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悪役令嬢は探偵の助手になる

悪役令嬢は男装の麗人になった。

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フロイドは目を点にして疑うようにモノクルを上げ下げした。

「なんたることでしょうか。私の美的センスがグッドと言っています……」

「絵本から王子様が出てきたみたい」

クリスは子供みたいに拍手した。なにそのファンシーな比喩。

むず痒い。まじまじ観察されると恥ずかしい。

私は悪役令嬢エミリーではなく、前世の日本人でもなく、探偵助手のエドガー。その自覚を持って強気に微笑んだ。美少年は強気な方が美しい。

「お褒めに預り恐悦至極です。それより、どうです?華奢でちょっとチャラい美少年と華やかな英国紳士。絵的に悪くないコンビだと思いますよ。僕、先生の引き立て役くらいにはなるでしょう?」

クリスはさっき私が座っていたソファからパッと立ち上がると、転がるようにドア付近まで下がってミーアキャットのごとく私とフロイドを見比べた。

「あり!ありありありあり!小説のネタにする!」

「私の助手のことなのでクリスに決定権はありませんが?あと、書くときは誰をモチーフにしたかバレないように細心の注意を払うように」

フロイドが釘を刺した。む、とクリスは不満げに唇を尖らせた。こっちの方が見慣れた顔だ。

スッキリとした顔で頷き、真っ直ぐ私を見つめるフロイド。あれだけ言い合った後でも結果を結果として見てくれる冷静さに、こちらからの好感度が上がった。

「とは言いましたが、合格です。あなたは変装のセンスがいい。ただ、女性であることに気付かれることも多いかと思います。その場合の言い訳は考えておくように」

「趣味と言い張ります」

「よろしい。ならばそれで通しなさい。通した意地は貫くことです。いいですね、『エドガー』?」

「はい、フロイド先生」

フロイドは手を伸ばしてきた。握手だ。私はフロイドの手に手を重ねた。大きくて暖かい手につお安心しそうになったが、その目は厳しかった。威圧されそうだけど、怖じ気づかないようにふんばって、しっかり目を合わせる。

これで私の身は守られるはずだ。 まずは推定自殺を避けた。今度は妹の恐怖からも守られるはずだ。あとはこの都市での事件をうまいこと回避する。誰が犯人かわかっているから、犯人を避けることは不可能じゃないはずだ。

ここからは、立ち回りがすべて。だからこそ逃げてはいけない。そして、このあとの人生のことも考えたら手に職を付けたい。

「ねえねえねえ、ちょっと見せてなにいれてんの?肩のとこ」

クリスが落ち着きのない様子で私の回りをうろうろする。動物みたいだ。

「種も仕掛けもございます」

私はジャケットを脱いだ。くしゃくしゃにしたハンカチがポロッと落ちる。それだけでクリスは「なるほど!」と叫んだ。とりあえず説明させてくれ。

「男装の必需品、肩パッド。ないのでハンカチを厚みが出るようにして入れました。胸はビスチェを上げて潰してます。かなりごわごわ。顔は実家からもってきたメイク道具でいろいろと。眉と顔の陰影がポイントです。あとは帽子に髪をねじ込むか、ウィッグをかぶるか、切るか、ってところです。やはり髪の長い男は少ないですからね」

現代知識無双だ。異世界転生したなら一度はやりたいものである。嗜んでおいてよかった、コスプレ。

黙って頷きながら、フロイドは顔を近づけていた。メイクの加減やテクニックを目に焼き付けるようだった。

「工夫しましたね。メイクねぇ」

人間というより観察対象として見られていることはわかる。しかし、吐息のかかる近さは恥ずかしくて身が縮こまってしまった。顔が綺麗すぎて困る。

「……その、近すぎますよ……」

最初の瞬間は何を言われているかピンと来ていない様子だったが、すぐ府に落ちたらしい。唇をニッと意地悪く笑ませ、スッと身を引いた。

「まだまだ心は飾れてないようですね。励むように」

自分の顔が赤くなっていることがわかる。顔が熱いもん。変な汗が出そうだ。

「あなたの部屋のことはクリスに聞いてください。明日は七時にここへ来ること。今日はもう休みなさい」

気が付けば窓の外の日は暮れていた。必死になっているせいで時間の感覚が麻痺していたらしい。

なんだか急に体が重くなってきた気がした。あれ?私ってば、疲れていたのか……。

「ありがとうございます。明日からどうぞよろしくお願いします」

「ここからは俺が担当ついてきて」

いつの間にかクリスは扉を開けて、外から私を呼んでいた。私は寝室に部屋に置いた荷物を回収させてもらい、あわててクリスを追いかける。

「使用人用の部屋だけどそこならすぐ渡せるから自由に使って、いい部屋じゃなくてごめんね。他に部屋の空きがないんだ」

「いえ。ここまでしてもらってなんだか申し訳ないです」

「どうせ使ってないんだ、助手でもマープルハウス同盟の一員だろ。君なら俺に回される仕事もすぐに全部やれるようになりそうだ。俺は晴れてお役御免やったね万歳」

「本当に探偵したくないんですね……」

「尊敬はしてるけど俺にはできないよ」

「そんなことないと思うけど……僕も敬語やめていい?」

いつの間にかため口になっていたことに気が付く。彼は敬語なんかめったに使わないキャラなので、こっちの方が自然ではある。

クリスはデレ期のニコニコ顔をした。

「うん。なんかその格好してると女の子だってわかってても親近感わく。最初みたいに緊張しなくていいや、男だと思うと鼻について腹立つんだけど。友達って思ってもいいかな?俺周りに歳が近くて話せる人いないから」

私の答えを聞く前に確信しているのか、クリスには怯えがない。

私は『fanatic』のクリスを知っている。人間嫌いで、引きこもりで、厭世的で、内向的で、自信がない。最初の頃は、フロイドが生きる屍と表現した通りのキャラクターだ。

「こちらこそ、友達にしてくれてありがとう。親切にしてもらってすごく嬉しいよ。よろしくね」

顔を気に入っただけなのに、こんな短い時間で心を開いてくれたなんて。これも男装のおかげだろうか。

握手の手を差し出すと、クリスは握り返してきた。ヒヤリとした冷たい手だった。

「……わ。やっぱり緊張するなダメだ女の子の手だ。触るのなしな、意識しちゃうから」

顔を赤くして慌てて引っ込めた。
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