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悪役令嬢は探偵の助手になる

悪役令嬢は一目惚れされた。

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玄関からガチャガチャと音がする。一度鍵がかかったと思ったら、また鍵が開いた。ノックの音もなく扉が開いた。

「なんだ、帰っていたの。なぜ最初に声をかけない?」

ぼやくようにブツブツとした低い声だ。不満そうなトーンだが、こういう喋り方である。

振り返ざるとも私は声だけで彼がどんな姿かも頭に浮かぶ。攻略対象だからだ。


クリストファー・スミス。愛称クリス。

このマンションの管理人で小説家。そして探偵。素人探偵というものだ。

真っ白な髪に赤い瞳というアルビノ種デザイン。身長は小さくて華奢なので見た目は子供のようだが、立派に成人をしている。声のトーンは低いのに、声変わりをしていないようなショタ声帯。猫背、目の下にはくっきりとした隈。一回り大きなだぶだぶのシャツを着ている。刺さる人には刺さる。前世の私には刺さりまくってた。

実際に目の前にしてみると、顔が耽美な美形であることも隠してしまうような貧相な雰囲気があった。服か?姿勢か?隈か?覇気のなさ?全部かも。


「それは失礼しました。わけありでして。今から伺おうと思っていたところですよ。留守中の換気ありがとうございました」

フロイドは基本的に丁寧口調。それでも砕けた調子に聞こえるのはクリスが年下だからだ。私と同い年か。

立ち上がってクリスの元へ向かうフロイド。私も立ち上がる。クリスは意識的に私から顔を背けて、はなから見ないようにしていた。彼は引きこもりがちで人間嫌いである。特に女性は苦手。

「まったく世話のかかる種族だよ、探偵ってのは。じゃ、俺帰る」

踵を返したクリスの襟首を掴むフロイド。親猫が子猫の首を噛んで運ぶよう。それくらい二人の体格は違った。フロイドは平均よりも頭一つ分高いだろう。

「離せよ!」

「あなたに用があります」

「俺は用がないんだ君の恋人なんか知ったことじゃない関わりたくないんだよ」

「恋人ではありません。助手です」

「あ?入居者が増えるってこと?いきなり同棲かよ。いつも通りすぐ別れんだろ俺は知ってんだからな、どうせ一ヶ月も持たないってこと」

息継ぎが独特だ。変なところがワンブレスになる。キャラの特異性を演出する声優さんの演技がすごいなと思っていたけれど、画面下のテキストの補助がないと聞き取りにくい。

「ちょっとは黙って話を聞きなさい」

首根っこ引っ付かんで無理やり私の方へ向き直させる。襟首が締まって苦しいのか、クリスは黙った。なんて無力なんだ。

内心の無礼は表に出す必要もない。私は初めて会う人に向ける笑顔を作った。

「どうも、はじめまして。エミリー・モリスです。今日からフロイド先生の助手になりました。住み込みです。よろしくお願いいたします」

クリスは私の顔を見て、しばらく惚けていた。ほけっと小さく血色の悪い口が開いている。うん?ヒロインにはこんな態度を取らなかったな。

「生きてます?」

フロイドが掴んだ襟を揺すったら、クリスの肩がビクッと跳ねた。

「あ……俺、クリストファー・スミスです管理人です……その……クリスでいいです」

「はい。クリスさんですね。お目にかかれて光栄です」

「俺もです」

と言ってから、自分は何を言っているんだとばかりに口を押さえた。実質バチンと叩いたようなものだった。

フロイドは相当意地の悪いにやにやした笑みを浮かべる。

「んん?管理人殿、我が助手の顔をお気に召されたのでは?」

「からかうのやめてください、こんな美人に会うの初めてでどうしていいかわかんないんです死にたい。ああもう俺なに言ってんだろう死にたい」

「ふふ、これは愉快。生きる屍のようなクリスにもこんなことがあるんですね。助手には才能があると言わざるを得ません」

ダウナーで生意気なクリスが混乱している姿は、フロイド的にかなり面白いらしい。サド心が擽られているのだろう。

どうやらゲームのヒロインは彼の好みではなかったらしい。マップ選択で決められた回数を通いつめることにより彼のルートに入ることができるので、きっと何度か会うことで心を開いたのだろうな。基本、引きこもりがちの人嫌いだし。

「いや死なんでください」

私も私でむき出しの好意にどう対応していいかわからなかった。困ってしまう。さっき頼み込まれたフロイドもこんな気分だったのかな……。


ちなみにクリスの主人公が死ぬルートは二つ。

埋葬されたヒロインの墓を暴いて持ち帰るルートが一つ。心身ともに衰弱したクリスは、最後ヒロインの隣で力つきる。ヒロインが腐敗していく様子と、狂気に落ちていくクリスの独白が強烈だった。なお死体には手を出さない。

もう一つは、嗜虐目的の犯人に二人して地下に閉じ込められて拷問死するルート。先に私が力尽きてクリスが絶叫して暗転して終わり。読む拷問かというくらいに痛い描写が続いた。

その分、ハッピーエンドは穏やかで明るくて甘々、エッチシーンもピュアピュアだ。独特の能力故の苦悩を乗り越えて愛を掴む成長物語だった。しかし恐怖と苦痛のインパクトは強い。力強く守ってくれる人の側にいたいぞ。


「少々、いやかなり変わっていますが、彼も優秀な探偵です。師と思って接するように」

「はい。わかりました。フロイド先生」

正直、クリスにどう接していいのかわからなくて、なんとなく猫を被ってしまった。
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