魔王の娘は勇者になりたい。

井守まひろ

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明星/カラスの北斗七星 編

54.星と月光の夜会

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「痛っ……」

 物凄い爆風で、先ほど居た場所とはかなり離れた場所に飛ばされてしまった。
 顔を上げてその先を見ると、既に大量のアンデッドや魔物がブライトによって召喚されている。
 以前は複数回に分けて断続的に空間移動させていたけれど、あの姿になって魔法まで強化されたのか、アンデッド達は一瞬で2千近く召喚されたようだ。
 いくらリタがいても、あの数を相手に全ての民を守るなんて不可能だ。
 それに、あのとき一瞬だけ見えたお父様……いや、悍ましい魔王……容姿こそお父様そのものだけれど、私自身がそれを受け入れられない。
 あんなに邪悪に満ちた魔王ローグは、生まれて初めて見た。
 もしかすれば、再び会うことになるかもしれない。
 これだけ離れていても、その威圧感は伝わって来る。
 怖いけれど、ジェラルドと約束したんだ。

 民は私が守る。

 私は転移魔法で市街地まで戻り、迫り来るアンデッドと魔物達を前に剣を構えた。

 少し後ろの方は、逃げ惑う人々でごった返している。
 恐らくだけれど、まだ家の中に残っている民もいるだろう。
 その人たちに被害が出ないよう、なるべく建物には当たらないように戦わなくてはならない。

「統べろ、覇黒剣ロードカリバー!」

 黒い刀身が光を放ち、その光と私のツノに怯んだ敵の集団を、ロードカリバーの聖剣魔法で縦一直線に突き刺す。

「アビシアス!」

 今日は満月で私の魔法は威力が上がる。
 建物に当たらないこの攻撃なら全力が出せるし、複数の敵を一気に倒せる。
 けれど、そんな悠長な戦闘をしている場合ではない。
 アンデッドの数はあまりにも多いから、あっという間に逃げる民の方まで追いついてしまう。
 それだけは絶対に避けたいし、建物にも被害を出したくない。
 広範囲の魔法さえ使えれば容易いのに、地道に倒していくしかないのか……。
 シャロ、シルビア、ルカはどこに行ったんだろう?
 サーナがシャロに因縁をつけていたけれど、大丈夫かな?

 ここにはエドガーとジャックの姿も見えないし、彼等も飛ばされてしまったのだろうか?

 近くに味方がいないのは心細いけれど、今は戦うしかない!

「味方がいなくて心細いけれど、今は戦うしかない……といったようなお顔ですね?」

 不意に真横から聞こえた声に驚き、思わず私は尻餅をついた。

「ひぇぇっ!? え、セシル! どうしてここに?」

「不吉な予感がしたので来てみましたが、まるでシリウス事件の再来ですね。何があったのですか?」

 そこには、ケイシーに付き添われて車椅子に乗るセシルの姿があった。
 セシルの魔法は傀儡操縦魔法で人形を操る魔法だし、恐らく私よりも強い。


「詳しい話は後にしよう。今はまずあのアンデッドと魔物たちを!」

「承知致しました。それでは……パペティア!」

 セシルの詠唱により一瞬で姿を現した人形達が、すぐさまアンデッドの軍勢へと向けて飛び込んで行く。
 人形の数は数十体ほどで、アンデッドには遠く及ばないけれど、一体の戦闘能力はその辺のアンデッド一体よりも圧倒的に高い。
 これがセシルの傀儡操縦魔法……カンパニュラで見たときのアレは、まだ全然本気ではなかったということなのだろう。

「ベリィさん、大丈夫ですか!? それに……」

 斜め前方から現れたのは、アンデッド達と交戦中のルカだった。
 彼は私に気付くとそう言って、こちらに駆け寄って来る。

「ルカ、無事でよかった。彼女はカンパニュラ公国のご令嬢だよ。助けに来てくれたんだ」

「セシルと申します。アナタは……?」

「ルカ・ファーニュ、ロスヴァリスの吸血鬼です。今はワケあって、ベリィさんとこっちに居ますが……」

「ルカは私の仲間になってくれたんだ。兎に角、今はコイツらを倒そう!」

 私の言葉で、二人は迫り来る敵の集団に再度意識を向け、それぞれの魔法で戦っていく。

「ブラッドロウル・ハルバード!」

 ルカは自身の血液で大きな矛を生成し、それで次々に敵を薙ぎ倒す。
 私も魔法で一気に倒そうとは考えず、敵の集団に飛び込んでひたすら斬撃を加え続けた。
 それでも敵の数は減ることがなく、大量のアンデッドに迫られる中でそのうち一体が、いつの間にか私の間合いに入り込んでいた。

 まずい……!

 咄嗟にそれを斬ったけれど、それにより他への攻撃が疎かになってしまった。
 背後から肩を強く掴まれ、左頬を引っ掻かれる。

「ぐっ……!」

 直ぐにそれらを薙ぎ払い攻撃を続けるも、この数を相手に一度崩れた態勢を立て直すのは難しい。
 アンデッド達の攻撃が、私に当たるようになってきた。
 攻撃だ……ある程度範囲のある魔法で攻撃したいけれど、隙が全く作れない。
 リタとの練習で魔法発動時の予備動作が短縮出来るようになったけれど、それでもまだ完全ではない。
 セシルに助けを求めようか……?
 いや、彼女も民を守るので手一杯なはずだ。
 私なんかに気を遣っていられる余裕なんて……

「アイスボルト!」

 不意に上空から降り注いだ氷の礫が、私を取り囲むアンデッド達の動きを鈍らせる。
 一瞬の隙をつき、そうして私の手を取って集団の中から救い出してくれたのは、ずっと会いたかった大切な人……

「ウール……ウールなの!? ウール!」

 カンパニュラで昏睡状態だったウールが、今こうして私の目の前にいて、私を助けてくれたんだ。

「ご心配をお掛けして申し訳ありません。ただいま戻りましたよ、お嬢」

 ウールはどこか苦しそうにしている。
 まだ完全には良くなっていないのだろう。

「まともに動けないはずなのですが、彼がどうしてもと言って聞かないので、連れてきてしまいました」

 セシルの操る人形が、私にそう言ってため息を吐くような動きをした。

「ウール、大丈夫なの? 無理しないでよ……」

「問題ありません。さあ、今は戦いましょう!」

「うん!」

 再会を喜ぶのは後だ。
 今はシリウスの民を守らないと。

「ベリィさん! ここから先の住民の避難は済んでます! 思いっきり魔法使っても大丈夫ですよ!」

 子供を抱いてやって来たルカは、その子を下ろしてから頭を撫でる。

「もう大丈夫だよ。お母さんと安全な場所に避難してね」

 見ると、少し離れた場所からこちらに駆け寄って来る母親らしき女性の姿がある。

「うん、ありがとうおねえちゃん!」

 これは、たぶん私がやったらツノの威圧感で泣かれるな。
 ルカの表情は本当に優しくて、安心感を与えるものだ。
 実際は“おねえちゃん”ではなくて“おにいちゃん”なんだけど。

「みんな、私より後ろに下がって」

 私は皆にそう言うと、再びロードカリバーを構えてより強力な範囲攻撃魔法を発動する。
 本当は炎を使いたいけれど、出来るだけ建物は燃やしたくない。
 それなら……

「ヘルスワンプ!」

 地面に剣を突き立て、迫り来る敵の群の足元に血溜まりの底なし沼を展開する。
 これで足元は崩せた。
 雑魚を倒すには十分な魔法だけれど、敵の数が多過ぎる。
 魔力に底がない私なら、強力な魔法をいくらでも撃てるし、ギリギリまで威力と範囲を限定したあの魔法を使ってみよう。
 普通に発動すれば周囲の全てを破壊し、大地すらも陥没させてしまう威力だが、その範囲を前方一直線に絞り込む。
 幸い、ヘルスワンプで足元を崩してあるから、魔法を調節する余裕があるのだ。

 あの時、お父様が私を助けてくれた魔法……

「ロストワールド!」

 石畳と民家の窓には多少のヒビが入り、アンデッド達が一斉に潰されていく。
 かなり範囲を絞ったせいか、力加減の調整が上手くいかずに大した威力にはならなかった。
 それでも、敵の数を減らすには十分だろう。

 ルカがみんなを避難させてくれたおかげだ。
 これならいける!

「みんな、一気に畳み掛けよう!」

 そう言って後ろを振り返った瞬間、私の目に映る景色がすり替わり、木々の生い茂る森の中になった。
 何が起きたのか分からずに困惑したが、次に聞こえてきた声により状況を一瞬で理解する。

「派手にやってるねぇ、ベリィ・アン・バロル」

「……ブライト」

 私を空間魔法で移動させたのだ。
 相変わらず彼女の姿は以前の面影など無く、頭が三つのワーウルフのようだ。
 ここに居るということは、リタやお父様の偽物はどうなっているのだろうか?
 先程はそこから少し離れていたとは言え、あの二人が戦闘を始めれば爆発音ぐらい聞こえてきてもよかったはずだ。

「リタは今頃、魔王ローグのミメシスと戦闘を始めているよ。巻き込まれたら危ないからね、ザガンのアンデッドを一気に片付けられても困るし、キミのこともついでに連れて来たんだ」

 余計な事をしてくれたものだ。
 ヘルスワンプとロストワールドでかなりの数を倒したけれど、それでもまだ千体以上残っている。
 エドガーとジャックもどこかで応戦しているはずだし、あとは皆に任せてもいいだろうか?
 何より、私はコイツを放っておけない。

「ブライト・ハート・プラネテス、私と戦え」

「望むところさ……ベリィ・アン・バロル!」

 目の前の相手は、恐らく自分よりも格上だ。
 お父様から受け継いだ魔王の力と、リタから教わった剣術で、私はもう一度シリウスを救う勇者になってみせる!
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