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夏の夕暮れ

探しモノ(修正)

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 家は静まり返っていた。どうやら隆文はまだ実験室のようで、2人も真っ直ぐに実験室へと向かう。

 部屋の中にはすり鉢状の穴。隆文は部屋の機械や棚などを片隅に寄せた後、ロープの固定に勤しんでいた。

「落ちた機械も引き上げなければならないからね」

 にっこりと笑顔で告げる隆文は一哉以上に期待感に溢れている。

「下りてみるかい?」

 しっかりとロープが固定されたことを確認して振り返る隆文の言葉に、一哉が大きく頷くと郁人も慌てて頷いた。

「郁人も下りるのかい?」
「なんでや?もちろん行くにきまっとるやろ。気になるやんか」

 驚いたように聞き返す父親に逆に不思議そうに郁人は告げる。なぜ行かないという選択肢があるのかと。

「それに……見てへんところで消えてもうたらどないするんや」
「!」

 さらりと、当たり前のように告げる郁人に思わず振り返ったのは一哉で、隆文も目を大きく見開き、軽く苦笑をこぼした。

「そうか、わかった。では、まず君たちが先に降りなさい」

 そして促す隆文の声に何か言いたそうな一哉だったが、意を決したようにロープに手をかけた。

「…先に行く」
「おう!すぐ追いかけたる」

 一哉の言葉に郁人が変わらぬ笑顔で答える。一哉は肩の力が抜けていることに気づいた。そのまますり鉢状の地面を下っていく。

 一哉が穴に消える瞬間を見送り、続いて郁人が地下の不思議な空間に降り立った。



~~~~~


 手にしたLEDランプは広範囲を明るく照らす。
 足元は土と芝。芝は今生えたかのように青々と茂っている。所々にあるのは敷石で、石造りのオブジェが2つ、1つは壊れて転がっているが、翼のある獅子をモチーフにしているようだ。
 そして小さな噴水。さすがに水はなかったが、

「ん~?」

 郁人は小さくうめいた。

 先程、1人で探している時は噴水に気づかなかった。さらには楽しそうにテーブルを囲んでの立食パーティの絵は天井のそれだが、あれほど微笑んでいただろうかとさえ思い、首を傾げる。
 そして、ちょうど穴の開いた所に木の姿が描かれていたようで、それも郁人は目にしていない一部だったため、ほかに差異がないかと目を凝らす。とはいえ、あの時は相当慌てていたし、小さな懐中電灯しかなかったため、単純に見落としていただけかもしれないとも考えていた。

 が、ふと気づく。

「このテーブルと、絵のテーブルはおんなじちゃうか?」

 郁人の言葉に一哉も目をすがめて確認する。確かに天井絵と比べると大きさなどが一致しているようだった。けれどこのような地下での立食パーティなど誰がするのか。そもそも絵には月が描かれている。つまりは屋外であることを知らしめる。少なくとも地下ではない。
 ならばここは……と、思考を纏めようとしながら指先でテーブルを撫でるように歩く一哉が、ふ、と視線を上げた瞬間だった。

「っ!?」

 ヒュッ、と呼吸が逆流するかのように息を飲み込み、一哉は足を止めた。そのまま目を大きく見開き、目の前に立ちはだかる一本の木をただただ凝視する。

 幹は一哉と郁人2人の両手を回してもいや隆文の手を借りても足りない程の太さで、丈は3m程。微動だにせずそこにどっしりと存在していた。

「な、んや?」

 一見すると化石のようにも見える大木にはよく見ると小さな緑の葉がついており、生きていることが判った。しかしここは地下だ。

「光…がないんに…」

 大木の存在に圧倒されて硬直したかのように一哉は動かない。そんな一哉の肩先を郁人は軽く叩いた。

「!…」

 叩かれた一哉はようやく、と言った具合に瞬き、静かに深く息を吐く。圧倒されたこともあったが奇妙な緊張感にも捉われていたようだった。
 
 そして郁人は一哉よりも先んじて、ゆっくりとそっと焦げ茶を通り越して濃い灰色にも見える木の表面に触れた。それはごつごつとしており石のように硬かった。周囲を見回ると一本だと思われた木はどうやら何本もの木が絡み合ってできたもののようで、一角にうろのようなものがあった。うろは木々が腐ってできたと言うよりも、あえて造ったかのようにも見て取れるほど立派なものだった。

 郁人に続く一哉もゆっくりと大木に近づくと手を伸ばす。その手が大木に触れるか触れないかの瀬戸際。

「………ひつぎ、だ……」
「なんやて?…」

 ああ、そうだ、と一哉はつぶやいた。
 その声に反応するかのように小さな緑の葉がふわりと揺れた。その姿はまるで語りかけているかのようで、郁人は妙な不安を覚え、
「…佐波?」と名を呼んだ。が、次の瞬間。

「なっ⁉︎」

 2人は同時に叫んだ。

 突然、一哉の姿が淡い光に包まれたのだ。

 思わず手を伸ばす郁人だったが、光に阻まれ一哉に届かない。

 一方の一哉は、身体の中心の奥深くにある力を蓄える場所が光に反応して肥大していく感覚に襲われていた。
 怖くはなかった。苦しいわけでもない。
 ただ………。
 すぐそばで自分を見つめて名を呼ぶ郁人の声が聞こえるのに、応えることができずにもどかしかった。

 心配しなくていいのだと、すぐに戻るからと、…ばあさんを頼むと……。

 一欠片も伝えられず、いつも元気な郁人が眉根を寄せて叫んでいる姿になぜか胸が締め付けられる。けれども強く引き寄せる力に抗えないのも事実で、目の前に何重とも言える壁が降りてきて意識を塞がれていく…。

 そして、一哉の身体は光に包まれたままゆっくりと倒れた。それは見えないクッションに倒れ込むかのようで。
 それでいて、ふんわりと宙に浮いている……。

「さ、佐波!」

 郁人は慌てて、今度こそと一哉に手を伸ばす。
 眩しいばかりの光に目を開けていられなかった。しかし、ただただ手を伸ばす。
 そこにいるはずの一哉に、まだ中学生姿の一哉に、しかし………。
 伸ばした郁人の手の先で光に包まれていた一哉の姿が、まるで風船が萎むかのように一息に収束し………。

「郁人、何の光……一哉くん!」

 荷を片付けていた隆文が、突然の強暴なまでの光に慌てて駆けつけ、同じ光景に目を見張る。

「いちやぁぁっ‼︎」

 光ともども、一哉の姿が…………消えていた————。


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