魔王の娘は勇者になりたい。

井守まひろ

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陽光/月と太陽 編

1.継承の燐火

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 ここに来てから、何日が経過したのだろう?

 お父様が殺された翌日、私はサーナのことが気がかりで、キャンベル邸へと走った。

 状況は、すでに手遅れだった。

 サーナの父親であるルシュフ公爵も、その従者達も、皆が血を流して倒れていた。

 唯一、サーナの姿だけが見当たらず、泣きながら彼女を探していたところ、私は何者かに背後から襲われてしまった。

 強い毒で死にかけながらも、次に目を覚ましたのがこの奴隷市場だった。

 人族達はツノの生えた私が珍しいようだが、当然このツノを見た者は私のことを化け物としか思えない。
 これは、それだけの恐怖を与えてしまうものなのだ。

 そんな人族達が話していた内容を聞いていたところ、どうやら王族不在のアルブ王国は、アイテール帝国の属国になるらしい。

 連中、まるでこうなるのを待っていたかのような手際の良さだ。

 それに、現時点で奴隷制度があるのはアイテール帝国のみであり、それは此処がアイテール帝国であるということ。

 でも、今はそんなことどうでもいい。

 早くここから抜け出さないと、もっと酷い目に遭うだろう。

 とは言え、この首に付けられた謎の首輪のせいで、魔法が一切使えない。
 数日前に受けた毒と精神的なショックで、身体に力が入らないというのもあるけれど、早く何とかしなければ、これから一生奴隷として生きなければならなくなってしまう。

 行動が起こせないまま焦燥感だけが増し、今日も1日の半分を終えてしまった。

 奴隷達の管理をしている男が、私達の前へと乱暴にパンとスープを置いていく。

 食事はこの一回のみ。
 王族の私がこんな不潔な場所で質素な食事を摂らされるのは屈辱でしかないけれど、今はそんな事を気にしていられる余裕なんて無い。

「おかあさん、おなか空いたよ……」

 いつも隣に座っている母と娘は、合わせて食事が一人分だった。

 母親はその殆どを娘に与えているが、子供はそれでも足りないだろう。
 親子共に、酷く痩せ細った身体をしている。
 このままでは、飢え死ぬのも時間の問題だろう。

「あの、これ食べる?」

 私は自分に出されていたパンを、隣の少女に差し出す。

 親子は一瞬驚いた後、私のツノを見て怯えたような声を出した。

 私のツノは、やっぱり怖がらせてしまう。
 ツノは嫌いじゃない。
 けれど、このツノによって誰かを不幸にしてしまう自分は嫌いだ。

「えっと……よろしいんですか?」

 ふと、母親が私にそう聞き返した。

 恐る恐るといった様子だが、彼女の目は私のツノではなく、私の目を見ている。

「あ……うん、私は大丈夫だから」
「え、あ……ありがとう、ございます。それでは、ありがたく頂きます……」

 母親は私からそっとパンを受け取り、それを娘に渡す。

「おねえちゃん、ありがとう!」

 少女は私に礼を言うと、嬉しそうにパンを食べ始めた。
 このような状況だけど、私の事を恐れずに会話してくれた親子に、心の中で感謝していた。

 それから私とその親子は、少しずつ会話をするようになった。

 母親はリサ、少女はメイという名らしい。
 メイは魔族である私に興味があるようで、魔族がどのような生活をしているのか、何が好きなのか等と色々聞かれた。

 簡単に答えはしたものの、人間も魔族も殆ど変わらない上、私は仮にも王族だ。
 恐らく私のことを話したところで、この子には詰まらないかもしれない。

「おーい、魔族が話してんじゃねーよ。空気が汚れんだろうがよぉ」

 檻の外から私にそう言ってきたのは、いつもこの檻の監視をしている男だった。

 男は露骨に嫌な顔で私を見ながら、拾った石をこちらに投げつける。

 額に当たった。

 顔を狙ったにしては上出来だけど、対して痛くもない。

「メイ、ごめんね。また後で話そう」
「う、うん……」

 どこか悲しそうな顔をしたメイから少し離れ、私は目を瞑った。

 それから、また数日が経過した頃、その日の朝からメイの体調が優れなかった。

 メイの体調は次第に悪化し、熱があるようで身体が熱く、しきりにお腹が痛い時訴えていた。

「おかあさん……おねえ、ちゃん……」
「メイ……どうしよう……」

 リサもどうすれば良いのか分からず、ただメイを抱きながら頭を撫でている。

 魔法さえ使えれば、治療魔法で多少痛みを和らげ、症状を落ち着かせることが出来るかもしれない。

 今なら然程体調も悪くはないし、魔法が使えそうだ。
 私は首輪に意識を向けながら、力強く魔力を込める。

 首輪はピキピキと罅が入り、呆気なく砕け散った。
 やっぱり、この程度で私の魔力を抑える事なんて不可能なのだ。

「ヒール」

 私は直ぐさまメイに治療魔法をかけ、優しい言葉で彼女を落ち着かせる。
 案の定、治療魔法でメイの症状は落ち着いた。
 何とかなってよかった。

「お前、何してくれてんだよ」

 背後から聞こえてきた声は、あの見張りの男のものだ。

 男は私を蹴飛ばし、大きなため息を吐く。

「あーあ、この首輪不良品だったか。まあいいや、お前さぁ、魔族の分際で勝手に何してんだよ。魔法使っていいなんて言ったか?」

 私はもう一度男に蹴られ、片方のツノを掴まれる。
 私はそのまま持ち上げられ、男は私の顔を覗き込んだ。

「珍しいツノが生えてるって言うから期待してたが、全然売れねーじゃねえかよ。まあ、こんな気色の悪いツノがある魔族のガキ、誰も欲しがらねーか。恐ろしくってしょうがねぇ」

 男の言う通り、私のツノは恐ろしくて気色が悪いかもしれない。
 こんな醜い魔族が、人族に売られるわけがない。

 だけど、そんな事はどうでもいい。

「あの子は……助けなきゃ死ぬかもしれなかった。あんな小さい子、見捨てられるわけないでしょ」

「は? お前、なんか本当に気持ち悪いな。あのガキ一匹死んだところで、別に何の問題も無えんだよ。あれに商品価値は無え。そのうち処分するつもりだったし、このまま死んでくれた方が助かったんだけどなぁ」

 最低だ。

 この時、私は生まれて初めて、誰かに対して強い嫌悪感というものを抱いた。

 私の事は、どれだけ酷く言われようとも構わない。
 だけど、ここまで人の命をぞんざいに扱うような奴は許せない。

「おねえちゃんは、気持ち悪くなんかないもん!」

 いつの間に元気になったのか、メイが男に向けて強く言い放った。

「お前もうるせえな。もう良い、処分してやる」

 そう言ってメイに手を伸ばす男の腕を、私は強く握りしめる。

「メイに……触るな!」

 心の底から沸々と湧き上がるこの感情は、これまで感じる事の無かった強い怒り。

 我慢が出来なくなった。

 ここで奴隷として苦しむ人達が、こんな奴らの為に死んでいくのは見たくない。

 私は手錠と足枷を破壊し、拳に魔力を込めて男を檻の外に殴り飛ばした。

 飛ばされた男は壁に激突し、気を失って倒れ込む。

 騒ぎを聞きつけてやって来た他の人間達が、檻の中の私に武器を向けてきた。

 ああ、もういいや。

 それから私は、一方的な破壊の限りを尽くした。

 奴隷以外の人間全員、生きてはいるが動ける状態ではない。

 やってしまった。

 この先、あの奴隷達はどうやって生きていけばいいのだろう。
 リサとメイは、どうなってしまうのか。
 私は、ただ自分の怒りに任せて身勝手に暴れてしまった。

 最悪だ。

 私はもう何も考えられず、ただ奴隷市場に背を向け、無気力に歩き出した。

 沢山の人達を殴った。
 初めて暴力を振るった感覚が、未だこの手に残っている。

 きっと私は、そのうち帝国の兵に殺される。
 それがこんなにつらいのだ。
 ああ、つらい、つらい。
 私はもうこのまま飢えて死のう。
 その前に、兵士に見つかって殺されてしまうだろうか。
 いや、その前に、どこか遠くの遠くの国に行ってしまおう。

 それから、どれほどの距離を歩いたのだろう。

 気付けば見たことのない森の中で、私は一つの小さな光を見ていた。
 それはまるで、燐の火のような青い美しい光であり、私の前で静かに燃えている。

 ゆっくりと移動するその光に、私は懐かしい温もりを感じ、ただそれの後を追った。
 
 いつまで光を追っていたのか。
 ふとした時には、既にその光は無くなっていた。

 あれが単なる幻覚だったのか、はたまた魔物や精霊の一種だったのかは分からない。

 けれど、一つだけはっきりした事がある。

 あの光は、私をこの場所まで導いていたのだ。
 そうでなければ、私がこんな所に辿り着けるはずがない。
 ああ、これはきっと何かの巡り合わせのようなものだ。

 私は倒木に立てかけられた剣を手に取り、それを鞘から引き抜いた。

 魔王の家に代々伝わってきた暗黒の聖剣、父の愛剣である、覇黒剣はこくけんロードカリバー。
 
 私は無くしていた感情が心の底から一気に溢れ出し、それが頬を伝って流れ出したのが分かった。

「お父さま……お父さま……会いたいよぉ、お父さま……」

 鞘に収まった剣を抱きしめ、ひたすら私は泣いた。
 泣いて、泣いて、涙が枯れ果てた頃、私の心は生きる事を選んでいた。

 私は大きな剣を背負い、剣の横に掛けられていた父の形見のマントを羽織る。

 あのお父様を殺せるのは、恐らく光竜剣に選ばれた勇者ぐらいしかいない。

 世界を守る為に戦う勇者が、何故罪のないお父様を殺さなければならなかったのか。

 いや、そんな事は知らない。

 必ずお父様を殺した犯人を見つけ、その身をもって罪を償わせる。

 先程まで力の入らなかった拳をぎゅっと握りしめ、私は決意を胸に歩き出した。
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