魔王なアイツは遠すぎて......。嫌われモノの俺 戦えない俺の異世界転生生活

やまくる実

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第二章 新たな始まり

第13話 彼の力 (タイアン視点)

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 ここは天国だろうか……。
 この空間は邪気が薄い。
 彼は小さい草花がちらほらと咲いているこの丘に、時折立ち寄る。

 風が優しく拭き、横になっている彼の焦げ茶色に染まった髪がフワフワと揺れる。
 その風と共に彼特有の、甘く優しい香りが俺の鼻をくすぐる。
 獣や魔物の姿の時は本来の姿の時よりも嗅覚が強くなるから余計だ。

 魅惑的な艶のある黒髪も彼には似合っていたが、柔らかそうな茶色の髪もとても似合っている。


 強い邪気を含んだ男達が彼に近づいて彼によからぬ事をしようモノなら俺は自分の中の色々なモノを抑えられる気がしない。

 しかし、この様な場所では獣(犬)の姿をしている俺が近づいても不自然ではないだろう。

 もちろん彼は俺の事を魔物姿の俺とも本来の姿の俺とも結びつけてはいないだろうが……。


 今日は彼はキツめ邪気を含んだ魔力を持つ男からかなり酷い暴言を吐かれていた。

 大事にはならずに事なきを得た様だが、かなり落ち込んでいる様子だった。


 もしもあの男が彼に危害を加える様ならば俺も黙ってみているつもりもなかった。
 彼のすぐ側なら本来の姿に戻ることも可能だから……。

 まあその必要がなくて良かったのだが……。

 俺が近くまで寄ると彼が俺を見て柔らかく笑った。

 そして俺にそっと触れてきた。

 彼に触れられると身体に電撃が走る。
 それは苦痛というわけではない。

 彼に触れられると、今まで彼と離れていた間、少しづつ溜まってしまっていた邪気が払われたように心が安らかになった。

 その反面魔力が回復された。

 しかしこの時、回復される魔力は今まで持っていた魔力と質が違うと気がついた。

 なんだろう彼から回復された魔力は心安らぐ様なそんな気の流れを感じる。

 元々俺達、魔国の人物達やこの地上の人達の持っている魔力は負の感情や悪の感情を強く持つ気の流れが主軸になっている。

 魔国の者は邪気が強い地上ではその悪の主軸である魔力が暴走し理性を超え魔物化してしまう。
 親父が言うにはその暴走を抑え込むのに自分自身の悪の感情を膨れ上がらせる必要があると言っていたが……本当にそうなのだろうか?

 元に俺は彼の側にいるとこんなに穏やかな気持ちになれているし、彼と関わる時間が増える程、コントロールする時間が可能になってきた気がする。


 そのうち彼が近くに居なくても、この地上でも本来の姿で居られる様な日が来るのではないか? そう思ってしまう程だった。


「お前は野良犬なのかい? いや、こんなに毛並みが綺麗だからきっと誰かに飼われているんだろうね」
 彼はそう言って俺の頭をゆっくりゆっくりと数回撫でる。

 その度に俺の中の魔力が生まれ変わる。

 そう、新しい魔力に、質の違う魔力に生まれ変わるのだ。

 そうやって触れられると、過去の悪感情を持つキッカケとなった時の記憶が一瞬だけ頭の中を駆け抜ける。
 その上で、その嫌な記憶の傷跡に絆創膏を貼られている様な直接温かい掌で手当てを受けている様なそんな錯覚をする。

 そして、次第に自分の心が穏やかになっていくと感じるのだ。


 なんだか俺は気持ち良くなってしまい、目を細め彼の手の温もりを味わっていた。

 それは本当に不意打ちだったのだと思う。

 彼が俺の背中の毛の中に彼の顔を埋めたのだ。

 彼の顔の体温を直接背に感じる。
 毛皮があるとか関係ない。

 これは俺的には背中にキスをされているのと変わらないんだ。

 俺はまたビクついてしまった。

 本当に心臓に悪い……。
 そうじゃなくても、昨夜は夢の中で彼の事を俺は汚してしまったのだ。

 夢の中の彼は本来の彼とは違い、いやらしく俺の事を誘ってきた。

 そんな彼を望んでいる訳ではないのに、彼は彼のままでそのままで魅力的なのに……、俺の本心は彼の身体にあんな事をしたいと望んでしまっているのだろう。

 そのまま彼がまた俺を撫でるのを再開した。

 彼は俺の腹辺りを優しく撫でる。
 俺の姿は今、獣の姿だ。
 彼はそんなつもりでは無いと分かっているのにそんな所を撫でられたりすると、触れ合う事で俺の鼻をくすぐっていた香りもいっそう甘く強くなる。

 俺の事を誘っている訳ではないのに、俺のモノが勝手に反応してしまいそうだ。


 その時、彼が自身の耳にハマっているリングに触れた。
 俺があげた魔道具だ。


 その魔道具を触りながら切なそうに「また、会いたいな……」そう呟いた。

 その顔を見てしまい俺の心臓がドクンと大きくなった。

 彼も俺に……会いたいと、思ってくれているのか……。

 彼の切ない顔はその薄いピンク色の可愛い唇を思わず塞いでしまいたくなるくらい、可愛かった。


 俺だって会いたい……。

 彼は魔道具を触っていた掌で自分の頬をペチリと叩き、そのまま声に出してしまった事を恥ずかしいと全身で言っているかの様に顔を赤くして立ち上がり「ありがとう、おかげで元気が出たよ。またな」そう俺に告げ俺の頭を撫でた後、帰って行った。


 俺はもう気持ちを抑えられなかった。


 本来の姿でまた彼に逢いたい。

 そう思い、走り出した。

 俺のこの獣の足の方が彼の足よりも早いし、俺は洞窟までもっと早く着く事ができる裏道を知っている。

 やはり俺は、彼が洞窟に帰り着く前に一足早くそこに到着した。

 先程彼に触れられたからか、魔力がまた質が良いモノに入れ変わったからか、今はコントロールも可能だ。

 ココはこの前来た時と変わっておらず、邪気は無いままだ。

 あれだけ多く邪気を含んだ人間どもと関わっているのに、彼には全然邪気が溜まらないらしい。


 黒髪の人間が魔国を救うと言われている事と、もしかしたら関係しているのかもしれない。


 俺はココならば容易に本来の姿に戻る事ができ、洞窟の入り口付近に立ったままその側にあった岩に寄りかかり彼の帰りを待った。

 
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