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『ユーフォリア』とはイタリア語で多幸感を指すそうだ。名は体を表す。何もないのにそこはかとなく物想う涙を流すような甘ったるい乙女ゲームだった。

もちろん主人公はそうであるに相応しい、感じ入りやすく夢見がちな女の子らしい女の子だった。私の心にもそういった面はあった。現実から乖離して、私は彼女の気持ちに……彼女になりきって物語を楽しんだ。

薔薇の咲き乱れるカトリック系の学舎。校門すぐのマリア像に教会に……現実から解き放たれるにはちょうどいい舞台だろう。

主人公と恋仲になるのは五人の魅力的な男性。主人公である私は代わる代わる彼らにロマンチックなアプローチを受ける。現実ではないなら可能だ。

そして鏡に映る私は主人公の敵役である女の子だった。

白い肌。腰を覆う美しい黒髪。涼やかな瞳を彩る長い睫毛。艶めいた唇はまるで毒と棘を同時に持った赤い薔薇のようだ。細くしなやかで折れそうなウエスト、手足。滑らかに隆起した胸元――ため息の出る美しさだ。一縷の乱れもない完璧な造形だった。

彼女は――御崎聖薇《みさきせいら》は何かにつけて主人公を虐めた悪い女だった。財閥という家柄や美貌を鼻にかけ、横暴な振る舞いをし、身分が低く素朴な顔立ちの主人公が自分よりちやほやされることを憎み、様々な嫌がらせをした。ルートの終わりには家が破産してしまったり、手下に手のひらを返されて虐められて不登校になってしまったりと、ひどい目に遭う。

しかし、私は御崎聖薇は本当の悪人ではなかったと思う。ゲーム中ではあまり愉快な人物ではないけれど、私から見れば、そんな残酷な扱いを受けるほど酷い嫌がらせをしているように思えない。こうやって誰かを下げて誰かを上げて嗤おうとする意地悪さこそ悪意にしか思えなく、私はそんなところで嫌に現実を思い出して聖薇にも自分を重ねてしまい、ゲームを続けること自体疲れてしまった。

そんなゲームの中の人物の姿をしている。私は美しい。それだけで嬉しくて、服を脱いだり、着たり、一回転したりした。聖薇のクローゼットは前の私の部屋くらいあり、カジュアルな洋服からパーティーのドレス、セクシーなランジェリーまで揃っていた。

「聖薇様、学校のお時間ですよ」

部屋をノックされる。年を食ったしわがれた声……ばあやとか、家政婦とか、なのだろうか? 聖薇の生活を私は知らない。しかし、性格やしゃべり方は知っている。

「はあい。わかりましたわ」

鼻にかかったのに柔らかで滑らかな声。どこかツンとした響き。骨伝導で違う声に聞こえても、きっと同じ声なのだ。

きっとこれは神様が私に与えてくれたチャンスなのだ。素直に、そう思うことにした。今までも何度思ったことか――明日の朝目が覚めたら美しく脱皮していて、お金持ちの本当の両親が私を迎えにきて、素敵な婚約者と幸せな恋愛をする。その夢が死んで叶ったのだ!

あの時にできなかったあれやこれや、色々やりたいことが頭を駆け巡った。私はにやけながらダークグレーの制服に着替えた。
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