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夏の夕暮れ

小学4年の夏-幽霊屋敷

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それは、6年前の転校初日・・・

『なぁなぁ、幽霊でる?』

 意気揚揚と告げた自己紹介への質問は意味のわからないもので、郁人はしばし間を置き、
『オレん家か?』と不思議そうに問い返した。すると。
『あ、や、…うん』とどこか歯切れも悪く子供たちが頷く。

『なんでや?出ぇへんで。めっさ綺麗やし』

 郁人本人はリフォームされた洋館しか知らない。まさか子供たちが自分の家の見取り図を知っているとか、庭の剪定された木々の下に死んだ猫を埋めていたなど思いもせず、にっこりと人懐っこい笑顔を見せる。

『だってなぁ、あの家。昔、若い女の人が殺されたらしいぜ』
『ちがうよ、子供が地下室に閉じ込められてお腹すかして死んじゃったんだよ』
『あれ?僕が聞いた話だと…』

 いたいけな表情で口々に告げられる残酷な物語は現実主義の郁人にとって眉唾物でしかなかった。そのため、少しつりあがり加減の瞳をくるりと回し、

『つまり、なんやな、全部昔の話しや。それもなんの根も葉もない』と子供らしからず一蹴した。
『根も葉もない?』
『根っこがないんなら葉っぱもでけん。つまり存在せんちゅうことは、ウソやちゅうこっちゃ』

 もちろん、うそつき呼ばわりされた子供たちは躍起になって撤回を要求する。

『ウソじゃないよ!……ね、一哉くんは見たんだよね?』

 そして、生き証人よろしく皆の視線が捕らえたのは、一人話の輪から離れていた少年一哉だった。
 平均より小さめの身長と細い手足。柔らかそうな黒髪に同じ色の瞳が二度程瞬きを繰り返し、一瞬鋭く郁人を捉えるがすぐに、やや困ったような笑みを覗かせた。

『ん…?』

 郁人にとってほんの些細な違和感だった。ほんの一瞬ともいえる表情に郁人は気付いてしまう。
 自身の仕事に燃えていた父と二人、放浪暮らしだった郁人は同世代よりもいくらかしっかりしていると自負していた。その彼が気付いた表情はしかし何事もなかったかのように少年らしく小首を傾げる仕草に消されてしまう。

『女の人がカーテンの向こうに見えただけだよ。それも一回だけ』
 そして一哉少年はよく響く高い声音で告げながらにこりと微笑んだ。

『それでも、あそこで人を見たって言ったらさぁ』
『だよねぇ』

 在りし日の洋館を知る好奇心旺盛な子供たちは顔を見合わせて口を尖らせる。

『…けんど、いないもんはいないねん。見間違いやろ。今はめっさ綺麗になっとるさかい、遊びにこいや』
『……』

 行きたいのは山々だったのかもしれないが気後れしてしまったのか手をあげる者はなく、ただ郁人は一哉の視線を捕らえた。ランドセルを背負い、瞬き一つ。

『お前は来たそうやな?』
『…そういうわけじゃないけど…行ってみる、かな』

 どこか挑発するように告げると、一哉は一度目を伏せてからふっと口元に薄い笑みを乗せた。

 それは先ほどの鋭い視線などまるでなかったかのように思わせる存在感の薄い儚い笑みで、それでも小学生と思えない仕草に、その本音はいったいどこにあるのか、郁人はその頬を引っ張りたくなる衝動を覚えた。

 理由などわからなかった。なぜかそうしなければならないと強く思ってしまったのだが。幸いにも一哉が手の届く距離にいなかったため、実行できなかった————。


 ~~~~~

 しなくてよかった、と16歳の今の郁人は本当にそう思っていた。

《そないなことしとったら、今の関係はなしやったかもな》

 ぷぷぷ、と小さく思いだし笑い。そのまま前を歩く一哉の姿を追いかけると、今現在16歳の一哉が訝しげに眉根を寄せて、

「おまえ、大丈夫か?」と距離を置いて尋ねてくる。

「いやぁ、なんか転校初日のこと思い出してん。なんや、めっちゃ可愛かったなぁ、って」
「可愛かった?転校初日の……何が?」
「や、なんや、ほれ、小学生の自分らがなぁ!」
「変なやつ」

 一哉の冷ややかな視線に少しわざとらしかったかと思う郁人だったが、自身の言葉を反芻するかのように転校初日、一緒に帰宅したあの日を思い出す————。

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