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破談
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聖薇の家は妙なところで愚直で、普段からマジっぽい。金持ちはズレている。
話は私の見えないところでトントン拍子に進んだらしい。今日には雄星の父親へと話が行き、丁度金曜日ということもあったのだろうけれど、すぐに話し合いの席が設けられた……らしい。
「謝らせてくれ、ってしつこかった。いやいや、聖薇は一つも気にしなくていいんだよ。あそこもちょうど成績がふるわなくてね。海外から経営者を招こうと思っていたんだ。この際だし、すっきりと総入れ替えをしよう。それがいいじゃないか」
父親はこともなげに言っていた。人を人とも思っていない残酷な言葉だった。こいつはダメだから、と、切り捨てられる側の気持ちをよく知っている私は、他人の親の――もちろん私は聖薇だけど、当然聖薇ではない――優しさを愛しく受け取れるわけがない。
だからと言って何もしない。ブサイクというだけで私は生きていることを謝罪させられたのだから、能動的に愚かというだけで彼らも何らかの罰を受けるに値するのだろう。別に、私が捌いてやるなんて驕っているわけではない。痛みを知っているから加減ができるのだ。適切な痛みを与えることができるし、時には必要なところから鉄槌を下されることもあるだろう。
「わかりました。ありがとうございます、お父様」
どうやら御崎財閥が解体しなくても彼が解放されるルートもあったらしい。よかったね。なんて思って勉強をしていたら、携帯が鳴った。雄星からのメールだ。訝しんで見てみると、何やらこちらの家に向かっているらしい。それならば、と私はお茶を飲むふりをしてリビングへと向かった。
数分後、雄星とその両親がお越し下さった。ガードマンと揉み合っているそうだ。
「話し合いは済んでいる。追い返せ」
父親はそれだけ。母親は「まだ聖薇さんの心を傷付け足りないの!?」と顔が真っ赤だ。ソワソワと窓から外の様子を覗くと「ま!」と声を上げる。
「嫌だわ、外で土下座なんかして!」
興味をそそられて、私も覗き込んでみた。ガードマンにどかされそうになりながら、父母息子と一家三人地べたにひれ伏し頭を道路にすりつけている。
彼らの心の是非は別としても、私はなんだかやりきれないようや気持ちになった。こんな風に謝罪するのは、本当に辛いのだ。
外に出ようとしたら、母親に「あなたはいいのよ。お部屋に戻りなさい」と制止された。
「蜘蛛の糸よ、お母様」
あまり難しい小説は好きではないけれど、私だってこれくらいは知っている。母親は感動したように「なんていい子なの……」と泣き出してしまった。
「行ってくるといい」
父親は厳しい声で私を送り出した。けれど、どのような行動を取るのか監視していることがよくわかる。失望させてくれるなよ、と言わんばかりだ。
外は暗くて空気が湿気ていた。けっこうなお年の上品そうなご夫婦と、お堅いような服を着込んだ雄星がいた。制服は着崩しているけれど、さすがお坊ちゃん、フォーマルもお似合いだ。みんな必死で地面に這ってズタボロになっているけれど。
「聖薇さん!」
ご両親は私の足元に縋り付くようだった。父親が雄星の頭を無理矢理に道路へ押し付けて「申し訳ない」とか「考え直して欲しい」とか色々言っていた。ほとんど泣いていた。父親はきっと死刑にも近い左遷を宣告したのだろう。
でも、彼らは子供の気持ちを完全にシカトしていた。聖薇くらい素直に物事を受け入れられるお嬢さんならよかったけれど、雄星は違ったのだ。本人に跡取りの自覚がなければ、親もそういう教育ができなかった。だから彼らは聖薇の父親に失望されたのだ。
「ごめんなさいね。こんなことになってしまって。私も、とても残念ですわ」
私は表面上で謝った。でも、本当に話したいのは彼らではない。目先のことにホッとすれば、少しは喋る余裕をくれるだろう。
「ねえ、雄星はどうなの? さっきからムスッとしてるだけね」
わざわざ私にメールをしたのは彼だ。それなのに謝りもせずに静かなまま。一体どんなつもりなのか。
「雄星」という両親の呼びかけに反応するかのように、雄星は頭を押さえつける手を乱暴に叩き落とした。父親は手を押さえて、真っ青な顔をしていた。
「……最高だよ!」
バンドのボーカルにふさわしいよく通る声だ。夜道にまっすぐ響く。
雄星は笑っていた。心底、おかしそうだった。愉快そうだった。それでも、目をクワっと開いて唇を釣り上げた姿は、とてもまっとうには見えない。彼も彼で、何かを裏切られたのかもしれない。
「俺はお前みたいに金と権力で心が汚れて勘違いして気取った性格の悪いやつが嫌いなんだよ! こっちの気持ちをなんもわかってねぇ親父もお袋も大嫌いだ! ざまあ見ろ!」
哄笑。バンザイするみたいに雄星は両手を上げると、ぴょんぴょん跳ねた。靴底がコンクリートを叩く。それから、引きつるような呼吸をしながら腹を抱えた。
雄星の父親は脱力してへたり込んでしまう。母親は、泣きながら雄星のことを平手打ちした。
「出ていきなさい! あなたはもう息子じゃない! 勘当します!」
「……は? 俺がいつ息子だった? 生まれた時から道具だろ」
母親の涙も言葉も平手打ちも、彼の心には届かないらしい。ただ冷たく睨み返すだけだ。
「あとで荷物取りに帰るから」
さようならの言葉もなく、彼は背中を向ける。本当に家を出て行くつもりなのだろう。父親も母親も、子供みたいに声をあげてワンワン泣き出してしまった。
育て方を間違えたツケなのだろうか、それとも、道具に使ったツケなのか。雄星はただの反抗期なのか、もっと辛い我慢をいっぱいしてきて、しょいきれなくなったのか。どれにしたってやり切れないけれど、御崎財閥解体ハッピーエンドとしたくなるくらい、雄星にも抱えているものがあるのかもしれない。
「雄星、一つだけアドバイスするわ」
私は背中に声をかける。それがずっと続くものではないだろうけれど、今の瞬間は彼と分かり合えそうな気がした。雄星はシカトして歩き続けている。だから、声を張り上げる。
「悪いことは言わないわ! 今から花園さんのところに行くのだけはやめなさい!」
図星だったのか、雄星はチラリと振り返った。私の言葉を信じるか信じないかは彼に任せよう。どうせ、信じないだろうけど。私が聖薇である限り彼は頭から信じないだろうし、私が聖薇でなければ話も聞いてもらえないだろう。もしも彼が私を信じようとするのならば話は別だけど。
不良みたいに背を丸めて大またに歩く後姿を見送る。幸あれ、と思う。
私は雄星のご両親に「本当にごめんなさいね。お父様には配慮をお願いしてみますわ」と口頭のみで謝った。こんなことを言われても、彼らは息子のことで胸も頭もいっぱいで、ちっとも反応する気配なんかなかった。
話は私の見えないところでトントン拍子に進んだらしい。今日には雄星の父親へと話が行き、丁度金曜日ということもあったのだろうけれど、すぐに話し合いの席が設けられた……らしい。
「謝らせてくれ、ってしつこかった。いやいや、聖薇は一つも気にしなくていいんだよ。あそこもちょうど成績がふるわなくてね。海外から経営者を招こうと思っていたんだ。この際だし、すっきりと総入れ替えをしよう。それがいいじゃないか」
父親はこともなげに言っていた。人を人とも思っていない残酷な言葉だった。こいつはダメだから、と、切り捨てられる側の気持ちをよく知っている私は、他人の親の――もちろん私は聖薇だけど、当然聖薇ではない――優しさを愛しく受け取れるわけがない。
だからと言って何もしない。ブサイクというだけで私は生きていることを謝罪させられたのだから、能動的に愚かというだけで彼らも何らかの罰を受けるに値するのだろう。別に、私が捌いてやるなんて驕っているわけではない。痛みを知っているから加減ができるのだ。適切な痛みを与えることができるし、時には必要なところから鉄槌を下されることもあるだろう。
「わかりました。ありがとうございます、お父様」
どうやら御崎財閥が解体しなくても彼が解放されるルートもあったらしい。よかったね。なんて思って勉強をしていたら、携帯が鳴った。雄星からのメールだ。訝しんで見てみると、何やらこちらの家に向かっているらしい。それならば、と私はお茶を飲むふりをしてリビングへと向かった。
数分後、雄星とその両親がお越し下さった。ガードマンと揉み合っているそうだ。
「話し合いは済んでいる。追い返せ」
父親はそれだけ。母親は「まだ聖薇さんの心を傷付け足りないの!?」と顔が真っ赤だ。ソワソワと窓から外の様子を覗くと「ま!」と声を上げる。
「嫌だわ、外で土下座なんかして!」
興味をそそられて、私も覗き込んでみた。ガードマンにどかされそうになりながら、父母息子と一家三人地べたにひれ伏し頭を道路にすりつけている。
彼らの心の是非は別としても、私はなんだかやりきれないようや気持ちになった。こんな風に謝罪するのは、本当に辛いのだ。
外に出ようとしたら、母親に「あなたはいいのよ。お部屋に戻りなさい」と制止された。
「蜘蛛の糸よ、お母様」
あまり難しい小説は好きではないけれど、私だってこれくらいは知っている。母親は感動したように「なんていい子なの……」と泣き出してしまった。
「行ってくるといい」
父親は厳しい声で私を送り出した。けれど、どのような行動を取るのか監視していることがよくわかる。失望させてくれるなよ、と言わんばかりだ。
外は暗くて空気が湿気ていた。けっこうなお年の上品そうなご夫婦と、お堅いような服を着込んだ雄星がいた。制服は着崩しているけれど、さすがお坊ちゃん、フォーマルもお似合いだ。みんな必死で地面に這ってズタボロになっているけれど。
「聖薇さん!」
ご両親は私の足元に縋り付くようだった。父親が雄星の頭を無理矢理に道路へ押し付けて「申し訳ない」とか「考え直して欲しい」とか色々言っていた。ほとんど泣いていた。父親はきっと死刑にも近い左遷を宣告したのだろう。
でも、彼らは子供の気持ちを完全にシカトしていた。聖薇くらい素直に物事を受け入れられるお嬢さんならよかったけれど、雄星は違ったのだ。本人に跡取りの自覚がなければ、親もそういう教育ができなかった。だから彼らは聖薇の父親に失望されたのだ。
「ごめんなさいね。こんなことになってしまって。私も、とても残念ですわ」
私は表面上で謝った。でも、本当に話したいのは彼らではない。目先のことにホッとすれば、少しは喋る余裕をくれるだろう。
「ねえ、雄星はどうなの? さっきからムスッとしてるだけね」
わざわざ私にメールをしたのは彼だ。それなのに謝りもせずに静かなまま。一体どんなつもりなのか。
「雄星」という両親の呼びかけに反応するかのように、雄星は頭を押さえつける手を乱暴に叩き落とした。父親は手を押さえて、真っ青な顔をしていた。
「……最高だよ!」
バンドのボーカルにふさわしいよく通る声だ。夜道にまっすぐ響く。
雄星は笑っていた。心底、おかしそうだった。愉快そうだった。それでも、目をクワっと開いて唇を釣り上げた姿は、とてもまっとうには見えない。彼も彼で、何かを裏切られたのかもしれない。
「俺はお前みたいに金と権力で心が汚れて勘違いして気取った性格の悪いやつが嫌いなんだよ! こっちの気持ちをなんもわかってねぇ親父もお袋も大嫌いだ! ざまあ見ろ!」
哄笑。バンザイするみたいに雄星は両手を上げると、ぴょんぴょん跳ねた。靴底がコンクリートを叩く。それから、引きつるような呼吸をしながら腹を抱えた。
雄星の父親は脱力してへたり込んでしまう。母親は、泣きながら雄星のことを平手打ちした。
「出ていきなさい! あなたはもう息子じゃない! 勘当します!」
「……は? 俺がいつ息子だった? 生まれた時から道具だろ」
母親の涙も言葉も平手打ちも、彼の心には届かないらしい。ただ冷たく睨み返すだけだ。
「あとで荷物取りに帰るから」
さようならの言葉もなく、彼は背中を向ける。本当に家を出て行くつもりなのだろう。父親も母親も、子供みたいに声をあげてワンワン泣き出してしまった。
育て方を間違えたツケなのだろうか、それとも、道具に使ったツケなのか。雄星はただの反抗期なのか、もっと辛い我慢をいっぱいしてきて、しょいきれなくなったのか。どれにしたってやり切れないけれど、御崎財閥解体ハッピーエンドとしたくなるくらい、雄星にも抱えているものがあるのかもしれない。
「雄星、一つだけアドバイスするわ」
私は背中に声をかける。それがずっと続くものではないだろうけれど、今の瞬間は彼と分かり合えそうな気がした。雄星はシカトして歩き続けている。だから、声を張り上げる。
「悪いことは言わないわ! 今から花園さんのところに行くのだけはやめなさい!」
図星だったのか、雄星はチラリと振り返った。私の言葉を信じるか信じないかは彼に任せよう。どうせ、信じないだろうけど。私が聖薇である限り彼は頭から信じないだろうし、私が聖薇でなければ話も聞いてもらえないだろう。もしも彼が私を信じようとするのならば話は別だけど。
不良みたいに背を丸めて大またに歩く後姿を見送る。幸あれ、と思う。
私は雄星のご両親に「本当にごめんなさいね。お父様には配慮をお願いしてみますわ」と口頭のみで謝った。こんなことを言われても、彼らは息子のことで胸も頭もいっぱいで、ちっとも反応する気配なんかなかった。
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