリティのくくりに入れないでよ。
「あのね、円佳」
透也君にため息をつかれてしまった。
「他ならぬ君を、政治家や女優なんかと一緒にしないで欲しい。嘉島 透也の意中の女。それだけで円佳は護られるべき存在なんだから」
ここは身悶えするところでしょうか。それとも、デレるところでしょうか。
「……透也君のところのボディーガードさん、時給いくらよ」
照れ隠しをすることにして、反論を試みた。
私は月給制だけど、時間割したら彼らのほうが何倍ももらっているはず。
時給が高いほうが安い方を警護する、ておかしくない?
「お金もそうだけど資源と人材は無尽蔵じゃないんだよ、もったいない。なんで、そんなこと……っ」
したのよ、と怒りかけると視線をねじ込まれた。
「君を一人にするなんて、危なかしくてできない。本来、僕が四六時中ついてたいのに、他人にガードさせている苦痛を考えてほしい。僕なら君のことをベッドや浴室までガード出来るのに!」
私が言い終わるまえに、きっぱりとした答えが返ってきた。
くそう。
たしかに私は平地で転ぶの得意だけど、おっちょこちょいってストーカーをする理由になるものなの?
さすがに苦言を呈してやろうと思ったら、透也君は麗しの眉をへにゃりと下げた。
「僕は円佳のそばにずっといたい」
……………………あああ。
きゅうん、て幻聴が聞こえる。
くっ、透也君のバーチャル耳と尻尾が垂れているぅ!
私のハートはすでにキュンキュン言ってるんですけど。
わざとだ。
この『棄てられてます、拾ってくださいご主人様』みたいな態度に、私が弱いの知っていてやっている。
ううう、ハグしてナデナデしてキスしたくて仕方ないっ。
唐突に。
「ねえ、円佳。君を愛してるんだ。愛してるからこそ円佳と結婚したいんだって、君に理解してもらうには。僕はなにをすればいい?」
透也君が聞こえるか聞こえないくらいの声でささやいた。
自信の無さそうな声が愛おしくてならない。
『大好き』って言ってしまいたくなる。
いか――――んっ!
そうだった。
今はストーカー云々より、この結婚が政略結婚なのか。
透也君に、私への愛があるか、ってことだったんだ。
喋ろうと息を吸い込んだら、透也君の言葉が耳に飛び込んできた。
「いっそのこと、僕の心臓に『円佳を愛してる』ってプレートを埋め込んでおけばよかった。取り出して見せてあげられたのにね」
……なんてことを言うのだろう。
私は透也君の心と体が欲しいんであって、血塗れの心臓など欲しくない。
「っ、」
口を開き終わる前に、彼からの惜しみない言葉が降り注ぐ。
「世界中探したって円佳以上に最愛のものなんて、僕にはない」
強烈に熱い言葉を与えられて、体の裡側から焼かれていくようだった。
「君と、楽しいときや幸せを分かち合いたい。円佳の心も体も欲しいけれど、僕に触れられたくないのなら、傍にいてくれるだけで構わない」
苦しそうに透也君は言うと、持ち上げた私の手の甲に口づけをしようとして、踏みとどまった。
だめだ。
駄目だダメだ――――!
私はすっかりこの人に堕ちていて、今更別の花を訪ねる気すら起きない。
だって、透也君をずっと想ってきたんだよ?
この二十一年をなかったことにするには、私は彼を愛し過ぎていた。
「……か」
「え」
「却下! 私の苦しさばっかり勝手に背負っちゃうくせに。透也君の苦しみを分けてくれないなら、結婚なんてしないんだからねっ」
やけくそのように叫べば、透也君が破顔した。
なによ、幸せそうな顔をしちゃって!
嬉しいのはこっちよ!
「私以外の人とっ、浮気なんて許さないから!」
負けっぱなしが悔しくてもう一度遠吠えすれば、それは黒い微笑をされてしまった。
「それはこっちの台詞。円佳が僕以外の人と言葉を交わしたり笑顔を見せたりしただけで、僕がその人間を滅ぼしたくなるってこと、忘れないように」
「……あの。乳児院には透也君みたいなイケメンはいませんよ?」
年頃男子は既婚者だし、お気に入りのイケメン男子は次の誕生日で五歳になるところ。
仕事関係者の人の顔は、それこそレポートや申請書にしか見えない。
小さな声で抗議してみれば、きっぱりと宣言されてしまった。
「老若男女・動物・世界のあらゆる全てにおいて、僕以外のことに円佳が関心を持つのは赦せない」
……私。
透也君のこと、腹黒だと思っていたけれど序の口だった?
もしかしたら『魔王度無限大』に上方修正をしなかればならない案件?
でも、いい。
無限の彼を追い求めても、捕まえれないのかもしれない。
けれど、一生追いかけていくんだから!
私は透也君に、ぎゅっと抱き付いた。
「円佳」
呼ばれて彼の胸から顔をあげれば、透也君の眼がオトコになっていた。
大きな手を頬に添えられ、もう片方の手で腰を引き寄せられる。
唇が触れ合う瞬間、あることを思い出した。
「あ」
彼を押しのけた。
透也君はものすごく不服そうだけど、結婚式前夜にどうしてもしたかったことを思い出したのだ。
「ちょっと待ってて。すぐ、戻ってくるからっ」
……と、いいつつ。
私が彼の許に戻ったのはそれから小一時間ほど経ってからだった。
私が中学生の頃、突然あごが痛くなった。
連れていかれた口腔外科でレントゲンを撮られたところ、『親知らずが歯茎の中を隣の歯の根元に向かって、横に伸びている』と診断された。
そのままだと隣の歯の根元が腐ってしまうという、なんとも性悪な親知らずだったので、切開手術で摘出することになった。
麻酔をしてても反射行動から、舌を噛んだり歯医者さんの指を噛み切ったりするかもしれない。
危険だから、無理矢理口を開いておけるマウスピースの変形バージョンみたいなものを嵌められた。
『あ、なんか拘束されている』って思った瞬間、心臓がバクバクになって過呼吸になってしまった。
先生が落ち着かせてくれて事なきを得た、んだけど。
「……なんで知ってるの」
ボディーガードさんは別の部屋で待機してたし、透也君に知られたら絶対に大騒ぎされるから、先生には口留めしておいたのに。
「僕が円佳のことで知らないことがあるのは許せない。医師にはカルテも提出させている」
当然とばかりに答えられてしまった。
それって個人情報漏洩って言わない?
「……ええと。人が他の人のことを完全に知りえるなんてないと思うんだけどな、ははは」
「僕は知りたいことは全て知らねば気が済まない」
――守秘義務とは。
「治療室内をモニターさせていたボディーガードからも報告があった。それから医療チームを編成させて、円佳の生活パターンを映像や音声だけでなく色々と検証した。結果我々は、君について閉所恐怖症だと判断をくだした」
「堂々と盗聴・盗撮させていたように聞こえたのは気のせい?」
「気のせいだ。僕が行ったのは単なる警戒だからね」
――普通、歯医者さん内部で警備という名のストーカーされてるなんて、誰も思わない。
「以来、円佳の体温・脈拍を記録させている。君がなにがきっかけで閉所恐怖症の発作を起こすかわからないから」
言われて、手首に嵌めているリストバンドに眼を止めた。
「……たしか。抜歯のあと、これを渡されたんだよね」
『心拍数や体温、体の状態をモニターする新製品なんだ。色々なデータが欲しいから、円佳ちゃんも身に着けてもらえる?』
透也君に説明されて以来、なんの疑問も思わず身に着けてきた。
毎年、『新商品が出たよ』と言われては古いのを透也君に返し、新しいものを素直に腕に巻き付けなおしている。
私が発作を起こしたときを見つけるためのものだったんだ……。
感動しそうになっていたら、爆弾を投下された。
「歯医者だけじゃない。円佳の行く場所はあらかじめ監視及び警護させているし、当たり前だけれど君に隠しマイクを持たせて、周囲の音声にも注意している。ドラレコは全方位ではないから、開発中のものを組み込んであるが」
……………………へ。
「あ、当たり前って言った?」
今、確実に心臓が一瞬とまった。
音声もそうだけど、ドラレコってドライブレコーダーという正式名称の車載型の映像記録装置。
自動車事故発生状況を調べるためのものだけど、盗撮用に使ってるの?
「なにも問題はない。それに円佳のプライバシーには最大限の注意をはらっている」
――プライバシーとは。
私がよほど呆けた顔をしていたんだろう、透也君もなぜか呆然とした表情になった。
「……まさか。用意周到で不安要素は全部潰さないとGOサインを出さない僕が、眼を離したら最後なにをしでかすかわからない君を、野放しにするとでも本気で考えているのか?」
あうあう。
私、残念な子みたいに言われてない?
「……聴かれて視られてたんだ……」
誰かがつぶやいた。
ああ、私の声だ、これ。
ボディーガードさんは距離を置いてついてきてくれてたから、油断してた。
ダイエット宣言中に、スナック菓子を一袋食べちゃって神様に懺悔したときとか。あるいは、いびきとかも聴かれてたの?
は!
「……まさか。透也君の誕生日やバレンタインのたびに『今年は何をあげようかな。プレゼントはわ・た・し。いやーんっ』ってランジェリーショップサイトでエッチな下着をチェックしてたときも?」
恐る恐る訊ねれば、こっくりと頷かれた。
「白い総レースで可憐さをアピールしようかとか、黒いアダルティな下着で攻めてみようとか。僕を悶え殺す気か、と思った。素のままでも手放せないのに、ラッピングされた円佳をプレゼントされたら僕は、少なくとも一か月は君を部屋から出さないだろう」
頬を染めてアブナイ発言しないで。『いいよ。離れない』って言いたくなるでしょう!
それはともかく。
「恥ずかしいな、もう! ボディガードさんたちに、絶対に笑われている。どうしてくれんのよう~!」
「……そこ?」
「そうだよ! 聴かれているとわかっていたら、私だってお上品にしたのに!」
私が言った途端、透也君が変な形に眉と唇を歪めた。
この顔を知っている。
私の言葉に大笑いしたいのに出来ないでいるときの表情だ。
「だっ、大体ねっ! 優秀なボディーガードさんに、なんで一般庶民を監視させるの!」
恥ずかしさを誤魔化すためにわめいたら、首をかしげられた。
「普通、一般人をガードするものじゃないか? よほどの上級軍人でない限り、警護しないものだ」
ち・がーう!
軍人ではないという意味では確かに、政府要人とかセレブも民間人になるかもしれない。
けどね、雲の上の人たちを気安く我々マジョリティのくくりに入れないでよ。
「あのね、円佳」
透也君にため息をつかれてしまった。
「他ならぬ君を、政治家や女優なんかと一緒にしないで欲しい。嘉島 透也の意中の女。それだけで円佳は護られるべき存在なんだから」
ここは身悶えするところでしょうか。それとも、デレるところでしょうか。
「……透也君のところのボディーガードさん、時給いくらよ」
照れ隠しをすることにして、反論を試みた。
私は月給制だけど、時間割したら彼らのほうが何倍ももらっているはず。
時給が高いほうが安い方を警護する、ておかしくない?
「お金もそうだけど資源と人材は無尽蔵じゃないんだよ、もったいない。なんで、そんなこと……っ」
したのよ、と怒りかけると視線をねじ込まれた。
「君を一人にするなんて、危なかしくてできない。本来、僕が四六時中ついてたいのに、他人にガードさせている苦痛を考えてほしい。僕なら君のことをベッドや浴室までガード出来るのに!」
私が言い終わるまえに、きっぱりとした答えが返ってきた。
くそう。
たしかに私は平地で転ぶの得意だけど、おっちょこちょいってストーカーをする理由になるものなの?
さすがに苦言を呈してやろうと思ったら、透也君は麗しの眉をへにゃりと下げた。
「僕は円佳のそばにずっといたい」
……………………あああ。
きゅうん、て幻聴が聞こえる。
くっ、透也君のバーチャル耳と尻尾が垂れているぅ!
私のハートはすでにキュンキュン言ってるんですけど。
わざとだ。
この『棄てられてます、拾ってくださいご主人様』みたいな態度に、私が弱いの知っていてやっている。
ううう、ハグしてナデナデしてキスしたくて仕方ないっ。
唐突に。
「ねえ、円佳。君を愛してるんだ。愛してるからこそ円佳と結婚したいんだって、君に理解してもらうには。僕はなにをすればいい?」
透也君が聞こえるか聞こえないくらいの声でささやいた。
自信の無さそうな声が愛おしくてならない。
『大好き』って言ってしまいたくなる。
いか――――んっ!
そうだった。
今はストーカー云々より、この結婚が政略結婚なのか。
透也君に、私への愛があるか、ってことだったんだ。
喋ろうと息を吸い込んだら、透也君の言葉が耳に飛び込んできた。
「いっそのこと、僕の心臓に『円佳を愛してる』ってプレートを埋め込んでおけばよかった。取り出して見せてあげられたのにね」
……なんてことを言うのだろう。
私は透也君の心と体が欲しいんであって、血塗れの心臓など欲しくない。
「っ、」
口を開き終わる前に、彼からの惜しみない言葉が降り注ぐ。
「世界中探したって円佳以上に最愛のものなんて、僕にはない」
強烈に熱い言葉を与えられて、体の裡側から焼かれていくようだった。
「君と、楽しいときや幸せを分かち合いたい。円佳の心も体も欲しいけれど、僕に触れられたくないのなら、傍にいてくれるだけで構わない」
苦しそうに透也君は言うと、持ち上げた私の手の甲に口づけをしようとして、踏みとどまった。
だめだ。
駄目だダメだ――――!
私はすっかりこの人に堕ちていて、今更別の花を訪ねる気すら起きない。
だって、透也君をずっと想ってきたんだよ?
この二十一年をなかったことにするには、私は彼を愛し過ぎていた。
「……か」
「え」
「却下! 私の苦しさばっかり勝手に背負っちゃうくせに。透也君の苦しみを分けてくれないなら、結婚なんてしないんだからねっ」
やけくそのように叫べば、透也君が破顔した。
なによ、幸せそうな顔をしちゃって!
嬉しいのはこっちよ!
「私以外の人とっ、浮気なんて許さないから!」
負けっぱなしが悔しくてもう一度遠吠えすれば、それは黒い微笑をされてしまった。
「それはこっちの台詞。円佳が僕以外の人と言葉を交わしたり笑顔を見せたりしただけで、僕がその人間を滅ぼしたくなるってこと、忘れないように」
「……あの。乳児院には透也君みたいなイケメンはいませんよ?」
年頃男子は既婚者だし、お気に入りのイケメン男子は次の誕生日で五歳になるところ。
仕事関係者の人の顔は、それこそレポートや申請書にしか見えない。
小さな声で抗議してみれば、きっぱりと宣言されてしまった。
「老若男女・動物・世界のあらゆる全てにおいて、僕以外のことに円佳が関心を持つのは赦せない」
……私。
透也君のこと、腹黒だと思っていたけれど序の口だった?
もしかしたら『魔王度無限大』に上方修正をしなかればならない案件?
でも、いい。
無限の彼を追い求めても、捕まえれないのかもしれない。
けれど、一生追いかけていくんだから!
私は透也君に、ぎゅっと抱き付いた。
「円佳」
呼ばれて彼の胸から顔をあげれば、透也君の眼がオトコになっていた。
大きな手を頬に添えられ、もう片方の手で腰を引き寄せられる。
唇が触れ合う瞬間、あることを思い出した。
「あ」
彼を押しのけた。
透也君はものすごく不服そうだけど、結婚式前夜にどうしてもしたかったことを思い出したのだ。
「ちょっと待ってて。すぐ、戻ってくるからっ」
……と、いいつつ。
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