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悪役令嬢は探偵の助手になる

悪役令嬢は夜逃げする。

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両親に連れられてミサに行ったら、覚醒してしまった。神格ではない。前世の記憶だ。

説法聞いている間は普段通りだったのに、軽やかに讃美歌を歌う声さえ途切れてしまう。不意に私の回りが異物でできている気分になった。


『euphoria』――陶酔という意味。

PC向けのエッチな乙女ゲームである。内容の異常性で特筆するところはない。 まともだ。

主人公は元メイドの女の子。実は亡くなった父親が富豪。今は亡くなった父の友人の富豪が彼女を養子にしたから、現在は令嬢。

どこのメイドかというと、うち。つい少し前まで私がいびっていたメイドだ。つまり私は性格の悪い悪役令嬢というものである。


ゲームのシナリオ通りなら。

来週の婚約発表で、婚約者が私との婚約を破棄する。そして元メイド女と婚約を結び直す。

当家としては地位目当ての婚約だった。そして婚約相手は当家の財産が欲しかった。より条件がいい相手が出てくれば乗り換える気持ちはわかる。

たらしこむことのできなかった役立たずの私を家族が罵る。そして私は毒を飲んで自殺する。

という結末になる。私のやったゲームなら。


帰りの車に揺られながら、ゲーム一本分のあらすじと前世の記憶に吐きそうになっていた。特に前世の記憶は思い出したところで説明したくない。


「あら、お姉さま。どういたしましたの?」

花のように愛らしい妹のシンシアが見つめてきた。とろんとした目の、漂白されたように真っ白な少女。色素が薄いのだ。

それに対して姉の私は、冷たくキツい目付き。肌はやや健康的な色合い。同じような金髪の巻き毛だが、顔つきは正反対だった。

時代設定は第一次世界大戦後のイギリス。ただ、現実より色々なところでゴシックロリータ的な趣味が強い。つまり各所デフォルメされている。シンシアは白のフリフリであり、私は黒のフリフリである。

「具合が悪いのよ。放っておいて」

「あら。そんなつれない言い方なさらないで、お姉さま。婚約前の大事な体でしょう。せめてお役目を果たすまでは生きていてもらわなくちゃ」

にこにこ笑って言い放つ。妹シンシアはたちの悪いサイコ女である。綺麗な女を腹が立つからいじめるだけの私はまだ素直な方だ。

「そうだ。私、よく効くお薬を知っているのよ。お姉さまも使ってみます?きっと良くなるわ」

手をあわせてはにかむ彼女を見――

あ、私、こいつに毒殺されたんじゃね?

――と思った。裏付けはないが、ゲームでの私は自殺する性格ではないことはわかる。

元メイド女のヒロインや、のろまな恋愛対象の貴族は真の敵ではない。というか、別にあいつら基本、恋愛と婚約破棄以外は何もやってない。

このまま家に居たら死ぬなぁ。

どうせ婚約も破棄される。

ていうか、相手は顔と人柄がいいだけのぼんくらだ。別に好きな相手でもない。

お金はあるけど、我が家の居心地は最悪。

まだまだ世の中は封建的。しかしまったく不自由ということもない。基本はファンタジーだし融通は効くんじゃないか。

うん。夜逃げするかな!


馬車から降りる頃には気持ちも決まっていた。第二従僕――執事のヘンリーが私の顔を見て、少し小首を傾げた。

「なにか?」

普段は表情を見せることのない男だ。なにをやるにしても鼻につくくらい出来すぎで、便利なやつととるか嫌なやつととるかは人によりけり、というところ。

冷たく整った理知的な顔立ちは好みだ。というか、彼の顔でゲーム買った。

「エミリー様、なにやら晴れ晴れとした顔をなさっておられます。さぞ素晴らしい説教だったのでしょうね」

「そうかもね」

ちなみに、ゲーム内での攻略対象でもある。嫌みなやつかと思いきや、ヒロインになにかと親身になり、婚約破棄した後はヒロインが婚約する家の執事になる。鞍替え野郎だ。個別ルートでは駆け落ちしていたな。

「ねえ、ヘンリー。最近流行りの恋愛小説で駆け落ちする話を読んだの」

「さようでございますか」

「でも現実的に想像できないのよね。あなた、駆け落ちするならどこに行く?」

「なかなかお答えのしにくいご質問かと存じます。駆け落ちする相手によっても行く先は変わるかと」

「まあ、田舎や貧乏は嫌とか、外国は怖いってこともあるでしょうね」

ヘンリーの目がやや鋭く私を見た。そうか。元メイド女となら住める場所でも、私はそういうところがあるから無理ってこともあるだろう。

「空想の話とはいえ、わたくしめとエミリーお嬢様を想定した場所になってしまいます」

覗き込み伺うような目。前世の記憶がない私なら不敬でキレていたかもしれないが、今はまどろっこしさが面倒臭くなっていた。

「かしこまんないでサッと答えだけ言ってくんない?」

「は。ロンドンのダウントンストリートがよろしいかと」

「ん?」

記憶の琴線に触れる。

それ――同じブランドの、違うタイトルの舞台じゃない?

なぜ彼からその名前が挙がるのか。

「つ、続けなさい。どうして?」

「ダウントンストリートはロンドン随一の探偵事務所密集区でございます。そこで探偵に協力を仰ぎ、捜索依頼を断ってもらうなり、隠れる手伝いをしてもらう手段もあるかと思います」

予想の斜め上の提案に空気を飲み下す。

ヘンリーは直立不動でいつも通りのしらっとした顔だ。こんなとんでもない内容なのに。

「ずいぶん攻めるわね……続けて」

「もちろん探偵の理解を得なければいけませんから、そこを乗り越えてということも前提に含まれますが。そういった想像などいかがでしょうか」

「参考にするわ。今日までありがとう」

ヘンリーは深々と頭を下げた。

なお、本日で辞めるらしい。ゲーム内ではヒロインとやりとりをしていたのだから、今だってきっとそうだ。鼻が利く人間は沈み行く船に乗るほど愚かではない。どうせ鞍替えするのだろう。

私もそうする。

婚約破棄される前にロンドンのダウントンストリートに逃げたろ。うまくいけば住み込みメイドの仕事くらいはあるかもしれない。明後日くらいには荷物をまとめて夜逃げだ。
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