上 下
78 / 94
明星/カラスの北斗七星 編

62.終演

しおりを挟む
 聖剣魔法には、ウルティマという究極奥義が存在する。
 消費する魔力量も出鱈目に多く、例え聖剣に選ばれた聖剣使いであっても、その法陣すら知らずに生涯を終える者も多いと言われている。

 リタはそれが、14歳の頃に発現したと話していた。

 魔王の娘である私でさえ、まだウルティマは使う事が出来ない。

 目の前でリタの周りに展開された法陣は、まるで星座早見盤のように美しく、赤く染まっていた世界を美しい夜空の世界に変えた。

「ソワレ」

 彼女が剣を振ると、星空がぐるりと動いたように見えた。

 恐らく一瞬の出来事だったのだろうけれど、体感では数分ほど星空を眺めていたように思える。

 世界が元に戻ると、そこには凄惨な光景が広がっていた。
 かつて建物のあった場所は酷く崩壊し、とても私の知っているシリウスとは思えない。

 リタは……晴れた夜空に刻星剣ホロクラウスを掲げ、そこに立っていた。

「リタ……!」

 お父様の偽物が、その向こうで倒れている。
 身体は胴のあたりを裂かれており、もう助からないだろう。
 ロードカリバーの力が無かったとは言え、魔王クラスを相手に勝つなんて……紛れもなく、リタは最強だ。

「リタ!」

 ブライトはリタの名前を叫び、彼女の元に駆け寄ろうとする。

 その気配を感じたのは、ブライトのお腹を刃が突き抜けた直後の事だった。

 その時まで、確かに私達の背後には誰も居なかったはずだ。

 転移?
 この一瞬で……いや、それともブライトと同じ空間魔法だろうか?

「駄目じゃないですか、もっと働いて頂かないと」

 信じたくなど無かった。
 その聞き慣れた声が、私の絶望をより一層強くする。

「貴様……裏切ったな?」

「裏切るも何も、貴女は利用価値があったから泳がせておいただけですよ。ですが、もう用済みです。後はこちらだけで事足りますので」

 そうだ、きっと偽物だ……
 お父様のミメシスと同じで、偽物なんだ……
 そうだよね……?

「メフィル……」

 私の声が聞こえたのか、彼はこちらに目を向けてあの頃と変わらない笑顔を見せた。

「お久しぶりですね、ベリィ様。お元気そうで何よりです」

 これが偽物……?
 そんな筈がない。
 紛れもなく、あの頃と同じメフィルだ。

「お嬢、メフィルから離れてください!」

 そう言ってウールがこちらにやって来ると、私の前に立ちメフィルへと剣を向けた。

「コイツなんですよ……ローグ様を殺ったのは、メフィルなんですよ! あの時、全部コイツが!」

 そんな……
 だってメフィルは、お父様の事を凄く慕っていたし、他の従者や私にも優しかった。
 それなのに……

「いやぁ、あの時は流石にヒヤヒヤしましたよ! 何せ相手は魔王ローグですからね。しかしずっとお側で見てきましたので、ほんの小さな隙でも見逃しませんでした。そもそも、こうして仕舞えば魔王でさえ魔法が使えない」

 その瞬間、何かが起きた気がした。
 私は咄嗟にブライトを助けようと剣を構え、魔法を発動しようとした。

 魔法が……発動しない!

 魔力が上手く動いてくれない。
 こんな事、今まで無かったのに……

「ふざ……けるな! アモンズ!」

 再びケルベロスの怪物へと変身したブライトが、自身のお腹に刺さったメフィルを引き抜いて鋭い爪を構える。
 錬金術なら使えるのか?
 でも魔法が使えないなんて、メフィルが何かをしたのだろうか?

「テレパス! テレパス! クソッ、魔法が完全に封じられたか!」

 フルーレに念話を使おうと試みたブライトだけれど、やはり魔法は使えないようだ。

「残念ですが、フルーレは計画を中止しませんよ。貴女の声は届かない」

「メフィル、貴様いつからこんな事を考えていた? 初めからだったのか?」

 ブライトの問いに、メフィルはハハハと笑ってから答える。

「それはもう、ずっと昔からですよ。漸く機会が巡ってきたというだけの事です。ベリィ様、感動の再会ではありますが、貴女にも此処で死んで頂きたい」

 嘘だ……優しかったメフィルは、あの頃と同じ笑顔でこんなにも恐ろしい事を言っている。
 私は恐ろしくて、剣を持つ手がガタガタと震えた。

「お嬢、お下がりください。奴は今度こそ俺が倒します!」

 ウールは私を守ろうとしてくれているけれど、メフィルを相手に通用するのだろうか?
 信用していない訳ではない。
 ただ今のメフィルからは、何か不気味な恐ろしさを感じてしまう。

「ベリィ、キミたちは関わるな! ワタシに任せろ!」

 ブライトがメフィルと交戦し、私達から距離を離してくれている。
 そんな中、追い討ちを掛けるかの如く地面がガタガタと揺れ始め、王城から金切り声のような咆哮が鳴り響いた。

「わあああ! 何あれぇぇ!?」

 不意に、少し離れた場所からシャロの驚く声が聞こえてくる。
 そちらに目をやると、シャロとシルビアと……何故かサーナの姿もあった。

 するとサーナはこちらに気付いたのか、少し気まずそうな表情で私の名前を口にした。

「ベリィ……」

 その声でシャロとシルビアも気付き、こちらに手を振っている。

「あ、ベリィちゃーん! 何あれー!」

 シャロの指差す方を見ると、王城が何かに侵食されるかのように破壊されていた。
 いや、どうやら食べているように見える。

「遂に……遂に完成したぞ……!」

 唐突にやってきたのは、王城に居たはずのフルーレだった。
 彼は満面の笑みでこちらに向かって来ると、王城を食べる巨大な魔物の方に視線を向ける。

「コイツを育てるのは苦労したよ。ブライトのおかげで海底火山から連れて来るところまでは上手く行ったけれど、育てる環境作りが難しくてね。さあ、存分に暴れろ! グラトニュードラ!」

 グラトニュードラって、海底火山のみに生息しているヒュドラの名前だ。
 確かに魔物の姿はヒュドラ同様に首が多く蛇や竜に似た頭をしているけれど、あれ程に大きくなるなんて聞いたことがない。

「フルーレやめろ! 計画は中止だ! これ以上城を壊させるな!」

 声を荒げて制止するブライトに、フルーレは首を傾げる。

「なんで? 僕がやりたくてやってるのに、なんでブライトの言うこと聞かなきゃいけないんだ?」

 コイツ、ブライトの仲間では無かったのか?
 フルーレは再びグラトニュードラに目を向けると、まるで新しい玩具を手に入れた子供のような笑顔を浮かべた。

「おーいグラトニュードラ! こっちのやつも食べていいぞー!」

 そう言って奴が指を差した先には、お父様の偽物が倒れている。
 直感的に、食べられたらまずいと思った。
 しかしグラトニュードラはこちらへと移動して首を伸ばすと、それを咀嚼する事もなく丸呑みしてしまったのだ。

「グラトニュードラは暴食の魔物、食べた生物の魔力を吸収して、それを栄養にどんどん強くなるんだ。魔王の肉は美味しいか?」

 直後、グラトニュードラはその首を激しくのた打ち始め、金切り声のような咆哮を何度も発し続けている。

「やっぱり魔王の魔力は強過ぎて長くは持たないか。まあいいや! 沢山壊すんだぞー!」

 フルーレはそう言うと、召喚したスカルモスキートに掴まり飛んでいってしまった。

 そんな……あれ程の化け物では、夜が明ける頃にはシリウスが壊滅してしまう。
 王城は既に破壊されており、恐らく中にいた城の者や避難していたはずの民たちも殆ど助かっていない。

 ああ、最悪だ……

 みんな必死で頑張ったのに、せっかくブライトと和解出来たのに、どうしてこんな……

「さて、そろそろ幕引きと致しますか」

 メフィルを見ると、倒れたブライトの心臓に剣を突き立てている。
 あの姿に変身出来たとは言え、深傷を負った上に魔法も使えないともなれば、やはり勝つ事は厳しかったのだろう。
 ブライト……折角分かり合えたのに……

「終わんのはテメェだよ、カス野郎」

 その声がする直前、何かが途轍もない速度で視界を横切った気がした。

「なる……ほど、まだ動けましたか……」

 メフィルの身体を剣が貫き、彼の背後にはリタの姿がある。
 魔法が使えないはずなのに、気付いた時には一瞬でメフィルを刺していた。

「おんやぁ? 魔法が使えちゃうよ? まあ私はもう魔力ほぼ無いんだけどな。でもテメェ、魔王ローグと私の親友を殺ったのは絶対に許さねえ。一緒に地獄へ堕ちようぜぇ! なぁ!!」

 リタの掠れた叫び声を聞いたメフィルは、何がおかしいのか口から血を吐きながらも笑っている。

「残念ですが……私は死にませんよ。この肉体にはもう用がありません。勝手に一人で死んでください、リタ・シープハード」

 そう言い残すと、メフィルの身体はピタリと動きを止めてしまった。
 死んだのだろうか?
 いや、この身体に用がないとはどう言う意味だ?
 メフィルは……一体何者なんだ?

「さぁて、あの巨大ヒュドラをどうにかしないとなぁ」

 ボロボロの掠れた声でそう呟いたリタに、アストラ聖騎士団長のジェラルドが駆け寄る。

「リタ・シープハード、しっかりしろ! 皆に聞いて欲しい! 現在、王城とその周辺は無人となっている。避難した民も国王も、全て安全な場所へと避難して無事だ! ある者が避難の手助けをしてくれた。まだこの国はやり直せる。その為にも、あの巨大な魔物を倒すぞ!」

 シリウスの民全員を避難って……一体誰が……!?
 大規模転移でも使わない限り不可能なはずだ。
 そんな事が可能なのは、それこそお父様や迷宮のアラクネぐらいしか……いや、まさかな。

「皆さん、わたくしはカンパニュラ公国のセシルと申します。現在、あのグラトニュードラと戦えるサイズの傀儡を召喚する為の魔法を構築中です。但し、これは足止めさせる程度にしかなりません。グラトニュードラが魔王の魔力を吸収した今、完全に倒すのは不可能でしょう。ですから、どうか皆さんにも戦って頂きたいのです。共にこの世界を守りましょう」

 セシルがそう言い終えると、その場にいた殆どの者がそれぞれ武器を構え始めた。
 それは当然、リタも同じ……

「リタ、もう大丈夫だよ。あとは私達に任せて」

 私の言葉に、リタはニッコリと笑って見せる。

「ありがとね、ベリィちゃん。そうだなぁ、もう限界かなぁ……あとは、任せるよ……」

 リタはもう十分救った。
 ここからは私が、私達が救う番だ!

「行きます。パペティア・モンスタ!」

 セシルの詠唱を皮切りに、皆が巨大な魔物へと向けて駆け出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる

兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。

アルジュナクラ

Merle
ファンタジー
 バーラータ大陸の辺境・グプタ領を治める若き領主アルジュは、隣領マガーダの領主ウルゥカから、妹リシュナを嫁に差し出すように要求されて困り果てていた。  ウルゥカとリシュナでは、親子を通り越して祖父と孫娘ほどにも歳が違う。そんな結婚、兄として認められるわけがないが、突っぱねれば領民が飢えかねない。  一体どうすれば……と悩むアルジュに解決策を提示したのは誰あろう、求婚されているリシュナ本人だった。  ――魔物を統べる王、魔王となった青年アルジュを軸にして、魔王と聖者が覇を争った時代を描くファンタジー戦記。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

私の代わりが見つかったから契約破棄ですか……その代わりの人……私の勘が正しければ……結界詐欺師ですよ

Ryo-k
ファンタジー
「リリーナ! 貴様との契約を破棄する!」 結界魔術師リリーナにそう仰るのは、ライオネル・ウォルツ侯爵。 「彼女は結界魔術師1級を所持している。だから貴様はもう不要だ」 とシュナ・ファールと名乗る別の女性を部屋に呼んで宣言する。 リリーナは結界魔術師2級を所持している。 ライオネルの言葉が本当なら確かにすごいことだ。 ……本当なら……ね。 ※完結まで執筆済み

処理中です...