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昼食

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私と花園さんは、屋上に来ていた。教室にはいられないし、食堂は目立ちすぎる。屋上は入れるけれどわざわざ来る人は少ないし、落ち着く。ベンチもある。ばっちりだった。

「御崎さん……ここで大丈夫だった?」

「セレブだってピクニックくらいするわ」

心配そうな花園さんにそう言ってみたものの、実際のところはどうなのだろうか。セレブの生活があまりよくわからない。ただ、私個人は封鎖された屋上の前の階段で一人ご飯を食べていたことがあるから、むしろ落ち着くくらいだった。あぁ、もしも屋上が解放さらていたのなら、私はトイレの壁なんか見ながらじゃなくて、青い空を見ながら死ねたのかもしれない。そういう気分になれたかもしれない。

「それならよかった。今日はお天気もいいし気持ちいいね」

「ええ、本当に」

視線を合わせて、笑顔に笑顔を返す。花園さんはびっくりしたように目を丸くした。それから、一際眩しく微笑んだ。

「御崎さんって、笑うとふわっとするね」

「ふわっ?」

「うん。ふわってなって、なんかホッとする」

私がふわっとなるのだろうか、彼女がふわっとなるのだろうか。あまりわかりやすい表現ではなかったけれど、彼女は擬音や不思議な表現で悪意なく人を惑わすところがあった。本人は無自覚だけど、わかりにくさは人の心をざわつかせることがある。まぁ、でも、悪い意味でないことは、よくわかる。

悪意がなく、敵意がなく、しかし、しっかりした自分の意志を持って、善悪を判断している。そんな彼女との会話はたわいのないことでも弾んで、止まって、戻って、途切れて、それが楽しかった。

少し経って、無粋に屋上の扉が開く。険しい顔をした相沢と雄星だった。

「やっぱ心配になって」と、言い訳をするのは相沢。

「二人が屋上にいるって聞いて」と、ギターを背負っているのは雄星。バンドの練習でもしていたところ、駆けつけてきたのだろうか。

すっかり楽しくなってしまったのか、花園さんは食べていたスナック菓子を二人に差し出した。

「二人も食べる?」

「けっこう美味しくてよ」

つけたすように促すと、二人は私を見てギョッとした。それから睨み付けられた。

「オメー普段から俺らのことゴキブリみたいに言ってるくせに食ったの? 内心バカにしてんだろ? こんなもんって思ってよぉ!」

真っ先に相沢が食ってかかる。抵抗する力はあっても、花園さんは勢いに押されて怯えてしまっていた。なんで好きな女の子の前でそんな汚い姿を見せられるのだろうか。私の前だから? 笑顔を返し合うのと同じように。私はそんなに汚い顔をしているのか。聖薇でないときは、不快感しかない顔をしていただろう。今は、聖薇の顔に、どんな表情が浮かんでいるのか。鏡がないからわからないけれど、相沢のような汚い顔をしているのだろうか。

「なんも知らないのな、お前。これ、御崎グループの、ミサキ製菓の駄菓子」

雄星は鼻でせせら笑うように言った。彼はクールというか、斜に構えている。

「これも御崎さんちのなんだ! すごいね」

花園さんはただただ無邪気に驚いて、にっこり笑ってそう言った。彼女は聖薇とのギャップに劣等感を持たないのだ。まったく関係のないものと思っているのかもしれない。少し羨むような響きには、僅かにも卑しさが見えない。今が満たされているのだろう。

こんな人間がいるのか。あぁ。あんなにも素敵だと思っていた雄星は、今やプライドだけの矮小なゴミにしか見えない。花園さんの眩しさが、神々しく見える。

世の中には生来無垢な天使がいるのだ。家が落ち着いていて、顔が可愛くて、愛されて。

――妹の顔がチラリと頭に浮かんだ。私は、嫌だと思って、振り払う。花園さんは違うはずだ。

花園さんの言動か、私の反応が淡いせいか、二人は毒気を抜かれてしまったらしい。花園さんの両隣りで花園さんを取り合って、なにやら威嚇のしあいが始まった。花園さんは真ん中でオロオロして縮まっている。

「ねえ、なんで貴方たち、花園さんを囲むのかしら。暑苦しいわ。花園さんが臭くなるから離れてくださいませんこと?」

横並びに三人がぎくっとした。

臭い、は、とても傷つく言葉だ。テメークセーんだよ、と初めて言われた時、私はとても怖くなって、その日の晩は何度も何度も体を洗ったし、洋服も消臭剤をかけた。なのに翌日も臭い臭いと鼻をつまんで言われて、しばらく日にちを経たら、雑巾を絞ったバケツの水をかけられて、おう、洗ってやるよ、ちょっとはマシになるだろ、なんて爆笑された。

「特に相沢君。汗臭いわ。風上に立たないで」

私の言葉に相沢が身を強張らせて、すぐに隣の花園さんを見た。花園さんは困ったような顔をしているだけだ。

「ごめん」

相沢は傷ついたような気まずいような顔をして、距離を取った。雄星がくつくつと喉の奥で馬鹿にしたように笑った。二人ともよく似て小さい奴だ。

「あと、雄星も香水をつけすぎだわ。安っぽい匂いをプンプンさせて、下品よ」

「お前、前に好きって言ってなかったっけ?」

「お世辞にも気付けないのかしら。なんて愚図なの。婚約者だから好きになろうって頑張ってたのに、もう我慢できないわ。どうしてこの御崎聖薇があなたのような矮小な人間を旦那にしなくちゃいけないのかしら?」

私の三倍返しに雄星は目を丸くしていた。相沢は、笑うなんてことができないくらい、ぽかーんと口を開いて間抜け面をしていた。花園さんは手で口を押さえている。善意回路以外の巡りがあまりよくない頭を、必死で稼働しているのだろう。

「お父様に言って考え直してもらいます。そのほうがお互いのためになるわ。目障りだから目の前から消えてくださいませんこと?」

「……お前みたいにプライドの高い性格ブス、こっちから願い下げなんだよ! お前が消えろ!」

雄星がぎっと私を睨んで吠えた。その顔は少し怖くて、殴られるんじゃないかと、私は身をすくめた。怯えが顔に出たらしく、その瞬間、雄星も僅かには頭が冷えたようだった。

「そ、そんなこと言っちゃダメ! 雄星君、間違ってる! 御崎さんに謝って!」

花園さんは顔を怒らせていた。贔屓ではなく自分の善悪で私のことをかばってくれている。それだけで私は救われた気分になって、雄星ルートで見た色々なシーンへの未練なんて粉々になっていく。幻想はかも儚きものだ。

花園さんの言葉は有効で、雄星はぐっと奥歯を噛んだ。そのまま屋上からサッと飛び出して行ってしまう。

「待って!」

花園さんはお弁当をそのままに追いかけてしまった。私も相沢も置き去りだけど、彼女はこれでいいのだと思う。

私は花園さんのお弁当を畳んで、相沢に渡した。

「教室へ持って行って差し上げて」

「お、おう……」

相沢はひたすら気まずそうだった。
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