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男装助手は女性にモテる・上

男装助手はポジションを決める。

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ところで、この事件。

犯人はショウ・ガイラーという肉屋だ。

彼は小柄で細身で色白で、婦人服を着ると背の高い女性にしか見えない。男性だが女性への変身願望がある。トランスジェンダーではなく、なりたいときに女性になりたい。異装趣味。男の娘。身を隠すという大義はあれど、男装している私とそう変わらない。異性愛者だが、女性に対して王子様を求めている。理由は書かれていなかったが倒錯気味だ。

死体から採取したものは、食べている。女性らしくなるための儀式である。それまでは動物から採取していたが、外に出て異装をする勇気を得るために人間から採取を始めたのだ。彼が異装して外に出るために女性が一人ずつ死んでいく。

白百合はもらった臓器の代替えとして置いている。なら最初から黙って白百合食ってろよ。


アレンさんは気だるげにフロイドを見上げた。フロイドは直立不動を続けても一向に疲れないらしい。私は少し疲れてきた。これが執事とお嬢様の違いだ。

「ロンドンの花屋を巡るか?白百合を買った人はいませんか、ってな」

「広範囲の捜査は警察がやるでしょう。それこそお得意でしょうから。当て所なく調べればそれこそ何万人の容疑者が出てくるでしょう」

悪趣味な事件で少し動揺しているのかもしれない。二人の言葉端が強かった。

うーーーん……私も、現場の写真は見たくないな。

CGの一部は過度にグロテスクなため、オプションにはゴアなシーンはモザイク強めにするかどうかの設定があった。前世の私、ゲームのCGはモザイクなしだった。なんならスプラッターな映画や小説も大好きだった。

悪趣味すぎん?前世の私。普通に無理。話に聞く程度なら大丈夫だけど、実物は気持ち悪い。

ていうか、えっ?これ、見なくちゃいけない?こんな美少女に刺激の強いもの見せて大丈夫?

不安が顔に出ていたのだろう。チラと私を見たフロイドは鍵を渡してきた。

「事務所の掃除をお願いします。早くすんだら自由にしていて結構です。二時間くらいしたらクリスを起こして二人でおつかいに行ってださい。細かくはクリスに聞くように」

「ありがとうございます。わかりました」

ああ、助かった。死体なんか見たくない。グロテスクな世界に片足を突っ込んで夢見を悪くしたくない。犯人を知っているから、それとなく示唆するくらいが私にはちょうどいい距離感だと思う。

アレンさんは私を指差した。

「お嬢様なんだよね?」

「生粋のお嬢様でございます」

はいと私が答える前に、フロイドはヘンリーみたいに恭しく頷いた。

「でも今は美少年です!」

私は男装が楽しくて胸を張る。悪役令嬢のポテンシャルだからこそ主張強めの美をつけても冗談にはならなかった。

面白がって笑うアレンさんはヒョイと椅子から立ち上がった。長い足をもて余しぎみにゆらゆら揺れながらこっちに来る。

「偉いな~。辛かったり困ったことあったらおじさんのところに来るんだぞ。フロイドは使われ馴れてるせいか人使い荒いからなぁ」

なんか頭を撫でられてしまった。

「ありがとうございます……あの、子供じゃないですが?」

ゲーム中でもヒロインに同じことをしていたが、これはもしや意中の異性への親愛だろうか。それは困る。私は首を引っ込めて逃げようとするが、笑って受け流された。あれれ?けっこうしつこいぞ?

フロイドが顔をしかめた。嫉妬だろうか。

「嫌なら全力で抵抗した方がいいですよ。この人、私にも同じことしましたから。場合によっては殴ってもいいでしょう」

「これ平常運行なんですか?」

「そうです。成人男性が成人男性に頭を撫でられるなんておぞましい。私は最終的に殴りました。まあ、仲間と認められたんでしょう。喜んだ方がいいですよ」

不機嫌なフロイドの声。きっと撫でられたときの不快感がぶりかえしているのだろう。

ちょっと噛み砕くのに時間が必要だった。そんな描写、ゲームの中ではなかったぞ。てっきり恋愛絡みかと思った。それが、ただの奇癖だなんて……私、ちょっと穿った目で見ているのかも。

「クリスにも同じことを?」

私はアレンさんに尋ねる。頭は撫でられ続けている。アレンさんはご機嫌にニコニコ顔だ。

「するよ」

「警部には?」

「しないよ。あの人は対等だから。でも兄さんには撫でてもらう」

「お兄さんいるんですね」

知らなかった。ゲームにも説明書にも書かれていない設定だ。

彼の中のパワーバランスは、お兄さん>自分=ルービン警部>マープルハウス同盟のみんな、なのだろう。そして私が一番下だ。そりゃ撫でやすい。

ペットか何かか、私は。多少の不満はないでもない。しかし、間近で美形の癒されたような笑顔を見てしまうと、気持ちのトゲも取れてきた。

……ま、いいか。撫でられて減るものでさない。気分の安定しない人が安らいでいられるのなら、薬代わりにでも好きにさせておこう。

「わ~嬉しい。撫でさせてくれる人がいるなんて。みんな嫌がるんだもん」

「まったく奇妙です……」

ポソリとフロイドは呟く。私を見る目は探偵の目だ。悪役令嬢の私は、例え美形でもよくわからない男性へこんな風に気安く体を触らせないだろう。掃除だってするわけない。

その違和感が、フロイドは受け止められない。だんだん私も自分に自信がなくなってきた。

確かに前世の記憶がある。この世界をゲームで遊んだ。でも、そんなもの、誰が証明するのだろう。

例え先を知っていたとしても、未来予知をしたことが証明されるだけであって、ゲームの世界や前世の証明にはならないのだ。

簡単に説明できても、理解してもらえるとは思えない。狂人扱いまっしぐらだ。

今すぐすべてを話したっていいくらいだ。でも、言い様がなかった。
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