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彼の正体
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暗……暗い。
意識が戻った。視界が暗い。暗い……のは暗いけど、明かりはある。私は湿った地下通路を歩いている。階段を下っている。肩幅を狭めて、首を屈めて通る、そんな息苦しいくらいの狭い道。円形に曲がった階段。冷たくて、生臭い空気。気持ちが悪くなってくる。でも、体の感覚はなく、私が体を動かしているという実感もない。私が私を後ろから見ている気分だった。
何だこれ。何これ。どうなってるの。
私は下っていく。何かを引きずっている。私が階段を下る音と一緒に、ごん、ごん、ずるずる、と、何かの音がする。
やがて、足元から光がなだれ込んでくる。広い場所に着いたようだ。ぱちぱちと松明の燃える音。
視界が開けた。天井の低い、四角い部屋。うちっぱなしの壁。木の机。棚には、ガラスにつめられた何かが並んでいる。無造作に置かれたいくつかの蓋がついたバケツ。ムッとする血の臭いに、口の中まで鉄臭くなりそうだ。様々な種類の刃物が黒くなった木の箱につめられていた。
石畳の床には魔法陣と赤黒い跡。
立っているのは澪君。右手に震い本を持っている。
「君も失敗だった」
冷たく、感情のない、顔。いつもの朗らかさがどこにもない。揺らめく光でできる影のせいで、人間ではないものに見える。
君。――私? 私以外の誰を見ているというのだろう。
「次は人工魂っていう自覚があるように作ればいいのか? でも、それだとつまらないな……僕は自然なマリと恋愛したいんだ。自然に僕だけを見てくれるマリと」
澪君はわけのわからないことを言っている。ちっともわからない。わからない。わかりたくない。聞きたくない。なのに、平坦な声と言葉は耳から流れ込んでくる。私は耳を塞ぐこともできない。
「うん。やっぱり、この男がいたから悪い。次は絶対に失敗しないぞ。それに、もっといいマリを作ればいいんだ。もっと黒魔術がうまくならないといけないな……」
ずるずると、私は、澪君の元へと歩く。何かが引きずられている。
私は何かから手を離した。ゴトッ、と音がした。
「じゃあマリ、解体しようか」
澪君は木箱から四角く大きな肉切り包丁を私に手渡した。ずしりとしているのか私の手が軽く重力に押された。でも、私にはゴムのように思えた。
顔が見えない。顔を見ていない。どこを見ているのかというと、真正面だけだ。澪君の口元くらいまでしか見えない。口調は平坦で冷たい。唇は、笑いもしない。
「心臓と眼球と陰茎は次元移動に必要だからそこのバケツに入れておいてね。あとは小さくして、そっちにあるゴミ箱に捨てて」
私の頭を両側から押えて、無理やり首を動かす澪君。最初のバケツは小さくて、次のバケツは大きい。両方とも赤黒い汚れがこびりついていた。
「片付けるのはあれだよ……あぁ、もう脆くなってきた。早いなぁ」
首がゴキッと鳴る。私の首がねじれている。強い力のせいか。きっとそうだ。顔の皮が引っ張られて唇が曲がる。顎が下がって、舌が出る。
引き攣った瞼のせいで、視界が広がったようだ。
白さんが仰向けで地面に寝ている。足首がびよんとゴムみたいに伸びていた。首が変な方向に曲がっているから顔は見えない。けれど、寝ているだけだろう。寝ているだけだ。いや、白衣を着ているだけで、白さんと決まったわけじゃない。
「ダメだな。もう使えないや」
チッと、澪君は舌打ち。私に渡した包丁を強い力で奪い取った。私の手が、落ちた。手の皮がはがれて赤い肉が覗き、血が溢れてぼたぼたと床に広がった。
「おやすみ、マリ。今度はちゃんと作ってあげるよ」
私は肩を押される。時間がゆっくりと進んでいく。澪君の顔は薄っすら笑っているようだった。
私も笑いたくなった。浮かれていて馬鹿みたいだ。コミュ障の喪女にいきなり神展開が転がりこんでくるわけなんかない。なんでそんなこともわからずにはしゃいでいられたんだろう。いや、はしゃぐように『設定されていた』のかな。
背中が地面について、頭が叩きつけられる。ぐしゃっと潰れる音がした。
意識が戻った。視界が暗い。暗い……のは暗いけど、明かりはある。私は湿った地下通路を歩いている。階段を下っている。肩幅を狭めて、首を屈めて通る、そんな息苦しいくらいの狭い道。円形に曲がった階段。冷たくて、生臭い空気。気持ちが悪くなってくる。でも、体の感覚はなく、私が体を動かしているという実感もない。私が私を後ろから見ている気分だった。
何だこれ。何これ。どうなってるの。
私は下っていく。何かを引きずっている。私が階段を下る音と一緒に、ごん、ごん、ずるずる、と、何かの音がする。
やがて、足元から光がなだれ込んでくる。広い場所に着いたようだ。ぱちぱちと松明の燃える音。
視界が開けた。天井の低い、四角い部屋。うちっぱなしの壁。木の机。棚には、ガラスにつめられた何かが並んでいる。無造作に置かれたいくつかの蓋がついたバケツ。ムッとする血の臭いに、口の中まで鉄臭くなりそうだ。様々な種類の刃物が黒くなった木の箱につめられていた。
石畳の床には魔法陣と赤黒い跡。
立っているのは澪君。右手に震い本を持っている。
「君も失敗だった」
冷たく、感情のない、顔。いつもの朗らかさがどこにもない。揺らめく光でできる影のせいで、人間ではないものに見える。
君。――私? 私以外の誰を見ているというのだろう。
「次は人工魂っていう自覚があるように作ればいいのか? でも、それだとつまらないな……僕は自然なマリと恋愛したいんだ。自然に僕だけを見てくれるマリと」
澪君はわけのわからないことを言っている。ちっともわからない。わからない。わかりたくない。聞きたくない。なのに、平坦な声と言葉は耳から流れ込んでくる。私は耳を塞ぐこともできない。
「うん。やっぱり、この男がいたから悪い。次は絶対に失敗しないぞ。それに、もっといいマリを作ればいいんだ。もっと黒魔術がうまくならないといけないな……」
ずるずると、私は、澪君の元へと歩く。何かが引きずられている。
私は何かから手を離した。ゴトッ、と音がした。
「じゃあマリ、解体しようか」
澪君は木箱から四角く大きな肉切り包丁を私に手渡した。ずしりとしているのか私の手が軽く重力に押された。でも、私にはゴムのように思えた。
顔が見えない。顔を見ていない。どこを見ているのかというと、真正面だけだ。澪君の口元くらいまでしか見えない。口調は平坦で冷たい。唇は、笑いもしない。
「心臓と眼球と陰茎は次元移動に必要だからそこのバケツに入れておいてね。あとは小さくして、そっちにあるゴミ箱に捨てて」
私の頭を両側から押えて、無理やり首を動かす澪君。最初のバケツは小さくて、次のバケツは大きい。両方とも赤黒い汚れがこびりついていた。
「片付けるのはあれだよ……あぁ、もう脆くなってきた。早いなぁ」
首がゴキッと鳴る。私の首がねじれている。強い力のせいか。きっとそうだ。顔の皮が引っ張られて唇が曲がる。顎が下がって、舌が出る。
引き攣った瞼のせいで、視界が広がったようだ。
白さんが仰向けで地面に寝ている。足首がびよんとゴムみたいに伸びていた。首が変な方向に曲がっているから顔は見えない。けれど、寝ているだけだろう。寝ているだけだ。いや、白衣を着ているだけで、白さんと決まったわけじゃない。
「ダメだな。もう使えないや」
チッと、澪君は舌打ち。私に渡した包丁を強い力で奪い取った。私の手が、落ちた。手の皮がはがれて赤い肉が覗き、血が溢れてぼたぼたと床に広がった。
「おやすみ、マリ。今度はちゃんと作ってあげるよ」
私は肩を押される。時間がゆっくりと進んでいく。澪君の顔は薄っすら笑っているようだった。
私も笑いたくなった。浮かれていて馬鹿みたいだ。コミュ障の喪女にいきなり神展開が転がりこんでくるわけなんかない。なんでそんなこともわからずにはしゃいでいられたんだろう。いや、はしゃぐように『設定されていた』のかな。
背中が地面について、頭が叩きつけられる。ぐしゃっと潰れる音がした。
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