魔王なアイツは遠すぎて......。嫌われモノの俺 戦えない俺の異世界転生生活

やまくる実

文字の大きさ
上 下
65 / 73
第八章 大事なモノ 自分の気持ち 

第65話 優しい......そして意地悪な人 (ショウ視点)

しおりを挟む
 あれから俺も王宮での仕事を週3日に減らし、残りは孤児院の仕事を手伝う事にした。

 というのは建前で、孤児院ではアランと一緒に俺の魔力を材料に込めて作った料理や陶器、薬作りに励んだ。

 商人ギルドの様なモノへの登録も思ったよりは大変ではなかった。

 信頼を勝ち取るまで時間はかかったし、信用してもらえるまで何度も足を運んだ。

 元々アランが信用されていたからアランの知り合いという事で俺も信用してもらう事ができた。

 この下町では魔法を使うのも疲れるからもう最近はありのままの姿で行動している。

 孤児院の子供達にはマーサではなくショウとしてもう一度紹介してもらった。

 王宮に戻る時はまたマーサの姿に戻らないといけないから少し面倒くさいけど……。

 タイアンさんの婚約者の噂話はただの噂だと聞いた。

 だけどタイアンさんにはやはり本命の恋人が出来たらしい。

 今までそういう関係にあった方々に謝罪して回っていると聞いた。

 やはりタイアンさんは遊び人ではなかった。

 婚約者の話が嘘だったとしても変わらない。
 俺はやはり片思いだ。



 アランは昨日から町に戻っているが、今日は王宮でも忙しくて少し手伝って欲しいと言われていたから俺は昼から町に行くつもりだった。

 タイアンさんとはあれからすれ違いが多く、たまに忙しそうに歩いているのを見かける程度だった。

 それはそうだ。

 魔王様なのだ。
 この国の王様なのだ。
 仕事は山の様にあるだろう。

 タイアンさんは優しいし、周りの方の事をよく見ている。
 タイアンさんの噂は悪い様には広がらなかった。

 普通、色々な人と身体の繋がりがあったとしたら、それだけで悪い噂が広がるだろう。

 それでも良い。少しでもタイアンさんと関わりたいと皆が思うのだ。

 婚約者の話がデマだったという噂が落ち着いた後、タイアンさんに本命が出来たらしいという噂は瞬く間に広がった。

 その話を聞き、泣き腫らした人も多かったと聞く。
 多くの人を相手にしていた時は自分にも関われる可能性があるだろうと夢を見ていた人もいたのだろう。

 だけど、その辛さを乗り越えた後に皆、結局、最後にはタイアンさんに幸せになって欲しいと思うのだから……やはりそれはタイアンさんの人柄故だろう。



 仕事を終え、数日向こうで過ごす為の荷物を抱え、王宮を出ようとした時だった。

「マーサ」

 タイアンさんから声をかけられた。

 俺は振り返り頭を下げた。


 なんだか数日前、デートをした時と状況はあまり変わっていないのに、また距離が出来てしまった気がする。

 なんというか、よく話していた友達が芸能人になってしまった感覚に似ている。

 なんだか大魔に片思いをしていた時よりも更に叶うはずがない相手を好きになってしまった。
「お久しぶりです。魔王様」

「そんな堅苦しく呼ぶ必要はない。名前で呼んでくれ」
「いえ、私の様な者が魔王様の名前で呼ぶなんて、とんでもないです」

 そう俺が答えるとタイアンさんの眉間に分かりやすくくっきりと皺が寄った。

「どうして、距離を取ろうとするのだ……コレからこの国の為に一緒に色々な事を話して行こうとこの前話しただろう? 最近、随分、忙しそうだな」
「距離などとっておりません。私は元々、魔王様と気軽に会話出来る身分でもございません」


 そうだ。俺はタイアンさんの隣に立てる存在ではない。
 タイアンさんに大事な人が出来てしまったのなら尚更だ。


 俺はタイアンさんとは距離を置きながら、遠くからタイアンさんを助ける事が出来たらそれで良い。

 タイアンさんが好きな人と笑い合っている所を直接見るのは辛いから……遠くから話を聞く程度で良い。


「とにかく、今日は一緒に行かせてもらう。仕事は部下に任せてきたから今日、俺は休みだ。俺がどんな行動を取ろうとも自由だろう?」
「しかし、普段、魔王様は忙しくされてらっしゃいます。お休みぐらいはゆっくりなさってはどうですか?」

 そう告げるもタイアンさんは俺の手を取り歩き始めた。

 今日の移動は転移じゃないんだ?


 2人ゆっくり城下町を歩く。

 移動中、俺もタイアンさんも無言だった。

 ついこの前、2人で楽しく出かけたというのに、あの時は気持ちが繋がっているのかも、もしかしたら惹かれあっているかもしれないと勘違いしてしまう程楽しい時を過ごせた。

 なのに今は……。

 苦しくて、胸が痛くて……。
 話そうとしたけど、上手く言葉が思いつかなかった。

 こんなに近いのに……こんなに遠い。


 下町行きの駅に着いた。
 タイアンさんは何を思って俺に着いてくるんだろう?

 今更、心配してくれているのだろうか?

 イヤイヤ、俺にこの国を救う特別な能力があるとしたって、今までも何回も1人で下町まで行っているし、今更だ。

 危なくない様にこの腕輪も下さったんだろうし。

 タイアンさんは心配症でお人好しだ。
 俺はショウの時もマーサの時もタイアンさんから無償で魔道具を頂いている。

 王族であるタイアンさんにとっては大した額ではないのかもしれないけど……。



 
 駅に入ってきた電車の様な乗り物に2人で乗り込んだ。

 乗り物の中は前世での電車、いや地下鉄によく似ている。
 動力は魔力の様だから音は静かだ。

 2人肩を並べて席に着く。
 手はまだ握られたままだ。

 こんな風に自然に手を取ったりするのはタイアンさんは誰にでも行っている行為なんだよな……。

 身分差から気軽に話せる立場でもないのに気楽に話しかけてきて、差別もしない。

 不機嫌に冷たそうな表情は浮かべたりはするけれど結局優しい。

 自分は特別だと誤解してしまうよ。

 こちらが諦めようと距離を置こうとしているのに……。


 タイアンさんは優しい……そして意地悪だ。


 諦めたいのに……諦められない。


 タイアンさんの香り、久しぶりだ。
 
 俺は居眠りしたフリをしてタイアンさんの肩に寄りかかった。

 逞しいタイアンさんの肩に俺の頭が当たっている。


 タイアンさん。


 好きな人が出来たならその人しか見ちゃダメですよ。

 俺も夢を見ちゃうし、もしタイアンさんの好きな人が今の俺達の姿を見たら誤解しちゃいますよ。



 そう言わなきゃダメなのに……ちょっとだけ……ちょっとだけだからと、俺は目をつぶってタイアンさんの温もりを感じていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

【BL】こんな恋、したくなかった

のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】  人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。  ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。 ※ご都合主義、ハッピーエンド

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

捨て猫はエリート騎士に溺愛される

135
BL
絶賛反抗期中のヤンキーが異世界でエリート騎士に甘やかされて、飼い猫になる話。 目つきの悪い野良猫が飼い猫になって目きゅるんきゅるんの愛される存在になる感じで読んでください。 お話をうまく書けるようになったら続きを書いてみたいなって。 京也は総受け。

処理中です...