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真実
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ガーデンはいつも通りに静かだった。赤字経営なのかしら。私はボーッとしたまま席に着いて、花園さんと向かい合う。
「お、終わったね。今日はお疲れ様でした」
花園さんは肩幅を縮めて恐縮しながら、なにやら打ち上げ会のようなことを言い出した。否、打ち上げ会で相違ないか……。「お疲れ様」と、私も声を返す。
「……私、本当になんにもできなかった。ごめんね、役立たずで」
落ち込みながら、無理して笑っている。ヘラヘラしている。こういう態度を卑屈だと思う人もいるだろう。でも、私はこれがうまくできない。へらへら笑えない。ぶすっと口を結ぶだけだ――ブスだから。
「そんなことないわ。花園さんがいてくれたから心強かった」
「ううん。私はダメ、全然ダメなんだよ」
ふるふるっと、ヘラヘラ笑いながら首を横へ振る。だけど、まったく笑わないで花園さんは瞳を暗くする。
「だって私は――お姉ちゃんを殺しちゃったんだもの」
「え?」と聞き返す。
殺した? ……前に花園さんから聞いた姉の話は、過去形だった。まさか殺人を?
……まさか。これは罪悪感から出てくるありがちな言葉だ。あぁ、まさかだ。そのまさかが、予感が、目前に迫っている。
「私のお姉ちゃん、自殺したの。……生きてることが辛いって」
花園さんは、涙がこみ上げて、鼻につっかかる。顔が少しずつ赤くなって行く。だから、俯く。
私も顔が上げられなくなってきた。それって私のことでしょ。
だってこの世界は『ゲーム』だ。私はそれを体感している、だから知っている。そして、シナリオのあるゲームは必ず終わる。もちろん突然終わるわけではなく、伏線がどこかにある。
最初に顔を合わせたとき、私は花園さんに妹を感じていた。
馬鹿みたいな話だけど、伏線なんて、その程度で十分なのだ。二時間サスペンスドラマの交換殺人なんてその程度だ。事件を推理するのではなく、刑事の無理な推理から事件は作られる。これが物語の因果律。陳腐なクリシェ。ご都合主義。やめてよ、本当に。
「いじめられてたの。私、知ってた。けど、なんにもできないで、自分のことでいっぱいいっぱいで」
言い訳。小さく震えて、後悔。後悔するのは勝手だ。ことが起こったあとにするのが後悔。起こらなければそんな悔いすら持たないだろう。なんて都合のいい話だ! 被害者面をして! 泣いて許しを乞うなんて! そんなの、気まぐれに粘着して人を虐めるのと大差ない!
「お姉ちゃん、自分が嫌いだって。みんなも嫌いだって……」
うん、嫌い。大嫌い。ブサイクな自分の顔が嫌い。ブサイクで心が歪んだ自分も嫌い。私のブサイクを笑うみんなは、もっと嫌い。全ての責任は醜さと周囲。ブサイクがブサイクなりに自分の顔を好きだと肯定できる環境なんてどこにもないのだ。だから妹も、嫌いだ。
「私、お姉ちゃんのこと、大好きだったのに、何もできなかった。また、何もできなかった」
嫌いだ。お前なんか。泣いたって許さない。何をやっても私の心をちくちくちくちく刺激するお前なんか。本当に嫌いだ。現実を持ち込むなんて。
「……あんた馬鹿なのよ。居るだけで私のコンプレックスを刺激して。なんでそんな簡単なこともわかんないの? 大っ嫌い!」
馬鹿みたいだ。笑ってしまった。卑屈な馬鹿笑いだ。声が震える。こんなの聖薇には許されない。けど、私では、こんな強がりなんてできない。
妹が顔を上げた。私の涙で滲んだ視界の端でも確認できた。
「この偽善者……あんたは泣いてれば誰かが助けてくれる……けど、私は誰も助けてくれないし……私のことなんか、嫌いで、どうでもいいどころか迷惑なんだ……」
知ってる。いつでもそう思ってる。少しだけ聖薇になって、私の存在が迷惑なことをもっと確信した。だけど、口にすると悲しい。自分で自分を傷付けるなんて馬鹿なことだけど、それが私の現実なのだ。
「ごめんね……お姉ちゃん、なんにもできなくてごめんね……!」
妹はメソメソ泣き出した。だから嫌い。メソメソ泣けば許されるなんて思ってることがムカつく。だって世界は彼女に優しい。つまり世界は私に優しくない。倫理の世界では汚いものとして蓋をされている不平等が目の前に暴き出される。
「でも、でも! 私はお姉ちゃんが大好きなのぉっ! そんなこと言ったら……死んじゃ嫌だよぉ‼︎」
妹の声は、高くて、可愛くて、大きな声を出すと、耳の奥でキィンと響いて。わぁっと泣き出すから、子供みたいで、実際なんにもできない子供で、ただ守られるだけの無力な存在で。無力なことは私も同じだけど、可愛くないから守られなくて。だから妬ましいのに。
それでも妹は可愛くて、いつだって、そうなりたいと憧れていた。だけど、私はこんなにブスでバカでダメで、同じ血を分けている近しい存在なのに、妹はなんでも持っていた。だから憎かった。でも、この物語の主人公を完璧な女の子だと思ったのは、やっぱり、憧れているからで、でも、遠い存在だからで。
――本当の本当は、私にとって、妹は可愛い。可愛いと思わせてくれない状況があったし、素直になれるほど私は心が強くなかった。
「あんたなんか……本当は、好きなのに……」
今までは、恨むのは世界で、妹はその付属品。今からは、妹は好きなのに、世界を恨まなくちゃいけない。
信じることも、好きになることも、辛いのに。どうして死んでまで逃げたかったことに、また、気持ちが勝手に向かおうとしているのか。辛いのは嫌なのに。だけど、今、妹を嫌いと言うことは、思うことは、もっと辛い。
ボロボロ泣いた。私の心はボロボロだし、妹の心にもいらない無力感が植えられてしまった。そんなもの、持つ必要もない子なのに。一度負った傷は、傷を負ったという事実が残るのだ。恐怖も、無力感も、不信感も。
思う存分傷付けばいい、なんて思っていた。だけど、傷つけてごめんね、なんて思っている。本当は傷つけたくなかった。私も傷つきたくなかった。
「お、終わったね。今日はお疲れ様でした」
花園さんは肩幅を縮めて恐縮しながら、なにやら打ち上げ会のようなことを言い出した。否、打ち上げ会で相違ないか……。「お疲れ様」と、私も声を返す。
「……私、本当になんにもできなかった。ごめんね、役立たずで」
落ち込みながら、無理して笑っている。ヘラヘラしている。こういう態度を卑屈だと思う人もいるだろう。でも、私はこれがうまくできない。へらへら笑えない。ぶすっと口を結ぶだけだ――ブスだから。
「そんなことないわ。花園さんがいてくれたから心強かった」
「ううん。私はダメ、全然ダメなんだよ」
ふるふるっと、ヘラヘラ笑いながら首を横へ振る。だけど、まったく笑わないで花園さんは瞳を暗くする。
「だって私は――お姉ちゃんを殺しちゃったんだもの」
「え?」と聞き返す。
殺した? ……前に花園さんから聞いた姉の話は、過去形だった。まさか殺人を?
……まさか。これは罪悪感から出てくるありがちな言葉だ。あぁ、まさかだ。そのまさかが、予感が、目前に迫っている。
「私のお姉ちゃん、自殺したの。……生きてることが辛いって」
花園さんは、涙がこみ上げて、鼻につっかかる。顔が少しずつ赤くなって行く。だから、俯く。
私も顔が上げられなくなってきた。それって私のことでしょ。
だってこの世界は『ゲーム』だ。私はそれを体感している、だから知っている。そして、シナリオのあるゲームは必ず終わる。もちろん突然終わるわけではなく、伏線がどこかにある。
最初に顔を合わせたとき、私は花園さんに妹を感じていた。
馬鹿みたいな話だけど、伏線なんて、その程度で十分なのだ。二時間サスペンスドラマの交換殺人なんてその程度だ。事件を推理するのではなく、刑事の無理な推理から事件は作られる。これが物語の因果律。陳腐なクリシェ。ご都合主義。やめてよ、本当に。
「いじめられてたの。私、知ってた。けど、なんにもできないで、自分のことでいっぱいいっぱいで」
言い訳。小さく震えて、後悔。後悔するのは勝手だ。ことが起こったあとにするのが後悔。起こらなければそんな悔いすら持たないだろう。なんて都合のいい話だ! 被害者面をして! 泣いて許しを乞うなんて! そんなの、気まぐれに粘着して人を虐めるのと大差ない!
「お姉ちゃん、自分が嫌いだって。みんなも嫌いだって……」
うん、嫌い。大嫌い。ブサイクな自分の顔が嫌い。ブサイクで心が歪んだ自分も嫌い。私のブサイクを笑うみんなは、もっと嫌い。全ての責任は醜さと周囲。ブサイクがブサイクなりに自分の顔を好きだと肯定できる環境なんてどこにもないのだ。だから妹も、嫌いだ。
「私、お姉ちゃんのこと、大好きだったのに、何もできなかった。また、何もできなかった」
嫌いだ。お前なんか。泣いたって許さない。何をやっても私の心をちくちくちくちく刺激するお前なんか。本当に嫌いだ。現実を持ち込むなんて。
「……あんた馬鹿なのよ。居るだけで私のコンプレックスを刺激して。なんでそんな簡単なこともわかんないの? 大っ嫌い!」
馬鹿みたいだ。笑ってしまった。卑屈な馬鹿笑いだ。声が震える。こんなの聖薇には許されない。けど、私では、こんな強がりなんてできない。
妹が顔を上げた。私の涙で滲んだ視界の端でも確認できた。
「この偽善者……あんたは泣いてれば誰かが助けてくれる……けど、私は誰も助けてくれないし……私のことなんか、嫌いで、どうでもいいどころか迷惑なんだ……」
知ってる。いつでもそう思ってる。少しだけ聖薇になって、私の存在が迷惑なことをもっと確信した。だけど、口にすると悲しい。自分で自分を傷付けるなんて馬鹿なことだけど、それが私の現実なのだ。
「ごめんね……お姉ちゃん、なんにもできなくてごめんね……!」
妹はメソメソ泣き出した。だから嫌い。メソメソ泣けば許されるなんて思ってることがムカつく。だって世界は彼女に優しい。つまり世界は私に優しくない。倫理の世界では汚いものとして蓋をされている不平等が目の前に暴き出される。
「でも、でも! 私はお姉ちゃんが大好きなのぉっ! そんなこと言ったら……死んじゃ嫌だよぉ‼︎」
妹の声は、高くて、可愛くて、大きな声を出すと、耳の奥でキィンと響いて。わぁっと泣き出すから、子供みたいで、実際なんにもできない子供で、ただ守られるだけの無力な存在で。無力なことは私も同じだけど、可愛くないから守られなくて。だから妬ましいのに。
それでも妹は可愛くて、いつだって、そうなりたいと憧れていた。だけど、私はこんなにブスでバカでダメで、同じ血を分けている近しい存在なのに、妹はなんでも持っていた。だから憎かった。でも、この物語の主人公を完璧な女の子だと思ったのは、やっぱり、憧れているからで、でも、遠い存在だからで。
――本当の本当は、私にとって、妹は可愛い。可愛いと思わせてくれない状況があったし、素直になれるほど私は心が強くなかった。
「あんたなんか……本当は、好きなのに……」
今までは、恨むのは世界で、妹はその付属品。今からは、妹は好きなのに、世界を恨まなくちゃいけない。
信じることも、好きになることも、辛いのに。どうして死んでまで逃げたかったことに、また、気持ちが勝手に向かおうとしているのか。辛いのは嫌なのに。だけど、今、妹を嫌いと言うことは、思うことは、もっと辛い。
ボロボロ泣いた。私の心はボロボロだし、妹の心にもいらない無力感が植えられてしまった。そんなもの、持つ必要もない子なのに。一度負った傷は、傷を負ったという事実が残るのだ。恐怖も、無力感も、不信感も。
思う存分傷付けばいい、なんて思っていた。だけど、傷つけてごめんね、なんて思っている。本当は傷つけたくなかった。私も傷つきたくなかった。
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