21 / 30
戦闘準備
しおりを挟む
流石に他人に聞かれるのは嫌らしく、花園さんは私が隣に座っているのをいいことに、耳へ口をつけてヒソヒソ声で大まかな内容を語った。
家に持ち帰られて、服を乾かす間は先生の服を着て、温かいカフェオレを出された。しかし、花園さんは警戒して口をつけなかった。だんだん先生が近づいてきて、ゲームのような告白をされて、キスされた。けど、花園さんは思い切り突き飛ばした。
「関先生は『フラれちゃったな』って言ってたけど、なんだか、すごく怖かった。……それに、ファーストキスだったの。私、すごくショックで」
「……無理やり押し倒して写真を撮って脅す、なんてこともできたと思うわ。そうしないだけまだマシだったのかもしれないけど、許しがたいわね」
私の言葉を想像して怖くなってしまったのか、花園さんは顔を真っ青にして胸の前で手を組んだ。
「おとこのひと、こわい……」
「……そうね」
ブサイクも大変だけど、美人も美人で大変だ。どちらも最悪、死に至る病である。
「でもね、きっと悪い人ばかりじゃないって、信じることにしたの」
私は花園さんを真っ直ぐに見つめる。彼女が妹であるかどうかは別としても、私を助けたいという想いを、信じたい。
「少なくとも、私はあなたの味方のつもりよ。全て信じるし、関先生に腹を立てているわ」
花園さんの大きな瞳にぶわっと涙が溜まる。あっという間に大粒の滴になってボタボタ流れると、幼い子供みたいに私に抱きついてきた。
「御崎さん……!」
聖薇へのハグは高いぞ、なんて思いながら、私は胸に顔を押し付けてくる花園さんの頭を撫でた。同様に花園さんへのハグも高いのである。
「問題はここからよ。じゃあ、どうしましょう。私は、彼は教師を辞めるべきだと思うわ」
「……私は、もう、女の子に適当なことをして欲しくない」
鼻水が詰まった濁点つきの声だった。乙女ゲームのヒロインとしては以下略なのに、悔しいことに花園さんがやると妙に可愛い。
「やっぱり、先生で大人だから、っていう信頼を裏切るようなことは、最低限しないで欲しいの」
先生も大人も無条件で信頼する方がバカだ。そんな無条件な信頼を抱けるのは、曲がっていない子供だけだろう。彼女は善意に囲まれてそのままいい年齢まできてしまったのだ。悶えるくらい羨ましくて腹が立つけれど、もう、酷い意地悪をしたいとは思わなかった。私はただ問いかければいい。
「人格の矯正は難しいわね。睾丸摘出でもしないと治らないかもしれないわ。私たちができるのは事実を申し立てて愚か者を法廷の晒し者にすることだけよ」
騙すのも騙されるのも愚か。そして美しい絵面なのだろう。少し過激な発言に花園さんはびくりと眉を寄せたけれど、そのまま、心配そうに小首を傾げる。
「私たちって……御崎さん、何かされちゃったの……?」
「キスしたし、胸とかお尻とか触られたわね」
「……酷い。気持ちを弄んで、そんなことするなんて……御崎さん可哀想」
「連れ込まれて怖かったのはあなたでしょう。私のことはデータとして知っているだけで結構よ。ありがとう」
表面上はクールに言いつつ、自分のことを脇に置いて憤ってくれるのは嬉しかった。しかしそれでは話は進まないのだ。
「学校というものは事件を大事にしたくないものなの。下手をすれば辞職だけさせるけど事件にならない可能性もあるわ。そういうときは『大事になって困るのはお互い』と唆してくるでしょうね」
私は髪の毛を指に巻いて遊ぶ。花園さんのカップをぼんやり見る。
「探ってはみるけれど、残念なことに私の親も学校と同じ考え方だと思うの。だから、私がこの件に名前を連ねるのはいいと言えるかわからないわ」
「御崎さんは悔しくないの?」
「察して」
私は怒っていて、聖薇は特になんとも思っていない。花園さんは口元を押さえて「ごめんね」と小さな声で謝る。
「私よりあなたの方が学校の味方は多いわ。大人の味方が多いのは私」
手のひらで花園さんをさして、今度は自分の胸に当てる。
「もしも学校に止められたら……学校を通さずに被害者が直接告訴すればいいと思うの。未成年でも訴訟はできるわ。優秀な弁護士を雇いましょう。着地点は示談でもいいの。自らの恥を曝しても相手の悪事を公表して社会的な損失を与えるという制裁よ。肉を断ち骨を折る」
「そ、そんな大事に……なったら、私、自信ないかも……」
膝の上へ、つっかえ棒みたいにしたら手を立てる花園さん。肩はくっついてしまいそうに縮められていた。
ぽん、と軽く叩く。
「私がいるわ。それに、これは最悪のケースですから。まずは被害者の会を作りましょう。最初に相談するのは養護の先生がいいかもしれないわね」
きっと探せば他にもいる。探し方もたくさんある。対抗の仕方もいくらでもある。
死ぬ前、私は何をしたか、思い出す。信用できないから誰にも相談できなくて、遠回しなアピールはスルーされて、俯いて。やったことと言えば、遺書を書いたことと部屋の片付けだ。
聖薇の頭があれば、前向きな戦う気持ちがあれば、もう少しだけ生きていられたかもしれない。そう思った。
家に持ち帰られて、服を乾かす間は先生の服を着て、温かいカフェオレを出された。しかし、花園さんは警戒して口をつけなかった。だんだん先生が近づいてきて、ゲームのような告白をされて、キスされた。けど、花園さんは思い切り突き飛ばした。
「関先生は『フラれちゃったな』って言ってたけど、なんだか、すごく怖かった。……それに、ファーストキスだったの。私、すごくショックで」
「……無理やり押し倒して写真を撮って脅す、なんてこともできたと思うわ。そうしないだけまだマシだったのかもしれないけど、許しがたいわね」
私の言葉を想像して怖くなってしまったのか、花園さんは顔を真っ青にして胸の前で手を組んだ。
「おとこのひと、こわい……」
「……そうね」
ブサイクも大変だけど、美人も美人で大変だ。どちらも最悪、死に至る病である。
「でもね、きっと悪い人ばかりじゃないって、信じることにしたの」
私は花園さんを真っ直ぐに見つめる。彼女が妹であるかどうかは別としても、私を助けたいという想いを、信じたい。
「少なくとも、私はあなたの味方のつもりよ。全て信じるし、関先生に腹を立てているわ」
花園さんの大きな瞳にぶわっと涙が溜まる。あっという間に大粒の滴になってボタボタ流れると、幼い子供みたいに私に抱きついてきた。
「御崎さん……!」
聖薇へのハグは高いぞ、なんて思いながら、私は胸に顔を押し付けてくる花園さんの頭を撫でた。同様に花園さんへのハグも高いのである。
「問題はここからよ。じゃあ、どうしましょう。私は、彼は教師を辞めるべきだと思うわ」
「……私は、もう、女の子に適当なことをして欲しくない」
鼻水が詰まった濁点つきの声だった。乙女ゲームのヒロインとしては以下略なのに、悔しいことに花園さんがやると妙に可愛い。
「やっぱり、先生で大人だから、っていう信頼を裏切るようなことは、最低限しないで欲しいの」
先生も大人も無条件で信頼する方がバカだ。そんな無条件な信頼を抱けるのは、曲がっていない子供だけだろう。彼女は善意に囲まれてそのままいい年齢まできてしまったのだ。悶えるくらい羨ましくて腹が立つけれど、もう、酷い意地悪をしたいとは思わなかった。私はただ問いかければいい。
「人格の矯正は難しいわね。睾丸摘出でもしないと治らないかもしれないわ。私たちができるのは事実を申し立てて愚か者を法廷の晒し者にすることだけよ」
騙すのも騙されるのも愚か。そして美しい絵面なのだろう。少し過激な発言に花園さんはびくりと眉を寄せたけれど、そのまま、心配そうに小首を傾げる。
「私たちって……御崎さん、何かされちゃったの……?」
「キスしたし、胸とかお尻とか触られたわね」
「……酷い。気持ちを弄んで、そんなことするなんて……御崎さん可哀想」
「連れ込まれて怖かったのはあなたでしょう。私のことはデータとして知っているだけで結構よ。ありがとう」
表面上はクールに言いつつ、自分のことを脇に置いて憤ってくれるのは嬉しかった。しかしそれでは話は進まないのだ。
「学校というものは事件を大事にしたくないものなの。下手をすれば辞職だけさせるけど事件にならない可能性もあるわ。そういうときは『大事になって困るのはお互い』と唆してくるでしょうね」
私は髪の毛を指に巻いて遊ぶ。花園さんのカップをぼんやり見る。
「探ってはみるけれど、残念なことに私の親も学校と同じ考え方だと思うの。だから、私がこの件に名前を連ねるのはいいと言えるかわからないわ」
「御崎さんは悔しくないの?」
「察して」
私は怒っていて、聖薇は特になんとも思っていない。花園さんは口元を押さえて「ごめんね」と小さな声で謝る。
「私よりあなたの方が学校の味方は多いわ。大人の味方が多いのは私」
手のひらで花園さんをさして、今度は自分の胸に当てる。
「もしも学校に止められたら……学校を通さずに被害者が直接告訴すればいいと思うの。未成年でも訴訟はできるわ。優秀な弁護士を雇いましょう。着地点は示談でもいいの。自らの恥を曝しても相手の悪事を公表して社会的な損失を与えるという制裁よ。肉を断ち骨を折る」
「そ、そんな大事に……なったら、私、自信ないかも……」
膝の上へ、つっかえ棒みたいにしたら手を立てる花園さん。肩はくっついてしまいそうに縮められていた。
ぽん、と軽く叩く。
「私がいるわ。それに、これは最悪のケースですから。まずは被害者の会を作りましょう。最初に相談するのは養護の先生がいいかもしれないわね」
きっと探せば他にもいる。探し方もたくさんある。対抗の仕方もいくらでもある。
死ぬ前、私は何をしたか、思い出す。信用できないから誰にも相談できなくて、遠回しなアピールはスルーされて、俯いて。やったことと言えば、遺書を書いたことと部屋の片付けだ。
聖薇の頭があれば、前向きな戦う気持ちがあれば、もう少しだけ生きていられたかもしれない。そう思った。
0
お気に入りに追加
211
あなたにおすすめの小説
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。
「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?
悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!
ペトラ
恋愛
ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。
戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。
前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。
悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。
他サイトに連載中の話の改訂版になります。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
転生したら悪役令嬢を断罪・婚約破棄して後でザマァされる乗り換え王子だったので、バッドエンド回避のため田舎貴族の令嬢に求婚してみた
古銀貨
恋愛
社畜から自分が作った乙ゲーの登場人物、「ヒロインに乗り換えるため悪役令嬢を断罪・婚約破棄して、後でザマァされる王子」に転生してしまった“僕”。
待ち構えているバッドエンドを回避し静かな暮らしを手に入れるため、二人とも選ばず適当な田舎貴族の令嬢に求婚したら、まさかのガチ恋に発展してしまった!?
まずは交換日記から始める、二股乗り換え王子×田舎貴族令嬢の純なラブコメディです。
人質姫と忘れんぼ王子
雪野 結莉
恋愛
何故か、同じ親から生まれた姉妹のはずなのに、第二王女の私は冷遇され、第一王女のお姉様ばかりが可愛がられる。
やりたいことすらやらせてもらえず、諦めた人生を送っていたが、戦争に負けてお金の為に私は売られることとなった。
お姉様は悠々と今まで通りの生活を送るのに…。
初めて投稿します。
書きたいシーンがあり、そのために書き始めました。
初めての投稿のため、何度も改稿するかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。
小説家になろう様にも掲載しております。
読んでくださった方が、表紙を作ってくださいました。
新○文庫風に作ったそうです。
気に入っています(╹◡╹)
【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい
三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。
そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる