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第一部

血文字

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いつもと変わらぬ朝だと思っていた。
早朝に目を覚まし、着替えて準備を整えて、もはや専用の鍛錬場と化した
高台で鍛錬に勤しんだ。
いつもと違うところは、そこに少女の姿がなかったことだ。
いつもなら少し遅れてノエルがやってくるところ、
今日は少女の来る様子がいっこうになかった。

昨日の妙な連中のこともある。
鍛錬を打ち切り、剣を鞘に納めてノエルの家へ向かう。
思った以上に焦っているのか、
足がいつもより早く動き、気づけば走りだしていた。

ノエルの家のドアを叩くが反応がない。
気配を探るが家の中には誰もいないようだった。
やはり何かあったに違いない。自分の屋敷へと足をはやめた。
屋敷の前でテオとノエルの母親らしき人物、それに家族たちが
集まっているのが目に入った。
やはり何かあったようだ。急いた気持ちをなるべく落ち着かせて
皆に声をかけた。

「何かあった?」

「ア、アル坊……」

珍しきテオがひどく弱り切った顔をしていた。
やはり何かあったのだ。

「ノエルに何かあったの?」

そう問うと、テオが傷口をえぐられたような痛みに耐える顔になり、
声を震わせて話し出す。

「お、俺がいけねえんだ……くだらねぇことでノエルと言い合いになっちまって……
ついカッとなって帰ってこなくていいなんて言っちまって……」

震えるテオの背中をノエルの母親が優しくさする。
テオのあまりに悲痛な姿に息がつまる。
アルゼイドもティアも子を案じる彼の気持ちがよくわかるのだろう。
深刻そうな、辛そうな顔で彼のことを見つめていた。

「ノエルがいないのか?」

「あ、ああ……アル坊んとこに行く前に、その、出かけるあいつを見かけてよ。
声をかけたんだ。そしたら、見たことねえ魔獣を連れてて……。
問い詰めたんだ。そしたら言い合いになっちまって……
言うことが聞けない悪い子はもう帰ってこなくていいって
……そう言っちまった。泣きながら走っていくあいつを見て、我に返ってよ。
そのあとすぐに追いかけたんだが、追いつけなくて……。
村中を探したんだがどこにいねぇんだ」

「ただの家出……ならいいのですが」

ターニャがそう呟くのを聞きながら考えをめぐらせる。
原因はケットシーだろう。
テオと同じように、ノエルもきつい言葉を言われてカッなって
家を飛び出したのかもしれない。

それはいい。衝動的なものだ。
しかし、帰ってこなくていいと言われたからといって
ノエルが本当に家出などするだろうか。
あまり想像できない。

「ただの家出ってわけではなさそうだ」

「ええ……ノエルちゃんがそんなことするとはあまり思えないわ」

アルテアの呟きにティアも首を縦に振る。
ならば、何かに巻き込まれたと考えたほうがいい。
アルゼイドも同じ結論に至ったようで、村の大人を集めて周辺を捜索すると
言って慌てて村の方へ駆けて行った。


アルテアは頭の中でいくつか可能性を考える。

森に入って魔獣に襲われた。
アルテアは否定する。
ノエルは既に中級魔法を使えるし、かなりのレベルの魔力操作を身につけている。
強力な魔獣に襲われても逃げることくらいはできるはずだ。

つい村の外に出て道に迷って帰れない。
それこそありえない。ノエルは飛翔魔法も使えるのだ。
飛んでそのまま帰るなり法学を確認するなりできるはずだ。

気まずくて帰れなくてどこかに隠れている。
これはあり得るかもしれないと思った。
しかしテオは村中を探したと言っていた。
ノエルが隠れそうな場所くらい見当がつくのだろう。
それでも見つからないとなると、やはり村の外だろうか。

そしてふと昨日の男たちの姿が脳裏をよぎった。
最後に見せた、ソルドーという男の、ノエルを見たときの目に浮かんだ怪しい光。
ああいう目をするのはどんな人間なのかをアルテアは前世で良く知っていた。
他人を利用し、踏みつけ、自分だけが得をしようしている者の目だ。

ケットシーのこともある。ノエルごと攫っていった。
そう考えても違和感はないほどあの男たちは不穏な気配を持っていた。

ちりん。

不意に澄んだ音が鳴る。
何の音かと皆が首を回してあたりを見まわした。
一匹のケットシーがそこにいた。
首のあたりには鈴のついた首輪がついている。
そして至る所に傷があった。
銀色の体毛が、昨日と同じように血で赤黒く染まっている。

その姿を見て、アルテアは咄嗟にケットシーに駆け寄り抱き上げた。
よく見ると首輪に丸めた紙が挟み込まれている。

「手当してやってくれ」

ケットシーをターニャに預け、紙を広げて中を確認する。

たすけて。

赤い文字で短くそれだけ書かれていた。
血だ。

瞬間、何かを考えるより先にアルテアは走り出していた。

「お、おい!アル坊っ!」
「アルテア様!」
「アルちゃん!」

呼び止める声を置き去りにして風を切るように走る。
走りながら探知魔法を発動。その範囲と精度を最大にまで上げる。
村中の人や森の魔獣、範囲内のあらゆる生物の反応を察知。
あまりの情報量の多さに脳みそが沸騰しそうになる。

とてもじゃないが処理しきれない。
凄まじい激痛。魔力枯渇状態でも味わうことのない
吐き気と頭痛、意識の混濁。歯を食いしばりそれに耐える。
目や鼻からドロッとした血が流れだす。

それでも魔法を止めることなく、村から離れようとする反応を探す。
そして数十秒。村から高速で遠ざかる三つの反応。
アーカディア大黒穴の円周上、縁をなぞるように移動している。

「……帝国まで逃げる気か」

アルテアは相手の狙いを瞬時に看破する。

大黒穴の円周上に沿ってぐるりとひと回りするように進めば帝国領に入る。
スターリアレーゼ王国は中立という立場をとってはいるが、
シルメリア帝国との関係はあまり良くない。

国民、それも少女がひとり連れ去られたというくらいで王国は動かない。
帝国領に入ってしまえば手を出すのは難しくなる。

居場所はわかった。
探知の魔法を解除して身体強化の魔法に集中する。
凄まじい魔力の奔流がアルテアの体から立ち上った。

速度がいっきに上昇、一陣の風となり、敵を猛追する。

「絶対に逃がさない」

その決意まで置き去りにしないよう強く言葉にして
胸の内に刻み込んだ。
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