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明星/カラスの北斗七星 編

64.アストラ共和国

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 事件から既に20日程が経過した。
 あれから、この国は大きく変わってしまった。

 王都壊滅により被害は甚大と見られていたものの、今回の事件による死者は一人だけだった。
 そう、一人の英雄だけだ。

「リタ、アストラ王国は、もう王国じゃ無くなっちゃうよ」

 彼女の墓に、私はそう語りかける。
 あの日、シリウスの民を避難させたのは、メトゥス大迷宮最下層のアビスというアラクネだったらしい。
 あれほどの人数を転移させられる力を持っているのは、恐らく彼女以外には居ないと薄々勘付いては居た。
 初めは助ける動機が分からなかったけれど、どうやら彼女は私の為に民を助けてくれたようだ。

「友であるラミアの主人が、世界の危機を救う為に戦っているのです」

 アビスは、ジェラルドにそう話したらしい。
 思い返せば、ミアが生前にアビスとは仲が良いと話していた気がする。
 迷宮の長であり、魔王同様に畏怖の象徴であるアビスと仲が良いなんて、当時はあまり信じていなかった。
 本当だったんだね、ミア。
 疑ってごめんなさい。

 避難していたのは、民だけではない。
 プレアデス国王とアルデバラン王子も、無事に避難していたのだ。
 プレアデス国王は避難した先でシリウスの民達を罵倒した挙句、アビスを信用出来ないと言い剣を向けたらしい。
 それもあってか、過去の行い等も明るみに出て責任を問われ、王位から失墜させられた。
 次期国王として名前の上がったアルデバラン王子は、国を存続していく上での策としてアストラの王政に終止符を打ち、共和制国家への移行を提唱した。

 この国は、もうじきアストラ共和国となる。

 何だかブライトの計画通りになってしまったような気がして、少し複雑な気持ちだ。
 これでよかったのだろうか?
 本当に、これで……

「ベリィ殿……」

 ふと声を掛けられ、私は横に顔を向ける。
 花を持ったジェラルドが、そこには立っていた。
 彼もリタの墓へと、花を手向けに来たようだ。

 その後、私とジェラルドは木陰のベンチに座り、これからの事について少し話をした。

 それは、主に私の処遇についてだ。

 これまで私は、リタという抑止力のおかげでシリウスに滞在する事を暗黙の了解とされてきたに過ぎない。
 王政が終わり、抑止力であるリタも居ない今、私はただの不法滞在者だ。

「それについてだが、ベリィ殿の不法入国及び不法滞在に関しては、不問とすることになった。そうして今後は、君を正式にアストラ王国の民として認めると」

「え……でも、どうして?」

「民と共に避難していた団員から聞いたのだが、アビス殿の魔法でこちらの戦いを民全員が見ていたらしい。ベリィ殿の圧倒的な力は、リタ・シープハードに代わる犯罪の抑止力になると考えたのだろう。それに民は皆、君の事を称賛している。勿論、俺も同じ気持ちだ」

 ジェラルドベンチから立ち上がり、こちらに顔を向けた。

「それに、子供達が平和に暮らせる世を作る為に戦うのが俺の使命だ。その中には、ベリィ殿も含まれている」

 彼はそう話すと、そのまま来た道を行ってしまった。
 不器用だけど、ジェラルドはいい人なんだ。

 抑止力としての力……私なんかに、それが務まるのだろうか?
 あの時は、ルーナのおかげで一時的に100%の力を出せていたに過ぎない。
 当のルーナは力を使い過ぎてしまった為、あれからずっと眠ったままだ。

 私だけでは、リタの力には到底及ばない。
 もっと強くならないと……魔法の技術を磨いて、自力で100%が出せるように。

 それから自警団へ行くと、なぜかシャロとルカまでやって来ていた。

「あ、ベリィちゃーん!」

 相変わらずシャロは元気そうで、私に気付くと直ぐに手を振ってくる。
 戦闘で腕を骨折していたけれど、もう完治してしまったそうだ。
 恐ろしい回復力……

 ルカはアンデッドとの戦闘中に自分の血液から生成した酸で服をボロボロに溶かしてしまったらしく、以前と似たデザインの服を新たに買い直していた。

「エドガーは?」

 私がシャロにそう訊ねると、彼女は少し考えてから「わかんない!」と答えた。
 そっか、わかんないなら仕方ないね。

 一先ず中庭に行くと、案の定そこにエドガーは居た。
 その隣に、私服姿の男性が一人座っている。

「エドガー」

 私が名前を呼ぶと、エドガーともう一人の男性がこちらを振り向いた。
 男性はフードを被っていない私のツノを見て、一瞬驚きはしたものの直ぐに笑顔になる。

「ああ、ベリィ。呼び出してすまない」

「こんにちは、姉さんの葬儀以来だね」

 男性の名前は、ルーク・シープハード。
 リタの弟だ。
 血縁は無いから顔が似ていないのは当然だけれど、リタとは違い誠実そうなその容姿に、初めて会った時は驚いたものだ。

「こんにちは、ルーク」

 マレ王国に居たルークだったが、現在はリタの葬儀でシリウスへと帰って来ている。
 彼は中庭のベンチから立ち上がると、両腕を大きく上げて伸びをした。

「僕は一旦行こうかな、マットの手伝いでもして来るよ」

「悪いな、また後で」

 ルークは気を利かせてくれたようで、私にも軽く手を振ってから屋内へと戻って行った。
 私はエドガーの元に近付き、彼が座っているベンチの隣へと腰を下ろす。

「それで、話って何?」

 私が訊ねると、エドガーは少し間を置いてから口を開いた。

「もう一度、光竜剣ルミナセイバーを振るう覚悟を決めた」

 光竜剣ルミナセイバー、勇者の剣。
 かつてユーリ・アラン・アイテールという名で勇者をしていたエドガーは、既に剣の所有権を放棄している。
 もう一度ルミナセイバーを手にすると言うことは、再び勇者になると言うことだ。

「ルミナセイバーの場所に、心当たりがあるの?」

 私の問いに、エドガーは「ああ」と頷く。

「俺がユーリとしての人生を終える前、ルミナセイバーは或る者に預けてある。何日掛かるか分からないが、再びその者に会って話は付けるつもりだ」

 それが何者なのか、何処にいるのか等、詳しく聞きたいところではあったけれど、本人が自分から話さないのであれば、追及はしないようにした。

「先の戦いで、俺は自分の無力さを痛感した。みっともないが、やはり俺も自分が出来る限りの事をやりたい」

 エドガーの目は、いつも真っ直ぐだ。
 冷静沈着に見える彼も、心の奥では常に前だけを見て突き進んでいる。
 そんな人だから、きっとお父様も気に入ったんだと思う。

「上手く言えないけど……応援してるね。がんばれっ!」

 私の言葉に、エドガーは一瞬その目を丸くしてからクスッと笑った。

「ちょ、ちょっと! いま真面目に応援したのに!」

「いや、悪い。ありがとうな、頑張るよ」

 何がそんなに可笑しかったのか分からないし、笑われたのは不本意だったけれど……エドガーが元気になったのなら、それで良いよね。

 その後、エドガーは災害復旧の為に街へと出て行った。
 ふとシャロ達のことが気になり、二人の元に戻ってみると、そこには仕事から戻って来たシルビアの姿もあった。

「あ、ベリィじゃん!」

 シルビアはこちらに気が付きニッコリと笑う。

「シルビア、お疲れ様。ところで、シャロとルカは何でここに居たの?」

 私がそう訊くと、シャロは「えへへ」と笑ってみせた。

「自警団の人たちみんな忙しそうだから、二人でお菓子作って差し入れに来たんだよ~! それで何となくシルビアちゃんを待ってたら、なんか長居しちゃって!」

「甘いもの食べると、元気になりますからね。あ、家にもまだあるので、よろしければ後でベリィさんも食べてみてください!」

「うん、ありがとう」

 なるほど、そういう事だったんだ。
 凄いな、みんな前向きに頑張っている。

 街の人達も、あんな大事件が起きた後なのに、前を向いて元の生活を取り戻そうとしているんだ。
 私達の好きなパン屋さんは幸い被害に遭わなかったから、現在は被災した人達や災害の復興に尽力している聖騎士団と自警団に、焼いたパンを無償で提供している。
 先日は、なぜか私まで沢山頂いてしまった。

「ベリィ様が居なかったら、今頃この店も無くなっていたかもしれません……本当に、何とお礼を言えばよろしいか……」

 そんな事を言ってくれたけれど、私はみんなに感謝される程の事なんてしていない。
 だって、人助けは勇者の使命なんだから。

 そうやって助け合えるからこそ、どんなに困難な状況でも乗り越えられるのだろう。
 私もみんなのように、前を向かなくては……

 サーナを、助ける為に。

「ねえねえシルビアちゃん、アタシにも何か手伝える事あるかな?」

「ボクも、何かお役に立てれば……」

「う~ん……あ、番犬広場前の瓦礫撤去に人が足りないんだよ! この後あーし行くことになってんだけど、手伝ってもらっても良い?」

 シルビアの頼みに、二人は「もちろん!」と言って笑った。

「えっと……私も、行っていいかな……」

 これからの事はまだ先が見えなくて、何が正解なのかなんて分からない。
 この場所で私は受け入れてもらえるのか、まだ不安だらけでも……

「もちろん!」

「勿論ですよ!」

「みんなで一緒に行こう、ベリィちゃん!」

 私は自分自身の生き方を、少しずつ前向きに貫いて行こうと思った。
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