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明星/カラスの北斗七星 編

52.開演

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 仕事で出ていたシルビアは、暗くなってからようやく帰ってきた。
 かなりドタバタしていたらしく、少し疲れているようである。

「いや~、遅くなってごめん! ちょっとお風呂入ってこよっかな~」

 疲れてはいるっぽいけれど、ここ最近の彼女は楽しそうにしている。
 勿論、お兄さんのことで不安はあるかもしれない。
 それでもシルビアは、いつかお兄さんが帰ってくることを信じているんだろう。
 それに、ルカが来てからはシルビアが以前よりもイキイキして見える。
 そういえばこの前、ルカのことを「妹が出来たみたいでかわいい~!」とか言っていたな。
 ルカは男の子だし、シルビアよりもずっと年長者なんだけど……
 まあ、ルカ自身が特に嫌がっている様子はなかったし、それでも良いのだろう。

「……ねぇ、なんか聞こえない?」

 浴室に向かったはずのシルビアが、なぜか武器を身に付けた状態で戻ってきた。

「え、なんだろう……」

 シャロがそう言って聞き耳を立てたので、私も耳を澄ましてみる。

 何やら、外が騒がしい。

 そういえば今日は満月か。
 満月……シリウス事件と同じ……いや、まさかな。

 気になった私達が外に出てみると、そこには目を疑うような光景があった。

 シリウス上空、美しい星々と満月に照らされる中、そこには見たこともない巨大な法陣が形成されていた。

「なに……これ……」

 私は思わず声を漏らしたけれど、皆も同じような反応だ。
 市民は興味を示す者や怯えて逃げる者など、皆が混乱している。

 満月……魔王の血筋である私が、より強くなれる日……
 でも、お父様のアンデットはあの時消滅したはずだ。
 だから有り得ない。
 これは無関係だ……それなのに、あの法陣から感じ取れる魔力は……

「嘘だ……お父様……?」

 そんなはずない……だって、お父様が復活するはずがないのに、こんな……!

 思わず私はその場から走り出し、法陣の近くまでやってきた。

「ベリィちゃん、待って!」

 後ろにはみんなも付いてきている。
 法陣は変わらず存在し、時折その中心あたりで紫色の稲妻のようなものが走っていた。

「ベリィさん、さっきこれが、お父様って……」

 ルカの問いに、私は法陣から目を離さずに頷いた。

「間違いない……お父様の魔力を感じる」

「その通り、流石は実の娘だね!」

 不意に声のした方を見ると、そこには司祭姿の女……ブライトだ。

「ブライト、お前……何をした? お父様に何をしたの!?」

 満月を背に立つブライトは、不適な笑みをこちらに向けている。

「錬金術、かつてワタシの知り合いに、それを得意とする者達がいてね。その技術を応用させてもらったんだ」

 錬金術……奴が何をしようとしているのか、まだ分からないけれど……錬金術って……!

「おい、お前……今、錬金術っつったか?」

 シルビアがヒスイを構え、ブライトを強く睨みつけている。

「ああ、キミは……記録にあった被験体00ダブルオーの妹か。悪いけど、ワタシはその事には関与していないんだ。聞くところによると失踪中だそうだけど、それもワタシには分から……」

「ヒスイ疾風斬り!」

 聖剣魔法で斬りかかったシルビアだったが、ブライトは空間の歪みによってその攻撃を防いだ。

「言ったでしょ、ワタシはキミの兄のことなんて知らない。確かにワタシは記憶の祭壇と繋がりを持っていたけれど、連中はそのバーン・フォクシーに潰されてしまった訳だから、その後の彼がどうなったか何てワタシには分からないよ」

 そうだろうな。
 奴からしたら、シルビアの兄のことなんてどうでもいい。
 けれど、これでブライトと件の組織に関係があるという事が分かった。
 この女、延いては創星教を探れば、きっとバーン・フォクシーが失踪した原因も突き止められるかもしれない。

「でもよぉ、テメェらがやってきた事は絶対に許されねぇ。あーしらの邪魔すんなら、全力で潰すだけだ!」

「今回ばかりはキミ達にも止められないよ。以前のシリウス襲撃で、王国側の戦力は大体把握出来た。国王、プレアデス・アーク・アストラの首は今日、夜明け迄に必ず討ち取る!」

 シリウス事件の前、なぜブライトがそこまで国王に執着するのか、理由がまるで分からなかったけれど、今なら私も共感する。
 リタの話を聞く限り、あの男は殺されて当然かもしれない。

「さあ、最高の夜会を始めようじゃないか」

 ブライトの言葉に呼応するかのように、上空の法陣が光を放つ。
 一体、何が起ころうとしているんだ?

「スピアリーファ!」

 突如ブライトに向けて放たれたのは、ジャックさんの植物魔法。
 自警団が到着したんだ。

 彼の奇襲はブライトに命中したかのように思えたが、寸前でそれを防いだ者がいた。

 北斗七星の刻まれた、黒い刀身……カラスの北斗七星、黒星剣ホロクロウズ……!

「サーナ……」

 また会ってしまった。
 奴はブライトの横に立つと、私ではなくシャロのほうに目線を向けた。

「シャーロット・ヒル、アンタはアタシが相手するから」

「えぇっ!? あ、でも今回は名前で呼んでくれたね! 前は下等種族だったのに~」

 シャロは動揺しつつも、冗談みたいにそう言ってみせた。
 もっとも、本人は至って真面目なのかもしれないけれど……

「アンタのそう言うところ、本っ当に大嫌いなんだよ」

 以前の戦いで何があったのか、シャロからは詳しく聞いていない。
 私自身、サーナの話なんか聞きたくなかったからだ。
 しかしシャロの発言にサーナが怒っている様子を見ると、シャロは奴をかなり手こずらせたのだろう。

「主よ、今日は思う存分暴れて頂いても構いませんからね。それと……リタ、黙ってないで何か言ったらどうなんだい?」

 ブライトの突然の問いかけに、駆け付けてきたリタは俯いていた顔を上げる。

「ブライト……また、会ったね」

 何やらリタの様子がおかしい。
 剣を構えてはいるけれど、攻撃する様子がない。
 そうか、彼女はまだブライトのことを……

「なんかしおらしいね。昔のキミみたいだ。リタのそう言うところも、可愛くて好きだったんだけどな」

 ブライトの言葉から少し間をあけて、リタが構えていたホロクラウスを下げた。

「ブライト、たぶん……今回が最後になっちゃいそうだから、ちゃんと伝えるね」

「……なにかな?」

 その場にいる皆が、ブライトの動向に注意しつつも、リタの声に意識を向けていたのだと思う。
 かく言う私も同じだ。
 彼女が今、かつての親友に何を伝えるのか……いや、リタからしてみれば、今でもブライトは親友なのだろうか。

「お願い……お願いだから、こんな事もうやめようよ! 国を正すなら他にだって方法はあるはずだし、今だって私が抑止力になって多少はマシな政治が出来てるはず! だから……もう一度あの時みたいにさ……また一緒に、星を見ようよ」

 リタのことをじっと見つめ、話を聞いていたブライトは、ゆっくりと目を閉じて口を開く。

「もう、遅いよ」

 その言葉はどこかあっさりとしていて、リタとの過去に未練を感じていないようだった。
 それはリタにとって、最も残酷な返事だったのだろう。

「ワタシの望む綱紀こうき粛正は、王政の幕引き。あの独裁者を抹殺し、格差のない共和制国家にすることだ。その為ならば、ワタシはどんな手を使ってでも!」

「良いわけないだろ!」

 唐突なリタの叫ぶような声に、その場の空気が静まり返る。
 リタは大粒の涙をボロボロと流し、ホロクラウスをブライトに向けて構えた。

「お前のやってることはさ、犯罪なんだよ……人として、やっちゃいけない事なんだよ! あの国王がどんなゲス野郎でも、民たちはそんな事を知る由もない。どんなに憎くても、殺したら負けなんだよ……!」

 リタは酷く泣いていた。
 私まで胸が苦しくなってしまいそうだ。
 そんな彼女に、ブライトは再び口を開く。

「たとえ人である事を捨てても、ワタシは許さない」

 ブライトはそう言ったのち、表情は落ち着いていながらも、どこか嬉々として話を続けた。

「記憶の祭壇が行っていた実験は、錬金術による魔物合成型強化人種の作成。錬金術で魔物の血を混ぜたクリスタルを作り出し、それを人体に埋め込むことでその魔物と同等、或いはそれ以上の力を持った合成魔人を生み出すというものだった。キミ達の仲間であるバーン・フォクシーがそうだったね。そうしてワタシは、ケルベロスの血を手に入れた」

 まさか……それって……

「ケルベロスを手に入れるのも、憑代に合った人間を探すのも苦労したよ。何故か今そこにいる、吸血鬼ちゃんに邪魔をされたからね。でも、これで準備は整った」

「ブライト、お前……!」

 そうしてブライトは、短い単語を詠唱のように発した。

「アモンズ」

 その時、私はこの目で初めて……
 人でも魔族でも、魔物ですらない、おぞましい怪物の姿を目撃した。
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