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第一部

『アルテア』

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心の刃に火を灯せ
見失わぬように
さ迷わぬように

───────

──どうして俺なんだ。

その言葉が胸の大半を占めるようになったのは、いったいいつからだっただろう。もしかしたら明確なきっかけなんてものはなかったのかもしれない。
たぶん俺は、ひとり生き残ってしまったあの日から、無意識にずっとそう感じていたのだ。
新しい世界に転生してすぐの頃は、ひたすらに幸運だと感じていたはずだった。復讐の機会を得ることができたからだ。
生まれたばかりの身体というのは少しばかり不自由だったが、前の世界とは違い保護されるべき対象として扱われていたので安心して過ごすことができた。
親というのは不思議な存在だった。
名前も素性も全く知らない他人であるのに自分の身を任せることになんら不安を感じることはなかった。両親は俺の反応に一喜一憂し、俺が泣けば様々な手段であやしにかかるし、俺が泣き止むと彼らも嬉しそうに目を細めて笑いあった。その状況は俺にとって非常に都合がよかった。
俺はナーロー教へ復讐するために、自分の思惑のために、彼らをコントロールして環境を整えた。力をつけるために魔導書を読み漁り知識を蓄えて魔法の練習を繰り返した。
随分とわがままに振舞っていた。この頃が最も気楽に過ごせていたかもしれない。まだ自分のちぐはぐな心に気づかないふりをすることもできていたから、ただ愚直に突き進むだけで良かった。他には何も考えずにすんだ。
それから数年が経ち俺は一人で動き回れる年齢になった。力試しに近くの森へ入り魔獣を何体か狩った。自分ひとりでも生きていくことはできそうだと感じた。
いよいよ行動を開始するときがきたと思った。村の出口まで歩いて、そこから街道を歩いた。進むにしたがって俺の足取りはだんだんと重くなり、ついには一歩も前に進めなくなってしまった。
結局は引き返すことになった。その時はまだ、原因について俺ははっきりとはわかっていなかったように思う。
それから何度試しても、どうしても村を出る気にはなれなかった。家族や皆のことが頭に浮かんだ。俺は気づいてしまっていた。俺は彼らが好きなのだ。
このまま、この世界で家族と共に平穏に暮らしていく自分を想像することが増えた。咄嗟に頭を振ってその考えを追い払った。それは認めるわけにはいかなかった。認めてしまえば、俺はもう何もできないと思った。
仲間の命を犠牲にして安穏にくらすなど、許されないと思っていた。俺は復讐をしなければいけないと言い聞かせた。
だから俺は自分の心に蓋をして、人を拒絶するようになった。それが一番手っ取り早いと思った。相手から嫌われてしまえばこちらも嫌える。単純な話で、俺の目論見はおおかた上手くはまっていた。
ある一点を除いては。
家族だった。彼らは一向に俺を見放さなかった。
俺が村の子供に暴力を振るった時も彼らは叱りこそすれ、突き放すようなことはしなかった。原因を尋ね、何か理由があるんだろうと、優しく聞いてくれた。その優しさが胸にささった。なぜ見捨ててくれないのか。
疎ましいとさえ思った。なぜ俺なんかに構うのかと。でも一番疎ましいのは、何も決めることのできない自分自身だった。
穏やかな生活を望んでいる自分と、それを許せない自分。

──どうしてだ。どうして俺なんだ。
どうして俺が生き残ってしまったんだ。

葛藤と罪悪感に苛まれる日々で、そう考えることが増えた。答えてくれる者などいない。自分で答えを出すこともできない。
どうして良いのかわからなかった。
俺は自らを偽り、本心からも現実からも目をそらし続けることしかできなくなっていた。
全てが俺の弱さだった。
前世では、自分ひとりだけが生き残ってしまった。どう生きていいのかわからなくて、罪悪感から逃げ出したくて、復讐という道を選んだ。
転生という埒外の出来事で二度目の生を拾ったときでもそれは同じだった。俺は何一つ自分の心と向き合おうとせず、何一つ自分で決めようとせず、仲間のためという甘美で醜い綺麗ごとをほざいて、安易な道を選んだ。
逃げる理由に、仲間をつかった。
ひとりだけがぬくぬくと生きている後ろめたさから目を逸らしたくてひたすら鍛錬していた。仲間のために。そんな言い訳をしながら。

──どうして俺なんだ。

俺はもっと考えなければいけなかった。
生き残ったことの意味を。
他者に答え求めるのではなく、自分自身で考えるべきだった。
俺がこれから何を成すべきなのかを。
仲間たちが──彼女がくれた、命の意味を。
俺は、それを知らなくてはならない。
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