77 / 139
明星/カラスの北斗七星 編
61.恩讐の彼方
しおりを挟む
相変わらず、ルーナは丸く可愛らしい瞳でこちらを見ている。
大きくなっても、その表情に変わりはない。
「月光竜は女神の使いとされていて、一説によれば月で生まれた存在であるとも言われている。もしそれが正しく、絶滅したはずの月光竜が新たに月からこの地に生み出されたのだとすれば、恐らくそれは主から何かしらの影響を受けているだろう。ベリィ・アン・バロル、その子を少し見せてくれないか?」
「はぁ? 駄目に決まってるでしょ! ルーナは私の友達なの! 絶対渡さないから!」
「いや別に奪ったりしないから! 本当に、見せてくれるだけでいいの! ほら、この通り!」
そう言って、ブライトは怪物の姿から人間の姿へと戻った。
信用できない。
けれど、今のブライトからは不思議と敵意が伝わってこない。
信じたわけでは無いけれど、私はサーナを抱いてブライトに少しずつ近づいて行った。
「ルーナ、と言ったかい? 不思議だ……どこか主と似ている気がする」
「私はそんなの思った事ないけど?」
まあ、確かに名前は似てるかも……
「……済まない、気のせいだった。しかし、今し方この子が主と同じ力を使ったのは確かだ。そうか、これが月光竜か。貴重な存在を見させてもらったよ、ありがとう」
なんか……モヤモヤしたままだ。
さっきまであんなに憎かった相手が、今は私に敵意すら向けてこない。
この距離なら斬れる。
私は再び魔力を込め、ブライトの首元に刃を向けた。
「えっと……サーナを馬鹿にしたこと、絶対に許さないから。斬っても、いい……?」
斬りづらい……敵意のない相手は、やっぱり斬れない。
「さっきは済まなかったね。まさかキミが、そこまで主のことを思ってくれているとは……」
もしかして……そういうことか。
「まさか、私を試したの?」
リタから聞いたブライトは、本当に優しくて友達思いな人だった。
だから、サーナのことをあそこまで悪く言う様子に、多少なりとも違和感を覚えたのだ。
人はそう簡単に変わることができない。
だから、互いに認め合わなければならない。
以前、お父様がそんなことを言っていたな。
「本当は、本当にワタシは、ここで全て終わらせようと思っていた。けれどね、創星教として主のお側で生活するようになってから、どこか昔に戻ったかのような幸福を感じてしまっていたんだ。覚悟を決めたワタシが、今更幸福になる事など許されるはずがない。だから、主との距離感には気を付けていた。恐らく、それが却って彼女に気を遣わせてしまっていたのだろうけれどね」
ブライトは顔を俯かせてそう話す。
その表情が、どこか辛そうに感じた。
「今更だが、これは単なる言い訳に過ぎない。ベリィ・アン・バロル、キミをここに連れてきたのは計画の邪魔をさせない為だったけれど、本当は心のどこかで、キミにこれを伝えたかったのかもしれない」
そう言ったブライトは私の肩に手を置くと、その目を真っ直ぐこちらに向けた。
「どうか、主を許してやってはくれないかな? あのお方は、今でもキミのことを大切に思っているんだ。彼女の人族に対する恨みが直ぐに消える事は無いだろう。それでも、人族が皆そうでない事ぐらいは理解して頂けるよう、ワタシからも説得する! だからどうか……」
ブライトの言葉に、嘘は無いように思えた。
彼女は私とサーナが決別した事を、ずっと苦しんで見ていたのだろう。
でも、だからと言って今更……
「出来るかな、仲直り。私がサーナを許しても、サーナは人族を許さないかもしれない。もしそうだったら、私はもう立ち直れないよ……これ以上、サーナと喧嘩したくない……」
胸が苦しくなった。
私だって、本当はそうしたかった。
本当はあの頃みたいに、サーナと親友でありたかった。
そんな気持ちに蓋をして、私はただシャロやシルビアを傷付けたあの子を恨む事だけに執着し続けた。
本当は、心が壊れそうなほど辛かったのに……
その気持ちの蓋を開けてくれたのは、意外にもブライトだったのだから、本当に分からないものだ。
涙が止まらない。
サーナ……ちゃんと謝らなくちゃ。
沢山酷い事を言ってしまったし、独りで辛い思いもさせてしまったかもしれない。
許してもらえないかもしれないけれど、私はサーナを許すよ。
だから……
「出来るよ、仲直り。キミは主にとって……サーナにとって、親友なのだから」
悔しいな、何故だかブライトに負けた気分だ。
彼女は私の頭を撫でると、左腕の傷に治癒魔法を施してくれた。
「……ありがとう」
「せめてものお詫びだよ」
今更気付いたけれど、街の方から激しい爆発音が鳴り響いている。
きっと、リタとお父様の偽物が戦っているのだろう。
いくらリタでも、お父様ほどの力を持つ相手では敵わないかもしれない。
早く戻って、助けてあげなきゃな。
少しは私にも出来る事があるだろうし。
「ねえ、ブライト」
私が名前を呼ぶと、彼女は不思議そうにこちらを見た。
「何かな?」
「私からもお願い、リタと仲直りして、ちゃんと罪を償って欲しい。それと……幸せになっちゃいけない理由なんて無いと思う。私は、ブライトにも幸せになって欲しい」
ブライトはそれに頷くと
「ありがとう」
と言って笑った。
「でも、まだワタシにはやる事が残っている。国王を殺すのはやめだ。その為にフルーレを向かわせていたんだが、彼に襲撃を止めてもらわないとね」
「でも、お城にはアストラ聖騎士団が護衛で付いてるし、あの程度の奴には負けないと思うけど」
それを聞いたブライトだったけれど、まだどこかバツが悪そうな顔をしている。
「それが……予め忍び込ませていたんだ。予定では恐らく、そろそろ動き出すかもしれない」
「え、やばいじゃん」
「そうなんだよ、ちょっと念話で話す。テレパス」
ブライトは念話でフルーレに呼び掛けている。
しかし何度か呼んだ後に念話を中断した為、恐らく通じなかったのだろう。
「駄目だ、応答がない。距離かな? ちょっと、街まで戻ろうか」
「うん、私の転移魔法を使うね」
私はブライトの手を掴み、転移魔法を構築し始める。
「テレポート」
そうしてやって来たのは、リタとお父様の偽物が戦っているであろう場所。
ここならば、私も直ぐにリタを手伝えると思ったからだ。
「夜を歌え」
しかし目の前に広がっていたのは、私達の想像を超えた景色だった。
赤く染まった世界が一瞬にして夜空へと塗り替えられ、傷だらけのリタが剣を振る。
「ソワレ」
私はこの時に見た情景を、ずっと忘れる事は無いだろう。
大きくなっても、その表情に変わりはない。
「月光竜は女神の使いとされていて、一説によれば月で生まれた存在であるとも言われている。もしそれが正しく、絶滅したはずの月光竜が新たに月からこの地に生み出されたのだとすれば、恐らくそれは主から何かしらの影響を受けているだろう。ベリィ・アン・バロル、その子を少し見せてくれないか?」
「はぁ? 駄目に決まってるでしょ! ルーナは私の友達なの! 絶対渡さないから!」
「いや別に奪ったりしないから! 本当に、見せてくれるだけでいいの! ほら、この通り!」
そう言って、ブライトは怪物の姿から人間の姿へと戻った。
信用できない。
けれど、今のブライトからは不思議と敵意が伝わってこない。
信じたわけでは無いけれど、私はサーナを抱いてブライトに少しずつ近づいて行った。
「ルーナ、と言ったかい? 不思議だ……どこか主と似ている気がする」
「私はそんなの思った事ないけど?」
まあ、確かに名前は似てるかも……
「……済まない、気のせいだった。しかし、今し方この子が主と同じ力を使ったのは確かだ。そうか、これが月光竜か。貴重な存在を見させてもらったよ、ありがとう」
なんか……モヤモヤしたままだ。
さっきまであんなに憎かった相手が、今は私に敵意すら向けてこない。
この距離なら斬れる。
私は再び魔力を込め、ブライトの首元に刃を向けた。
「えっと……サーナを馬鹿にしたこと、絶対に許さないから。斬っても、いい……?」
斬りづらい……敵意のない相手は、やっぱり斬れない。
「さっきは済まなかったね。まさかキミが、そこまで主のことを思ってくれているとは……」
もしかして……そういうことか。
「まさか、私を試したの?」
リタから聞いたブライトは、本当に優しくて友達思いな人だった。
だから、サーナのことをあそこまで悪く言う様子に、多少なりとも違和感を覚えたのだ。
人はそう簡単に変わることができない。
だから、互いに認め合わなければならない。
以前、お父様がそんなことを言っていたな。
「本当は、本当にワタシは、ここで全て終わらせようと思っていた。けれどね、創星教として主のお側で生活するようになってから、どこか昔に戻ったかのような幸福を感じてしまっていたんだ。覚悟を決めたワタシが、今更幸福になる事など許されるはずがない。だから、主との距離感には気を付けていた。恐らく、それが却って彼女に気を遣わせてしまっていたのだろうけれどね」
ブライトは顔を俯かせてそう話す。
その表情が、どこか辛そうに感じた。
「今更だが、これは単なる言い訳に過ぎない。ベリィ・アン・バロル、キミをここに連れてきたのは計画の邪魔をさせない為だったけれど、本当は心のどこかで、キミにこれを伝えたかったのかもしれない」
そう言ったブライトは私の肩に手を置くと、その目を真っ直ぐこちらに向けた。
「どうか、主を許してやってはくれないかな? あのお方は、今でもキミのことを大切に思っているんだ。彼女の人族に対する恨みが直ぐに消える事は無いだろう。それでも、人族が皆そうでない事ぐらいは理解して頂けるよう、ワタシからも説得する! だからどうか……」
ブライトの言葉に、嘘は無いように思えた。
彼女は私とサーナが決別した事を、ずっと苦しんで見ていたのだろう。
でも、だからと言って今更……
「出来るかな、仲直り。私がサーナを許しても、サーナは人族を許さないかもしれない。もしそうだったら、私はもう立ち直れないよ……これ以上、サーナと喧嘩したくない……」
胸が苦しくなった。
私だって、本当はそうしたかった。
本当はあの頃みたいに、サーナと親友でありたかった。
そんな気持ちに蓋をして、私はただシャロやシルビアを傷付けたあの子を恨む事だけに執着し続けた。
本当は、心が壊れそうなほど辛かったのに……
その気持ちの蓋を開けてくれたのは、意外にもブライトだったのだから、本当に分からないものだ。
涙が止まらない。
サーナ……ちゃんと謝らなくちゃ。
沢山酷い事を言ってしまったし、独りで辛い思いもさせてしまったかもしれない。
許してもらえないかもしれないけれど、私はサーナを許すよ。
だから……
「出来るよ、仲直り。キミは主にとって……サーナにとって、親友なのだから」
悔しいな、何故だかブライトに負けた気分だ。
彼女は私の頭を撫でると、左腕の傷に治癒魔法を施してくれた。
「……ありがとう」
「せめてものお詫びだよ」
今更気付いたけれど、街の方から激しい爆発音が鳴り響いている。
きっと、リタとお父様の偽物が戦っているのだろう。
いくらリタでも、お父様ほどの力を持つ相手では敵わないかもしれない。
早く戻って、助けてあげなきゃな。
少しは私にも出来る事があるだろうし。
「ねえ、ブライト」
私が名前を呼ぶと、彼女は不思議そうにこちらを見た。
「何かな?」
「私からもお願い、リタと仲直りして、ちゃんと罪を償って欲しい。それと……幸せになっちゃいけない理由なんて無いと思う。私は、ブライトにも幸せになって欲しい」
ブライトはそれに頷くと
「ありがとう」
と言って笑った。
「でも、まだワタシにはやる事が残っている。国王を殺すのはやめだ。その為にフルーレを向かわせていたんだが、彼に襲撃を止めてもらわないとね」
「でも、お城にはアストラ聖騎士団が護衛で付いてるし、あの程度の奴には負けないと思うけど」
それを聞いたブライトだったけれど、まだどこかバツが悪そうな顔をしている。
「それが……予め忍び込ませていたんだ。予定では恐らく、そろそろ動き出すかもしれない」
「え、やばいじゃん」
「そうなんだよ、ちょっと念話で話す。テレパス」
ブライトは念話でフルーレに呼び掛けている。
しかし何度か呼んだ後に念話を中断した為、恐らく通じなかったのだろう。
「駄目だ、応答がない。距離かな? ちょっと、街まで戻ろうか」
「うん、私の転移魔法を使うね」
私はブライトの手を掴み、転移魔法を構築し始める。
「テレポート」
そうしてやって来たのは、リタとお父様の偽物が戦っているであろう場所。
ここならば、私も直ぐにリタを手伝えると思ったからだ。
「夜を歌え」
しかし目の前に広がっていたのは、私達の想像を超えた景色だった。
赤く染まった世界が一瞬にして夜空へと塗り替えられ、傷だらけのリタが剣を振る。
「ソワレ」
私はこの時に見た情景を、ずっと忘れる事は無いだろう。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

強奪系触手おじさん
兎屋亀吉
ファンタジー
【肉棒術】という卑猥なスキルを授かってしまったゆえに皆の笑い者として40年間生きてきたおじさんは、ある日ダンジョンで気持ち悪い触手を拾う。後に【神の触腕】という寄生型の神器だと判明するそれは、その気持ち悪い見た目に反してとんでもない力を秘めていた。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR
ばたっちゅ
ファンタジー
相和義輝(あいわよしき)は新たな魔王として現代から召喚される。
だがその世界は、世界の殆どを支配した人類が、僅かに残る魔族を滅ぼす戦いを始めていた。
無為に死に逝く人間達、荒廃する自然……こんな無駄な争いは止めなければいけない。だが人類にもまた、戦うべき理由と、戦いを止められない事情があった。
人類を会話のテーブルまで引っ張り出すには、結局戦争に勝利するしかない。
だが魔王として用意された力は、死を予感する力と全ての文字と言葉を理解する力のみ。
自分一人の力で戦う事は出来ないが、強力な魔人や個性豊かな魔族たちの力を借りて戦う事を決意する。
殺戮の果てに、互いが共存する未来があると信じて。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる