8 / 20
悪役令嬢は探偵の助手になる
悪役令嬢は男装の麗人になった。
しおりを挟む
フロイドは目を点にして疑うようにモノクルを上げ下げした。
「なんたることでしょうか。私の美的センスがグッドと言っています……」
「絵本から王子様が出てきたみたい」
クリスは子供みたいに拍手した。なにそのファンシーな比喩。
むず痒い。まじまじ観察されると恥ずかしい。
私は悪役令嬢エミリーではなく、前世の日本人でもなく、探偵助手のエドガー。その自覚を持って強気に微笑んだ。美少年は強気な方が美しい。
「お褒めに預り恐悦至極です。それより、どうです?華奢でちょっとチャラい美少年と華やかな英国紳士。絵的に悪くないコンビだと思いますよ。僕、先生の引き立て役くらいにはなるでしょう?」
クリスはさっき私が座っていたソファからパッと立ち上がると、転がるようにドア付近まで下がってミーアキャットのごとく私とフロイドを見比べた。
「あり!ありありありあり!小説のネタにする!」
「私の助手のことなのでクリスに決定権はありませんが?あと、書くときは誰をモチーフにしたかバレないように細心の注意を払うように」
フロイドが釘を刺した。む、とクリスは不満げに唇を尖らせた。こっちの方が見慣れた顔だ。
スッキリとした顔で頷き、真っ直ぐ私を見つめるフロイド。あれだけ言い合った後でも結果を結果として見てくれる冷静さに、こちらからの好感度が上がった。
「とは言いましたが、合格です。あなたは変装のセンスがいい。ただ、女性であることに気付かれることも多いかと思います。その場合の言い訳は考えておくように」
「趣味と言い張ります」
「よろしい。ならばそれで通しなさい。通した意地は貫くことです。いいですね、『エドガー』?」
「はい、フロイド先生」
フロイドは手を伸ばしてきた。握手だ。私はフロイドの手に手を重ねた。大きくて暖かい手につお安心しそうになったが、その目は厳しかった。威圧されそうだけど、怖じ気づかないようにふんばって、しっかり目を合わせる。
これで私の身は守られるはずだ。 まずは推定自殺を避けた。今度は妹の恐怖からも守られるはずだ。あとはこの都市での事件をうまいこと回避する。誰が犯人かわかっているから、犯人を避けることは不可能じゃないはずだ。
ここからは、立ち回りがすべて。だからこそ逃げてはいけない。そして、このあとの人生のことも考えたら手に職を付けたい。
「ねえねえねえ、ちょっと見せてなにいれてんの?肩のとこ」
クリスが落ち着きのない様子で私の回りをうろうろする。動物みたいだ。
「種も仕掛けもございます」
私はジャケットを脱いだ。くしゃくしゃにしたハンカチがポロッと落ちる。それだけでクリスは「なるほど!」と叫んだ。とりあえず説明させてくれ。
「男装の必需品、肩パッド。ないのでハンカチを厚みが出るようにして入れました。胸はビスチェを上げて潰してます。かなりごわごわ。顔は実家からもってきたメイク道具でいろいろと。眉と顔の陰影がポイントです。あとは帽子に髪をねじ込むか、ウィッグをかぶるか、切るか、ってところです。やはり髪の長い男は少ないですからね」
現代知識無双だ。異世界転生したなら一度はやりたいものである。嗜んでおいてよかった、コスプレ。
黙って頷きながら、フロイドは顔を近づけていた。メイクの加減やテクニックを目に焼き付けるようだった。
「工夫しましたね。メイクねぇ」
人間というより観察対象として見られていることはわかる。しかし、吐息のかかる近さは恥ずかしくて身が縮こまってしまった。顔が綺麗すぎて困る。
「……その、近すぎますよ……」
最初の瞬間は何を言われているかピンと来ていない様子だったが、すぐ府に落ちたらしい。唇をニッと意地悪く笑ませ、スッと身を引いた。
「まだまだ心は飾れてないようですね。励むように」
自分の顔が赤くなっていることがわかる。顔が熱いもん。変な汗が出そうだ。
「あなたの部屋のことはクリスに聞いてください。明日は七時にここへ来ること。今日はもう休みなさい」
気が付けば窓の外の日は暮れていた。必死になっているせいで時間の感覚が麻痺していたらしい。
なんだか急に体が重くなってきた気がした。あれ?私ってば、疲れていたのか……。
「ありがとうございます。明日からどうぞよろしくお願いします」
「ここからは俺が担当ついてきて」
いつの間にかクリスは扉を開けて、外から私を呼んでいた。私は寝室に部屋に置いた荷物を回収させてもらい、あわててクリスを追いかける。
「使用人用の部屋だけどそこならすぐ渡せるから自由に使って、いい部屋じゃなくてごめんね。他に部屋の空きがないんだ」
「いえ。ここまでしてもらってなんだか申し訳ないです」
「どうせ使ってないんだ、助手でもマープルハウス同盟の一員だろ。君なら俺に回される仕事もすぐに全部やれるようになりそうだ。俺は晴れてお役御免やったね万歳」
「本当に探偵したくないんですね……」
「尊敬はしてるけど俺にはできないよ」
「そんなことないと思うけど……僕も敬語やめていい?」
いつの間にかため口になっていたことに気が付く。彼は敬語なんかめったに使わないキャラなので、こっちの方が自然ではある。
クリスはデレ期のニコニコ顔をした。
「うん。なんかその格好してると女の子だってわかってても親近感わく。最初みたいに緊張しなくていいや、男だと思うと鼻について腹立つんだけど。友達って思ってもいいかな?俺周りに歳が近くて話せる人いないから」
私の答えを聞く前に確信しているのか、クリスには怯えがない。
私は『fanatic』のクリスを知っている。人間嫌いで、引きこもりで、厭世的で、内向的で、自信がない。最初の頃は、フロイドが生きる屍と表現した通りのキャラクターだ。
「こちらこそ、友達にしてくれてありがとう。親切にしてもらってすごく嬉しいよ。よろしくね」
顔を気に入っただけなのに、こんな短い時間で心を開いてくれたなんて。これも男装のおかげだろうか。
握手の手を差し出すと、クリスは握り返してきた。ヒヤリとした冷たい手だった。
「……わ。やっぱり緊張するなダメだ女の子の手だ。触るのなしな、意識しちゃうから」
顔を赤くして慌てて引っ込めた。
「なんたることでしょうか。私の美的センスがグッドと言っています……」
「絵本から王子様が出てきたみたい」
クリスは子供みたいに拍手した。なにそのファンシーな比喩。
むず痒い。まじまじ観察されると恥ずかしい。
私は悪役令嬢エミリーではなく、前世の日本人でもなく、探偵助手のエドガー。その自覚を持って強気に微笑んだ。美少年は強気な方が美しい。
「お褒めに預り恐悦至極です。それより、どうです?華奢でちょっとチャラい美少年と華やかな英国紳士。絵的に悪くないコンビだと思いますよ。僕、先生の引き立て役くらいにはなるでしょう?」
クリスはさっき私が座っていたソファからパッと立ち上がると、転がるようにドア付近まで下がってミーアキャットのごとく私とフロイドを見比べた。
「あり!ありありありあり!小説のネタにする!」
「私の助手のことなのでクリスに決定権はありませんが?あと、書くときは誰をモチーフにしたかバレないように細心の注意を払うように」
フロイドが釘を刺した。む、とクリスは不満げに唇を尖らせた。こっちの方が見慣れた顔だ。
スッキリとした顔で頷き、真っ直ぐ私を見つめるフロイド。あれだけ言い合った後でも結果を結果として見てくれる冷静さに、こちらからの好感度が上がった。
「とは言いましたが、合格です。あなたは変装のセンスがいい。ただ、女性であることに気付かれることも多いかと思います。その場合の言い訳は考えておくように」
「趣味と言い張ります」
「よろしい。ならばそれで通しなさい。通した意地は貫くことです。いいですね、『エドガー』?」
「はい、フロイド先生」
フロイドは手を伸ばしてきた。握手だ。私はフロイドの手に手を重ねた。大きくて暖かい手につお安心しそうになったが、その目は厳しかった。威圧されそうだけど、怖じ気づかないようにふんばって、しっかり目を合わせる。
これで私の身は守られるはずだ。 まずは推定自殺を避けた。今度は妹の恐怖からも守られるはずだ。あとはこの都市での事件をうまいこと回避する。誰が犯人かわかっているから、犯人を避けることは不可能じゃないはずだ。
ここからは、立ち回りがすべて。だからこそ逃げてはいけない。そして、このあとの人生のことも考えたら手に職を付けたい。
「ねえねえねえ、ちょっと見せてなにいれてんの?肩のとこ」
クリスが落ち着きのない様子で私の回りをうろうろする。動物みたいだ。
「種も仕掛けもございます」
私はジャケットを脱いだ。くしゃくしゃにしたハンカチがポロッと落ちる。それだけでクリスは「なるほど!」と叫んだ。とりあえず説明させてくれ。
「男装の必需品、肩パッド。ないのでハンカチを厚みが出るようにして入れました。胸はビスチェを上げて潰してます。かなりごわごわ。顔は実家からもってきたメイク道具でいろいろと。眉と顔の陰影がポイントです。あとは帽子に髪をねじ込むか、ウィッグをかぶるか、切るか、ってところです。やはり髪の長い男は少ないですからね」
現代知識無双だ。異世界転生したなら一度はやりたいものである。嗜んでおいてよかった、コスプレ。
黙って頷きながら、フロイドは顔を近づけていた。メイクの加減やテクニックを目に焼き付けるようだった。
「工夫しましたね。メイクねぇ」
人間というより観察対象として見られていることはわかる。しかし、吐息のかかる近さは恥ずかしくて身が縮こまってしまった。顔が綺麗すぎて困る。
「……その、近すぎますよ……」
最初の瞬間は何を言われているかピンと来ていない様子だったが、すぐ府に落ちたらしい。唇をニッと意地悪く笑ませ、スッと身を引いた。
「まだまだ心は飾れてないようですね。励むように」
自分の顔が赤くなっていることがわかる。顔が熱いもん。変な汗が出そうだ。
「あなたの部屋のことはクリスに聞いてください。明日は七時にここへ来ること。今日はもう休みなさい」
気が付けば窓の外の日は暮れていた。必死になっているせいで時間の感覚が麻痺していたらしい。
なんだか急に体が重くなってきた気がした。あれ?私ってば、疲れていたのか……。
「ありがとうございます。明日からどうぞよろしくお願いします」
「ここからは俺が担当ついてきて」
いつの間にかクリスは扉を開けて、外から私を呼んでいた。私は寝室に部屋に置いた荷物を回収させてもらい、あわててクリスを追いかける。
「使用人用の部屋だけどそこならすぐ渡せるから自由に使って、いい部屋じゃなくてごめんね。他に部屋の空きがないんだ」
「いえ。ここまでしてもらってなんだか申し訳ないです」
「どうせ使ってないんだ、助手でもマープルハウス同盟の一員だろ。君なら俺に回される仕事もすぐに全部やれるようになりそうだ。俺は晴れてお役御免やったね万歳」
「本当に探偵したくないんですね……」
「尊敬はしてるけど俺にはできないよ」
「そんなことないと思うけど……僕も敬語やめていい?」
いつの間にかため口になっていたことに気が付く。彼は敬語なんかめったに使わないキャラなので、こっちの方が自然ではある。
クリスはデレ期のニコニコ顔をした。
「うん。なんかその格好してると女の子だってわかってても親近感わく。最初みたいに緊張しなくていいや、男だと思うと鼻について腹立つんだけど。友達って思ってもいいかな?俺周りに歳が近くて話せる人いないから」
私の答えを聞く前に確信しているのか、クリスには怯えがない。
私は『fanatic』のクリスを知っている。人間嫌いで、引きこもりで、厭世的で、内向的で、自信がない。最初の頃は、フロイドが生きる屍と表現した通りのキャラクターだ。
「こちらこそ、友達にしてくれてありがとう。親切にしてもらってすごく嬉しいよ。よろしくね」
顔を気に入っただけなのに、こんな短い時間で心を開いてくれたなんて。これも男装のおかげだろうか。
握手の手を差し出すと、クリスは握り返してきた。ヒヤリとした冷たい手だった。
「……わ。やっぱり緊張するなダメだ女の子の手だ。触るのなしな、意識しちゃうから」
顔を赤くして慌てて引っ込めた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
30
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる