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陽光/月と太陽 編
26.翼を捨てた猟犬
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シリウス郊外は、私達が直ぐに駆けつけたにも関わらず、既に酷い有様だった。
死者が数人、腹部や脚などを食いちぎられたような死体が、道に転がっている。
「シャアアアアアァ!」
その先で叫び声を上げる人物から、私は目を逸らしたくてたまらなかった。
あの時のままなのだ。
いつものメイド服を着た、頬に鱗のある下半身が蛇の綺麗な女性……
「ミア……そんな……」
ミアは、既に死んでいたのだ。
帝国の兵に殺されたのか、ブライトの仲間に殺されたのかは分からないけれど、こんなの酷過ぎる。
彼女の横、道の脇には魔族の男が一人立っており、じっとこちらを見ていた。
「彼女は俺の屍操魔法でアンデッドとなった。半人とは言え、やはり魔物のほうが扱い易い」
ミアの出生について詳しくは分からないけれど、彼女は魔族ではなくラミアという魔物だと言うことは知っている。
以前戦ったホーンスパイダーよりも上位の魔物であり、私達と同等の知能を持っているのだ。
それでも、ミアは他の魔物と違い、本当に優しかった。
「お前が、ブライトの言っていた屍操魔法使いなの?」
「如何にも、俺はザガンと言う。ブライトからの伝言だ。祭りを楽しめ、と」
何が祭りだ……
「ふざけるな!」
フードを脱いでザガンに斬りかかろうとした私だったが、それをミアに制止されてしまう。
ミアだけでは無い。
立ち去ろうとするザガンをリタとエドガーが追おうとするも、いつの間に現れたのか無数のアンデッド達が道を塞いでいた。
いくらアンデッドとは言え、大好きなミアのことは斬れない……
「シャアアアアアアアッ!」
「厄介だな……エド、あのアンデッド共は頼めるか? キツかったら言って」
「問題ありません」
エドガーはそう言ってアンデッド達の中に駆けて行き、それらの胴体や首を切断するように攻撃し始めた。
「アンデッドは死体だ。ゴーストと違って魔法以外でも倒せる。ベリィちゃん、大丈夫?」
わかっている。
アンデッドの倒し方なんて分かっているんだ。
ただ私は、目の前のミアが死体だとしても、殺したくは無い。
「ミアは……うちに仕えてたメイドなの……優しくて、温かくて、そんな……」
私が攻撃してこないことを悟ったのか、ミアはロードカリバーを跳ね除けて私の身体を長い尻尾で拘束した。
「ベリィちゃん! それはもう奴に操られた死体なんだ! 私が斬るよ!?」
「まっ……て……! う……あぁ……私が……!」
苦しい……このままじゃ戦えない……!
ああ、躊躇ってはいけなかったんだ。
このミアはもうミアではない。
私の手で楽にしてあげないと、いつまでも操られたままでは可哀想だろう。
でも、でも……!
「うぅ……ぐっ……いゃっ……」
「ベリィちゃんッ!」
その時だった。
フードの中に入っていたルーナが出てきて、私の耳を噛んだのだ。
本当に痛かった。
そうか、きっとルーナは今の私に怒っているんだ。
ごめんね、ルーナ……
戦うよ。
「ぐ……グリムオウドッ!」
締め付けられた喉から辛うじて声を絞り出し、私を拘束するミアをグリムオウドで引き剥がした。
「シャアアアッ! シャアァ!」
「ごめんね、ミア……」
ミアはもう死んだのだ。
もう助からない。
だから、今はこれを斬るしかないんだ……
ミアは死んでいるから、これは、死体……
「ハデシス……」
詠唱の後、ロードカリバーでミアの腹部を切断した。
二つに斬られた身体はその場に倒れ、ミアの表情が先程の凶暴なものではなく、いつもの優しい顔に戻る。
「ベリィ……様……」
「……ミア? ミア!」
「ベリィ……様……あり、がとう……ござい、ました……」
その言葉を最後に、ミアは二度と目覚めることはなかった。
「今の……本当のミアだった……」
「屍操魔法の法陣が肉体に残った魔力で構築されて、一時的に生前の意識を取り戻したんだろうね。本当に……何してくれてんだよ、ブライト」
リタは怒っているのだろうか?
私には何も分からないし、頭の中が整理できない。
それでも、次の満月の夜にはお父様の死体がシリウスを攻めてくる。
満月まであと三日。
いくらリタが強くても、お父様ほどの力を持った敵と沢山の軍勢が攻めてきたら、確実にシリウスは火の海になるだろう。
「ベリィ、大丈夫か?」
あのアンデッド達を倒してきたエドガーが、私を心配してくれて駆け寄ってきた。
それなりに数がいたけれど、一人で倒せるのだから、やはりエドガーは強いのだ。
それもそうか、エドガーの正体は勇者なのだから。
「……あなたがユーリって、本当なの?」
「……黙っていてすまなかった。既に捨てた名だ。今はエドガーという名が、俺の本当の名だと思っている」
別にエドガーを責めるつもりはない。
エドガーにも、きっと複雑な事情があるのだろう。
それでも、何だか気まずい。
「あ、簡単に言うとエドちゃんはアイテールを家出したんだよ! クソ親とケンカしたんだよね!」
「まあ……間違いではないのですが……」
納得は出来たが、リタも言い方というものがあるだろう。
ミアのことで心に余裕を無くしていたけれど、普段通りのリタに救われた。
「立ち話も何だし、戻ろっか」
一度自警団へ戻った私に、リタが温かいミルクを出してくれた。
飲み物の温度に迷う時期だけれど、今の私には温かい物のほうが有り難かった。
まだ少し頭が痛い。
魔力が不安定で魔力防御を上手くかけられていなかったから、ミアに締め付けられた身体も痛い。
帰ってすぐ、リタに身体を確認してもらったけれど、痣はあっても骨は折れていなかった。
「ベリィ……」
気がつくと、休憩室の戸の前にエドガーが立っており、私を呼んでいた。
「うん?」
「さっきの、話なんだが……ベリィには、しっかり伝えておきたいと思ってな。隣、座っても良いか?」
「わかった」
やはりエドガーは後ろめたさを感じているのか、それとも単に私のツノに恐れているのか、どこか落ち着かない様子である。
「エドガー、別に私はあなたが勇者ユーリだからと言って責めるわけじゃないし、それを黙っていたからと言って怒ってるわけでもないよ。エドガーにもエドガーの事情があると思うから、無理に今すぐ話さなくても大丈夫」
「ベリィ……そうか。すまない、ありがとうな。でも、やっぱり話しておきたいんだ。おやっさん……ベリィの親父さんにも、関係する事だから」
ずっと気になっていたことがあり、エドガーがお父様の事を「おやっさん」と呼ぶのだ。
元勇者であるエドガーが、魔王のお父様とそれほどの仲だったのか、信じ難いけれど何かしらの関係は確実にあると思っていた。
「うん、わかった」
私の返事を聞くと、エドガーは自分が如何にしてこうなったのかを大筋に纏めて話してくれた。
ユーリがルミナセイバーに選ばれたのは、16歳の時だった。
その時点で勇者となったユーリは、世界中を巡り人々を助けていた。はずだった。
彼は遠征として国外に出る事はあるものの、帝国は勇者に選ばれたユーリの地位を独占し、その時点でユーリ自身は、父親であるクロード・グラン・アイテールに不満を抱いていた。
クロードは、第一皇子であるディアスを可愛がっていた。
その為、勇者に選ばれたユーリはクロードから相手にされる事は殆ど無く、軍にも馴染めない彼はひたすらに孤独だったのだ。
ユーリが18歳になった頃、洞窟に棲みついた凶暴な魔物の退治に一人で向かった時、偶然にも魔王ローグと居合わせた。
洞窟はメトゥス大迷宮付近にあり、ローグは時折メトゥス大迷宮で魔物を狩り、鍛錬していたのだ。
初めは驚いたユーリだったが、次第にローグの物腰の柔らかさに安心して、共に洞窟の魔物を倒し、その日はそれで別れた。
数日後、ユーリはローグの事が気になり、何とはなしに再び同じ場所を訪れてみると、そこにはまたローグがいた。
聞くと、彼もユーリが来る気がしていたと言う。
それから二人は、次はいつだと予定を立てて会うようになった。
ある時、悲観的になっていたユーリは、いっそ魔王に帝国を潰して欲しいと考え、ローグに対し帝国への不満を残らず吐き出していた。
そうして自分の話に腹を立てたユーリが叫ぶと、ローグはユーリの頭を優しく撫でたのだった。
「俺を殺せば、魔王の首を討ち取ったと国にも認められるだろう。どうだ?」
ぶっ飛んだローグの発言に、ユーリは呆れた。
そんな事するわけが無い。俺にとっておやっさんは本当の父親みたいなものだ。と、ユーリは笑いながら話した。
それから月日が過ぎ、何度かローグとも会っていた頃、遂にユーリは光竜剣ルミナセイバーを捨て、勇者の資格を自ら破棄したのだった。
これに関して、ローグから何かの影響を受けたわけではない。
引き金は、アイテールが自国の村を意図的に潰し、その村民を奴隷として売り出していたことに気付いた事だった。
元より奴隷制度を良く思わなかったユーリからすれば、許されない事実だったのだ。
ユーリは最後、皇帝クロードへと剣を向け
「ユーリ・アラン・アイテールは死んだ! ディアスにも伝えておけ、この国はいつか潰す」
と言い放った。
無論、彼の行いは国家反逆罪に該当するが、クロードがユーリを咎めることはしなかった。
そもそも、相手にする気が無かったのだ。
ユーリは最後まで、帝国の道具でしかなかった。
そうして国を出たユーリは先ずそれをローグに伝え、心配するローグに
「近いうち、また会いましょう」
と言うと、そのままアストラ王国へと向かったのだった。
「俺が勇者を辞めたのは、自分には向いていないと思ったからだ。どの道、帝国を出た後の俺はただの犯罪者、勇者なんて続けられなかった。無責任だと非難されても仕方がない。それでも、俺の根っこに勇者の資格なんて物はなかった。
帝国は俺を死人として公表したが、おかげで今は自由にやれている。結局、俺は逃げ出したんだよ」
エドガーはそう話すと、どこか憂いを帯びたようなその目で私を見る。
「その後も、おやっさんとは何度か会っていた。ある時、おやっさんに頼まれたんだ。まるで近い将来、自分が死ぬ事を予知していたかのように……ベリィという一人娘がいるから、自分に何かあった時は守ってやってほしい。と……その二月後に、おやっさんは亡くなった」
その話を聞いて、私は泣くでもなく、ただエドガーの過去を頭で理解していた。
一つ確かな事は、エドガーがお父様の事を、本当の父親のように慕っていたという事だった。
彼はもう私にとって、兄のような存在だったのだ。
私の方が上なのにエドガーを兄と呼ぶのは、少し納得がいかない部分もあるけれど。
「本当は、もっと早く言うべきだったのかもしれない。エドガー・レトリーブという名は、リタ団長に付けてもらったものだ。今まで黙っていて、本当に済まなかった」
「ううん、話してくれてありがとう。お父様のこと、エドガーとの関係なんて全然知らなかったから、聞けて嬉しかった」
エドガーは緊張が解れたようで胸を撫で下ろし、もう一度私に
「ありがとう」
と言った。
何だか今日は疲れてしまったから、早く家に帰って休みたい。
家ではシャロとシルビアが待ってくれている。
早く二人に会いたいな。
「二人とも~、私ちょっとさっきの件で出なきゃいけなくなったから、行ってくるね~!」
慌ただしく休憩室に戻ってきたリタが、そう言って再び部屋を出ていった。
何だか、怠けていないリタを見るのは新鮮だ。
「私も、今日は帰ろうかな」
「送ろうか?」
席を立った私に、エドガーはそう訊ねる。
こういう時、私は直ぐに甘えてしまうのだ。
「いいの?」
「俺も今日は、そのまま帰るから。ちょっと、ジャックさんに報告書だけ出してくるな」
「うん、ありがとう」
それから私はエドガーの馬に乗り、彼の背中に寄りかかって帰路についた。
家に着くと、シャロとシルビアはいつもの明るい笑顔で待っていてくれた。
死者が数人、腹部や脚などを食いちぎられたような死体が、道に転がっている。
「シャアアアアアァ!」
その先で叫び声を上げる人物から、私は目を逸らしたくてたまらなかった。
あの時のままなのだ。
いつものメイド服を着た、頬に鱗のある下半身が蛇の綺麗な女性……
「ミア……そんな……」
ミアは、既に死んでいたのだ。
帝国の兵に殺されたのか、ブライトの仲間に殺されたのかは分からないけれど、こんなの酷過ぎる。
彼女の横、道の脇には魔族の男が一人立っており、じっとこちらを見ていた。
「彼女は俺の屍操魔法でアンデッドとなった。半人とは言え、やはり魔物のほうが扱い易い」
ミアの出生について詳しくは分からないけれど、彼女は魔族ではなくラミアという魔物だと言うことは知っている。
以前戦ったホーンスパイダーよりも上位の魔物であり、私達と同等の知能を持っているのだ。
それでも、ミアは他の魔物と違い、本当に優しかった。
「お前が、ブライトの言っていた屍操魔法使いなの?」
「如何にも、俺はザガンと言う。ブライトからの伝言だ。祭りを楽しめ、と」
何が祭りだ……
「ふざけるな!」
フードを脱いでザガンに斬りかかろうとした私だったが、それをミアに制止されてしまう。
ミアだけでは無い。
立ち去ろうとするザガンをリタとエドガーが追おうとするも、いつの間に現れたのか無数のアンデッド達が道を塞いでいた。
いくらアンデッドとは言え、大好きなミアのことは斬れない……
「シャアアアアアアアッ!」
「厄介だな……エド、あのアンデッド共は頼めるか? キツかったら言って」
「問題ありません」
エドガーはそう言ってアンデッド達の中に駆けて行き、それらの胴体や首を切断するように攻撃し始めた。
「アンデッドは死体だ。ゴーストと違って魔法以外でも倒せる。ベリィちゃん、大丈夫?」
わかっている。
アンデッドの倒し方なんて分かっているんだ。
ただ私は、目の前のミアが死体だとしても、殺したくは無い。
「ミアは……うちに仕えてたメイドなの……優しくて、温かくて、そんな……」
私が攻撃してこないことを悟ったのか、ミアはロードカリバーを跳ね除けて私の身体を長い尻尾で拘束した。
「ベリィちゃん! それはもう奴に操られた死体なんだ! 私が斬るよ!?」
「まっ……て……! う……あぁ……私が……!」
苦しい……このままじゃ戦えない……!
ああ、躊躇ってはいけなかったんだ。
このミアはもうミアではない。
私の手で楽にしてあげないと、いつまでも操られたままでは可哀想だろう。
でも、でも……!
「うぅ……ぐっ……いゃっ……」
「ベリィちゃんッ!」
その時だった。
フードの中に入っていたルーナが出てきて、私の耳を噛んだのだ。
本当に痛かった。
そうか、きっとルーナは今の私に怒っているんだ。
ごめんね、ルーナ……
戦うよ。
「ぐ……グリムオウドッ!」
締め付けられた喉から辛うじて声を絞り出し、私を拘束するミアをグリムオウドで引き剥がした。
「シャアアアッ! シャアァ!」
「ごめんね、ミア……」
ミアはもう死んだのだ。
もう助からない。
だから、今はこれを斬るしかないんだ……
ミアは死んでいるから、これは、死体……
「ハデシス……」
詠唱の後、ロードカリバーでミアの腹部を切断した。
二つに斬られた身体はその場に倒れ、ミアの表情が先程の凶暴なものではなく、いつもの優しい顔に戻る。
「ベリィ……様……」
「……ミア? ミア!」
「ベリィ……様……あり、がとう……ござい、ました……」
その言葉を最後に、ミアは二度と目覚めることはなかった。
「今の……本当のミアだった……」
「屍操魔法の法陣が肉体に残った魔力で構築されて、一時的に生前の意識を取り戻したんだろうね。本当に……何してくれてんだよ、ブライト」
リタは怒っているのだろうか?
私には何も分からないし、頭の中が整理できない。
それでも、次の満月の夜にはお父様の死体がシリウスを攻めてくる。
満月まであと三日。
いくらリタが強くても、お父様ほどの力を持った敵と沢山の軍勢が攻めてきたら、確実にシリウスは火の海になるだろう。
「ベリィ、大丈夫か?」
あのアンデッド達を倒してきたエドガーが、私を心配してくれて駆け寄ってきた。
それなりに数がいたけれど、一人で倒せるのだから、やはりエドガーは強いのだ。
それもそうか、エドガーの正体は勇者なのだから。
「……あなたがユーリって、本当なの?」
「……黙っていてすまなかった。既に捨てた名だ。今はエドガーという名が、俺の本当の名だと思っている」
別にエドガーを責めるつもりはない。
エドガーにも、きっと複雑な事情があるのだろう。
それでも、何だか気まずい。
「あ、簡単に言うとエドちゃんはアイテールを家出したんだよ! クソ親とケンカしたんだよね!」
「まあ……間違いではないのですが……」
納得は出来たが、リタも言い方というものがあるだろう。
ミアのことで心に余裕を無くしていたけれど、普段通りのリタに救われた。
「立ち話も何だし、戻ろっか」
一度自警団へ戻った私に、リタが温かいミルクを出してくれた。
飲み物の温度に迷う時期だけれど、今の私には温かい物のほうが有り難かった。
まだ少し頭が痛い。
魔力が不安定で魔力防御を上手くかけられていなかったから、ミアに締め付けられた身体も痛い。
帰ってすぐ、リタに身体を確認してもらったけれど、痣はあっても骨は折れていなかった。
「ベリィ……」
気がつくと、休憩室の戸の前にエドガーが立っており、私を呼んでいた。
「うん?」
「さっきの、話なんだが……ベリィには、しっかり伝えておきたいと思ってな。隣、座っても良いか?」
「わかった」
やはりエドガーは後ろめたさを感じているのか、それとも単に私のツノに恐れているのか、どこか落ち着かない様子である。
「エドガー、別に私はあなたが勇者ユーリだからと言って責めるわけじゃないし、それを黙っていたからと言って怒ってるわけでもないよ。エドガーにもエドガーの事情があると思うから、無理に今すぐ話さなくても大丈夫」
「ベリィ……そうか。すまない、ありがとうな。でも、やっぱり話しておきたいんだ。おやっさん……ベリィの親父さんにも、関係する事だから」
ずっと気になっていたことがあり、エドガーがお父様の事を「おやっさん」と呼ぶのだ。
元勇者であるエドガーが、魔王のお父様とそれほどの仲だったのか、信じ難いけれど何かしらの関係は確実にあると思っていた。
「うん、わかった」
私の返事を聞くと、エドガーは自分が如何にしてこうなったのかを大筋に纏めて話してくれた。
ユーリがルミナセイバーに選ばれたのは、16歳の時だった。
その時点で勇者となったユーリは、世界中を巡り人々を助けていた。はずだった。
彼は遠征として国外に出る事はあるものの、帝国は勇者に選ばれたユーリの地位を独占し、その時点でユーリ自身は、父親であるクロード・グラン・アイテールに不満を抱いていた。
クロードは、第一皇子であるディアスを可愛がっていた。
その為、勇者に選ばれたユーリはクロードから相手にされる事は殆ど無く、軍にも馴染めない彼はひたすらに孤独だったのだ。
ユーリが18歳になった頃、洞窟に棲みついた凶暴な魔物の退治に一人で向かった時、偶然にも魔王ローグと居合わせた。
洞窟はメトゥス大迷宮付近にあり、ローグは時折メトゥス大迷宮で魔物を狩り、鍛錬していたのだ。
初めは驚いたユーリだったが、次第にローグの物腰の柔らかさに安心して、共に洞窟の魔物を倒し、その日はそれで別れた。
数日後、ユーリはローグの事が気になり、何とはなしに再び同じ場所を訪れてみると、そこにはまたローグがいた。
聞くと、彼もユーリが来る気がしていたと言う。
それから二人は、次はいつだと予定を立てて会うようになった。
ある時、悲観的になっていたユーリは、いっそ魔王に帝国を潰して欲しいと考え、ローグに対し帝国への不満を残らず吐き出していた。
そうして自分の話に腹を立てたユーリが叫ぶと、ローグはユーリの頭を優しく撫でたのだった。
「俺を殺せば、魔王の首を討ち取ったと国にも認められるだろう。どうだ?」
ぶっ飛んだローグの発言に、ユーリは呆れた。
そんな事するわけが無い。俺にとっておやっさんは本当の父親みたいなものだ。と、ユーリは笑いながら話した。
それから月日が過ぎ、何度かローグとも会っていた頃、遂にユーリは光竜剣ルミナセイバーを捨て、勇者の資格を自ら破棄したのだった。
これに関して、ローグから何かの影響を受けたわけではない。
引き金は、アイテールが自国の村を意図的に潰し、その村民を奴隷として売り出していたことに気付いた事だった。
元より奴隷制度を良く思わなかったユーリからすれば、許されない事実だったのだ。
ユーリは最後、皇帝クロードへと剣を向け
「ユーリ・アラン・アイテールは死んだ! ディアスにも伝えておけ、この国はいつか潰す」
と言い放った。
無論、彼の行いは国家反逆罪に該当するが、クロードがユーリを咎めることはしなかった。
そもそも、相手にする気が無かったのだ。
ユーリは最後まで、帝国の道具でしかなかった。
そうして国を出たユーリは先ずそれをローグに伝え、心配するローグに
「近いうち、また会いましょう」
と言うと、そのままアストラ王国へと向かったのだった。
「俺が勇者を辞めたのは、自分には向いていないと思ったからだ。どの道、帝国を出た後の俺はただの犯罪者、勇者なんて続けられなかった。無責任だと非難されても仕方がない。それでも、俺の根っこに勇者の資格なんて物はなかった。
帝国は俺を死人として公表したが、おかげで今は自由にやれている。結局、俺は逃げ出したんだよ」
エドガーはそう話すと、どこか憂いを帯びたようなその目で私を見る。
「その後も、おやっさんとは何度か会っていた。ある時、おやっさんに頼まれたんだ。まるで近い将来、自分が死ぬ事を予知していたかのように……ベリィという一人娘がいるから、自分に何かあった時は守ってやってほしい。と……その二月後に、おやっさんは亡くなった」
その話を聞いて、私は泣くでもなく、ただエドガーの過去を頭で理解していた。
一つ確かな事は、エドガーがお父様の事を、本当の父親のように慕っていたという事だった。
彼はもう私にとって、兄のような存在だったのだ。
私の方が上なのにエドガーを兄と呼ぶのは、少し納得がいかない部分もあるけれど。
「本当は、もっと早く言うべきだったのかもしれない。エドガー・レトリーブという名は、リタ団長に付けてもらったものだ。今まで黙っていて、本当に済まなかった」
「ううん、話してくれてありがとう。お父様のこと、エドガーとの関係なんて全然知らなかったから、聞けて嬉しかった」
エドガーは緊張が解れたようで胸を撫で下ろし、もう一度私に
「ありがとう」
と言った。
何だか今日は疲れてしまったから、早く家に帰って休みたい。
家ではシャロとシルビアが待ってくれている。
早く二人に会いたいな。
「二人とも~、私ちょっとさっきの件で出なきゃいけなくなったから、行ってくるね~!」
慌ただしく休憩室に戻ってきたリタが、そう言って再び部屋を出ていった。
何だか、怠けていないリタを見るのは新鮮だ。
「私も、今日は帰ろうかな」
「送ろうか?」
席を立った私に、エドガーはそう訊ねる。
こういう時、私は直ぐに甘えてしまうのだ。
「いいの?」
「俺も今日は、そのまま帰るから。ちょっと、ジャックさんに報告書だけ出してくるな」
「うん、ありがとう」
それから私はエドガーの馬に乗り、彼の背中に寄りかかって帰路についた。
家に着くと、シャロとシルビアはいつもの明るい笑顔で待っていてくれた。
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愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
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