魔王の娘は勇者になりたい。

井守まひろ

文字の大きさ
上 下
65 / 134
明星/カラスの北斗七星 編

51.酒と刻星

しおりを挟む
「今まで自分がして来たことで多少なりとも目立つものは、やっぱり剣を振ってきたことだけなんだ。あと、出鱈目に酒を飲んできたこと」

 そういってまた一杯飲み干すと、リタは深く溜息を吐いた。
 彼女の過去を聞き、私は途轍もなくやるせない気持ちになってしまった。

「そもそも、私にはそれしか残っていないからね。でも、最近こう思うようになってきちゃったんだ。自警団のみんなや、ベリィちゃんがいて、今が楽しいな~って」

 話の中のリタと今のリタは、別人のようでありながらも、やはりどこか同じものを感じる。
 あれ以来、リタはずっと孤独だったのかもしれないけれど、少なくとも私が出会ってからのリタは凄く楽しそうだ。

「私も、リタと一緒だと楽しい」

 私からの言葉が思いがけなかったのか、リタは気持ちの悪い笑顔を浮かべる。

「ええっ! ふへへ、ありがと。でも……このままじゃ私、幸せになっちゃうよ……」

「リタは、幸せになりたくないの?」

「う~ん……怖いんだ。もしもこの幸せを、また失くしちゃったらどうしようって……私は、もう何も失いたくないんだ。だから、失って困るものは最初から無くしておきたい。でもさ、それでも、私はみんなが大好き。今の幸せが、ずっとずっと続いてほしい……」

 考えてみれば、私も同じ気持ちだった。
 アルブに居た頃の幸せを失って、今はシャロ達とまた楽しく暮らせている。
 この平穏を失くしたくない。
 私はもう幸せになってしまったから、いっそ戦いから逃げ出したいなんて思ってしまっている。

 でも……

「私ね、小さい頃に勇者になりたいって言った時、お父様がすごく応援してくれたの。ずっと忘れてたけど、シャロがそれを思い出させてくれた。だから何度逃げ出したくなっても、大切な人達が幸せに暮らせるように私は戦いたい。その中には、勿論リタもいるよ」

「ベリィちゃん……」

「最初は復讐の為に始めた事だったけど、今はこの幸せを守る為に戦いたい。私、そんな勇者になりたいんだ。まあ……まだリタに比べたら私なんか弱いんだけど……」

 慣れない事をして、最後が締まらない感じになってしまった。
 リタを元気付けようと思ったのに、何だか恥ずかしい。

「そっかぁ、そうだよね。いや、ベリィちゃんは私よりずっと強いよ。過去ばかり見てないで、今の幸せを大事にしないとだね。ありがとう、ベリィちゃん」

「え? いや、私はそんな……」

 リタの表情は完全に晴れた訳では無かったけれど、少なくとも前向きな気持ちにはなってくれたらしい。
 私もまだ、けじめを付けなきゃいけないことがある。
 いつか来る日の為に、もっと強くならなくちゃいけない。

 その夜はリタに誘われ、シャロ、シルビア、ルカも連れて、過去の話に出てきた天体観測所に行った。
 アストラ王国から見る星空は相変わらず綺麗で、特に街から離れた高台にあるこの場所は、より美しかった。

 翌日はリタが昼から用事があると言うので、私はシルビアの家でのんびりと過ごしていた。
 シルビアはここ最近、かなり忙しそうにしている。
 彼女に与えられた特別任務である、兄を捜索する為の手掛かりを探しているのだ。
 創星教絡みの事件が多発して、皆が本来の目的に時間を割けていなかった。

 私もそうだったな……

 復讐が目的で無いとは言え、やっぱりお父様を暗殺した犯人は突き止めたい。
 エドガーの話によれば、犯人は彼の兄であるディアスでは無いと言う。
 サーナが嘘をついているのかとも考えたけれど、奴が嘘を言ったようには見えなかった。
 だから、きっと奴も誰かから嘘を吹き込まれた可能性が高い。
 でも、そんな簡単にお父様を殺せる相手なんて……油断をさせて不意をつける身近な者ぐらいしか……

 いや、有り得ない。
 あの時はウールとメフィルも居たし、あの2人がそんな下手をする筈がないんだ。
 もしかしたら犯人は……お父様よりも強い何かなのかもしれない。

「ねぇ、ルカ」

「はい?」

「世界で最強格の存在って、ルカが知る限り幾つ?」

 ルカはずっと谷底の国に居たけれど、少なくとも私よりずっと長生きをしている。
 この辺の情報は、意外と詳しいかもしれない。

「う~ん……やっぱり魔王様と魔物の女王、あとはメトゥス大迷宮最下層のアラクネぐらいですかね?」

 やっぱり、これに対する答えは大体同じか。
 魔物の女王と呼ばれるファラエナ・レギーナという魔物は、大昔から生きていて人前には殆ど姿を見せない。
 迷宮のアラクネは、そもそも迷宮から出てこないし、お父様と同格の力を持つ存在が犯人であるという可能性は無さそうだ。

「あ、あとリタさんとかも入るんじゃないですかね? ベリィさんから見て、どう思いますか?」

 なるほど、確かにリタは人族最強と呼ばれるだけあって本当に強い。
 けれどリタがお父様暗殺の犯人だとは考えられないし、そもそも……

「厳しいんじゃないかな。確かにリタは強いけど、お父様と一対一でやり合えばギリギリ勝てない気がする」

 こうなってくると、いよいよ犯人が何者なのか益々分からない。
 カンパニュラで保護して貰っているウールが目を覚ませば、きっと犯人が分かるはずなんだ。
 やっぱり、それまで待つしか無いのかな……

「ベリィちゃん、どうしたの?」

 ふと、家事がひと段落ついたシャロが部屋に入るなり、私が考え込んでいるのを心配したようでそう問いかけてきた。

「あ、大丈夫。お父様を殺した犯人、いよいよ本当に分からなくなってきちゃったなって……」

「そっか~……せめて何があったのかだけでも、ちゃんと分かるといいね……あ、もうアイテール帝国に行って第一王子に直接訊いちゃうとか!?」

「シャロ、それは……名案だね」

 正直、ディアス・エヌ・アイテールと直接話してみたい気はする。
 実力は私より上の可能性があるし、所有している禁断の神器、虚空剣ヴァニタスも危険なものだから、かなりリスクは大きい。
 でも、彼に直接訊くのは一理ある。

「お二人とも……すごく、大胆なんですね……!」

 ルカは頬をかきながら、若干引き気味に言った。

 となれば、次の目的地はアイテール帝国だろうか?
 いや、あの国は危険過ぎる。
 もっと強くなって、入念に準備してから行ったほうがいいかもしれない。
 あまり良い思い出は無いけれど、アルブ王国とは因縁のある国だ。
 この目でその情勢を、しっかりと見ておく必要がある。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...