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明星/カラスの北斗七星 編
42.谷底の吸血鬼
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「キュイキュイ、キュキュキュイ」
不思議な光に照らされた洞窟内を、ルーナはご機嫌で進んで行く。
それに続く私達は、先ほどの吸血鬼について話していた。
「でもさ、もし本当に吸血鬼なら、絶滅してなかったって事になるじゃん? これ大発見じゃない?」
シルビアの言う通りだけど、絶滅したと思われていた種族に生き残りがいたなんて知れては、各国の金持ちが黙っては居ないだろう。
「仮に吸血鬼が生きていたと世間に知られたら、それを欲しがる連中に狙われて生捕りにでもされた挙句、どこかに売られたりするんだろうね」
「ええっ、ベリィちゃん怖いよぉ……」
「本当のことだから。そうならない為にも、あの子の事はそっとしておくのが一番」
元々、吸血鬼は呪われた血の種族として、人族から卑下されてきた存在だ。
それにたった一人の生き残りかもしれないのに、欲に塗れた大人達に利用される運命なんて、絶対にあってはならない。
あの奴隷市場にいた頃のような辛い日々を過ごすなんて、嫌に決まっている。
それから暫く先に進むと、軈て石で作られた古い遺跡のようなものが見えてきた。
「キュイ!」
「これが祭壇の入り口ってことだね? ありがとうルーナ」
「キュイキュイ!」
役目を終えたルーナは、もぞもぞと私のフードの中に潜って行く。
そうして遺跡へと歩を進めた私達だったけれど、その裏から現れた何者かが入り口の前で立ちはだかった。
「今度は祭壇をどうするつもり? これ以上荒らすなら、ボクも本気で殺すから」
声と服装からして、先程の吸血鬼で間違いない。
フードを脱いだ姿は少し幼さが残る少女のようだが、その表情と隙のなさから強い殺気を感じる。
「ちょっと待って、話を聞いてほしい。私達、ここに祀られていたケルベロスの魂を返しにきたの」
「え? そっちが奪っておいて、今更なんで返しにきたの? お前たちは一体なにがしたいの!?」
「ちょ、ちょっと、ちょっと待ってくれ」
今にも攻撃してきそうな吸血鬼の少女を前に、突然シルビアが彼女と私の間に割って入った。
「……何?」
「えっと、あーしらは、これを奪いに来た奴らとは関係ないんだよ。関係ないっつーか、敵同士なわけ。それで、奴らが奪ったこれを偶然取り戻したから、元あった場所に返しに来たの。だから、あーしらは別にここを荒らそうと思って来たわけじゃない。いきなり押し掛けてごめんだけど、この子返したら、直ぐに帰るからさ」
シルビアは目の前の殺気に若干怯えながらも、吸血鬼の少女に対して優しく説明した。
少女はまだ警戒しているようだったが、先程までの強い殺気は無くなっている。
「……本当に?」
「うん、本当。だから、ほら……ベリィ、あの子にそれ渡して……」
「あ、うん」
私は吸血鬼にゆっくりと近付き、まだ警戒している彼女に陶器の入れ物を手渡した。
「……あ、ありがとう、ございます」
「ううん、驚かせちゃってごめん。祭壇の場所は入り口のコボルト達から聞いて来たの。あなたが、ここのリーダーなんでしょ?」
「は、はい……って、あなたも魔物と話せるんですか?」
「あ、ううん。話したのは私じゃなくてこの子」
「キュイ!」
そう鳴いて私のフードから顔を出したルーナだったが、飛び出した拍子に私のフードが持ち上がり、そのまま脱げてしまった。
「あ、脱げちゃった」
「……えっ」
瞬間、吸血鬼の少女は目の前で平伏し、ガクガクと震え始めた。
「あ、えっと……ま、魔王様だとは思わず、ボクは何てご無礼を……」
「あ~、そんなに畏まらないで。私はただの魔王の娘だし、皇位なんて無いただの旅人。また驚かせちゃってごめん」
私がそう言うと、吸血鬼の少女はゆっくりと顔を上げ、更にその首を傾げた。
「それは、どういう……?」
そうか、彼女がずっとこのロスヴァリスから出ていなかったとすれば、外界の情報なんて知る由もない。
つまり、恐らくお父様が死んだ事も、アルブがアイテールの属国になった事も知らないのだろう。
私は彼女に、これまで起きた出来事を端的に話した。
「そんな……外の世界が、そこまで酷い状況になっていたなんて……」
魔王暗殺というのは、普通に考えて歴史的大事件だ。驚くのも無理はない。
「だから私、行き場を失くしちゃって、今はこの二人と一緒に色々と旅をしてるんだ」
「そう……だったんですか。そうとは知らず、突然襲ってしまいすみませんでした。あっ、ボクはルカ・ファーニュって言います。えっと……お祖父様が吸血鬼で、ボクはその生き残りです」
「私はベリィ・アン・バロル。こっちの盾使いがシャロで、こっちの聖剣使いがシルビア。お祖父さんが吸血鬼ってことは、あなたはクォーターなの?」
「はい、ボクのお母様がハーフだったので、そういうことになります。でも……もうずっと前に、みんな死んでしまったので」
吸血鬼は、魔族よりも長生きすると言う。
もしかすると、絶滅した吸血鬼というのは、ルカの祖父にあたる純潔の吸血鬼だったのだろうか?
大昔にロスヴァリスへと移り住んだと噂程度に聞いていたけれど、まさかこの国で人族と子孫を残していたとは驚きだ。
「この国は外界との繋がりを殆ど持たなかったので、80年ぐらい前に最後の一人、ボクの面倒を見てくれていたカルムさんが亡くなってから、残った魔物達とボクだけで静かに暮らしてきたんです」
面倒を見てくれたということは、吸血鬼のハーフである母親と人間の父親は、その前に亡くなっていたのか。
魔物達も居るとはいえ、流れてゆく時の中で自分だけが生き続けているというのは、きっと寂しいものなんだろうな。
「あ、ごめんなさい! 詰まらないこと話しちゃいましたね。とりあえずこの子は祭壇に戻して、また眠らせてあげようと思います」
ルカは少し俯いていた顔を上げ、ケルベロスの魂が入った陶器を大事そうに撫でた。
「うん、よろしくね」
ルカは私の言葉に頷き、陶器の入れ物を持って祭壇の入り口へと歩いて行った。
不思議な光に照らされた洞窟内を、ルーナはご機嫌で進んで行く。
それに続く私達は、先ほどの吸血鬼について話していた。
「でもさ、もし本当に吸血鬼なら、絶滅してなかったって事になるじゃん? これ大発見じゃない?」
シルビアの言う通りだけど、絶滅したと思われていた種族に生き残りがいたなんて知れては、各国の金持ちが黙っては居ないだろう。
「仮に吸血鬼が生きていたと世間に知られたら、それを欲しがる連中に狙われて生捕りにでもされた挙句、どこかに売られたりするんだろうね」
「ええっ、ベリィちゃん怖いよぉ……」
「本当のことだから。そうならない為にも、あの子の事はそっとしておくのが一番」
元々、吸血鬼は呪われた血の種族として、人族から卑下されてきた存在だ。
それにたった一人の生き残りかもしれないのに、欲に塗れた大人達に利用される運命なんて、絶対にあってはならない。
あの奴隷市場にいた頃のような辛い日々を過ごすなんて、嫌に決まっている。
それから暫く先に進むと、軈て石で作られた古い遺跡のようなものが見えてきた。
「キュイ!」
「これが祭壇の入り口ってことだね? ありがとうルーナ」
「キュイキュイ!」
役目を終えたルーナは、もぞもぞと私のフードの中に潜って行く。
そうして遺跡へと歩を進めた私達だったけれど、その裏から現れた何者かが入り口の前で立ちはだかった。
「今度は祭壇をどうするつもり? これ以上荒らすなら、ボクも本気で殺すから」
声と服装からして、先程の吸血鬼で間違いない。
フードを脱いだ姿は少し幼さが残る少女のようだが、その表情と隙のなさから強い殺気を感じる。
「ちょっと待って、話を聞いてほしい。私達、ここに祀られていたケルベロスの魂を返しにきたの」
「え? そっちが奪っておいて、今更なんで返しにきたの? お前たちは一体なにがしたいの!?」
「ちょ、ちょっと、ちょっと待ってくれ」
今にも攻撃してきそうな吸血鬼の少女を前に、突然シルビアが彼女と私の間に割って入った。
「……何?」
「えっと、あーしらは、これを奪いに来た奴らとは関係ないんだよ。関係ないっつーか、敵同士なわけ。それで、奴らが奪ったこれを偶然取り戻したから、元あった場所に返しに来たの。だから、あーしらは別にここを荒らそうと思って来たわけじゃない。いきなり押し掛けてごめんだけど、この子返したら、直ぐに帰るからさ」
シルビアは目の前の殺気に若干怯えながらも、吸血鬼の少女に対して優しく説明した。
少女はまだ警戒しているようだったが、先程までの強い殺気は無くなっている。
「……本当に?」
「うん、本当。だから、ほら……ベリィ、あの子にそれ渡して……」
「あ、うん」
私は吸血鬼にゆっくりと近付き、まだ警戒している彼女に陶器の入れ物を手渡した。
「……あ、ありがとう、ございます」
「ううん、驚かせちゃってごめん。祭壇の場所は入り口のコボルト達から聞いて来たの。あなたが、ここのリーダーなんでしょ?」
「は、はい……って、あなたも魔物と話せるんですか?」
「あ、ううん。話したのは私じゃなくてこの子」
「キュイ!」
そう鳴いて私のフードから顔を出したルーナだったが、飛び出した拍子に私のフードが持ち上がり、そのまま脱げてしまった。
「あ、脱げちゃった」
「……えっ」
瞬間、吸血鬼の少女は目の前で平伏し、ガクガクと震え始めた。
「あ、えっと……ま、魔王様だとは思わず、ボクは何てご無礼を……」
「あ~、そんなに畏まらないで。私はただの魔王の娘だし、皇位なんて無いただの旅人。また驚かせちゃってごめん」
私がそう言うと、吸血鬼の少女はゆっくりと顔を上げ、更にその首を傾げた。
「それは、どういう……?」
そうか、彼女がずっとこのロスヴァリスから出ていなかったとすれば、外界の情報なんて知る由もない。
つまり、恐らくお父様が死んだ事も、アルブがアイテールの属国になった事も知らないのだろう。
私は彼女に、これまで起きた出来事を端的に話した。
「そんな……外の世界が、そこまで酷い状況になっていたなんて……」
魔王暗殺というのは、普通に考えて歴史的大事件だ。驚くのも無理はない。
「だから私、行き場を失くしちゃって、今はこの二人と一緒に色々と旅をしてるんだ」
「そう……だったんですか。そうとは知らず、突然襲ってしまいすみませんでした。あっ、ボクはルカ・ファーニュって言います。えっと……お祖父様が吸血鬼で、ボクはその生き残りです」
「私はベリィ・アン・バロル。こっちの盾使いがシャロで、こっちの聖剣使いがシルビア。お祖父さんが吸血鬼ってことは、あなたはクォーターなの?」
「はい、ボクのお母様がハーフだったので、そういうことになります。でも……もうずっと前に、みんな死んでしまったので」
吸血鬼は、魔族よりも長生きすると言う。
もしかすると、絶滅した吸血鬼というのは、ルカの祖父にあたる純潔の吸血鬼だったのだろうか?
大昔にロスヴァリスへと移り住んだと噂程度に聞いていたけれど、まさかこの国で人族と子孫を残していたとは驚きだ。
「この国は外界との繋がりを殆ど持たなかったので、80年ぐらい前に最後の一人、ボクの面倒を見てくれていたカルムさんが亡くなってから、残った魔物達とボクだけで静かに暮らしてきたんです」
面倒を見てくれたということは、吸血鬼のハーフである母親と人間の父親は、その前に亡くなっていたのか。
魔物達も居るとはいえ、流れてゆく時の中で自分だけが生き続けているというのは、きっと寂しいものなんだろうな。
「あ、ごめんなさい! 詰まらないこと話しちゃいましたね。とりあえずこの子は祭壇に戻して、また眠らせてあげようと思います」
ルカは少し俯いていた顔を上げ、ケルベロスの魂が入った陶器を大事そうに撫でた。
「うん、よろしくね」
ルカは私の言葉に頷き、陶器の入れ物を持って祭壇の入り口へと歩いて行った。
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