魔王の娘は勇者になりたい。

井守まひろ

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四霊/百花繚乱花嵐 編

72.メイドインシャドウ

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「グリムオウド!」

 避けられた!?
 シャロの姿をした海霊は動きが非常に早く、それはシルビアをも超えているかのようだった。

「後ろの正面……だあれ」

 背後に回られた……!

「フルカウル!」

 すぐさま反重力結界を展開し、その攻撃を防ぐ。
 剣を使わずに拳で殴ってきたようだけれど、それが異様に重い。
 奴の拳に魔力が集中している為、恐らくシャロ本人が持つ筋力に魔力の身体強化を重ねているのだろう。
 海霊……コピー元の能力までそのままコピー出来るなんて、ミメシスよりも厄介で不気味な存在だ。

「あ、言っとくけどベリィちゃんの魔法は大体頭に入ってるから。まあ、本体が馬鹿過ぎて魔法の法則を理解出来てなかったから、何となくだけど」

「偽物のくせに、シャロの真似するなよ」

「アタシはシャーロット・ヒルだよ! 本物とか偽物とかそういうのじゃない。アタシはアタシなの」

 訳のわからない事ばかり言って、私を惑わせるつもりか?
 兎に角、攻撃を当てないと。
 私は再び攻撃の構えを取り、魔法発動の準備に入った。

「だから、普通に攻撃しても無駄なんだってば~! アタシには当たらないよ?」

 海霊は素早く動き回り、攻撃の機を窺っている。
 少しだけれど、奴の動きに目が慣れてきた。
 魔力で視覚強化をしていれば、こちらも手を打てる程度には動きを追えている。
 問題は奴のスピードだ。
 先日のグラトニュードラ戦やバフォメット戦を経験して、私はより戦い易い戦闘スタイルを編み出した。
 まだ実戦では使っていないし、不完全ではあるけれど、あのスピードに追い付くにはこれが一番だ。

「アンチグラビロウル」

 反重力で若干宙に浮いた私は、ロードカリバーに魔力を込めつつ腿からつま先にかけても魔力を強く込める。

 シルビアの銀狐一閃……とまでは行かないけれど、これで脚の補強は出来た。
 あとは……

「サイコジェット」

 敵に照準を合わせ、足元で圧縮した空気を後方へと一気に噴射する。
 これはポルカのサイコプロージョンを真似て、その法陣を組み換え作り出した念魔法だ。
 サイコプロージョンの爆発を一点に集中して噴射させ、一時的に瞬間移動のような速度を出せる。

「ええっ!?」

 相手も流石に驚いたようで、私の攻撃を防ぐ間もなく狼狽している。
 その一瞬、海霊は僅かに後ろへと下がったような気がした。

「ハデシス!」

 刃が海霊の首に到達し、そのまま一気に斬り落とす。
 倒した……でもおかしい。
 斬った感覚はあるのに、倒した感じがしない。

 直ぐに後ろを振り返ると、海霊は首の切れ口から黒い何かを沸々と出し、やがてそれは先ほど落としたはずの頭になっていった。

「残念だね~、アタシは斬られても死なないんだよ」

 そんなはずがない……!
 弱点は絶対にあるはずなのに、どうして首を斬っても死ななかったんだ?
 海霊って、名前の通りゴーストの類なのか?
 だとしても魔法攻撃で斬ったのだから、必ず通用するはずだ。
 きっと他に弱点がある……
 私は再び剣に魔力を込め、銀狐一閃の要領とサイコジェットで海霊に斬りかかった。

「だから、斬っても意味ないんだって! アタシは死なないんだから!」

「じゃあどうして攻撃を避けるんだ? 最初に私が攻撃を当てた時、一瞬後ろに下がったよね? 何かを守りたかったの?」

「いや~、別に意味は無かったんだけどさ~。ちょっとびっくりしただけ。そんなに早く動けるなんて思わなかったんだもん」

 何かある。
 コイツには何か弱点が……
 最初に海霊が攻撃を避けた場所に目をやると、そこは上から大きな岩がせり出して影が出来ていた。
 このダイヴダンジョンは洞窟のように暗くなっているけれど、壁と天井にトゥインクリスタルがあるおかげで視界は悪くない。
 そういえば、コイツは先程から明るい場所を避けているように思える。
 気のせいかもしれないけれど、もしそれが正しかったら……
 奴の、海霊の弱点は……

「イレジスト」

 身体の空気抵抗を無くした私は、一瞬で海霊の目の前まで移動する。
 奴の背後には煌々と光を放つトゥインクリスタル、そうして私の目の前にあるのは、海霊の影だ。

「シャドウス!」

 私はその影を、ロードカリバーの聖剣魔法である影の刃で切り裂く。

「ああああああああああっ!」

 やっぱり、海霊の弱点は影だった。
 奴は断末魔を上げたかと思えばドロドロと溶け始め、その黒くなった物体は地面に吸い込まれるかのように消滅していった。

 海霊が一体だけとは限らない。
 シャロ達は大丈夫だろうか?
 もし私がコピーされていたら、シャロ達の方に……

 直後、ダンジョンの壁が大きな音を立てながらこちら側に崩れてきたかと思えば、そこから勢い良く飛び出してきたのは身体に炎を纏ったドラゴニュート……否、これはまさか……

「すごい魔力を感じるかと思えば、お前が魔王の娘か」

 暑い……
 ダンジョン内の温度が一気に上がったようだ。
 
 これ程の熱を出せるのは、やはりドラゴニュートではない。
 原初の火、サラマンダーだ。

「此処にいる原初の精霊は、ウンディーネだけのはずだよね。あなた、まさかとは思うけれど、海霊じゃないの?」

 私の問い掛けに、サラマンダーは「ッハッハッハッハ!」と声高らかに笑うと、その手に持つ剣をこちらに向けた。
 あれは……火の四霊聖剣、灼炎剣ヒートルビー!?

「そうだなぁ! オレの本体はもうとっくに死んでんだよ! 今のオレは海霊、影を斬られりゃ死んじまうか弱き存在さ! まあでも、久々に腕の立ちそうな奴と会えたんだ。ちょっと戦おうぜ……!」

 相手から殺気を感じない。
 サラマンダーは、ただ私と純粋に勝負がしたいだけなんだ。

「いいよ、影は狙わないであげる。その代わり、私があなたの身体を斬ったら私の勝ちね」

「ヌルいなぁ、けど良いぜ。オレも殺さねぇ程度にやってやるよ!」

 周囲の温度が一気に上がり、身体がおかしくなりそうだ。
 相手は原初の精霊……先程戦ったシャロの海霊は、シャロの身体能力をそのままコピーしていた。
 それならば、恐らく目の前の海霊も本来のサラマンダーと同等の力を持っている可能性がある。

 大丈夫、今の私はリタ程では無いけれど、以前よりも確実に強くなった。
 落ち着いて、冷静に戦うんだ。

「じゃあ、こっちから行かせてもらうぜ!」

 サラマンダーは炎を纏った剣を構えると、姿勢を低くしてこちらに向かって来る。

「ブレイジングヒート!」

 ヒートルビーの刃が、下から上に向けて迫って来る。
 これが火の聖剣魔法か……!

「フルカウル」

 攻撃が強力な上に早いから、反重力結界でも貫通までの時間が短縮されてしまう。
 こちらからも攻撃をしないと、大怪我をしてしまいそうだ。

「グリムオウド!」

 直様発動した魔法でサラマンダーを拘束……したは良いけれど、凄まじい炎でこちらの力が緩んでしまう。

「熱っ!」

「ヌルいヌルい、この程度で怯んでたら直ぐに殺されちまうぜ!」

 大丈夫、耐えるんだ。
 まだ立て直せる……反重力結界を崩さないように、もう一度攻撃の隙を作り出そう。

「リスペイスメント!」

 私は近くにあった岩と私自身との空間を置き換え、サラマンダーの攻撃はその岩に直撃し、岩は粉々に砕けた。

「変わった重力魔法に、空間魔法まで扱えんのか。まあ、いくら小細工したところで、オレの炎からは逃れられねぇけどな!」

 サラマンダーは剣を振り上げ、再び迫って来る。
 今のように反重力で防御をしつつ空間移動を使えば、いくらでも隙は作れるんだ。
 焦らないで、私も攻め続けないと……!

「フレイミングバッシュ!」

 今度は上からの斬撃……否、殴打か。
 避けている暇はない、受け止め切れるか分からないけれど、こちらも攻撃で返すんだ。

「インフェルノハデシス!」

 刃と刃がぶつかり合った瞬間、互いの剣が纏った炎が激しく燃え上がる。
 攻撃は互角かもしれないけれど、炎の火力は向こうが圧倒的に上だ。

「サイコジェット!」

 ならば、こっちは力で押し通すまでだ!
 ジェットの威力も加えた攻撃は、少しずつサラマンダーの身体に近付いて行く。
 行ける、斬れる……!

「今ここでさぁ、オレが爆破の魔法出したらやべぇよな?」

「え?」

 その瞬間、サラマンダーの身体とヒートルビーの纏った炎が激しさを増す。
 まさか、まずい……離れないと!

「ヒートブラスト!」

 転移魔法だと間に合わない。
 急いで空間魔法を展開しなきゃ……!

「ワームホール!」

 直ぐに爆発は起こり、私が空間移動を終える前にそれは目の前で弾ける……はずだった。

「グランドブレイク!」

 地面が大きく揺れ、サラマンダーが体勢を崩したことにより私は直撃を免れた。

「ベリィちゃん!」

 声のした方を見ると、シャロとウール、それにスモークエイクを構えたルークの姿がある。

「いきなり何処へ行ったかと思えば、やっぱりベリィさんの所だったのか」

「なんだ、お前らか。今はコイツと一対一で戦ってんだよ、邪魔すんな」

 一体どういう事だ?
 サラマンダーは既にルーク達と会っていたの?

 混沌とした状況の中、未だ攻撃の体勢を崩さないサラマンダーに、私は次の魔法を撃ち込む為に剣を構え直した。
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