魔王の娘は勇者になりたい。

井守まひろ

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陽光/月と太陽 編

10.スターメイカー

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 漸く地面に着くことができた。
 魔力で身体を保護しつつ受け身を取っていた為、怪我はしていないが少しだけ身体が痛い。
 私は周囲を見回し、先程落ちていった剣がどこかに無いか探す。

 あった。
 剣は私の直ぐ近くに落ちており、どこか欠けた様子もない。
 剣を拾い上げた私は、自分が落ちてきた斜面を見上げてため息を吐く。
 早く二人の元まで戻りたいが、この斜面を登ろうにも、思った以上に急な斜面で難しそうだ。
 登れなくはないが、少し時間がかかるだろう。
 とは言え、今は迷っている余裕など無い。
 急いでここを登り、二人に加勢しなければ……

「ありゃ~、上から女の子が落ちてきた。大丈夫?」
「誰だ!?」

 私は咄嗟に剣を構え、声のした方にその剣先を向けた。
 声は女のものだ。
 野盗の仲間かとも思ったが、そこに居たのは見覚えのある服を着た女性だった。

「おっと、私は敵じゃない。通りすがりの、ただの聖剣使いさ」

 女性はどこか格好つけてそう言うと、少し赤くなっている顔で少女のように無邪気な笑みを浮かべた。
 お酒臭い……

「あ、あの、あなたは?」

「やあやあ、私はシリウス自警団団長、リタ・シープハード。この刻星剣ホロ……あれ? 私の剣は? 私の聖剣がない!」

 うるさい。
 うるさいし、こんな人が自警団の団長だなんて、あまりにも酷過ぎる。
 確かに、ペールブルーのペリースと背中には青い一等星の瞳を持った犬の紋章、服装は自警団のものを身に纏っており、こんな状態でも隙が無い。
 シルビアが言っていた、自警団でもう一人の聖剣使い。
 それにしても、異質な雰囲気の人だ。
 悪い人には見えないが、何か底知れない力を持っているような気がする。

「うわあああ! 私の聖剣どこだよおおお!」
「うるさい!」

 痺れを切らした私が一喝すると、リタは突然静かになり私の顔をゆっくりと見てきた。

「すんません。うう……でも、私の聖剣が無いんだ……どこ落としたんだろ……」

「はぁ……聖剣のことは知らないけど、この上に野盗がいて、いま私の仲間達が戦ってる。そいつらにでも取られたんじゃない?」

 勿論、適当な事を言ったが、今の私の目的はシャロとシルビアの元に戻る事だ。
 この人の聖剣は後で探せばいいだろう。

「野盗か……あるな。たぶん私が寝てる間に無くして、それ拾われてる可能性もある」

 本当だろうか……?
 しかし上には厄介な影魔法使いもいる。
 この人が協力してくれるのであれば、こちらが有利になるかもしれない。

「ガキ発見~」

 不意に男の声が聞こえたかと思えば、既に何者かの気配が私の背後に迫っていた。
 恐らく、先程の影魔法使いだ。
 私は手に持っていた剣を構え、咄嗟にその攻撃を防ごうと……

「よっ」

 防いだつもりだったが、迫っていた影は既にリタによって斬られてきた。
 彼女の手には短剣が握られており、一瞬で影を倒してしまったのだ。
 この人、動きが速い。
 私も速さには自信があるけれど、私の他にこれほど速く動ける人は、恐らくお父様以外では初めて出会った。
 いや……この動き、もしかしたらお父様に匹敵する。

「おい、こんな小さい子の何を狙ってるんだ? そういう性癖か? 隠れてないで出てこいよ~」

 リタの呼びかけに、男は返事をしてこない。
 それどころか、一切の気配が消えてしまった。

「あー、こりゃ逃げたな。へっへっへ、雑魚め。おっと、じゃあさっき話してたらお仲間さんのところに戻ろっか。大人の私が責任を持って送り届けよう」

「うん、ありがとう」

 幸い、まだ私の正体はバレていない。
 上には同じ自警団のシルビアも居るし、合流すれば悪い事にはならないだろう。

「よし、じゃあちょいと失礼」

「……ん?」

 リタは突然私の身体を持ち上げ、優しく抱きかかえてきた。
 お姫様抱っこ、というやつだ。

「あ~身体が痛い。身体中が痛いよぉ……私どんな状態で寝てたんだよ。さっきね、目が覚めたら木の上にいたんだよ。ヤバいっしょ!」

 もしかして、酔っぱらいすぎて正常な判断ができなくなっている?

「ねえ~、ヤバくな~い? てかキミ名前なんて言うの?」

「ベリィだけど……なんで私のこと抱き抱えてるの?」

「ベリィちゃんってのか~。てかフードの下って猫耳? 可愛いねぇ!」

「にゃ、にゃーん……じゃなくて、なんで」

「あっははは! にゃーんとか可愛すぎっ! お姉さん可愛い子大好きなんだよぉ~」

 ゾッとした。
 まずい、助けを求める相手を間違えたかもしれない。

「そんな可愛いベリィちゃんを、今からお仲間さんの元にかえしま~~す!」

 ど、どうやって……?

「いくぞ~、アンチグラビロウル」

 瞬間、私とリタの身体はふわりと宙に浮き、一瞬で崖の上まで戻ることができた。
 この魔法、重力操作魔法だ。
 構築が難しいとされているけれど、彼女はこんなにも簡単にそれをやってのけた。

「え、ベリィちゃん!? と、誰!?」

 私の姿を見たシャロが、驚きながらそう言った。

「シャロ、シルビア、大丈夫!?」

 私はそう声を上げながら、二人の元まで一目散に走った。

「ベリィ! それに団長!」

 何やら、二人は怪我をしている様子もなく元気そうだ。

 よく見ると、彼女らの奥には拘束された数人の男達がいる。
 野盗の仲間だろうか?

 この人数の男達を、たった二人だけで制圧したのか?

「お、ルビちゃんじゃーん。やほやほ~」

 リタはシルビアを見つけると、また無邪気な笑みを浮かべながら手を振っている。

「あ~、やっぱりいたんスか……これ、剣無くしてましたよね?」
「あー! これだよこれ! よかったぁ見つけてくれてありがとう!」

 リタはシルビアから青い刀身の剣を受け取り、丁寧に鞘へと収めた。
 こちらも一件落着したようだが、なぜそんな大切な剣を無くしてしまっていたのか。

「ベリィちゃん、怪我はない?」

 私を心配してくれているのか、シャロが大きな盾を携えたまま私の元まで駆け寄ってきた。

「大丈夫、ありがとう。よくそんな大きな盾を持ちながら走れるね」
「えへへ、鍛えてるからね!」

 怪力とはこの事を言うのだろう。
 きっとシャロは筋肉の質量がおかしいのだ。

「で、コイツらがベリィちゃんの言ってた野盗連中か。今の私は聖剣取り戻して元気100倍だからな。大人しく連行されとけよ~」

 リタはニヤリと笑いながら、拘束された男達の元へと歩み寄る。

 その瞬間、再び何かの気配を感じた。

 間違いなくあの影魔法だ。
 場所は?
 何処から来る?

「ひゃっ!」

 一瞬の出来事だった。
 幾つもの黒く長い影に、盾諸共シャロが捕らわれてしまったのだ。

「シャロ!」

 すぐさま私は剣を振るうが、この剣の刀身では影に届かず、シャロは無数の影に拘束されたまま木に押さえつけられた。

「オレのことを忘れんなよ~。まあ、この女さえ捕まえりゃ影魔法はいくらでも使える。お前ら、武器を置いて仲間の拘束を解け。然もないとこの女の命は無え」

 どうしよう、シャロを人質にとられた。

 最悪だ。
 覇黒剣ならあの影に届いたかもしれないのに。
 私がもっと気を付けていたら、こんな事には……!

「テメェ、シャロを放しやがれ!」
「助けて欲しかったら武器を置け。そして服を脱いで跪け」
「はあ? 脱ぐかボケが!」

 どうしよう、このまま野盗達の拘束を解いても、私達が助かる保証は無い。
 影魔法を直接攻撃以外で消せるのは、アイネクレストのような光系統の魔法のみである。
 私は光魔法が使えないし、シルビアも疾双剣ヒスイの風魔法しか使えない。
 こんなところで、最悪の状況になってしまった。

「よし、わかった。剣は置こう。お前さんの仲間達も解放する。それでよい?」

 リタ、何を言っているんだ?
 奴の言いなりではシャロも私達もきっと助からない。

 彼女にとって、人ひとりの命なんてどうでもいいものなのか?

「リタ、やめて。まだ他に方法が!」
「ベリィちゃん、大人しく従おう。いいかい? 私が最初に剣を置く。ルビちゃんもベリィちゃんも、私の後に剣を置くんだ。いいね?」

 納得できない。
 既にリタは剣の柄に手をかけ、鞘からそれを引き抜こうとしている。
 早く、早くシャロを助ける方法を考えなければ。
 リタは完全に剣を抜き、剣先が地面に向くようにそれを持った。

「光れ、刻星剣こくせいけんホロクラウス」

 その直後、リタの掛け声と共に彼女の剣が光を放ち、シャロを拘束していた影を消滅させた。
 
「何っ!?」

 影魔法使いは、今起きた出来事に困惑している様子だ。
 私も同じである。

 あれがリタの聖剣、刻星剣ホロクラウスの力か。

 名前しか聞いたことのない聖剣だったが、その青い刀身には北斗七星の模様が刻まれており、先程の光はそこから放たれていたのだ。

「影を照らすのは陽光だけじゃない。星明かりだって十分なんだよ?」

 リタは先ほどの無邪気な笑顔とは打って変わり、勝利を確信したかのように不敵な笑みを浮かべている。

 私は直ぐにシャロの元に駆け寄り、彼女を抱きかかえた。

「シャロ、大丈夫?」
「ベリィちゃーん、ごめんねぇ……怖かったよぉ!」

 シャロが無事ならそれで良いのだ。
 怪我がなくて本当によかった。

「さてと、吐きそうだから戦いたくないんだけどなぁ~。仕方ない、逃げても無駄だぞ影使い。既にお前の本体は星が捉えた」

 影魔法使いの返事は無いが、それでもリタはまるで相手の姿が見えているかのように剣を構えている。

「スタアメイカ・ゲイザー」

 リタは詠唱ののち、その青い刀身で空気を薙いだ。
 次の瞬間、影魔法使いのものと思われる男の叫び声が森に響き渡る。

「安心しな、峰打ちだから」

 リタは剣を鞘に収め、叫び声のした木々の向こうに顔を向けた。

「よし、じゃあ私はちょっと奴をこっちに連れてくるわ。ルビちゃん達はそれ見張ってて~」

 これまでの気迫が嘘のように、彼女は少し赤い顔で無邪気な笑顔を浮かべ、影魔法使いがいるであろう方向に歩いて行った。
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