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3章

62話 ローデンハルト

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翌日――

始まりの街に高貴な馬車が到着した。
ワイマールが扉を開け馬車からいかにも高貴な服装を纏った人間の男が出てきた。
てっきりイャーリスの王は獣人だとばかり思っていたイザはその姿を見て驚いた。
ラナ達もローデンハルトの姿を見るのは初めてで、獣人族が多いイャーリスはてっきり獣人族が治めていると思っていたらしい。

「これはローデンハルト様。わざわざこのような村にお越しいただきありがとうございます」
イザは慌てて挨拶を交わす。

イザたちの様子を見てローデンハルトはくすりと笑いながら口を開いた。
「ふふ。こちらこそ我儘を聞いてくれてありがとう。それと、敬称は不要だよ。ローデンと呼んでくれると嬉しいな、イザさん。……私が人間族だと知って驚いているみたいだね?」

「い、いえ。そんなことは――」
「否定しなくてもいい。私が人間だと知ると皆始めは同じ反応をするからね」

笑いながらそう言うとローデンハルトは街を見渡した。
(出来たばかりの街だと聞いていたがこれほど整備が行き届いているとは。技術力もさることながら余程統率が取れていると伺える。それに……私を出迎えたこの者たち……明らかにこの私より強者……。なるほど、死の森で安全に暮らしているというのは間違いない様だ)

「うん。素晴らしい街だね。ワイマールには聞いていたけど、それ以上だよ」

ラナが前に出て案内を申し出た。
「お褒め頂きありがとうございます。ここで立ち話を続けるのも失礼かと思いますのでお部屋の方にご案内させていただきます」
「ありがとうお嬢さん。そんなにかしこまらなくて大丈夫だよ」

ローデンハルトは一国の主という威厳をあまり感じさせないフランクな性格をしていた。

皆を応接室に案内し、ラナがマレーナに目で合図を送った。
「それでは調印式に移らせていただきますね。この街で採れた食材を使った簡単な食事と飲み物も用意してあります」

ラナがそう言うとセバス飲み物を、ミーアが軽食を運んできた。
ローデンハルトはそれらを口にして驚いていた。
「おいしい……!」
(王都の食事にも引けを取らないじゃないか……いや、それ以上か……?料理人の腕がいいのもあるだろうが食材自体の質が街で流通しているものと別物、といったところか)

リーンが契約書をイザとローデンハルトの元にさし出した。
二人はこれに署名する。

「よし、これでイャーリスもニルンハイムと同じく、この街を友好都市として公に宣言すると約束しよう」

「今後ともよろしくお願いします」
イザは軽く頭をさげる。

その様子を見てローデンハルトは少し怪訝な顔をして口を開いた。
「イザさん。一つだけ言っておくことがある。一国の主たるものは、たとえ他国の有力者の前であったとしても属国でない限りへりくだる必要はない。軽々しく頭を下げる行為はいただけないな」
ローデンハルトは片目を閉じたままイザは見ながら主としての在り方を警告した。

「忠告ありがとうございます」
(そうか、庇護下にあったり属している立場なら上下の関係はあるが、別の街や国ならトップ同士は対等ということか。王という言葉を意識しすぎていたけど俺もこの街の主か)

「うん♪これからよろしくね。そこで早速交易交渉に入りたいと思うんだが……いいかな?」

「それではここからはこの私。ラナが担当します。まずはイャーリス側が求める物をうかがわせてください」

「こちらからは食材と……技術を提供願いたい」
意外な要望にラナも少し戸惑った。

「技術……ですか?」

「ああ、ここへ来るまでに見た街道、街並み、料理、それにこの森で安全に暮らしている事実。建築技術や調理技術、戦闘技術。どれをとっても大国に勝る技術力だ。これを欲する者は多いだろう?」

(このお方、ふんわりしているようで抜け目がないですね。ですが技術ですか……)
「それは、技術指南を所望ということですか?」

「んー。それだとこの街独自の権益奪うことになりかねないし、そもそもそれほどの技術を学んですぐに会得が出来る者が私のところにいるとは思えない。この街の技術者を必要に応じてイャーリスに借り入れるのを認めてほしい。もちろん仕事に見合う対価は支払うと約束しよう。そちらの人材を無理に雇うつもりもない。手が空いているときに引き受けてくれるだけでいい」

(それなら悪い話ではありませんね)
ラナはイザと顔を見合わせた。イザもラナの意図を組みとり頷いた。

「わかりました。必要に応じてこちらから人材を派遣できるようにしましょう」

「助かるよ。イャーリスは傭兵と冒険者の街だからね。優秀な技術者はほとんどいないからね」

「では我々からも希望を。この街は出来たばかりの街ですので金銭が圧倒的に不足しております。ですので先ほど言われた食材の他にも物資を買い取って頂きたいです。それと……ある情報を必要とします」

ラナの意外過ぎる言葉に、周囲ニコニコしていたローデンハルトの顔つきが変わった。
「良質な物資はこちらも欲しいところだ。それは問題ないだろう。して情報とは……?一体どんな情報をこの街は求めているのかな?」

「もし話を飲んでいただけるのであれば、ローデンハルト様を信用してお話いたします」

それを聞いてラナの言わんとすることを察したローデンハルトはワイマール以外の立ち合い者を部屋から出るように指示を出した。

「人払いは済んだ。俺とワイマールを信用してもらおう。それで……?求める情報とはいったいどんな情報かな?」
(これ程の者が集う街。しかもニルンハイムの王とも親交がある。他の3大大国の情報か?それとも更に大事を考えているのか……?)

「我々が必要としている情報というのはエーテロイドという存在の手掛かりです」

聞きなれない存在の名前を聞きローデンハルトはぽかんとしていた。
直ぐにワイマールを見たが、ワイマールも首を横に振って知らないといった素振りをする。
「すまない。えーてろいど?というのを聞いたことも無い。一体それは何だというのだ?」

「数千年前に賢者が居たという伝説はご存じですか?」

「すべての種族が住める理想郷を作ったとされる賢者ヤハウェの話だろう?」

「その賢者が作ったとされる完全なる存在がエーテロイド。または賢者の落とし子と呼ばれている者たちです。かの者たちは強大な魔力を有しており、完全なる不老不死。もし少しでも知っている情報があれば教えてくれませんか」

「まてまて!頭が追い付かない。神話の賢者は実在の人物でその賢者が作り出した存在?不老不死というなら探せばすぐにも情報は出てきそうだが……」

「エーテロイドの可能性が少しでもあるのならどんな情報でも構いません。もし今後どこかで耳にすることがあれば教えていただけると助かります」

「その存在の情報をそこまでして追う意図は……?」

ラナは言っていいものか困りイザの方を見た。
仕方なくイザが口を開いた。
「まだそこまではお話することは出来ません。ですが俺達はその存在を良からぬ理由で追っているわけではないと信じてください」

「流石に初対面の俺に話せる内容ではない、ということか。……わかった。いいだろう。もし俺の耳に入ったときには伝えに来ると約束しよう」

「たすかります」

こうしてお互いに求める物を出し合い。交渉は進んだ。
そして両都市間で定期的に物資の運搬を行うこととなった。
話がまとまりそうになったところでローデンハルトが一つだけ願いを言ってきた。

「最後に一つだけいいかな?」

「なんでしょうか」

「イャーリスは大戦以降長年をかけて、死の森から溢れてくる魔物や魔獣を人の住む場所へ向かわせないよう阻止し討伐することで大国にもその存在を示してきた。これからこの街の存在を公にし、死の森の安全が確保されたと世界に知れるとイャーリスの権威は下がることだろう。更に長年不可侵とされてきた死の森に街が出来たと知ると、その利益をむさぼろうとする者や、国もでてくるだろう。そうなった場合、最初に狙われるのは恐らく一番近いイャーリスだ。ニルンハイムは大丈夫だろうが、もし他の大国の力がイャーリスに及ぼうとした場合我々の力だけで立ち向かえるとは思えない。もし万が一、そうなったときには手を貸していただけないだろうか」
ローデンハルトはそう言うと頭を下げた。

ワイマールがそれを見てすぐにやめさせようとした。
「なっ!頭をあげてくださいローデンハルト様!」

イザはその様子を見てローデンハルトがどれほど国を憂いて、どんな思いで頭を下げてこの願いをしたのかを理解した。
「……頭をあげてくださいローデンさん。一国の主が軽々しく頭を下げる物では無い。ですよね?この森が不可侵な禁域としてどの国も手を出さない場所だと知ったときから、街が大きくなり周りに知られるとそういった問題が出てくるとは思っていました。ですのでこの街の存在を認め、友好都市としてくれた国や都市と共に平和に暮らすためには協力を惜しまないつもりです。どうかこれからもよろしくお願いします」
イザはそういうと手を差し出した。

「イザさん……。ああ、これからは共に肩を並べて歩むとしよう」
ローデンハルトはイザの手を取り、二人はがっしりと握手を交わした。

こうして調印式と貿易相談を終え。ローデンハルトはイャーリスへと戻っていった。

ローデンハルトが乗った馬車を見送りながらイザはラナに話しかけた。
「いい王様だったな」
「ええ、初めはつかみどころのない方かと思っていましたが国を思う良い方でしたね」
「ニルンハイムとイャーリス。これからはこの街だけじゃなく、この街の存在を認め、友好を結んでくれた2国も平和に過ごせる場所となるように俺らももっと頑張らないとな」
「そうですね」




聖ファーレン王国会議室――

貴族風の人影が円卓を囲んで何やら話をしていた。
「先日ニルンハイムが死の森に新たに出来たという街を正式に認めたそうですが皆さんはいかがお考えでしょうか?」
「死の森と言ったら凶悪な魔物や魔獣が発生する危険域。普通の人が住める場所とは到底思えませんね」
「ええ、私もそう思います。かの地へ住むということはそれなりの力を有した存在かと……もしや例の存在かもしれません」
「では掃討するか?」
「早まるでない。ニルンハイムが友好を宣言しているのだぞ?三大国に数えられていないとはいえ、ニルンハイムは大国、敵に回すとなると大きな戦争に発展しかねん」
「ではこのまま手をこまねいて様子見をするということですかな?」
「いや、ここは例の勇者姫に出てもらうとしよう」
「あの転生者ですか。確かに実力はありますが、まだ小娘ですぞ」
「子供だから御しやすいというものよ。幼き頃より見知っている騎士団長を付ければ言うことを聞くだろう」
「たしかに……。」
「我が国の障害となりうる芽は早めに摘んでおくに限る」



会議室外の廊下にて――

端正な顔をした人間の少女が綺麗な銀色の髪を靡かせながら高貴な宮殿のような建物の廊下を歩いている。
正面から歩いてきた騎士風の白い甲冑を身に纏った男が歩み寄り、胸に手を当て頭をさげつつ少女声をかけた。
「姫様。本日はどのような要件でこちらへ」
「はぁ……ライナス。その呼び方は辞めてって言ったでしょ?私はなりたくて王女になったんじゃないの。レナでいいわ。今日は元老院のじじばば達に呼び出されてきただけよ」
「そのような発言、もし誰かに聞かれでもしたら――」
「うるさいわねっ。いちいち言われなくてもわかってるわよ!」
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