魔王の娘は勇者になりたい。

井守まひろ

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明星/カラスの北斗七星 編

36.怒りのウルフ

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 夜が深まった頃、リリアンの家の前を見張っていた私たちは、彼女がゆっくりと家から出る姿を目撃した。

 やはり本人は眠っているらしく、ふらふらとした足取りで私達の仕掛けた罠へと向かって行く。

 作戦とは、ウルフの獣躁魔法により呼び出したブラッドスライムの血の匂いで、ケルベロスを誘き寄せるというものだ。

 ブラッドスライムは強い血の匂いを発する上、ケルベロスのような獣は血の匂いに敏感な為、その習性を利用する。

「ウルフ、予定通りそっちに向かってる」

『よし、第一段階はクリアだな』

 私達は私の念話魔法で会話しながら情報を共有し、少しずつ彼女を罠まで誘導して行く。

 向こうにはエドガーもついており、こちらにはシャロとシルビアがいる。
 彼女がいつケルベロスに変身してもいいように、私達は直ぐに武器を構えられるようにしていた。

 村を抜けた森の中、ブラッドスライムの罠までかなり近くなった頃、リリアンの様子が変貌した。

 苦しげな呻き声を上げながら身体を肥大させ、みるみるうちに三つの頭を持つ恐ろしい獣の姿になってしまったのだ。

「ウルフ、リリアンがケルベロスになった。もうすぐそっちに着く」

 ケルベロスはけたたましい咆哮で空気を揺らし、血の匂いがする方へと走り出した。

「走った!」

『おっけー! いつでもいける!』

 私達も急いでケルベロスの後を追いかけ、遂にウルフ達の元までやってくる。

「今だ!」

 私の掛け声でウルフはブラッドスライムの召喚を解き、シルビアは予め太い木に括りつけてあった縄を手に取った。

「ヒスイ、疾風斬り……!」

 聖剣魔法を使ったシルビアだけど、何かを斬るわけではない。
 彼女は魔法により自身を加速させ、縄をケルベロスに括りつけて動きを封じたのだ。

「サンダーボルト!」

 次にエドガーの雷魔法でケルベロスを弱らせ、最後はウルフがテイムすれば……

「今だ! やれウルフ!」

「了解! モンステイム!」

 ウルフの詠唱により、ケルベロスの下で獣操魔法の法陣が展開され、徐々に従属関係を構築していく。

 はずだった……

「待て、おかしい……テイムできねえ」

「そりゃあそうだよ。だってこの子は僕の魔物だし」

 上空からそんな声が聞こえた直後、ケルベロスを目掛けて凄まじい速さで降下してきたのは、大きな虫のような何かだった。

 それはケルベロスの上にやってきたかと思えば、鋭い針のようなものでケルベロスを突き刺し、そのまま血液を吸い始める。

 知っている。
 かなり大型のものだけど、あれはスカルモスキートという魔物だ。

 そうして魔物の横に立っているのは、見たことのない魔族の青年。
 先ほどの声の主だろうか?

「テメェ、誰だ?」

 ウルフの問いに、その人物はスカルモスキートを撫でながら答える。

「僕はフルーレ。創星教のモンステイマーだよ」

 創星教……ということは、ブライトの仲間だ。
 それにウルフと同じ獣操魔法使い……まさか、さっきの言葉の意味は、奴が既にケルベロスを……

「なんで君がこのケルベロスをテイム出来なかったと思う? それはね~、僕が予めテイムしておいたからだよ! 人間の部分が残っていても、魔物化した時にテイムしてしまえば魔物部分との従属関係は構築できる。残念だったね~」

 フルーレはヘラヘラと笑いながら、ケルベロスの上で私達を見下ろしている。

「いいねぇ、彼女の魂と肉体が完全な魔物化を遂げようとしている。そうすればこの子は完全に僕のものだ。楽しみだなぁ!」

「ふざけんなよ……」

 そう言ってフルーレを睨むウルフは、まだ獣操魔法を発動している。

「無駄だよ、君の魔力じゃ僕の魔法を上書きできない。そのまま指を咥えてみてるといいよ」

 嗤う彼の横で、吸血していたスカルモスキートがケルベロスから針を抜いた。

「ケルベロスの、血が欲しかったの?」

 私がそう問いかけると、フルーレは

「う~ん」

 と少し考えるような仕草を見せる。

「血を欲しがってたのはブライトだから、僕はケルベロスが手に入れば構わないんだよね~。おっと、ありがとうスカルモスキート。君はお帰り」

 フルーレはスカルモスキートを撫でると、それの召喚を解いた。
 やっぱり、今回の件にはブライトが絡んでいたんだ。

「アンタ達の目的は何?」

「質問が多いねぇ、魔王の娘は……そんなの教えるわけないじゃないか」

 まあ、それもそうか。
 けれど、これで創星教がまた何かを企んでいるという事はわかった。

「最後にもう一つ、アンタより強い魔法でケルベロスをテイムすれば、アンタの魔法は解けるって解釈でいいの?」

「……え?」

 先程、フルーレの言っていた言葉が引っ掛かっていた。
 ウルフの魔力では、フルーレの魔法を上書きできない……という事は、それを上回る魔法ならばケルベロスの従属関係を上書きできるはずだ。

「照らせ、陽光アイネクレスト」

 突如、辺りが強い光に包まれた。
 シャロのアイネクレストだ。

「うわっ!?」

 間抜けな声を上げて目を瞑ったフルーレの背後、そこにはヒスイを構えたシルビアの姿がある。

「逃げるなよ? 逃げたら殺す」

 彼女はフルーレの首元に刃を向けながら、強い口調でそう言った。


「はは……悪い冗談だなぁ。サモンズ!」

 フルーレの詠唱で召喚された魔物達が、周囲に出現した法陣から現れる。
 無数のメトゥスワームとガーゴイルが現れ、私達はそれに包囲される形となってしまった。

「ひぃっ! いやぁっ!」

 突如出現した巨大なワームがシルビアの足元でうねり、彼女の身体に巻き付こうとしている。

 驚いてフルーレから刃を離してしまったシルビアは、そのままケルベロスの上から落下した。

 このままでは取り返しがつかなくなる。
 私は迫り来る魔物をロードカリバーで斬り裂き、魔法を発動する時機を見ていた。
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