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明星/カラスの北斗七星 編

35.夢遊

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 私達は、ウルフの幼馴染であるリリアンの家に来ていた。
 彼女をベッドに寝かせたウルフは、酷く辛そうな顔をしている。

 大切な幼馴染が“獣”の正体だったのだから、辛いに決まっているだろう。

 問題は、この後どうするかである。

 彼女が“獣”だったとは言え、このまま殺すわけにもいかない。
 どうにかして、彼女の魔物化を阻止、或いは分離する方法は無いのだろうか?
 そもそも、なぜ魔物に……それも絶滅したはずのケルベロスになってしまったのか、まるで分からない。

「ウルフ、彼女には魔物化の記憶が無いんだよな?」

「……無いってさ。たぶん今回も」

 エドガーがリリアンの夢遊病の話を聞いたのは、ウルフと二人で牧場を見張っていた時だったらしい。

 その為、彼は私達がケルベロスを殺してしまう前に、雷で気絶させたのだ。

「もうじき朝になる。これまでの状況から、今回は魔物化する事は無いと思うが、ウルフは念のため彼女と一緒に居てやってくれ。俺は魔物化の原因を探ってみる」

 エドガーはウルフの肩に手を置き、そう優しく言った。

「……わかった。なあ、エドちゃん」

「何だ?」

「いや……バーンみたいな、感じなのかなって。錬金術的な、やつ」

「可能性は考えられなくも無いが、バーンの変身体とは訳が違う。今回のは完全な魔物化だ」

 シルビアの兄である、バーン・フォクシー。
 彼について私はあまり知らないけれど、今回の魔物化は恐らく、錬金術的なものでは無くて、もっと呪術的なものに近いような気がしている。

 となれば、原因を探る為に私が行くべき場所は決まっている。

「シャロ、シルビア、二人はエドガーと村に残って、ケルベロスの痕跡や調査をして欲しい。私はカンパニュラに行って、何か分からないかセシルに訊いてみる」

「確かに! セシル様なら何か知ってるかもね! わかった!」

「しーっ! シャロ、リリアンさんが起きちゃうよ!」

「あっ、ごめん」

 シャロを注意したシルビアだったけれど、あなたの声もなかなか大きかったよ。

 そうして朝になってから私は転移魔法を使い、カンパニュラ公国の入口までやってきた。

 この国には何度か来ているせいで、民たちからも顔を覚えられており、更にはあのとき素性がバレてしまった為、フードを被っていても私が魔王の娘ベリィという事が分かってしまう。

 だから、あまり目立たないように行動したいのだけれど……

「あっ、ベリィおねえちゃんだ!」

 以前私が助けたネルという少女が、特に私の存在に気付いてくる。
 子供は好きだから嬉しいけれど、私は仮にも元王族であり、それも忌み嫌われる魔王の子孫だ。
 カンパニュラの民は私を受け入れてくれているが、それでも個人的な気まずさは感じている。

「ベリィ様、本日はどちらへ?」

「あ、うん……ちょっとフランボワーズ邸に」

「レオン様とご会談されるのですね!」

「あっ、会談ってほどじゃないんだけど……」

 今度からは、変装して来たほうが良いかもしれない。

「こらアンタ、ベリィ様が困ってるじゃないか! すみませんうちの主人が……」

「あ、いえ、だいじょうぶです。で、では……」

 私は民がこれ以上集まる前に人混みを抜け、フランボワーズ邸の門番に要件を伝えて中に入れてもらった。

 レオン公爵に挨拶を済ませ、ケイシーの同伴でセシルの部屋へと向かう。

 フランボワーズ邸に通っていたことで、ケイシーとも話をするようになった。
 顔が怖いとよく言われるそうだけれど、話してみると優しい人で、何というか、セシルのことが大好きという気持ちはすごく伝わってくる。

「あら、ベリィさん。ごきげんよう」

「やあ、セシル。ちょっと訊きたいことがあるんだ」

 私はセシルに、今アンタレス村で起きている事件と、リリアンの魔物化について話した。

 彼女は話を聞き終えると、これまで閉じていた口をゆっくりと開いた。

「少し、気になることがあります。少々お待ち頂けますでしょうか?」

「うん、わかった」

 セシルはそう言うと、目を閉じて横になる。

「オムニアイズ」

 これは、知恵の眼の固有魔法。
 世界ほしの記憶が全て眠っていると言われている“ソロモンの部屋”にアクセスする力で、そこにある知識は自由に閲覧できるらしい。

 暫くして彼女は目を開き、ケイシーの介助で上半身をゆっくりと起こした。

「魔物化について閲覧して来ました。実は以前閲覧したことのある記憶でしたので、それを覚えておりまして。その魔物化ですが、古代からドルイドが行ってきた呪術の一種です。どうやら、魔物の霊魂を人に憑依させ、それを憑代として復活させるというものですね」

 やはり、今回の魔物化は呪術的なものだったらしい。
 でも、一体誰がどんな目的でそんなことをしたのか、理由がはっきり分からない。

「その魔物化から、助ける方法はある?」

「対象が魔物化した際に、獣操魔法で従属関係を構築します。現段階の人に戻れる状態では、まだ人と魔物の魂が二つ存在することになるので、魔物の魂だけをテイムするのです。構築が完了すれば、魂を結び付けている術も簡単に解けるでしょう」

 獣躁魔法ならウルフが得意だから、その方法を使えばリリアンを助けられるかもしれない。
 となれば、今夜リリアンが魔物化した時が勝負。
 早くアンタレスに戻って、みんなに伝えなければ。

「わかった、急に押しかけてごめんね。ありがとう」

「あ、それと……」

「どうしたの?」

 セシルは帰ろうとした私を呼び止めて

「四霊聖剣の調査について、少し進展がありました」

 と言った。

 そういえば、私はセシルに四霊聖剣の起こす奇跡について調べてほしいと依頼していたのだ。
 恐らく、お父様の死と四霊聖剣に関連性は無い。
 それでも今後なにかが起きた時のために、四霊聖剣に秘められた力について知っておきたい。
 幸い、私たちには風の聖剣使いであるシルビアが味方にいる。

「四霊聖剣の関連記憶に、という記録が存在しておりますが、書いてある内容が意味不明で、解読にかなりの時間が必要かもしれません」

「花嵐か……よく分からないけど、それが奇跡を起こす鍵になってるのかな?」

「恐らくそうかもしれません。引き続き、わたくしは四霊聖剣についての調査を行なっていきます。進捗があり次第ご報告いたしますね」

「うん、ありがとう。それじゃあ、また遊びに来るね」

「はい、楽しみにしております」

 部屋を出る私を、セシルは優しい笑顔で見送ってくれた。
 セシルと話していると、なんだか心が落ち着く。
 こんなにも頼れる人たちが味方でいてくれて、今の私はすごく恵まれているんだろうな。

 フランボワーズ邸を出た私は、転移魔法で再びアンタレスにやってきた。
 そこから急いでリリアンの家に戻ると、そこは今朝の状況とはまるで違っていた。

 目を覚ましたリリアンが咽び泣き、その横で彼女を介抱するウルフと、エドガーやシャロ達も部屋にいる。

「なにがあったの?」

「ベリィか。リリアンさんが目を覚ましたんだが……どうやら獣化の記憶がはっきりと残っているらしい」

 私の問いに、エドガーは不安げな表情でそう答えた。
 これまで記憶はなかったはずなのに、一体どうして……

「私……やっぱり夢じゃなかった。夢遊病でもなかった……もう何回も、何回もあんな怪物になってたんだ……」

「リリアン、大丈夫。オレが何とかして助けるから……絶対になにか方法が……」

「ありがとうマット……でも、もう無理だよ……次こそ本当に、私が私じゃなくなっちゃう気がして……」

 リリアンを慰めるウルフだったが、彼もまた涙を流していた。
 自分の大切な人が魔物になって苦しんでいるのだから、辛いに決まっている。

「みんな、聞いてほしいことがあるの」

 意を決して、私はセシルから聞いた事を皆に伝える。

「魔物化から助ける方法が、分かったの」

 泣いていたウルフが顔をあげ、驚いた様子で私の顔を見た。

「マジか……本当に、本当なんだよなベリィちゃん!?」

「本当だから! 落ち着いて聞いてほしい」

 私は魔物化の原因や、どうすればそれを切り離すことが可能かなどを全て話し、今夜その作戦を行うということも皆に伝えた。

「しかしケルベロスの霊魂が憑依していたとは……一体だれが何のために」

 エドガーが首を傾げるのも無理はない。
 目的が分からない以上、得体の知れない不安やら空恐ろしさやらが付き纏うようで、本当にこの作戦が上手くいくのかと少し尻込みしてしまう。
 それでも、リリアンを助けるためにはやるしかない。

「今夜リリアンが魔物化したら、ウルフは彼女をテイムして欲しい。サポートは私たちが全力でするから、絶対に上手くいく」

「ベリィちゃん……本当にありがとうな。リリアン、もう少しの辛抱だから、今夜を耐えれば絶対大丈夫だから!」

「マット……皆さん、本当にありがとう。私も、精一杯抗ってみます。マットと結婚して、一緒にマレ王国に旅行いくまで、絶対に死ねないから」

「リリアン……そうだな。絶対に助けるよ。一緒に頑張ろうぜ!」

 愛……だな。
 私だってこういうのに憧れることぐらいある。
 兎に角、これからも二人が幸せになれるように、先ずは魔物化を阻止しなければならない。
 作戦の実行は今夜、絶対に助けてみせる。
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