魔王の娘は勇者になりたい。

井守まひろ

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陽光/月と太陽 編

18.斜陽

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 斬って、斬って、斬り続ける。

 魔物達の中に飛び込み、覇黒剣ロードカリバーの魔法で薙ぎ払う。

「ヒスイ疾風斬り!」

「アイネクレスト!」

 シャロはゴーストを祓い、シルビアは視界に入った魔物を片っ端から斬っているようだ。

 改めて思ったけれど、シャロはアイネクレストの発光以外に魔法は使わず、ゴースト以外の魔物を倒す際には凄まじい勢いでアイネクレストを振り回している。

 旅の途中で、シャロにアイネクレストを持たせてもらった事がある。
 あれは強力な魔力補助が無ければ、とてもじゃないけれどシャロぐらいの少女が持つことは、ほぼ不可能なほどの重量だ。

 あの発光がアイネクレストの固有魔法だとすれば、シャロは魔力を流し込むだけで発動が可能だろう。

 しかし、その理論だと陽光アイネクレストは、聖剣と同じ……

「うわあああ! 来ないでえええ!」

 ふと、アイネクレストを振り回して魔物を薙ぎ倒しているシャロの姿が目に入る。

 側から見れば滑稽だが、彼女は途轍もないフィジカルモンスターなのかもしれない。

 カンパニュラの防衛戦は、それから程なくして終幕した。

 幸い国内で死者は出ず、街中の被害も最小限に収まった。

 セシルは、カンパニュラの民がお父様と魔族を認めてくれたと言っていたけれど、魔王の娘である私のツノ、そして戦いを見たのは初めての事だろう。

 国を守る為とは言え、こんなにも暴れてしまったのだ。
 やはり私は、ここを出て行くべきかもしれない。

「おねーちゃん!」

 ふと、ネルの声が後ろから聞こえてきた。

 咄嗟にフードを被って振り返ると、こちらに駆け寄ってくるネルの姿がある。

「ネル……」
「るーなは?」

 成る程、ルーナの心配か。

「無事だよ。ルーナのこと心配してくれてありがとう」

「おねーちゃん、かっこよかった! まおーさまだったんだ!」

 正当に即位していないから魔王ではないけれど、私にはこのツノがある。

「ネル、私が怖くないの?」
「こわくないよ! おねーちゃん助けてくれたし!」

 そうか、子供は純粋だな。
 幼い頃に優しいお父様の姿を知ったこの子は、魔族への偏見が無いのだろう。

「えっと……ベリィ、様?」

 ネルを追いかけて来たフレイヤが、少し戸惑いながら私の名前を呼んだ。
 警戒されているのかもしれない。

「隠していてごめん。私は……もう出て行くから……」

「あ、いえ、そうではなく、娘をありがとうございました。まさか魔王様の御息女とは知らず、普通にシャロちゃんのお友達として接してしまい……と言う事は、ベリィ様ってシャロちゃんとお友達なんですか!?」

 ……驚くところはそこなのか。

「まあ、うん。お世話になってる……」

「シャロちゃん、知らないうちにすごい子になったのね……あ、突然すみません。国を守って下さり本当にありがとうございました。後ほどお礼の果物たくさん持っていきますね!」

 そんな、私なんかにお礼なんて勿体無い。
 私はお父様とは違って、器が小さくて性格も悪い。
 こんなにも温かい言葉をかけられるのは、申し訳なくなってしまう。

「ごめんなさい……私なんかに……」

「ベリィさん、そこは謝罪ではありませんよ」

 不意に聞こえてきたセシルの声は、人形から出ていた声と違い、籠りがなくなっている。
 横を見ると、そこにはケイシーに付き添われながら車椅子に乗ったセシルの姿があった。

「セシル……」
「感謝、です。周りをよくご覧になってください」

 彼女に言われた通り、恐る恐る顔を上げてみる。

「守ってくれてありがとうございました!」
「ベリィ様かっこよかったです!」

「ベリィちゃんありがと~!」
「こら、ベリィ様でしょ!」

 カンパニュラ公国は、私への感謝の言葉で溢れていた。

 ありのままの自分を受け入れてもらえた喜びで、思わず目頭が熱くなる。

「ありがとう、みんな」

 涙は我慢。
 今の私は、勇者なのだから。

「ベリィちゃん、やったね!」
「やっぱベリィは桁違いだわ。あーしも負けていられないな」

「シャロ、シルビア、ありがとう」

 変に気を使い過ぎたせいか、私は思わず二人に抱きついた。
 困惑している様子だけれど、今は離したくない。
 私、頑張ったんだから、少しは甘えてもいいよね。

 その後、目を覚ましたナイトリオンと主従契約を交わした私は、シャロとシルビアの二人と共にフランボワーズ邸まで戻った。

 レオン公爵、そしてセシルから改めて感謝され、少し遅い昼食まで振る舞ってもらった。

 食事の後、私はセシルの部屋で二人きりになり、先ほど彼女が一瞬にしてあの場に現れたことについて触れた。

「そういえば、さっきセシルがあそこに一瞬で来たのって……」

 私達がフランボワーズ邸を飛び出した際、セシルはまだベッドの上だった。

 傀儡かいらいはベッドから操っているとセシル自身も話していたし、ケイシーの補助があったとしても、体調の悪い彼女はあの距離の移動が困難なはずだ。
 となれば、方法は一つだけ。

「はい、転移魔法です。魔力の消耗は激しいですが、わたくし程の天才ならば魔力の絶対量が桁違いですから、一日に数回程度でしたら使えますよ」

 転移魔法を一日に数回も使えるということは、かなりの魔力量を有していることになる。
 それを可能としているのは、やはりあの眼なのだろう。

「まあ、いくらわたくしが天才とは言え、今回はベリィさん達がいてくださらなければ厳しかったです。本当に、ありがとうございました」 

 そう言ったセシルの笑顔は、可憐でいて美しかった。
 小汚い精神の私と違い、彼女は本物の貴族なのだ。

「……そっか、高い社会的地位には義務が伴うと言うけれど、セシルの義務は、この国と民の美しさを守ることなんだね」

「ふふ、そうですね。ベリィさんにも、王族としての義務があるのでは無いですか?」

「アルブを追われた私には、もう社会的地位なんてものは無いよ」

「爵位があるから、貴族だというわけにはいきません。爵位が無くとも、天爵を持った立派な方々もおります。
ベリィさんも、没落に終わりは無いのかもしれませんが、王族としての心を捨てない限り、日はまた必ず昇りますよ」

 セシルの言葉は、後ろ向きだった私の心を照らしてくれるようだった。
 そうだ、私は……

「私は、世界を救う勇者になって、お父様の大義を受け継ぐ。そう決めたんだ。セシル、ありがとう! 私頑張るね!」

「はい、期待しておりますよ」

 セシルの部屋を出た私はシャロとシルビアの元に向かい、二人と一緒にシャロの家まで帰った。

 家に着くとフレイヤとネルが待っており、沢山の果物を渡してくれた。
 空はもう夕に染まって、美しい町を茜色に照らしている。
 あの落ちてゆく日は沈んでも、明日の朝には必ず昇るのだ。
 ここまで落ちた私も、シャロやシルビア、セシルのおかげで少しずつ上を向けるようになった。

 まだ怖いけれど、覚悟を決めよう。

「シャロ、私……アルブ王国に行ってみようと思う」

 今回の魔物襲撃事件には、確実に魔族が絡んでいる。
 アルブ王国へ行けば、セシルから依頼されたを裏で操っていた者の特定に、大きく近づけるかもしれない。

 窓辺に立っていたシャロの表情は、夕日の逆光でよく見えなかった。

 恐らく、不安げな顔をしていたのだと思う。

 それでも、一呼吸置いて彼女はこう返してくれた。

「わかった、アタシも一緒に行くよ!」

 相変わらず表情は見えないけれど、シャロは笑顔で言ってくれただろう。
 その証に、私は茜色の斜陽を、陽光と見紛ったのだから。
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