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悪役令嬢は探偵の助手になる
悪役令嬢は男装をした。
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クリスは背中を丸める。本当に子猫みたいだ。
「違います僕探偵じゃないです滅相もないです、管理人で小説家なだけです。書いてるのも冒険小説なんで探偵には縁もゆかりもないです」
「と、言い張るのが彼です。まあそのうちわかるでしょう」
私は頷いた。クリスのことなんかよく知らないのだから、それでいいのだ。少し疑わしい目を向けるくらいでちょうどいいのかもしれない。
「二人は本当に恋人ではないんですね?」
とクリスはおろおろしたまま尋ねた。
私は内心の動揺を隠しながら「はい」と頷く。思ったままに口から出てしまうキャラなのだが、こんな方向の台詞が出てくるなんてゲームには描写されていなかった。
フロイドは警戒する素振りすら見せず、ただただクリスを面白がってニヤつくだけ。
「確認してどうなさるおつもりで?」
「どうするって…………見ているだけで精一杯だけど……」
しばらく言葉を詰まらせていたが、やはり負け犬根性でちょっと泣きそうになっていた。いやいや、十分に口説き散らかしているけど?
フロイドはクリスの襟元から手を放し、ポンと背中を叩いた。
「これで少し女性慣れしなさい。さて、用とは助手について頼みたいことがあるのです」
「フロイドのためにはやりたくないけどエミリーさんのためならやるよ」
「細かいことはまあいいでしょう、ありがたい。服を貸してください。彼女には男装をしてもらおうと思います」
フロイドの言葉に、思わず自分を指差した。
「男装?私が?」
「身を隠すには変装が手っ取り早いですからね。実感されているでしょう?」
「ああ。それに、助手が女性だと、他の女性が近寄りにくくなってしまいますものね」
「余計なことは言わなくてよろしい」
フロイドに睨まれた。涼しく整った美形なので怖い。ゲームではサディスティックなだけで別にツンケンしていなかったのに、ツン要素強めになっちゃったなぁ。
くしゃくしゃの襟のままクリスは私の顔を心配そうに見つめた。
「命の危険でもあるんですか?」
「え?なんでわかったんですか?」
「そんなの名前でわかります。潜入先の娘さんでしょう。フロイドは厄介事に首を突っ込むのが好きだけどリスクの高いことはあまりしません。あなたが善良で憐れな立場なら助けるでしょうね。彼が連れ出して身を隠す手伝いなんて相当なことでしょう。たったそれだけですが」
「……言われてみればそうなんだけど、慌てずに平然と秒で察しちゃうのがすごいと思います」
「普通ですよ」
顔色も変えず、本当に普通の調子でクリスは言った。フロイドはクリスを目の当たりにした私の顔色をじっと観察しているから、きちんと思考を顔に出していかないとならない。演技力が試される。
まず、驚く。これは素直にすごいと驚いているからいい。次だ。私は設定を知らないふりして聞かなければならないことがある。ふと何かに気がついた表情を作り、小首を捻った。
「潜入先の情報をどうして管理人のクリスさんが共有しているんですか?」
いいことに気がついたな、という暖かい目をフロイドから向けられた。言葉にはされなかった。
「このマンションには探偵が三組いましてね。その三組で同盟を組んでいます。マンションの名前にちなんでマープルハウス同盟と呼んでます。誰かの手の空いていないときは他の誰かが仕事を受けたりします」
「ちなみにマープルは僕の叔母の名字です。勝手に俺をいれて三人にしないでよ」
と、クリスがぼそぼそと言った。知ってるよ。叔母さんは一年前に亡くなって、管理人を引き継いだ設定だ。
想像より身軽に身を翻し、クリスは扉へ向かった。
「三分時間ください服持ってきます」
それから十分程度で戻ってきた。カップ麺なら伸びてる。
「服……服あんまり興味なくて……そんなに着てない服を持ってきたんだけど……祖母や姉からもらった服、よくわかんなくて……これでいいのかな」
ほとんど使われていないトランクから袖がぴょろっと飛び出していた。言い訳がましく呟きながら、クリスは机の上でトランクを開いた。
あまり男性の服はわからないけれど、クリスにこれを着せたい周囲の気持ちはわかる。彼がこの派手な服を着こなせたら、確かにハッとする美形だと周囲に知らしめることができるだろう。
「わあ、サイズぴったり」
クリス、小さい。肩から当ててみて、縦も横も私とほとんど同じくらいだった。これなら着れそうだ。
「君も着ればいい」
フロイドの言葉に、クリスは全力で首を横へ振った。
「やだやだやだ……エミリーさんに全部あげます。人の役に立つならクローゼットで眠っているよりよっぽどいい」
「似合うと思いますけど。せっかくだからちょっと袖を通してみてもいいですか?」
グリーンのジャケットが目を引いたので、それにあわせて適当にシャツとパンツを選んだ。前に婚約者がこんな色の服を着ていたから、まあ間違いではないでしょう。
「とりあえずそこの部屋を使いなさい。その間に君の部屋を管理人と交渉しておきましょう」
フロイドは顎で一つの扉を差した。おそらく寝室と見られる部屋だ。
「はーい」と軽く返事をして部屋に入ると、やっぱり寝室だった。ゲームのCGで見たことある。つい意識してしまったので、少し雑かもしれないが手早く着替えることにした。しかしこの部屋、ほぼ無臭だなぁ。
ばっと脱いでばっと着替えて、いちおう脱いだ服はたたんで、髪は後ろで一つに結うことにした。サラシやメイク道具があればけっこういい感じになるかもしれないな。
「違います僕探偵じゃないです滅相もないです、管理人で小説家なだけです。書いてるのも冒険小説なんで探偵には縁もゆかりもないです」
「と、言い張るのが彼です。まあそのうちわかるでしょう」
私は頷いた。クリスのことなんかよく知らないのだから、それでいいのだ。少し疑わしい目を向けるくらいでちょうどいいのかもしれない。
「二人は本当に恋人ではないんですね?」
とクリスはおろおろしたまま尋ねた。
私は内心の動揺を隠しながら「はい」と頷く。思ったままに口から出てしまうキャラなのだが、こんな方向の台詞が出てくるなんてゲームには描写されていなかった。
フロイドは警戒する素振りすら見せず、ただただクリスを面白がってニヤつくだけ。
「確認してどうなさるおつもりで?」
「どうするって…………見ているだけで精一杯だけど……」
しばらく言葉を詰まらせていたが、やはり負け犬根性でちょっと泣きそうになっていた。いやいや、十分に口説き散らかしているけど?
フロイドはクリスの襟元から手を放し、ポンと背中を叩いた。
「これで少し女性慣れしなさい。さて、用とは助手について頼みたいことがあるのです」
「フロイドのためにはやりたくないけどエミリーさんのためならやるよ」
「細かいことはまあいいでしょう、ありがたい。服を貸してください。彼女には男装をしてもらおうと思います」
フロイドの言葉に、思わず自分を指差した。
「男装?私が?」
「身を隠すには変装が手っ取り早いですからね。実感されているでしょう?」
「ああ。それに、助手が女性だと、他の女性が近寄りにくくなってしまいますものね」
「余計なことは言わなくてよろしい」
フロイドに睨まれた。涼しく整った美形なので怖い。ゲームではサディスティックなだけで別にツンケンしていなかったのに、ツン要素強めになっちゃったなぁ。
くしゃくしゃの襟のままクリスは私の顔を心配そうに見つめた。
「命の危険でもあるんですか?」
「え?なんでわかったんですか?」
「そんなの名前でわかります。潜入先の娘さんでしょう。フロイドは厄介事に首を突っ込むのが好きだけどリスクの高いことはあまりしません。あなたが善良で憐れな立場なら助けるでしょうね。彼が連れ出して身を隠す手伝いなんて相当なことでしょう。たったそれだけですが」
「……言われてみればそうなんだけど、慌てずに平然と秒で察しちゃうのがすごいと思います」
「普通ですよ」
顔色も変えず、本当に普通の調子でクリスは言った。フロイドはクリスを目の当たりにした私の顔色をじっと観察しているから、きちんと思考を顔に出していかないとならない。演技力が試される。
まず、驚く。これは素直にすごいと驚いているからいい。次だ。私は設定を知らないふりして聞かなければならないことがある。ふと何かに気がついた表情を作り、小首を捻った。
「潜入先の情報をどうして管理人のクリスさんが共有しているんですか?」
いいことに気がついたな、という暖かい目をフロイドから向けられた。言葉にはされなかった。
「このマンションには探偵が三組いましてね。その三組で同盟を組んでいます。マンションの名前にちなんでマープルハウス同盟と呼んでます。誰かの手の空いていないときは他の誰かが仕事を受けたりします」
「ちなみにマープルは僕の叔母の名字です。勝手に俺をいれて三人にしないでよ」
と、クリスがぼそぼそと言った。知ってるよ。叔母さんは一年前に亡くなって、管理人を引き継いだ設定だ。
想像より身軽に身を翻し、クリスは扉へ向かった。
「三分時間ください服持ってきます」
それから十分程度で戻ってきた。カップ麺なら伸びてる。
「服……服あんまり興味なくて……そんなに着てない服を持ってきたんだけど……祖母や姉からもらった服、よくわかんなくて……これでいいのかな」
ほとんど使われていないトランクから袖がぴょろっと飛び出していた。言い訳がましく呟きながら、クリスは机の上でトランクを開いた。
あまり男性の服はわからないけれど、クリスにこれを着せたい周囲の気持ちはわかる。彼がこの派手な服を着こなせたら、確かにハッとする美形だと周囲に知らしめることができるだろう。
「わあ、サイズぴったり」
クリス、小さい。肩から当ててみて、縦も横も私とほとんど同じくらいだった。これなら着れそうだ。
「君も着ればいい」
フロイドの言葉に、クリスは全力で首を横へ振った。
「やだやだやだ……エミリーさんに全部あげます。人の役に立つならクローゼットで眠っているよりよっぽどいい」
「似合うと思いますけど。せっかくだからちょっと袖を通してみてもいいですか?」
グリーンのジャケットが目を引いたので、それにあわせて適当にシャツとパンツを選んだ。前に婚約者がこんな色の服を着ていたから、まあ間違いではないでしょう。
「とりあえずそこの部屋を使いなさい。その間に君の部屋を管理人と交渉しておきましょう」
フロイドは顎で一つの扉を差した。おそらく寝室と見られる部屋だ。
「はーい」と軽く返事をして部屋に入ると、やっぱり寝室だった。ゲームのCGで見たことある。つい意識してしまったので、少し雑かもしれないが手早く着替えることにした。しかしこの部屋、ほぼ無臭だなぁ。
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