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男装助手は女性にモテる・下
男装助手は何者?
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食後、話があるとフロイドに事務所へ呼び出された。小さな机を囲んで差し向かいになる。
フロイドは、机の上に真新しいノートとペンを置いた。普遍的にあるどこでも見かけるようなものだ。
「使いなさい。何に使うのかはあなたの自由です」
「なんか探偵っぽいですね。ありがとうございます」
普通のものを渡すだけなのに、なんて仰々しい言い方なのだ。逆説的に言えば、すぐ新しいものが必要になるくらい使い倒しなさい、ということだろうか。
「探偵っぽいのではなく、探偵になるのです」
睨まれたような気分になった。
酷く断定的で厳しい口調。顔も真剣。ヒロインに向けたことがないような、射るような鋭い視線。
なんでこの人はこんなに真剣なんだ?
私は弟子入りをしたわけではない。あくまでも置いてもらうことの引き換えに、助手をするはずだったのだが。
「……本当に私を探偵にするつもりなんですか?」
「才能のある人間には常に門戸が開かれているものです」
マジみたいだ。マジかよ。本気のトーンだよ。
「本気ですか?私、なれるんでしょうか?」
「私は中流家庭の出身で執事を職業にしていましたが、調査にきたアレンさんに見出だされ探偵と相成りました。才能があれば仕事はできます」
そんな話、ゲームでは聞いたことがない。本編では書かれなかったバックボーンがどんどん明らかになっていく。きっかけがなんなのか詳しく聞きたい、なぜそれをファンブックとかにかかなかった。
しかし、今は罪悪感の方が勝っている。
私には推理能力はない。今起こっている事件を知っているだけだ。だから、彼らと同じ答えを出すのは簡単なのである。
「手に職は欲しいですが……自信が……」
「さきほど完璧と言ったはずです。確かに他にも言えることはありますが、それは訓練でいくらでも身につけることができる。あとはあなたの気持ち次第ですが」
「買い被りすぎです」
どうしよう。フロイドは真剣に私を探偵にしようとしている。しかし、彼らの頭についていける自信がない。変な汗出てきた。
騙している罪悪感と、期待を裏切る恐怖。私は探偵とは違うのだ。でも、それをどう伝えればいいんだろう。
「そもそもあなたはそんな謙遜をする性格ではなかった」
これは謙遜ではない。本当に能力がないのだ。確かに性格は前世に目覚めてから変わったかもしれないけれど。
私が追い詰められているように見えたのだろうか。その通りだ。フロイドは肘掛けに体重を預けて、真正面から見つめることだけはやめてくれた。心理的圧迫感はなくなるけど、根本的に困っていることには違いない。膝の上に置いた手から力が抜けなかった。
「ダウントンストリートや私の名前を知っていることは、まぁ、新聞を読めば目に入るでしょうし、そうでなくても噂で聞くことはあるでしょう。だとしても、おかしなことがあるんです。あなたはどうして私のことをフロイドと名前で呼んだのでしょうか?」
思わず「うっ」と呻いてしまった。ゲームでもそうだから、ヒロインはフロイドを名前で読んでいた。その癖がユーザーの私にもついていたのだ。
「すみません……」
背中を丸めて謝ることしかできなかった。フロイドは人当たりのいい笑みを浮かべている。
「構わないのですよ。私はそう呼んで欲しいと伝えるつもりでしたから。でも、あなたは私がそう言う前からすんなりと名前で呼んだ。これは奇妙なことですよ」
そうですね。変ですね。でも、理由は言えないんですよ。私は黙るしかない。どうしても言い分けが浮かばないのだ。
事務所は沈黙に包まれた。フロイドの目が刃物みたいだった。刺される、と思った瞬間、フロイドは薄い唇を開いた。
「……あなたは誰ですか?」
私は悪役令嬢エミリー・モリス。そして男装の麗人エドガー・モロー。あと、前世の日本人。
誰だよ。特に三人目。よくよく知ってはいるけれど、お前は一体誰なんだ。
「わかりません」
私は正直に答えた。もう私が誰なのかすらわからない。
体は間違いなくエミリー・モリスだ。心はほとんど前世の日本人に乗っ取られている。だからエドガー・モローが誕生したのだろう。故に私はエドガー・モローと名乗るのが一番いいかしれないが、フロイドが聞いてるのはそんなことじゃない。
「は……?」
フロイドはぽかんと間の抜けた声を出した。拍子抜けさせたのだろうか。申し訳ない。
本当にわからないのだ。前世の記憶とかゲームとか、説明がつかないことが多い。なんで私はそんなものに目覚めてしまったのか?神の啓示なら、神が出てきて説明すべきだ。そんなものはなかった。理屈も理由も、ちっともわからない。やはり説明ができない。
フロイドは私の顔をまじまじと観察する。見たって答えは書いてないよ、と、私はフロイドを見つめ返す。
「ふざけて……は、いなさそうですね。確認させてください。今の回答だと、ご自身がエミリー・モローであるとも言いきれていないことになりますよ」
「確かにこの体はエミリー・モローです。何年もエミリー・モローとして生きてきました。でも、説明しがたいきっかけがあって……」
「きっかけとは?」
「頭がおかしいと思われたくないから、言いたくありませんわ」
暗に『頭のおかしい理由です』と告げた。伝わってくれるだろう。フロイド、顔をしかめているもの。
「でも、人が変わるようなきっかけがあって、私は事件についての勘が良くなっています。ただ、それはごくわずかな期間の話です。その前後については、一般人と変わりありません。性格はたぶんこのままだと思いますけれど」
「……果たしていいのか悪いのか」
例の残念そうななんとも微妙な顔をされてしまった。これが、彼が私に向ける感情の全てか。辛い。
フロイドは、机の上に真新しいノートとペンを置いた。普遍的にあるどこでも見かけるようなものだ。
「使いなさい。何に使うのかはあなたの自由です」
「なんか探偵っぽいですね。ありがとうございます」
普通のものを渡すだけなのに、なんて仰々しい言い方なのだ。逆説的に言えば、すぐ新しいものが必要になるくらい使い倒しなさい、ということだろうか。
「探偵っぽいのではなく、探偵になるのです」
睨まれたような気分になった。
酷く断定的で厳しい口調。顔も真剣。ヒロインに向けたことがないような、射るような鋭い視線。
なんでこの人はこんなに真剣なんだ?
私は弟子入りをしたわけではない。あくまでも置いてもらうことの引き換えに、助手をするはずだったのだが。
「……本当に私を探偵にするつもりなんですか?」
「才能のある人間には常に門戸が開かれているものです」
マジみたいだ。マジかよ。本気のトーンだよ。
「本気ですか?私、なれるんでしょうか?」
「私は中流家庭の出身で執事を職業にしていましたが、調査にきたアレンさんに見出だされ探偵と相成りました。才能があれば仕事はできます」
そんな話、ゲームでは聞いたことがない。本編では書かれなかったバックボーンがどんどん明らかになっていく。きっかけがなんなのか詳しく聞きたい、なぜそれをファンブックとかにかかなかった。
しかし、今は罪悪感の方が勝っている。
私には推理能力はない。今起こっている事件を知っているだけだ。だから、彼らと同じ答えを出すのは簡単なのである。
「手に職は欲しいですが……自信が……」
「さきほど完璧と言ったはずです。確かに他にも言えることはありますが、それは訓練でいくらでも身につけることができる。あとはあなたの気持ち次第ですが」
「買い被りすぎです」
どうしよう。フロイドは真剣に私を探偵にしようとしている。しかし、彼らの頭についていける自信がない。変な汗出てきた。
騙している罪悪感と、期待を裏切る恐怖。私は探偵とは違うのだ。でも、それをどう伝えればいいんだろう。
「そもそもあなたはそんな謙遜をする性格ではなかった」
これは謙遜ではない。本当に能力がないのだ。確かに性格は前世に目覚めてから変わったかもしれないけれど。
私が追い詰められているように見えたのだろうか。その通りだ。フロイドは肘掛けに体重を預けて、真正面から見つめることだけはやめてくれた。心理的圧迫感はなくなるけど、根本的に困っていることには違いない。膝の上に置いた手から力が抜けなかった。
「ダウントンストリートや私の名前を知っていることは、まぁ、新聞を読めば目に入るでしょうし、そうでなくても噂で聞くことはあるでしょう。だとしても、おかしなことがあるんです。あなたはどうして私のことをフロイドと名前で呼んだのでしょうか?」
思わず「うっ」と呻いてしまった。ゲームでもそうだから、ヒロインはフロイドを名前で読んでいた。その癖がユーザーの私にもついていたのだ。
「すみません……」
背中を丸めて謝ることしかできなかった。フロイドは人当たりのいい笑みを浮かべている。
「構わないのですよ。私はそう呼んで欲しいと伝えるつもりでしたから。でも、あなたは私がそう言う前からすんなりと名前で呼んだ。これは奇妙なことですよ」
そうですね。変ですね。でも、理由は言えないんですよ。私は黙るしかない。どうしても言い分けが浮かばないのだ。
事務所は沈黙に包まれた。フロイドの目が刃物みたいだった。刺される、と思った瞬間、フロイドは薄い唇を開いた。
「……あなたは誰ですか?」
私は悪役令嬢エミリー・モリス。そして男装の麗人エドガー・モロー。あと、前世の日本人。
誰だよ。特に三人目。よくよく知ってはいるけれど、お前は一体誰なんだ。
「わかりません」
私は正直に答えた。もう私が誰なのかすらわからない。
体は間違いなくエミリー・モリスだ。心はほとんど前世の日本人に乗っ取られている。だからエドガー・モローが誕生したのだろう。故に私はエドガー・モローと名乗るのが一番いいかしれないが、フロイドが聞いてるのはそんなことじゃない。
「は……?」
フロイドはぽかんと間の抜けた声を出した。拍子抜けさせたのだろうか。申し訳ない。
本当にわからないのだ。前世の記憶とかゲームとか、説明がつかないことが多い。なんで私はそんなものに目覚めてしまったのか?神の啓示なら、神が出てきて説明すべきだ。そんなものはなかった。理屈も理由も、ちっともわからない。やはり説明ができない。
フロイドは私の顔をまじまじと観察する。見たって答えは書いてないよ、と、私はフロイドを見つめ返す。
「ふざけて……は、いなさそうですね。確認させてください。今の回答だと、ご自身がエミリー・モローであるとも言いきれていないことになりますよ」
「確かにこの体はエミリー・モローです。何年もエミリー・モローとして生きてきました。でも、説明しがたいきっかけがあって……」
「きっかけとは?」
「頭がおかしいと思われたくないから、言いたくありませんわ」
暗に『頭のおかしい理由です』と告げた。伝わってくれるだろう。フロイド、顔をしかめているもの。
「でも、人が変わるようなきっかけがあって、私は事件についての勘が良くなっています。ただ、それはごくわずかな期間の話です。その前後については、一般人と変わりありません。性格はたぶんこのままだと思いますけれど」
「……果たしていいのか悪いのか」
例の残念そうななんとも微妙な顔をされてしまった。これが、彼が私に向ける感情の全てか。辛い。
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