魔王の娘は勇者になりたい。

井守まひろ

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明星/カラスの北斗七星 編

59.ソワレ

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「ディスペアライジング!」

「ネビュラメイカ!」

 現時点で、ミメシスはエドちゃんのことを警戒していない。
 コイツに当時の記憶が残っているかは分からないけれど、元勇者であり魔力補助が可能なエドちゃんの正体を気取られないようにしないと。

「刻星剣ホロクラウスの天体魔法、それを完璧に扱えるとは、貴様はやはり腕が良い。こうして剣を交えるうちに、殺すのが惜しくなってきた程だ。貴様、俺の配下に来ないか?」

「誰が行くかよ馬鹿。テメェの望む世界なんて誰も見たくない。あと、私は私が一番じゃなきゃ気が済まないんだよ」

 会話で時間を稼ぎつつ、着実にエドちゃんからの魔力供給を進めてもらう。
 頼む……隙を作らせてくれ。

「ところで貴様、容姿が変わっていて気付かなかったが、ユーリではないか?」

 まずい……
 魔王ローグとユーリ・アラン・アイテールは、過去に親密な関係を持っていた。
 顔こそ同じだが、服装も髪型もあの頃とはまるで違う為、もしかしから気付かれないと言う可能性もあった。
 でも、そりゃ気付くよな。

「ユーリ、久しいな。今からでも遅くはない。俺の配下に来い」

「黙れ偽物、アンタはおやっさんじゃない! 馴れ馴れしく話しかけるな!」

 送られてくる魔力から、エドちゃんの怒りと焦りが伝わって来る。
 エドちゃん自身が自衛の為に使える魔法はあと一回ぐらいか。
 それ以上は、今の作戦が実行不可能になる。
 グランシャリオ、もう一撃使えるだろうか?

 いや、使うなら奴の隙を作る為に使いたい。

 とにかく、ミメシスの意識は私に集中させるんだ。
 より強い闘気で、奴の気を惹きつける!

「グラビロウル!」

 偽物とは言え、魔王レベル相手じゃ気休めにしかならないけれど、聖剣魔法より通常魔法のほうが魔力消費は少ない。
 奴が重力の効果範囲を抜け出す前に、打開策を考えろ。
 仮に今ここでグランシャリオを使ったとして、直後に止めを刺せるほどの魔力はまだ供給されていない。
 だったら、聖剣魔法無しである程度耐えてからいきなり止めの一撃を撃つか?
 リスクが高過ぎるけれど、やるしかない。
 本気で、絶対に成功させる。

 次に魔法を使ってきても、聖剣魔法無しで往なすんだ。
 やれる……私ならやれる!

「ロードディストピア!」

 重力の範囲から抜け出したミメシスは、高く跳躍して空中に留まると、直ぐに魔法を発動させた。
 グリムオウドと似た、巨大な怪物の手が幾つも現れ、それらが一つの黒い蛇のような姿になってこちらに向かって来る。

 こんなの流石に無理だ。
 やっぱり聖剣魔法で迎え撃つしかない。
 ごめん、エドちゃん……

「パイソンウェイブ!」

 視界の端から剣をしならせて現れた誰かが、巨大な黒い塊を弾いて軌道を逸らせた。

 あれほどの威力を誇る蛇魔法が扱えるのは、アストラ王国に一人しかいない。

 アストラ聖騎士団長、ジェラルド・ローベルク。

「助太刀するぞ、リタ・シープハード!」

 相変わらず声がデカくて、暑苦しい奴だな。
 でも、こういう時は一番助かる。

「マジで助かるよ、おじさん!」

 エドちゃんも言っていた通り、アンデッドは消滅して残る魔物も大した数ではないだろう。
 それに住民の避難も済ませてあるならば、後のことは他の団員に任せても問題無い。
 正直、ここで奴が来てくれたのは本当に有難いと思う。

「スネークバイト!」

 間髪入れずにミメシスへと攻撃を入れたジェラルドだが、力の差が大き過ぎて攻撃はまるで効いていない。
 シリウスではジェラルドもかなり強い方なのに、それでも通じないのか。
 やっぱり、私ってめちゃめちゃ強いんだな。

「雑魚が、今更何をしに来た?」

 攻撃を続けるジェラルドを、ミメシスは呆れた様子で受け流し続ける。

「俺の攻撃では、貴様には通用しないかもしれない。しかし、俺には戦う理由がある! この国の民を守る為ならば、命を捨てる覚悟など疾うに出来ているのだ! ボアコンストリクター!」

 ジェラルドの魔法により、突如として現れた大蛇がミメシスの身体を締め付ける。

「アナコンダスクイーズ!」

 さらにその上からより巨大な大蛇が巻き付き、まるで雑巾を絞るかのようにぐるぐると強く締め上げた。

「くだらん」

 しかしミメシスは一瞬にしてその拘束を破壊し、ジェラルドに拳を向けて魔法を発動する。

「ディスペアライジング」

「パイソンウェイブ!」

 パイソンウェイブは、蛇魔法による防御の魔法。
 相手の攻撃を受け流すのに最も適した魔法ではあるけれど、魔王レベル相手ともなればそう上手くはいかない。
 往なした剣にはひびが入り、もう使い物にはならないだろう。
 恐らく、次に魔王が魔法を使えばジェラルドは死ぬ。

 しかし彼はそれを覚悟するどころか、むしろ笑顔を見せていた。

「さあ、魔王ローグを冒涜した罪をあがなえ!」

「何を……何だ、貴様なにをした!?」

 明らかにミメシスの様子がおかしい。
 何が起きているんだ?

「コブラスティング、最初に撃ったスネークバイトと同時に、もう一つ魔法を発動していた。貴様に投与した毒はドラゴン一頭分を殺せる程の毒性と致死量だ。いくら魔王とは言え、これは効くだろう!」

 ミメシスには痛覚がないとは言え、毒による症状は確実に出ている。
 ジェラルドおじさん、やっぱりアンタ強いよ!

「今です、セシル様!」

「かしこまりました。パペティア」

 ジェラルドの呼び掛けに応じたのは、カンパニュラ公国のセシル様だ。
 どうして彼女がここに……救援に来てくれたってこと!?

「くそ、貴様ら小癪な真似を……!」

 セシル様が召喚した人形はその身体から複数の糸を出し、それがミメシスの身体を拘束して行く。
 あんなに強かったミメシスが、勝ち目が無いと思っていたあの化け物が、目の前で追い詰められている……!

「リタさん、長くは持ちません。お願いします!」

「後は頼んだぞ、リタ・シープハード!」

 大丈夫、繋いでくれた勝機を無駄にはしない。
 たった今、魔力が120%まで回復したところだ!

「グランシャリオ!」

 最大出力のグランシャリオで、空中に拘束されたミメシスを地に落とす。
 まだ油断はできない。隙を与えるな!

 絶対に、これで終わらせる!

「みんな離れろ!」

 この魔法は規模が大き過ぎるが為に、これまで一度も使った事がない。
 きっと身体にかかる負担も大きいはずだ。
 それでも全力で、最大の魔力を込めてぶっ放す!

「人族ごときが、思い上がるなぁ! アポカリプス!」

 世界が赤く染まり、空から不快な爆音が鳴り響く。
 身体が壊れそうだ……心臓の鼓動がおかしくなり、上手く呼吸も出来ない。
 それでも絶対に、私は負けない!

「これで終わりだ。法陣展開、夜を歌え———」

 次の瞬間、赤く染まっていた世界は大きく景色を変えて、夜空には美しい星座達が踊るように光り始めた。

 まるで時の流れが遅くなったような世界の中で、感覚だけが研ぎ澄まされて……

 私は今、剣を振った。

「ソワレ」
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