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第六章 俺とアイツの立場と距離
第52話 俺とタイアンさんの距離 (ショウ視点)
しおりを挟む誰かが入ってくる気配がした。
「おお、タイアン、目を覚ましたと聞いたが大丈夫か?」
タイオウ様が声をかけた相手は多分俺が知っている相手と同一人物だ。
そうじゃ無かったとするならばタイアンさんが魔王様の名を語っていたことになる。
同じ名前だったと言う可能性もあるけれど……。
どちらにしても俺にはまだ心の準備ができていない。
早くタイアンさんに会いたいと思っていた気持ちもある。
だけど……。
『魔王様は……前王様(ああ魔王様のお父様のことよ)と違って紳士でとても優しいの。私達みたいな使用人のことも差別しないし、魔王様のパートナーになりたいって人が男も女も溢れかえっているのよ。だけど魔王様は多分、理想が高いのかもしれないわ、普通に接するには優しくしてくださるんだけどそういうお相手となったら話は別みたいで……。それに経験豊富であっちの方も良かったって話も聞いた事があるし、だけど今、意識を失っているらしいの……命に別状はないらしいけど、心配だわ』
そんな風に以前先輩から魔王様の話を聞いた事があった。
地上では、俺達の世界では魔物に変わってしまっている地上を支配してしまいそうな魔王の事しか知られていなかったから、話を聞いてもピンと来なかった。
現実に……近くに存在するともこの時は分かっている様で分かっていなかった。
だけど魔王様がこちらの世界では普通の人間と同じ見た目をしていたとしても、聞けば聞くほど遊び人の様に聞こえてしまうし、そんな人とタイアンさんが関係あるとは絶対ありえないし、どう考えても関係なさそうだとホッとしていたのだ。
つまり振り返った時、俺の知っているタイアンさんがいたならば……タイアンさんはこの国の王様で、この国、魔化地下王国の魔王様で、魔王様とそういう関係になりたい人が多くいて……経験も豊富。
もし、そうだったとしたならば……そんな事、知りたくなかった。
タイアンさんはどうして俺をココに連れてきたんだろうか?
俺がタイアンさんを庇ったから、優しいタイアンさんは俺を助けようとしただけなんだ。
俺の家で、あの洞窟でタイアンさんが優しかったのは、タイアンさんにとっては多分当たり前の事で、俺とあんな関係になったのも、多分軽い気持ちだったのだろう。
俺はこんなにタイアンさんの事が好きだと自覚してしまったのに……。
「ああ、親父、その人は?」
振り返る前に本人だと分かってしまった。
低音のイイ声、それはタイオウ様にも似ているその声は、下半身にも直撃してしまうほど、聞くだけで痺れてしまうほどの独特の声。
この世界で一人しかいないようなその声は前世好きだった大魔と聞き違えるほどそっくりな声。
「ああ、この人はマーサと言うんだ。理由は分からないがマーサが触れた事でワシの傷はすっかり治った。もう少ししたらこの部屋からようやく出る事ができるやもしれん、マーサが触れた所は気持ち良い」
そんな風に、タイアンさんに俺の事を自己紹介してくださるタイオウ様。
タイアンさんはやはり俺の知っているタイアンさんだ。
だけどタイアンさんにも俺が俺として見えてはいない様だ。
どんな風に見えているんだろう?
ココで子供に見えたら厄介だと思って身長は高く想定したつもりではあったのだけど……俺自身が鏡で見ても俺には俺自身の素の姿(ショウ)としての俺しか映らないから、俺がどんな姿に見えているのか俺には分からない。
タイアンさんだと分かったけどタイアンさんは俺だとは気づいてはいない。
タイアンさんは魔王様だ。
俺は現在ココの使用人。
まずは挨拶をしなければ……。
「マーサといいます。魔王様、よろしくお願い致します」
俺はなるべく目を合わさないように、節目がちで振り返り簡単に挨拶をした。
「将っ……ええと、初めまして、タイアンといいます」
タイアンさんは初めましてと言った。
分かっていたけど俺をショウとは認識していない。
多分、耳につけた魔道具も見えてはいないのかもしれない。
俺がその気になればすぐにショウの姿には戻れる。
だけど、まだ心の整理が出来ていない。
魔王様がタイアンさんだと認めたくないし、タイアンさんとの距離を自覚したくなかった。
だけど、タイアンさんが、無事だとやっと分かった。
俺は少しだけ上目遣いをしながら久しぶりにタイアンさんの端正な顔を見た。
やっと逢えた。
ちゃんとこうして落ち着いて、会うのは、洞窟でキスをして一緒に眠ったあの日以来だ。
だけど、あの時の様な気分では全然ない。
もう、あの時の様に安易に抱きつくなんて出来ない。
「タイオウ様、本日私はもう、失礼致します。何かございましたらまたお呼び下さい」
タイオウ様にそう告げて、お二人に深々と礼をし俺はタイオウ様の部屋から出ていった。
本当はもっとタイアンさんと一緒に居たかった。
詳しい事情もタイアンさんの口から聞きたかった。
だけど、とにかくあの場を離れて頭を整理したいと思った。
使用人である俺が、勝手にあの場から立ち去るのは失礼だったのかもしれない。
ましては、相手は魔王様だ。
見た目は何処からどう見てもタイアンさんだったけど、この国を治める魔王様だ。
だけど、俺にとってそんな事はどうでも良かった。
自分とタイアンさんの距離があまりに遠いと知って、胸が押しつぶされそうな程、痛かった。
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