魔王様と暁の姫短編集

椿灯夏

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月夜の訪問者

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今宵の月はいつもより明るく、部屋を月灯りが淡く染めていた。そろそろ寝ようかなどと思っていた時――遠慮なしにあの男が入ってきた。普通断りがあって入るものだろうが。



「いやー寝れなくてさあ。せっかくだから一杯やろうぜ」

「いや酒は遠慮しとく……リンゴの香りがすごいな……?」

「大量のリンゴが天から降ってきたからおすそわけ、あと酒はないから安心しろ。アップルティーとアップルパイそれから……」



えんえんと語られた好物のリンゴを使った菓子などを次から次へと得意げに紹介され、思わず笑ってしまう。それに天から降ってくるとはどのような状況なのか。寝ようかなどと思っていたものの、今日はなんだか寝れる気がしなかったのも事実だ。なので感謝して、その誘いを受けることにした。



月灯り差し込む窓辺の方にブランケットをひいて、菓子を並べる。


「クオイも寝れなかったのか?」

「ノンノン。絵本作家としての仕事をしてただけ。ひと休みも兼ねて、大量のリンゴ消化しないといけないから作ってた」


鼻歌を歌いながら準備をするクオイは手慣れた様子で進めていく。ガラスポットにはごろごろと大きめにカットされたリンゴがあふれんばかりに入っている。以前教えてくれた香草も浮かんでいて、リシュティアが好きそうだと思った。



彼女と出逢わなければ。



見つけてもらわなければ。



今頃どうしていたことだろう……などとつい考えてしまう。ここ暁の城で世話になっているという少女はここへ自分を連れてきてくれた、言わば命の恩人のようなものだ。



そして、ほらと差し出されたガラスのティーカップには美しい琥珀色の海が揺蕩う。優しいリンゴの香りに誘われて一口、もう一口と夢中になって口を運んでしまう。


「な、うまいだろ?月夜のティーンカベルっていう珍しい品種のリンゴなんだぞ。市場じゃ出回らないやつなんだからなー」


「……ああ驚いた。儚くあまい繊細な味がする」


「うんうん。月光蝶が舞う夜にしか実をつけないってとこから、名がつけられたって話だ。城下町の女の子たちの間では恋が叶うおまじないに使うらしいぜ」


「クオイは詳しいな。この間すすめてくれた本も面白かった」


「もう読み終わったのか?お前読書の才能あるなーすすめがいがあるわ」



クオイは本日3個目のリンゴと紅茶のカップケーキを食べながら、次のおすすめを教えてくれる。作家という職業柄のせいなのか、物語に対する知識は膨大だった。取り寄せまでしてくれて、何から何まで世話になりっぱなしだった。


次の物語も楽しみだ。自然と頬がゆるむ。



「お、やっと笑ったな。寝られそうか?」



思わず目を丸くする。


――ああやっぱり。お見通しか、と。

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