魔王の娘は勇者になりたい。

井守まひろ

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明星/カラスの北斗七星 編

57.吸血鬼と屍術師の夜会

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 呪われた血の種族、吸血鬼。
 ボクは物心ついた頃にはロスヴァリスに居たから、そうやって忌み嫌われてきた吸血鬼達の歴史を知らない。
 ロスヴァリスは、人も魔物もみんな優しかったから。
 だからこそ、ずっと外に出るのが怖くて仕方なかった。
 でも、そんなボクに勇気を与えてくれた人達がいる。
 その人達の為にも、絶対にボクが守ってみせるよ。

「ブラッドロウル……」

 両手から魔力で血を生成し、それを広範囲に振り撒いて攻撃する。

「アシッド!」

 ボクの血液に触れたアンデッド達はじわじわと溶け、あっという間に消滅した。

 吸血鬼は、自分の血を自在に操れる。
 魔力が血液に変換されるから魔力が切れない限り血は無くならないし、あらゆる形状の武器も形成できる。
 今はその名の通り、血液を強力な酸に変えて攻撃に応用したのだ。

 周辺の人達の避難は済ませた。
 ベリィさんはいつの間にか消えてしまったけれど、大丈夫だろうか?
 もしかしたら、ブライトって人のところに行ったのかもしれない。
 恐らく、ベリィさん無しでも街の防衛は問題ないだろう。
 あのカンパニュラ公国のセシルさん、ベリィさんと同等かそれ以上に強かった。
 魔力量も吸血鬼であるボクと同じぐらいあったし、あれ程の人がこちら側に居てくれるのは頼もしい。

 だからボクのする事は一つ……

「見つけた」

 アンデッド達からは、僅かに共通の魔力を感じる。
 それを辿って行くと、遠くの方にたった一人で立つ男の姿が見えた。

 ボクは無数のアンデッドを踏み台に、そのまま男に向かい一直線で飛び出した。

「ブラッドロウル、バレット!」

 指先で血液を圧縮させ、それを勢い良く放つ。
 血の弾丸は男へ目掛けて放たれたが、危機を感じたのか男はアンデッドを盾にそれを防いだ。

「貴様、なぜ俺の居場所が分かった?」

「死体をアンデッドにする時、あなたの血を分けてますよね? その魔力の元が分かったから、辿って来たんですよ。吸血鬼だから、分かるんですよね。あと、お久しぶりです」

「……そうか、あの時の吸血鬼の女か」

 この屍術師とは、ロスヴァリスで面識がある。
 ブライトという人と共に、ボク達の大切な友達を奪って行ったのだ。
 見たところ、この男は魔族のようだ。
 怪しげなネックレスを首から下げており、いかにもと言った感じの見た目をしている。
 でも、やっぱりボクのことは女の子に見えたんだ。

「最初に言っておくけど、ボク男なんだよね。でも、ありがとう」

 ボクは右手に剣を生成し、男に向かって飛び掛かる。

「なぜ礼を言うのか分からんが、貴様と戦っている余裕など無い!」

 またアンデッドの壁だ。

「ブラッドロウル、アシッド!」

 剣の刃に沿うように酸の血を生成し、アンデッドの壁を斬り裂いて溶かして行く。
 それを壊した先には、更に新たなアンデッドの壁があった。

 やっぱり、術者に近ければ近いほどアンデッドの動きは早くなるし、倒すのが厄介になる。

「ブラッドロウル……」

 生成していた剣を両手で球体に変形させ、それを酸に変換する。
 大量の酸を圧縮させたこの爆弾を、ボクは目の前に群がるアンデッド達の中へと放った。

「アシッドボム!」

 大きな酸の爆弾はアンデッドの群の中で音を立てながら弾け、その場にいた全てを一瞬にして溶かした。
 我ながら、恐ろしい技を編み出してしまったかもしれない。

「強いな。貴様、名前は何という?」

「先にあなたが名乗ってくださいよ。まあ別に良いですけど。ルカ・ファーニュです」

「ルカ……か、俺はザガンと言う。これより召喚するアンデッドは、本来奥の手として残しておく予定だった。が、貴様を倒すにはそれ以外の方法が思い浮かばない。覚悟しろ、ルカ・ファーニュ!」

 ザガンと名乗った男は、ボクの目の前に再びアンデッドの壁を作り出すと、即座に詠唱を始めた。

「ネクロマンシー・サモンズ!」

 隙を与えてしまった。
 どんな化け物が出てくるのか分からないけれど、早くこの術者を倒してアンデッドを消滅させないと……

 剣を生成し、壁になったアンデッド達を斬り裂いた直後、その壁を突き破ってきた何かが、ボクの頬を掠めた。
 危険を感じて距離を取り、崩れた壁の先にいる何かを捉える。

「アンデッドを合成して作り出した魔獣、アンデッドクリーチャーだ。魔王ローグの死体とは違い制御が利く」

 人だけでなく、魔物のアンデッドまで混ぜたのか、その姿は醜い怪物のようだった。

 全身は腐った筋肉が剥き出しのような状態になっており、その大きさはボクの何倍もある。
 獣のように四足歩行で、背中からは無数の触手が蠢いているけれど、先程ボクの頬に傷を付けたのはアレか。

「死体をこんな気色悪い怪物に変えて、何とも思わないんですね。軽蔑します」

 ボクの言葉に、ザガンは何も返さなかった。
 ただ目の前の怪物は、既に攻撃の体勢を取っている。
 背中から伸ばした触手はかなり素早く、一つ避けたは良いものの次々と襲い来る為、避けるので手一杯になってしまう。

「ブラッドロウル、サーベル!」

 剣を生成し直し、迫って来た触手に刃を当てる。

 ゴツンと鈍い音がしたかと思えば、斬れるどころか弾かれてしまった。
 この触手、硬い……

 刃が通らないのなら、毒で溶かすのが良いだろうか?
 そんな事を考えている隙に、無数の触手は鋭い針のような先端でボクの身体を傷付けてくる。
 避け切れない……今はまだ魔力が足りているから平気だけど、このまま出血をして血が足りなくなったら魔法が使えなくなる。

「痛っ……!」

 避けながら両手で酸を生成、そうしてクリーチャーの本体へと向けて投げつけた。

「ブラッドロウル、アシッドボム!」

 酸の爆弾は触手によって防がれたものの、飛び散った酸によりクリーチャーの触手はじわじわと溶け、本体は苦しんでいる様子だった。

 やっぱり、酸なら効果があるんだ。

 触手が多過ぎて近づくのは難しいかもしれないけれど、バレットの血を酸に変えれば内部にダメージを与えられるかもしれない。

 難しいけれど、あの硬い皮膚を貫通出来るほどの圧力をかけた弾丸を放つんだ。

「ブラッドロウル……」

 そうして手先に集中していたせいか、ボクは背後から回り込んでくる触手に気付かなかった。

 肉を抉られる、嫌な音がした。

「うぐっ……!」

 脇腹を刺された。
 急所は外れているみたいだけれど、熱いものが喉の奥から込み上げてくる。
 激しく吐血をしてしまったし、負傷した部分からの出血も多い……

 血の消耗が激しくなってしまった。
 早く決着を付けないと……

「やめ……て……」

 伸びて来た触手はボクの身体に絡み付き、そのまま持ち上げて本体に寄せて行っている。

 まさか、ボクを捕食する気なのか?

 怖いな……ボクが人族や魔族だったら、ここで死んでいたかもしれない。

「ブラッド……ロウル……!」

 全身に魔力を巡らせ、出血箇所から溢れる血液を全て強い酸に変える。

 本当は身体から離した状態じゃないと、自分の身体も溶かしてしまうから危険な技だ。
 でも今は、ここで死ぬよりマシだと思う。

「アシッド!」

 触手が溶けていることに気付いたクリーチャーは、ボクの身体に絡めていた幾つもの触手を慌てて離した。

 ここまで勝手に距離を詰めてくれたことを本当に感謝する。
 これだけ近ければ、あの技が当て易くなるから。

「ブラッドロウル!」

 右手に銛のような形状の槍を生成し、左手からは酸を生成してクリーチャー本体の腹部に飛ばす。
 酸が付いて溶けた部分は脆くなり、刃が通りやすい。

 グサリと嫌な感触がして、クリーチャーの皮膚を槍が貫通した。
 ボクの……勝ちだ。

「ゲイボルグ!」

 クリーチャーの体内で激しい破裂音が鳴り、動きを止めたそれは軈てボロボロと崩れ落ちて行く。

 身体に刺した槍を、一瞬で大量の棘に変化させて体内から破裂させる技。
 こんなに惨い技は滅多に使わないけれど、この化け物を倒すには丁度良かったかもしれない。

「馬鹿な……アンデッドクリーチャーすらも倒すとは……」

 抉られた脇腹が痛むけれど、血を操作して止血は済んでいる。
 あとはこの男を殺すか、屍操魔法を止めさせるかだ。

「覚悟するのはそっちの方でしたね。大人しく投降して下さい」

 血を節約する為に短剣のみを生成し、ザガンの顔にそれを向ける。

「……ここで捕まるぐらいならば、いっそ殺してくれ」

 相当な覚悟……ブライトに対する忠誠心だろうか?

「……そうですか」

 殺したく無いな。
 けど、どうせ捕まえても舌を噛みちぎって死ぬかもしれない。
 だったら、ここで殺しておくほうが……

「おっと、まだ死んでもらっては困るんだよ」

 いつの間に現れたのか、見知らぬ人族の男がそこに立っていた。
 いつ現れた?
 もしかして転移魔法?

「グレイ、お前……」

「よぉ、ザガン。お前にはまだ仕事がたんまり残ってんだ。さっさと帰るぞ」

 グレイと呼ばれた男はボクの顔を見ると、どういう心境なのか少し苦笑した。

「それではお嬢さん……いや、お坊ちゃん? また近いうちに。あと、これ良かったらお使いください」

 グレイはそう言ってボクに丈の長いコートを投げると、ザガンと共に消えてしまった。
 やっぱり、転移魔法だ。
 追いかけようにも、転移ではどこに行ったのか分からない。
 仕方なく諦めて周りを見渡すと、そこには先程まで沢山居たはずのアンデッド達が忽然と姿を消していた。
 屍操魔法を解いたのか。

 一気に力が抜け、脇腹の痛みを激しく感じるようになった。
 そういえば、あのグレイという男はどうしてボクにコートなんか……

「あっ……」

 急いでコートを羽織り、その場に蹲る。
 触手に切り裂かれた上、身体から直接酸を生成したから服が溶けてしまっていたんだ……
 恥ずかしい……

 って、こんな事している場合じゃない。
 もう魔力を無駄に出来ないから転移は使えないけれど、みんなの所に戻らなければ。

 コートの前をしっかり押さえると、ボクは街へと向けて歩き出した。
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