人工未知霊体タルパ

伽藍堂益太

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人工未知霊体タルパ 3

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 昨晩帰宅して夜食を食べていると、携帯が震えた。馬渕からの連絡だ。届いたメッセージの文面にはこうあった。
『とりあえず、URLね。サイトの名前は”タルパ具象化研究所”ね。https://www.――。そしたら404notfoundになるから、
 そこで、キーボードでパスワード入力して。スマホとタブレットでもいいんだけど、あくまで入力はキーボードじゃなきゃダメだから。パスワードは”jinnkoumichireitai”で、エンターすれば、次のページにいけるから、そこでアカウント作って。本名である必要はないから、名前とパスワードを設定すると、サイトを見られるようになるよ』
 自室のノートパソコンの前に座り、言われた通りにやってみたところ、アカウント作成画面が出てきた。マヒロと入力して、パスワードを決める。
 エンターを押して表示されたのは、所謂wikiだった。wikiとはWebサイトをWebブラウザから直接編集でき、複数人により情報を集積するWebコンテンツの拡充を行える。
 真弘はゲームの攻略サイトを思い出した。レイアウトなんかは良く似ている。左側にメニューがあって、それをクリックすると、右側にページが開く。
 真弘はまず、メニューの一番上。『はじめに』という部分から読み始めることにした。
 このサイトの存在は、安易に広めてはいけないということ。誰かにサイトを紹介する条件は、その誰かをタルパーとして見込みがあると判断し、その上で、その者が不用意にこのサイトの存在を明らかにしないと信用できるものであると判断した時に限るとされていた。
 つまり、馬渕が自分を買ってくれているのだと、真弘は嬉しくなった。が、次の一文を読んで、背筋が凍った。
『もしその者が不用意に当サイトの情報を漏洩させた場合、自らのタルパをもって、その者を始末すること』
 始末とはつまり、殺されるということだろう。アカウントを作る前に、利用規約にでも書いておいて欲しかった。
 もしかすると、普通は紹介する時点でそういう話を紹介者からされるものなのかもしれない。馬渕はそんな話していなかった。少しだけ恨む。
 そのページを読み進めていって、一番下にはリンクが張られていた。
 そのリンクをクリックすると新しいタブが開かれ、出てきたのは、またwikiだった。こっちはパスワードなんかは必要なくて、しかも検索すれば普通に検索結果に出てくるもののようだ。タルパの作り方が書かれている。
 まず初めにこのサイトでもって、タルパを作れということらしい。そこでタルパを作れなければ、次に進む資格がないということだ。
 このwikiには、具象化については何も書かれていなかった。ということは、タルパを所有するということ自体は、特別ではないのかもしれない。タルパが具象化して、現実世界に影響を及ぼさせるということが特別なんだろう。
 手順としてはまず、作成するタルパを事細かに想像することが必要らしい。そこで、真弘は隣を見た。
 タルパではないけれど、イマージナリーフレンドであるあいみは、タルパに近い存在なのではないか。そして、あいみであれば、想像するまでもなく、細部までしっかりと目に見えている。
 あいみをタルパにするのであれば、特別に訓練しなくても、すぐにタルパになるんじゃないか。きっと、馬渕はそう思ったのだろうと、真弘は判断した。
 さらにwikiを読み進める。タルパには、作成時に注意点があるらしい。
 タルパを悪いやつにしないとか、実生活をタルパ作成で犠牲にしないとか、タルパに負の感情をぶつけないとか、そんなことだ。
 その他に、どうやら禁則事項を設けた方がいいらしい。これがないと、暴走したりした時に、対処のしようがなくなる場合もあるそうだ。
 タルパは、オート化といって、自立して考えたり、喋ったりするようになることを目的としている。こうなると、マスターであるタルパーの言うことを聞かなくなってしまうこともあるのだろう。
 あいみはどうだろう。勝手に考えているのは言うまでもない。一人でうろうろしたりしているし、真弘のことを心配するような素振りを見せる。これは、自分で考えて行動しているということに他ならないだろう。いずれタルパーにするときには、きちんと禁則事項を設けようと、真弘は心に留めておいた。
 オート化するにあたって、一番大きい壁は、あいみが自分から喋るようになることだと、真弘は腕を組んで唇を噛んだ。
 かつてはよく、あいみから話しかけてくれていた。真弘の話を聞いて、相槌を打っていたりもした。
 しかし、いつの頃からか、喋ることはなくなっていた。真弘は目を閉じて遠い記憶を掘り起こした。あいみはいつからそこにいたのか。いつから喋らなくなったのか。

 真弘の両親は共働きだった。父が四十、母が三十五の時の子供で、真弘が生まれてから父はもちろん、母も仕事を辞めることなく、真弘は乳児の時から保育園に通っていた。
 よくある話で、特別なことではない。だが、大好きな父と母と喋ったり遊んだりすることが、周りの子に比べて少なかった。どうしようもなく寂しかった。
 その上、母親が妹を身ごもって、さらに自分にかまってくれる時間が減った。あいみが姿を見せるようになったのは、その頃からだった。
 言葉を喋りだしてからは、とにかく誰かに話を聞いてもらいたくて、だから、あいみの存在には随分助けられていたのだろうと、真弘はまだ物心付く前の頃を回想した。
 保育園の、幼稚園でいうところの年中の学年の時、あいみがいると一生懸命説明しているのに、友達も先生もその存在を否定した。その時から、あいみは他の人には見えていないのだということが分かって、あいみのことを話すのはやめた。誰かに聞かれても、いないと答えた。自分の存在を必死で訴えるあいみの言葉を無視して。
 真弘の耳に、あいみの声が届かなくなったのは、小学校に上がった時からだった。無視し続けていたら、聞こえなくなった。しかし、恨めしそうな視線を、いつまでも真弘に向けていた。
 それでも無視し続けたのは、幼いながらに感じていた、自分の異常性に対する潜在的な恐怖だ。異常であると認めるのが怖かったから、異常の具現化ともいえるあいみを無視するしかなかった。
 それから成長して、自分の異常性に対する、一種の諦観のようなものが芽生え始めた時から、言葉を発しないながらも、行動でその自我を表現していたあいみに反応してやるようにはなったが、今日に至るまで、その声はやはり聞こえない。
 無視しても無視しても、その存在を確かに主張し続けたあいみだから、今更事細かに存在を想像するなんて必要はない。ただ向き合って、声を聞かせて欲しいと願うだけでいい。タルパを得るのは、普通の人がゼロから努力するよりはずっと、簡単なことのように思えた。
 しかし、
「なぁ、何か言ってくれよ」
 今も真弘の自室、ベッドの上で真弘に背を向けて体育座りをしているあいみは、真弘の声に応えない。
 何がいけないんだろうと思う。わざわざそっぽを向いているのだということは、長い付き合いだから分かる。でも、何故そっぽを向いているのかが分からない。首を傾げても答えは出てこないし、あいみに問いかけたところで、無視される。
「どうしたもんかなぁ」
 ぼやいていてもどうにもならない。真弘は再びパソコンのディスプレイに目を移す。
 まだあいみは言葉を発してくれないが、先に具象化についても見ておくため、タルパ具象化研究所に戻ることにした。
 タルパの具象化のために、今からでもできることがあるかもしれない。
『タルパを具象化するために必要なのは、一にも二にも、”タルパが現実に存在する”ということを自分自身が信じることです。一ミリでも疑ってしまえば、タルパは具象化することができません。
 実際に存在していないものが実際に存在していると思い込むことは、容易ではありません。しかし、この壁を乗り越えることができれば、あなたは具象化タルパーになれるのです!
 実は、具象化とオート化には大きな違いはありません。自分のタルパならこう話すはずだ、と考えることと、自分のタルパならこんな触り心地がするはずだ、と考えることに大きな違いはありませんよね?
 オート化したタルパは、あなたがいちいち想像しなくたって勝手にあなたに向かって喋ります。具象化したタルパはあなたがいちいち想像しなくたって、勝手にあなたに触れてきます。
 こう考えれば、タルパの具象化がグッと現実に近づいた気がしませんか?
 それでは、具体的な練習法に移りましょう。種類はいくつかありますが、自分に合っていると思った方法を試してもらえればいいと思います。
 一つは温度感知法。あなたが想像するタルパの温度に近い物を触ることで、タルパの存在をより想像しやすくする方法です。体験談は”こちら”』
 青文字になり、リンクが貼られている。そこには温度計とジップロックを使う温度感知法などが紹介されていた。
『また、擬似触覚法という練習法もあります。あなたが想像するタルパの触感に近い物を触ることでタルパの存在をより想像しやすくする方法です。体験談は”こちら”』
 方法は簡単だ。正直、これを一般に公開したところで害があるとは思えない。真弘はさらにページをスクロールさせた。
『いないものの存在を信じるということは、非常に困難な道です。しかし、タルパの具象化には抗い難い魅力があります。そのため、力を渇望するあまり心のバランスを崩してしまう方や、薬物に手を染めてしまう方もいます。
 長い道のりではありますが、鍛錬していれば、あなたのタルパは必ず具象化します。絶対に安易な方向に流れないでいただきたい、ということを声を大にして言いたいです。
 薬物乱用は、ダメ。ゼッタイ。
 鍛錬の末に具象化に成功した方々の体験談は”こちら”
 鍛錬に心が挫けそうな時には、先輩方の体験談を読むことをオススメします。きっと励まされることと思います!』
 真弘は椅子の背もたれに体を預けて、大きく伸びをした。
「なるほどねぇ」
 タルパを具象化することは、すなわち人を超えた力を持つということに他ならない。人を超える力を持つこと自体、強い自制心を必要とする。人を超える力を強く望むことは、人の心を強く揺さぶる。
 だからきっと、そういう危険があるから、このサイトは非公開なのだ。真弘は自分の中でそう結論づけた。
 首をこきこきと鳴らして、ベッドの脇の目覚まし時計に目を向ける。時刻は二十時を回っていた。
「そろそろ準備するか」
 立ち上がり、コキコキと関節を鳴らす。
 今日は父親と一緒に外食する約束だった。待ち合わせは家の最寄りから上りで二駅いった繁華街。時間は二十一時目安でとのことだが、父親の仕事の都合があるため、流動的だ。先に行って、古本屋で立ち読みでもして待っているつもりだった。
 部屋着からよそ行きに着替えて、母親にメッセージを送るため、携帯をいじる。
『夕飯いいです』
 夕食はいらない旨を送っておかないと、後でぐちぐちねちねち言われる。でも、相手は誰かは言わない。母親に父親の名前を出すと、しばらく不機嫌でアンタッチャブルな存在になるからだ。
 両親は真弘が中学の頃に離婚した。しかも原因は母の不倫。気持ちの上では、父親について行きたかった真弘だったが、親権やらなにやら、子供にはどうしようもなかった事情で、母親についていくことになってしまった。
 母親のことは今でも最低の糞女だと思っているが、不倫相手に捨てられて、自暴自棄になっていた母親は危うくて、離れるわけにはいかないと思わされてしまった。
 父親はとっくに母親に対して愛情を失っていたのか、離婚後も母親ほどダメージを受けることなく、真弘と、当時小学生で現在高校二年生の真弘の妹、千恵がいつでも逃げて来られるようにと、同じ市内に一人暮らしをしている。
 自分の有責で離婚したくせに、母親は父親を目の敵にしている。そのことが、真弘には理解できなかった。
 真弘にとって、父親との食事は、単に父親に対する慰めというだけではなく、自分にとっての楽しみでもあった。
 朴訥な人ではあるが、悩みを相談できるのは母親よりもむしろ父親だ。父親は一方的に批判したりはせずに、こちらの言葉をちゃんと聞いた上で自分の意見を述べてくれる。一方的に感情をぶつけて否定してくる母親とは大違いだった。
 妹は今日はバイトらしい。駅前のチェーンの喫茶店バイトしているので、終わってから家で食べるなり外で食べるなりしてくるだろう。もう幼い子どもじゃないんだから、そう気にする必要もない。
 家を出て、誰もいない部屋の鍵を閉める。もうすぐ夏がやってくる。外の湿った空気で、マンションの階段を下りるだけで、汗が噴き出しそうだった。

 真弘は繁華街につくと、予定通り古本屋に入った。二十二時まで営業しているため、夜は仕事帰りのサラリーマンなんかもスーツ姿で立ち読みしている。父親の姿と重ねると切なくなってくるので、妄想を断ち切り、漫画の世界に没入した。
 程なくして、真弘の携帯が震えた。
『もうすぐ着くぞ』
 父親からのメッセージは、いつも簡潔だ。
『分かった。改札行く』
 真弘のメッセージも負けず劣らす簡潔だった。漫画を閉じて本棚に戻し、古本屋を後にし、駅の北口改札を目指した。
 改札に着いて、電光掲示板を見上げる。父が乗っているのは多分、もう間もなく到着する電車だ。それを証明するように、数分後到着した電車から流れてきた人の波の中に、真弘の父親がいた。
 父の姿は、ややもすると見失ってしまう。いつもそうなのだが、何故か人波や景色に溶け込んでしまって、家族だというのに注意していないと見逃してしまう。
 遠近両用メガネに、薄くなりつつある頭。スーツはよれよれで、疲れが滲んでいる。独り身の壮年とは、かくも悲しきものなのかと思い知らされる。
「おう、待たせたな」
「いや」
「何食う?」
「なんでもいいけど」
「なら焼肉にするか」
「そうだね」
 二人ともきちんとしたレストランにいけるほどの格好はしていないし、居酒屋だと飲むのは父親一人になるから、店に対してなんとなく気まずい。
 二人で酒を飲むのは、真弘が二十歳になる時まで楽しみにとっておきたいという父親の希望があるから、真弘は父親とはまだ飲酒はしない。従って、選択肢は限られ、結果焼肉屋やお好み焼き屋などになる。ファミレスの時もあった。
 チェーンの焼肉屋に入ると、父親はビール、真弘は烏龍茶で乾杯した。
「あれ? 父さん、銭湯行ってきたんじゃない? なんかさっぱりしてるじゃん」
 真弘の父親は、よくスーパー銭湯に行く。ほとんど無趣味に見える父親の、きっとこれが趣味なのだろう。
「あぁ、行ってきたぞ」
「なんだ、仕事で遅くなったんじゃないのかよ。つか、焼肉で良かったの? せっかく風呂入ったのに、煙臭くなるじゃん」
「いいよ。どうせ帰って寝るだけだし。気になりゃシャワー浴びるから」
「そっか」
 続々と運ばれてきた肉を網に置き、それらを眺めつ口に運びつしながら、親子は会話をする。
「で、どうだ? 最近は」
「んー、まぁ、そこそこだよ」
「予備校はどうしたんだ?」
 父親にそのことを聞かれると、真弘は耳が痛かった。予備校の授業料を賄うという名目でコンビニバイトを始めたものの、まだ夏期講習の申し込みすらしていなかった。浪人とは名ばかりで、ただのフリーター生活を送っていることを、心配してくれている父親には話しづらい。
「そろそろ申し込みしようかな、って」
「そうか。なぁ、真弘、別に予備校の授業料くらい、父さん払ってやれるぞ? それに、お前の母さんだって働いてるんだから、そんなに遠慮することないのに」
「いやでもさ、やっぱり浪人させて貰ってるし、それから先の学費だってあるからさ」
 なんて、親に気を使っているふりをして、自堕落な生活を送っている言い訳をしている。分かっていても、真弘にはそれを止めることができなかった。
「無理そうだったらすぐに言えよ」
「うん、分かってる。それよりさ、父さんはどうしてるのさ? 最近は」
 話をすり替える。しかし、父親の普段の話を聞きたいというのも、真弘にとっては本音だった。
「父さんか? ま、普通にやってるよ。普通に仕事して、普通に生活して」
「そっか。健康とかは平気なのかよ? 外食多いんだろ?」
 顔なんかを見ると太っている感じはしないのに、腹だけはベルトが窮屈そうになっている。どう見ても不健康だ。
「外食が多いな。どうせ会社で遅くなるから、夕飯食べるのも遅いしな。でも、最近は家で食べるのも増えたぞ。独身のやつとよく飲みに行ってたんだけど、そいつが異動しちゃってな」
 と語る父親の姿は、真弘の目に、少し寂しげに映った。
 それからたらふく焼肉を食べた二人は、それぞれ帰路についた。父親は歩いて自宅に。真弘は電車に乗って。

 帰り道、自宅の最寄駅から自宅までは、歩くと十五分くらいはかかる。十分程歩いてもうすぐ自宅というところで、真弘の携帯が震えた。
 暗闇で煌々と光るディスプレイが目に痛い。顔をしかめながら届けられたメッセージを開くと、送り主は腐れ縁の地元の友だちだった。
『バイトで遅くなちゃったから駅まで迎えに来て』
 なんと厚かましい要求かと、真弘は憤った。
『ヤダよ、めんどくさい』
『いいから、早く。もう駅着いちゃうから』
 拒否したところで、それが素気無く却下されることは予想済みだった。行きたくはない。しかし、行かないで後から滔々と文句を垂れ流されるのを想像して、真弘は進行方向を百八十度切り替えた。
「ったく」
 毒づきながらも、真弘は歩を疾くした。
 十分で来た道を五分で戻ると、駅の改札からちょうど、腐れ縁の友達が出てくるところだった。
「お待たせ」
 気楽に手を振って、柱に寄りかかる真弘に近づいてきた。
「まったく、なんで俺が智美の迎えに来なきゃいけないんだよ。お父さんとかいるだろ」
「だって、お父さん明日も仕事じゃん。朝早いから可哀想だよ」
「俺だって忙しいのに」
「真弘は暇じゃん。どうせ勉強もろくにしてないんでしょ? 予備校はどうしたの? 授業料貯まったの?」
 それを言われると、真弘はぐうの音も出ない。
「別にまだ電車もある時間なんだから平気だろ」
 だから話をすり替える。
「真弘知らないの? 最近この辺で行方不明の人多いの」
「そうだっけ?」
 真弘には聞いた覚えはなかったが、もしかしたら聞いたことはあるかもしれないと思うような、その程度の噂話なのだろう。
「そうだよ。ほんとに多いんだよ? この前なんて私の、ほら、テニス部の先輩の友達が行方不明になったって言うし」
 友達の友達の話ほど、信憑性のないものはない。真弘はそう思った。
「その人は美人だったんじゃないの? 別に智美なら平気でしょ」
 毒でも吐いてやらなければ、真弘の気は収まらなかった。
「は?、そんなことないし」
 そう言って睨みつけてくる智美を、真弘はまじまじと眺めた。
 服は量産型女子大生という言葉がピッタリで、個性もへったくれもない。髪は茶髪で、バイトの後だからか、長い髪をまとめて、左に流している。
 露出してはいないが、胸は大きく隆起を作り、思わず視線が吸い寄せられる。ホットパンツだがショートパンツだかいうものから出た太ももは、いかにも張りがありそうで、つい撫でたくなる。顔は凡庸だが、化粧をきちんとしているので、見られないこともない。真弘の総合評価では、中の上といったところか。
「何見てんのよ、気持ち悪い」
「智美が変なこと言うからだろ!」
「変なことなんて言ってないし……それにさ、昨日の、あれ」
「バラバラ殺人か」
 昨日夜に起こった事件だった。バラバラ殺人といっても、殺害後、死体をバラして処理したものが見つかった、というような事件ではなく、若い女性が、まるで巨人に引きちぎられたみたいに、人外の魔物にでも襲われたように、もがれた腕や足、首が、血だまりの中に転がっていたらしい。
 これは全国放送のニュースでも放送されていたし、ネットでも随分話題になっていた。警察は必死で捜査しているのだろうが、今のところ犯人が捕まったという報道はされていない。犯人がいる類の事件なのであれば、という話ではあるが。だって引きちぎるなんて、人間業じゃない。
「それはまぁ、確かに怖いかもね」
 殺人事件かどうかすら分からないが、引きちぎられたバラバラ死体なんて、薄ら寒い思いがすると、真弘の背筋が、ぶるっと大きく震えた。
「ほらぁ、真弘が変なこと言うから、おかしな空気になったじゃん……あ、そうだ。今度高校のクラスのみんなで飲もうって、連絡来たでしょ? 真弘は行かないの?」
 話題を変えるのは真弘も望むところではあったが、この話題もまた、気乗りしない話題だった。
「俺はいいよ……忙しいから」
「連絡来てるでしょ?」
「来てるけどさ」
 クラスの、やたらと『みんなで一緒になんかしようぜ』というような暑苦しい空気の連中のうちの一人から連絡が来ていた。
「えー、真弘も来なよ。せっかくの同窓会なんだから」
「まだ卒業して三ヶ月くらいだろ。なんで同窓会なんて……」
 真弘のクラスに浪人生は少なかった。中学生の時は成績が良かったばっかりに、進学率の良い高校に入学したものだから、みんなどこかしらの大学か専門学校に入学するか、極少数が就職するかしている。
 浪人生という、真弘の感覚でいう、宙ぶらりんな状態の者はほとんどいない。卒業してたった数カ月の間に、なんとなくクラスメイトに水をあけられたように気がしていた。
「せっかくなんだから行こうよ」
 そんな話をしているうちに、橘と書かれた表札の一軒家が見えてきた。智美の家だ。
「じゃ、ありがとね。飲み会行こうね」
「はいはい」
 これでやっと家に帰れると、真弘は肩の荷が下りたような気がした。智美と会う時は何故か、無用な緊張を強いられている。その正体を掴む努力が面倒くさくて、考えるのをやめ、真弘は辺りを見回した。
 振り返ったそこに、いつもの姿はあった。あいみだ。あいみは智美の真似をしたのか、いつもはポニーテールにしていた髪を、下の方でまとめて左に流していた。
「何してんだよ」
 真弘は脱力して笑った。それにつられたのか、あいみも笑った。しかしまだ、その声は聞かせてもらえなかった。
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