魔王の娘は勇者になりたい。

井守まひろ

文字の大きさ
上 下
23 / 134
陽光/月と太陽 編

19.旧アルブ王国

しおりを挟む
 翌日、私達はシリウスにいた。

 セシルが使っていたものと同じ、転移魔法だ。

 転移と言ってもどこでも好きな場所へ行けるわけではなく、記憶していない土地、つまり一度も行った事のない場所への転移は不可能であり、現時点で私が移動できるのは、旧アルブ王国、カンパニュラ公国、アイテール帝国の奴隷市場跡、そしてシリウスを含むアストラ王国の一部だけだ。

 それ以外の場所には、まだこの足で向かう必要がある。

「てなわけで、いざアルブ王国へ!」

 何だかテンションの高い大人がいる。

「えー……五人で転移するの……?」

 私達だけでアルブに行くのは心配だという事で、リタとエドガーが加わり保護者同伴になった。

「あれだ、エドちゃん魔力補助できるっしょ。ベリィちゃんの転移手伝ったげなよ」

「どうして俺もなんですか……まあ良いですけど」

 相変わらずリタのことは苦手だが、エドガーがいることに関しては少し安心する。

 実力の面でもあるけれど、私が自警団でシルビア以外に話しやすいのはエドガーだ。

「魔力補助は平気。私の魔力量じゃ大した消耗にならないから」

「そうか、無理はするなよ」

 まあ、転移魔法なんて使ってこなかったから、ほとんど初めてみたいなものなんだけどね。
 慣れない魔法を使う場合、魔力が法陣に収まらず溢れてしまうことがあるけれど、それも最初のうちだけ。
 特に魔法の扱いに長けている魔族は、魔力のコントロールが他種族よりも上手いのだ。

「そういえば、ルーナちゃんは?」

 隣にいるシャロが、気遣わしげにそう訊ねてきた。

「自警団に預けてある。たぶん雪国の寒さには耐えられないだろうから」

 私は月光竜の生態がよく分からないから、下手に寒い場所へ連れて行って辛い思いをさせるのは可哀想だ。

 ルーナは最初、少し不安そうな様子だったけれど、私の話を理解してくれたのか、

「行ってらっしゃい」

とでも言うように、元気な鳴き声で送り出してくれた。

 これで準備は万端だ。

「場所は旧魔王城内の私の部屋。そこが一番リスクが低いと思う」

 現在、アイテール帝国が支配しているアルブに乗り込むのは、完全に不法入国となる。

 出来る限り、アイテールの兵士には見つかりたくないところだが、可能であればミア達や他の国民達の安否も確認したい。

「じゃ、行くよ」

 全員に転移魔法の効果が適用するよう、私達は手を繋いで円を描くように立った。

「テレポート!」

 視界が一瞬だけ激しく揺れ、気付くと私達5人はそこに着いていた。

 あれから何日が経ったのか、もう覚えていないけれど、私の部屋はあの時のままだった。

 家具などは若干埃を被っているものの、室内を荒らされた形跡は無い。

「部屋の中なのに、一気に寒くなったな」

 そう言ったシルビアは、雪国へ行くということで厚着はしているけれど、それでも人族からすればアルブの寒さは厳しいだろう。

 リタとエドガーもアルブには初めて来たということもあり、興味深そうに窓のカーテンを少しだけ開き、外の景色を見ている。

 シャロは……私の部屋を眺めていた。

「もしかしたら、この城もアイテールの兵士に占領されている可能性がある。裏口まで案内するから、気をつけて」

 皆にそう言ってから、私はカーテンの閉ざされた窓に目を移し、その隙間から少しだけ外の様子を覗いてみた。

 あの時と変わらず、外は真っ白だった。

 見た限りでは帝国の人間のようなものは見当たらず、外に出ても問題はなさそうだ。

 廊下に出て、城内を注意深く確認しながら裏口へと進んで行く。

 幸か不幸か城の中には誰も居らず、安全に裏口まで辿り着くことができた。

 異常は無かったが、違和感は覚えた。

 誰もいないどころか、荒らされた形跡すらない。
 ミアや他の従者達は、今どうしているのだろうか?

 裏口を出て外の様子を再び確認するが、人のいる気配はない。

「さて、これからどうするんだい?」

 リタは周囲を警戒しつつ、私にそう訊ねてきた。

「探している人がいるんだけど、どこにいるか分からない。二手に分かれても良い?」

「おっけー、んじゃ私はエドちゃんと行こっかな。ルビちゃんはベリィちゃん達と一緒に居てくれる?」

「了解っす」

 リタからの頼みにシルビアは元気よく返事をし、それから二手に分かれて旧アルブ王国を探索し始めた。

 薄々勘付いていたけれど、やはり旧アルブ王国内は帝国の兵士が一人もいない。

 何か、おかしい。

 帝国に植民地化されたこの国の民は、私のように奴隷として売り出された者、クリフ達のように反乱する者、今もここで貧しく暮らす者とそれぞれだ。

 しかし私が奴隷市場を破壊して直ぐ後に帝国の奴隷制度は廃止され、現在奴隷として売られていた魔族は他国で捕らえられるか、殺されるか、運が良ければ普通に生活を送れているだろう。

 国に残った魔族は少ないが、それにしても帝国の兵がいないのは不自然だ。

「人、全然いないね……」

 シャロは寒さにガタガタと震えながら、そう言って辺りを見回している。

「帝国の兵に見つからないのは良いけど、何だか不気味。この場所も見慣れた風景なのに、まるで別世界だよ」

 こんなアルブを、私は見た事がない。

 以前ここには商店が建ち並んでおり、幼い頃はよくサーナとお菓子を買って食べていた。

「この先に昔よく遊んだ広場があって、それから……」

 キャンベル邸、サーナの家だった場所がある。
 そういえば、最後にサーナと別れたのはあの場所だった。
 サーナ、きっと生きているよね。
 どうか無事で、元気でいて欲しい。

 約束したんだ、私が絶対に守るから。

「ベリィちゃん、大丈夫……?」

 シャロの言葉で気付いたが、どうやら少し涙が溢れてしまっていたようだ。

「うん、大丈夫。ごめん」

「無理すんなよ。しんどくなったら、団長達にも言って帰ろう」

「ありがとう、シルビア」

 やっぱり、この二人が居てくれると心強い。

「よし、もうちょっと行きたいところがあるんだ」

 サーナの手掛かりもあるけれど、先ずはミア達の安否を確認したい。
 とは言え、闇雲に探し回って見つかる筈がないのだ。

 もしかしたら、歩いている途中でばったり会う可能性だってある。

 それならば……

 今は幼い頃からサーナと一緒に歩いた、あの雪道を歩きたい。

「思い出の場所があるんだ。二人にも来て欲しい」

 私は少しだけワクワクしながら二人に言うと、一度お城の方向に引き返してあの雪道を目指した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

END-GAME【日常生活編】

孤高
ファンタジー
この作品は本編の中に書かれていない日常を書いてみました。どうぞご覧ください 本編もよろしくです! 毎日朝7時 夜7時に投稿

だってお義姉様が

砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。 ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると…… 他サイトでも掲載中。

大地魔法使いの産業革命~S級クラス魔法使いの俺だが、彼女が強すぎる上にカリスマすぎる!

倉紙たかみ
ファンタジー
突然変異クラスのS級大地魔法使いとして生を受けた伯爵子息リーク。 彼の家では、十六歳になると他家へと奉公(修行)する決まりがあった。 奉公先のシルバリオル家の領主は、最近代替わりしたテスラという女性なのだが、彼女はドラゴンを素手で屠るほど強い上に、凄まじいカリスマを持ち合わせていた。 リークの才能を見抜いたテスラ。戦闘面でも内政面でも無理難題を押しつけてくるのでそれらを次々にこなしてみせるリーク。 テスラの町は、瞬く間に繁栄を遂げる。だが、それに嫉妬する近隣諸侯の貴族たちが彼女の躍進を妨害をするのであった。 果たして、S級大地魔法使いのリークは彼女を守ることができるのか? そもそも、守る必要があるのか? カリスマ女領主と一緒に町を反映させる物語。 バトルあり内政あり。女の子たちと一緒に領主道を突き進む! ―――――――――――――――――――――――――― 作品が面白かったらブックマークや感想、レビューをいただけると嬉しいです。 たかみが小躍りして喜びます。感想などは、お気軽にどうぞ。一言でもめっちゃ嬉しいです。 楽しい時間を過ごしていただけたら幸いです。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

あなたのサイコパス度が分かる話(短編まとめ)

ミィタソ
ホラー
簡単にサイコパス診断をしてみましょう

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

スマホ岡っ引き -江戸の難事件帖-

naomikoryo
ファンタジー
現代の警察官・佐久間悠介が交通事故の衝撃で目を覚ますと、そこは江戸時代。 混乱する中、手には現代のスマートフォンが握られていた。 しかし、時代錯誤も構わず役立つこのスマホには、奇妙な法則があった。 スマホの充電は使うたびに少しずつ減っていく。 だが、事件を解決するたびに「ミッション、クリア」の文字が表示され、充電が回復するのだ。 充電が切れれば、スマホはただの“板切れ”になる。 悠介は、この謎の仕様とともに、江戸の町で次々と巻き起こる事件に挑むことになる。 盗難、騒動、陰謀。 江戸時代の知恵や人情と、未来の技術を融合させた悠介の捜査は、町人たちの信頼を得ていく。しかし、スマホの充電回復という仕組みの裏には、彼が江戸に転生した「本当の理由」が隠されていた…。 人情溢れる江戸の町で、現代の知識と謎のスマホが織りなす異色の時代劇ミステリー。 事件を解決するたびに深まる江戸の絆と、解けていくスマホの秘密――。 「充電ゼロ」が迫る中、悠介の運命はいかに? 新感覚エンターテインメント、ここに開幕!

この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR

ばたっちゅ
ファンタジー
相和義輝(あいわよしき)は新たな魔王として現代から召喚される。 だがその世界は、世界の殆どを支配した人類が、僅かに残る魔族を滅ぼす戦いを始めていた。 無為に死に逝く人間達、荒廃する自然……こんな無駄な争いは止めなければいけない。だが人類にもまた、戦うべき理由と、戦いを止められない事情があった。 人類を会話のテーブルまで引っ張り出すには、結局戦争に勝利するしかない。 だが魔王として用意された力は、死を予感する力と全ての文字と言葉を理解する力のみ。 自分一人の力で戦う事は出来ないが、強力な魔人や個性豊かな魔族たちの力を借りて戦う事を決意する。 殺戮の果てに、互いが共存する未来があると信じて。

処理中です...