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夏の夕暮れ

その正体は。

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「やっぱりあれがひつぎでした」

 郁人と隆文を前に、ベッドに半身を起こしたまま一哉は告げた。まだ少し身体が痛むが、頭痛は引いてきている。

「一度消えて、赤ん坊になったと言うことは再生したと言うことかい?」
「そうですね。そして、佐波一哉を再度形成したと言うところでしょうか。足りないところを補った」
「足りないところ…」
「記憶です。自分たちの存在、歴史。身籠った女性はひつぎに触れる必要があった。男性の場合は身籠った女性と一緒に。歴史を知ること。生い立ちを知ること。それが最も大切なことで……」

 愛おしむように告げる一哉の言葉を2人は黙って聞いている。

「だからひつぎは何を置いても守らなければならない大切なものだった。だから戦争が激化する中、被害をうけないように隠した。みんなが集まってくれたこの美しい庭ごと。そして、彼もまた大切な人と一緒に戦火に倒れた」
「え……」
「幸いなことに子が残された。その子が人間との間に子を成した。ひつぎのそばで記憶を継承しなければならない。場所はわかる。けれど、入り方がわからなかった。初代が友人と協力して随分と急いで隠したらしいから。せめてこの庭で少しでも記憶と起源をつないだ」
「……つまり、」
「もう、随分前からひつぎに触れていないみたいです。滅びゆく種だったのかもしれない。けれど、見つけた。種を守れる」

 ぎゅっとシーツを握りしめる一哉を、郁人はただ見つめていた。真っ直ぐに前を見つめる瞳はいつになく力強いものに見える。その瞳に、真っ直ぐ前を見る一哉の中には……。

「そう思う中に、オレと離れたないって気は?」
「………え?」
「オレはめっさ楽しかった。お前と部屋ん中いろいろ調べたことや、親父のなんたらわからん旅行についてったり。そないなもんより初めて乗ったジェットコースターでチケット飛ばされて、二人で探しまわったり」
「だから……」
「オレはおもろかった。もっと一緒に居たい。お前のこと好きや、離れたない。さっきだって」
「郁人」
「…」

 落ち着かせるように一哉がその名前を呼んだ。耳に心地よい一哉らしい声音だった。

「ほんとお前は。最後まで人の話をきかない」
「や、かて、お前が」
「あのな。自分たちはずっとひつぎを探していたんだよ。見つけさえすれば後はひつぎが導いてくれる。そう思った」

 一哉はあの奇妙な空間を思い出した。その中で見せられた映像。あの長テーブルと大木があった。たくさんの人たちとの親睦を深めるかのようなパーティ。陽気な音楽。

 深い森の中に隠されるようにあった場所は、今や住宅地のど真ん中。無機質な建物に囲まれて人間の手によって植えられた木々の囁きがあるだけだ。
 どこか淋しいような虚しいような感覚だった。けれども。

「消えん、ゆうたくせに」

「けれど、お前の手を取った」

 おかしいよな、と一哉は口角を少しだけあげてふっと笑みをこぼした。

「おかしいって」
「お前といたいって思ったんだよ……」
「一哉!」
「けど!先のことはわからないからな。今、一緒にいたいって気持ちを大切にしようと思った。おじさん。郁人、くんのそばにいてもいいですか?」
「え、」

 話しを聞いていた隆文は、いまさら何を…と言い掛けて、ああ、と納得した。
 恋愛的要素を持って一緒に居たいと言っているのか、と。

「私は……まぁかなり自由にやってきたし、郁人にも随分迷惑を掛けたからね、うん、何も言えないのだが…。まずは一哉くん…。君の正体を教えて貰ってもいいかな」
「あ!」

 そやそや、と郁人も父の言葉に大きく頷く。一番大切なことを教えてもらっていない、と。

 人間ではなく、ひつぎを探すと聞いて真っ先に浮かんだのは吸血鬼だった。けれど、それなら熱よりも血を欲しがるのではないかと思い却下した。そして、人造人間、狼男、エルフ、ゲームの中によく言われる諸々の種を考えていた。
 ドラゴン、なんかもありか?
 郁人はふと、口に出しそうになるが、それを知ってか知らずか、一哉はふわりと珍しいまでの穏やかな笑みを向ける。

《やばい、可愛えぇ》

 瞬間、ぼっ、っと顔が赤くなる郁人だ。

 そして。

 一哉はゆっくりと口を開く。

「………………周囲には自分たちのことを、魔法使い、と言ってました」


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