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芽生
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翌日、雄星は学校に来なかった。たまに無断欠席をするタイプだったようだ。出席を取るときは「またか」という調子だったけれど、休み時間はヒソヒソ話に満ちていた。
「聖薇様、昨日、青樹君と喧嘩したんですって。だから青樹君休んだのかしら?」
「嘘ぉ……聖薇様が? だってあんなにべったりだったじゃない。声のトーンなんか変えちゃってさぁ」
「ほんとほんと、信じられない。でも、今がチャンスかもね」
大衆は愚かだ。聖薇の視線をくれてやる必要もないだろう。
花園さんに会いにいくかどうか、私は少し悩んだ。でも、彼女は何かあれば自分で確認したがる性格だ。何もなければそれはそれだけど、何かあった場合、会いに行くと追い詰めてしまうかもしれない。
今日の私は、なんだか昨日のことが痛ましいようなスッキリ晴れない気分だった。そんなことが重なったら必要以上に嫌な気持ちになってしまうだろうから、無理をしないことにした。
お昼は、屋上で独りだった。慣れきっているけど、花園さんと食べたとき、楽しかった。人は一度美味しいものを食べると贅沢になってしまうようだ。今、寂しい。寂しいなら友達を作ればいい。今の私なら、周囲が声をかけていいものかとそわそわしているくらい、あっという間に友達ができるだろう。でも、本当に友達か? 友達って何なのか?
友情を確かめ合っているクラスメイトが、よってたかって私を足蹴にする。クラスの端っこで固まっている地味な集団は、保身のために私のことを遠ざけている。私というサンドバックを痛めつける。何かの連帯感が彼らの絆になる。私は絆というピアノ線に巻かれて、ギリギリギリと引っ張られ、細かな肉塊にされる。
怖かった。「一緒に食べませんか?」なんて声をかけられても、私は「ごめんなさい、一人になりたいの」と愛想笑いを浮かべる。寂しいし、友達が欲しい。それなのに誰も彼もが怖い。恐ろしい。せっかく美しく生まれ変わったのに、私は前と変わらない。聖薇になったというだけだ。
でも、聖薇なのだ。家柄がよく、美しい。それだけでも儲けものである。私がずっと望んだものだ。毎日、鏡に映る姿が美しい。それだけで私は本当に嬉しくて、ほうっとため息をつきながら鏡をじっと見てしまう。後は、恋愛をしてみたいとは思う。でも、恋人はできても、恋愛ができるかはほとほと疑問だ。
ぼんやりしていたらお弁当を食べる手が止まってしまった。
「御崎さん」
関先生の声。私はびっくりして小さく声を漏らしつつ、振り返る。冷たい顔立ちの関先生は、いつもの顔を忘れるくらい、優しく温かく微笑んでいた。
猫を拾った関先生のCGを思い出す。この人は優しい人。私も、猫みたいに拾い上げてもらいたい。そういう気持ちはある。すごくある。
「ごきげんよう、先生。屋上に何かご用でして?」
タバコは吸わなかったはず。ならば、来る理由がわからない。まさか『私』だろうか? こんな風に微笑まれるとそんな気がしてしまう。
「御崎さんが心配で、来てみたんだ。昨日からちょっと様子が違ったし、噂も聞いたよ」
様子が違う。雄星と同じように、関先生も私のことを感づいている。どうせ答えにはたどり着けないだろうけれど。タイミングよく物事が進んでいるから、ちょっと様子がおかしくても、外見が同じなら人は納得するはずだ。
「先生に向かって失礼かもしれませんけど……ヤブヘビだわ」
「心配なんだ。君は僕の大切な生徒だからね」
ポン、と頭に手を置かれた。するっと手のひらが髪をなぞる……撫でられている。途端に私は落ち着かない気分になって視線をそらした。顔が熱い。
クスリ、と関先生が静かに笑った。素敵……大人の余裕たっぷりだ。胸がキュンとしてしまう。
「悩み事があったら相談してくれ。僕は御崎さんの味方だ」
それって、先生の仕事だし。今までの私だったら絶対に鼻にもかけてもらえなかったし。こんな風に先生に優しくされる機会があったら、もしかすると死なかったかもしれないし。でも、だからこそ、今まで喉から手がでくらいに欲しかった。花園さんのとお昼ご飯も、そうだった。聖薇の外見も、暮らしも、そうだ。
何かを疑わなくちゃいけない。私の中に硬く根付く危険信号は、机の中にいれられた嘘のラブレターの記憶とか、からかうためのメアド交換とか、苦い記憶を追いやっていく。関先生なら、クラスぐるみでいじめたりしないし、いじめが起こってもシカトしないかもしれない。だって彼は雨の中、子猫を拾う人だから。こんなにも笑顔が優しくて、根っこが善人だから。そういう風に思いたくてしょうがない。
「……先生、彼女はいらして?」
聖薇であるという自信はすごかった。こんなことを私に言わせてしまう。今まで私が思っていても、諦めや恐怖で抑えていた感情だったのだろうか。
「え?」
関先生は言葉が飲み込めなかったのか眼を丸くした。それから「くっ」と堪えてくる笑いを手で押えたが、我慢できなかったように「はははっ!」と体を折り曲げておかしそうに笑った。
「あぁ……すまないね。あんまりにも急だから驚いたよ。真顔で大人をからかうのは感心しないな」
「冗談……に、聞こえてしまいますね。うふふ」
「こういう時は人寂しくなるものなんだよ。なんだ、案外元気そうじゃないか。よかったよ」
関先生は案外おしゃべり上手だ。こんなことをする人だとは思わなかったけれど、ゲームでは付き合い始めてから冗談が増えたから、もしかすると私に気を許してくれているのかもしれない。恋愛なんか絡まなくても、教師とそういう信頼関係を結ぶなんて憧れてしまう。
とはいいつつ、午後の関先生の授業――
先日のテストを返された。教卓まで受け取りに行く。そのテストには、ポストイットでメールアドレスと電話番号が書かれていた。
ハッとして先生の顔を見上げる。関先生は口元に笑みを含ませる。私は慌ててテスト用紙を閉じて、足早に自分の席へ戻った。
心臓がバクバクとうるさく鼓動している。頭の中が真っ白になってしまった。夢みたいな心地だ。私は、すっかりのぼせ上がっていた。
「聖薇様、昨日、青樹君と喧嘩したんですって。だから青樹君休んだのかしら?」
「嘘ぉ……聖薇様が? だってあんなにべったりだったじゃない。声のトーンなんか変えちゃってさぁ」
「ほんとほんと、信じられない。でも、今がチャンスかもね」
大衆は愚かだ。聖薇の視線をくれてやる必要もないだろう。
花園さんに会いにいくかどうか、私は少し悩んだ。でも、彼女は何かあれば自分で確認したがる性格だ。何もなければそれはそれだけど、何かあった場合、会いに行くと追い詰めてしまうかもしれない。
今日の私は、なんだか昨日のことが痛ましいようなスッキリ晴れない気分だった。そんなことが重なったら必要以上に嫌な気持ちになってしまうだろうから、無理をしないことにした。
お昼は、屋上で独りだった。慣れきっているけど、花園さんと食べたとき、楽しかった。人は一度美味しいものを食べると贅沢になってしまうようだ。今、寂しい。寂しいなら友達を作ればいい。今の私なら、周囲が声をかけていいものかとそわそわしているくらい、あっという間に友達ができるだろう。でも、本当に友達か? 友達って何なのか?
友情を確かめ合っているクラスメイトが、よってたかって私を足蹴にする。クラスの端っこで固まっている地味な集団は、保身のために私のことを遠ざけている。私というサンドバックを痛めつける。何かの連帯感が彼らの絆になる。私は絆というピアノ線に巻かれて、ギリギリギリと引っ張られ、細かな肉塊にされる。
怖かった。「一緒に食べませんか?」なんて声をかけられても、私は「ごめんなさい、一人になりたいの」と愛想笑いを浮かべる。寂しいし、友達が欲しい。それなのに誰も彼もが怖い。恐ろしい。せっかく美しく生まれ変わったのに、私は前と変わらない。聖薇になったというだけだ。
でも、聖薇なのだ。家柄がよく、美しい。それだけでも儲けものである。私がずっと望んだものだ。毎日、鏡に映る姿が美しい。それだけで私は本当に嬉しくて、ほうっとため息をつきながら鏡をじっと見てしまう。後は、恋愛をしてみたいとは思う。でも、恋人はできても、恋愛ができるかはほとほと疑問だ。
ぼんやりしていたらお弁当を食べる手が止まってしまった。
「御崎さん」
関先生の声。私はびっくりして小さく声を漏らしつつ、振り返る。冷たい顔立ちの関先生は、いつもの顔を忘れるくらい、優しく温かく微笑んでいた。
猫を拾った関先生のCGを思い出す。この人は優しい人。私も、猫みたいに拾い上げてもらいたい。そういう気持ちはある。すごくある。
「ごきげんよう、先生。屋上に何かご用でして?」
タバコは吸わなかったはず。ならば、来る理由がわからない。まさか『私』だろうか? こんな風に微笑まれるとそんな気がしてしまう。
「御崎さんが心配で、来てみたんだ。昨日からちょっと様子が違ったし、噂も聞いたよ」
様子が違う。雄星と同じように、関先生も私のことを感づいている。どうせ答えにはたどり着けないだろうけれど。タイミングよく物事が進んでいるから、ちょっと様子がおかしくても、外見が同じなら人は納得するはずだ。
「先生に向かって失礼かもしれませんけど……ヤブヘビだわ」
「心配なんだ。君は僕の大切な生徒だからね」
ポン、と頭に手を置かれた。するっと手のひらが髪をなぞる……撫でられている。途端に私は落ち着かない気分になって視線をそらした。顔が熱い。
クスリ、と関先生が静かに笑った。素敵……大人の余裕たっぷりだ。胸がキュンとしてしまう。
「悩み事があったら相談してくれ。僕は御崎さんの味方だ」
それって、先生の仕事だし。今までの私だったら絶対に鼻にもかけてもらえなかったし。こんな風に先生に優しくされる機会があったら、もしかすると死なかったかもしれないし。でも、だからこそ、今まで喉から手がでくらいに欲しかった。花園さんのとお昼ご飯も、そうだった。聖薇の外見も、暮らしも、そうだ。
何かを疑わなくちゃいけない。私の中に硬く根付く危険信号は、机の中にいれられた嘘のラブレターの記憶とか、からかうためのメアド交換とか、苦い記憶を追いやっていく。関先生なら、クラスぐるみでいじめたりしないし、いじめが起こってもシカトしないかもしれない。だって彼は雨の中、子猫を拾う人だから。こんなにも笑顔が優しくて、根っこが善人だから。そういう風に思いたくてしょうがない。
「……先生、彼女はいらして?」
聖薇であるという自信はすごかった。こんなことを私に言わせてしまう。今まで私が思っていても、諦めや恐怖で抑えていた感情だったのだろうか。
「え?」
関先生は言葉が飲み込めなかったのか眼を丸くした。それから「くっ」と堪えてくる笑いを手で押えたが、我慢できなかったように「はははっ!」と体を折り曲げておかしそうに笑った。
「あぁ……すまないね。あんまりにも急だから驚いたよ。真顔で大人をからかうのは感心しないな」
「冗談……に、聞こえてしまいますね。うふふ」
「こういう時は人寂しくなるものなんだよ。なんだ、案外元気そうじゃないか。よかったよ」
関先生は案外おしゃべり上手だ。こんなことをする人だとは思わなかったけれど、ゲームでは付き合い始めてから冗談が増えたから、もしかすると私に気を許してくれているのかもしれない。恋愛なんか絡まなくても、教師とそういう信頼関係を結ぶなんて憧れてしまう。
とはいいつつ、午後の関先生の授業――
先日のテストを返された。教卓まで受け取りに行く。そのテストには、ポストイットでメールアドレスと電話番号が書かれていた。
ハッとして先生の顔を見上げる。関先生は口元に笑みを含ませる。私は慌ててテスト用紙を閉じて、足早に自分の席へ戻った。
心臓がバクバクとうるさく鼓動している。頭の中が真っ白になってしまった。夢みたいな心地だ。私は、すっかりのぼせ上がっていた。
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