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戦闘準備

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流石に他人に聞かれるのは嫌らしく、花園さんは私が隣に座っているのをいいことに、耳へ口をつけてヒソヒソ声で大まかな内容を語った。

家に持ち帰られて、服を乾かす間は先生の服を着て、温かいカフェオレを出された。しかし、花園さんは警戒して口をつけなかった。だんだん先生が近づいてきて、ゲームのような告白をされて、キスされた。けど、花園さんは思い切り突き飛ばした。

「関先生は『フラれちゃったな』って言ってたけど、なんだか、すごく怖かった。……それに、ファーストキスだったの。私、すごくショックで」

「……無理やり押し倒して写真を撮って脅す、なんてこともできたと思うわ。そうしないだけまだマシだったのかもしれないけど、許しがたいわね」

私の言葉を想像して怖くなってしまったのか、花園さんは顔を真っ青にして胸の前で手を組んだ。

「おとこのひと、こわい……」

「……そうね」

ブサイクも大変だけど、美人も美人で大変だ。どちらも最悪、死に至る病である。

「でもね、きっと悪い人ばかりじゃないって、信じることにしたの」

私は花園さんを真っ直ぐに見つめる。彼女が妹であるかどうかは別としても、私を助けたいという想いを、信じたい。

「少なくとも、私はあなたの味方のつもりよ。全て信じるし、関先生に腹を立てているわ」

花園さんの大きな瞳にぶわっと涙が溜まる。あっという間に大粒の滴になってボタボタ流れると、幼い子供みたいに私に抱きついてきた。

「御崎さん……!」

聖薇へのハグは高いぞ、なんて思いながら、私は胸に顔を押し付けてくる花園さんの頭を撫でた。同様に花園さんへのハグも高いのである。

「問題はここからよ。じゃあ、どうしましょう。私は、彼は教師を辞めるべきだと思うわ」

「……私は、もう、女の子に適当なことをして欲しくない」

鼻水が詰まった濁点つきの声だった。乙女ゲームのヒロインとしては以下略なのに、悔しいことに花園さんがやると妙に可愛い。

「やっぱり、先生で大人だから、っていう信頼を裏切るようなことは、最低限しないで欲しいの」

先生も大人も無条件で信頼する方がバカだ。そんな無条件な信頼を抱けるのは、曲がっていない子供だけだろう。彼女は善意に囲まれてそのままいい年齢まできてしまったのだ。悶えるくらい羨ましくて腹が立つけれど、もう、酷い意地悪をしたいとは思わなかった。私はただ問いかければいい。

「人格の矯正は難しいわね。睾丸摘出でもしないと治らないかもしれないわ。私たちができるのは事実を申し立てて愚か者を法廷の晒し者にすることだけよ」

騙すのも騙されるのも愚か。そして美しい絵面なのだろう。少し過激な発言に花園さんはびくりと眉を寄せたけれど、そのまま、心配そうに小首を傾げる。

「私たちって……御崎さん、何かされちゃったの……?」

「キスしたし、胸とかお尻とか触られたわね」

「……酷い。気持ちを弄んで、そんなことするなんて……御崎さん可哀想」

「連れ込まれて怖かったのはあなたでしょう。私のことはデータとして知っているだけで結構よ。ありがとう」

表面上はクールに言いつつ、自分のことを脇に置いて憤ってくれるのは嬉しかった。しかしそれでは話は進まないのだ。

「学校というものは事件を大事にしたくないものなの。下手をすれば辞職だけさせるけど事件にならない可能性もあるわ。そういうときは『大事になって困るのはお互い』と唆してくるでしょうね」

私は髪の毛を指に巻いて遊ぶ。花園さんのカップをぼんやり見る。

「探ってはみるけれど、残念なことに私の親も学校と同じ考え方だと思うの。だから、私がこの件に名前を連ねるのはいいと言えるかわからないわ」

「御崎さんは悔しくないの?」

「察して」

私は怒っていて、聖薇は特になんとも思っていない。花園さんは口元を押さえて「ごめんね」と小さな声で謝る。

「私よりあなたの方が学校の味方は多いわ。大人の味方が多いのは私」

手のひらで花園さんをさして、今度は自分の胸に当てる。

「もしも学校に止められたら……学校を通さずに被害者が直接告訴すればいいと思うの。未成年でも訴訟はできるわ。優秀な弁護士を雇いましょう。着地点は示談でもいいの。自らの恥を曝しても相手の悪事を公表して社会的な損失を与えるという制裁よ。肉を断ち骨を折る」

「そ、そんな大事に……なったら、私、自信ないかも……」

膝の上へ、つっかえ棒みたいにしたら手を立てる花園さん。肩はくっついてしまいそうに縮められていた。

ぽん、と軽く叩く。

「私がいるわ。それに、これは最悪のケースですから。まずは被害者の会を作りましょう。最初に相談するのは養護の先生がいいかもしれないわね」

きっと探せば他にもいる。探し方もたくさんある。対抗の仕方もいくらでもある。

死ぬ前、私は何をしたか、思い出す。信用できないから誰にも相談できなくて、遠回しなアピールはスルーされて、俯いて。やったことと言えば、遺書を書いたことと部屋の片付けだ。

聖薇の頭があれば、前向きな戦う気持ちがあれば、もう少しだけ生きていられたかもしれない。そう思った。
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